一章第3話 【一年前、あの忌々しい船で】
(騒がしいな……)
ここはとある修学旅行中の中学生を乗せた客船だ。
それが相まって同級生たちが部屋の外ではしゃいでいる。
鬼ごっこでもやっているのだろうか、と思いながら本をめくる一人の少年。
他の同級生とは逆に、自室にこもって本を黙々と読んでいる少年―――京崎柳は、あまり人と群れるのは苦手な方だった。
(今日みたいな天気にはこうやって一人で本を読むに限る)
今日は雲ひとつない快晴、心地いい日差しが窓から差し込んで肌にあたる。
正直天気なんて関係なく毎日本を読んでいるが、晴れた方が気分がいいのは事実だ。
そんなことを思っていると、とある放送が流れた。
《死神が現れましたので、直ちに避難してください》
何かの聞き間違いだろうと思ったが、その放送が一言一句、二度も流れた。
そこで聞き間違えじゃないことに気づいた、では何かこの船のイベントの宣伝だろうか。
少し『死神』という単語に興味をそそられたが、行くほどでもないと柳は思う。
柳は人と関わるくらいなら死んだほうがマシというモットーを抱えているが、何人かの友達は柳にもいる。
それでも、人との交流は最低限にしているつもりだ。
(それでも、何回も放送が流れたら本に集中できないな)
柳は本にしおりを挟み、立ち上がった。
放送を切るスイッチを探すため、一度部屋の扉の近くに寄った。
部屋の扉の近くに来た時に、扉の外からものすごい足音が響き、そしてすぐにその音は消え去った。
柳はその音が気になり、恐る恐る扉を開ける。
「――――――っは?」
扉を開けると、綺麗な色彩の絨毯を敷かれた廊下が見えるはずなのだが―――そこにあったのは壁や天井に染み付いた血だ。
地面には死体のようなものがあり、首が綺麗に切り落とされている。
「―――こ、これがイベントなのか?」
少しリアルすぎる演出に、柳の足が震えていた。
左右を見ても、死体がバラバラに散っている。
だが、少しして柳は恐ろしいことに気づいてしまった。
少し離れた場所で、柳は見覚えのある顔を見つける。
だが、その顔も胴体からは切り離されており、目だけが柳を見つめている。
その顔は、柳と同じクラスの同級生だ。
そこで柳は初めて事件だと気づいた。
他の死体もよく見ると、血であまりわからなかったが同じ学年の生徒が何人も死体になっていた。
なぜかはわからないが、これをやった犯人がすぐにわかった。
さっきの放送で言っていた『死神』の仕業だと。
「あれ? まだ生きている子がいたのかしら?」
そう思っていると柳の横からそう囁く声が聞こえてきた。
声の聞こえた方向を見ると、そこには一人の女性が立っていた。
綺麗な銀髪を垂れ流し、赤色の瞳で柳を睨みつけた。
黒色のマントが船内に入ってきた風でひらひらと揺れた。
いかにも『死神』という存在に近いだろう。
「まぁ、早く殺してあげるわ」
そう言って『死神』は手を伸ばし、何もない空間から鎌を創り出す。
そして一歩一歩柳に近づいて来た、だが柳は足が震えて逃げられなかった。
そして動けない柳の目の前に現れて、鎌を首に目掛けて振り下ろされた。
「――――――っ!」
目を瞑って、手をかざし、死を覚悟した柳だが、何も痛みを感じなかった。
何か目の前で金属音が鳴り響き、恐る恐る目を開けると『死神』の鎌と、もうひとつの鎌が噛み合っていた。
「私が止めてる間に君は逃げて!」
そう言ったのは鎌を持った緑色の髪でエメラルドのような瞳の少女、凛とした表情をしていた。
「……この船の避難所ってどこだ?」
柳は呑気にその少女に尋ねた。
「私も知らない! でも突っ立ってるだけじゃいずれ殺されるでしょ!」
少女はそう言い返した。
柳は少し悩んだ挙句、とある決断をした。
少し姿勢を崩し、『死神』を睨みつける。
ようやく状況を飲み込んだ柳は、冷静な判断ができるようになった。
そうして、柳は少女に言った。
「俺も一緒に戦わせてくれ」
「君、本気で言ってる?」
「本気じゃなかったらとっくに逃げてる」
そんな会話を交わし、少女は呆れた表情をしてポケットを探った。
一本のナイフを取り出し柳に投げ渡す。
うまくナイフをキャッチし、『死神』に向けて構える。
「あんた名前は?」
柳は少女にそう尋ねた。
「私は『オルタナ』、君の名前は?」
「京崎柳、なんとでも呼んでくれ」
「じゃあ、ヤナでいい?」
少し苦い顔をした柳だが、渋々承諾した。
そして、オルタナは『死神』に向けて走り出した。
「ふっ!」
オルタナは鎌を『死神』に振り下ろしたが、軽々その攻撃を避ける。
そうして『死神』もオルタナに鎌を振り下ろす。
オルタナはすぐに反応し、鎌を弾いた。
少し間合いを取り合い、お互いを睨みつけた。
「ヤナ、もう少し働いてくれない?」
「無茶を言わないでくれ、俺だってさっきから精一杯頑張ってる」
と、ただ突っ立っているだけの柳が言う。
そしてオルタナはまた『死神』に向けて走り出した。
「そんな単純な攻撃ばっかでいいのかしら?」
そう煽るように『死神』がオルタナに言う。
だがそんな言葉を振り払ってオルタナは再び鎌を振りかぶった。
「――――――っ!」
鎌は『死神』の胴体にスッと斬り込まれ、『死神』の体は真っ二つになった。
「……あれ?」
だが、オルタナは何か違和感を覚えた。
『死神』がこんなあっけなく殺せるわけがない、と。
『死神』を斬ってから刹那。
とあることに気づいた。
『死神』の体が粉のようになり、それが宙に舞った。
風に吹かれたりして粉があちらこちらに舞う。
「……何が起きてるんだ?」
気づくと柳はオルタナにそんなことを聞いていた。
だが、オルタナも何が起きているかわからなかった。
そんな状況でも、柳は何かに気づいた。
「――――――オルタナ!」
柳はそう叫び、オルタナに目掛けてナイフを投げた。
オルタナはその叫び声に振り返り、ナイフを綺麗に避ける。
その時、オルタナの背後に『死神』が現れ、投げられたナイフが『死神』の胴体に刺さる。
だが、ナイフが刺さった場所だけが粉のようになり、ナイフは『死神』の胴体をすり抜け、地面に落ちる。
「……一体何が起きてるの?」
オルタナは柳の所へ行き、そう尋ねた。
「あいつは体を粉状にできる」
「つまりは?」
「順を追って説明するぞ」
そう言って柳は簡潔に説明する。
「最初にオルタナが鎌で斬った時、あいつは粉状になった。そしてその粉がオルタナの背後に集合していって、新たに『死神』の実態が生まれたということだ」
「ちょっとよくわからないけど、なんとなくは理解した」
オルタナはポケットから新たなナイフを何本か取り出し、柳に渡した。
「とりあえず、あいつには物理攻撃が効かない」
柳はそう一言で表し、両手にナイフを構える。
「こんなすぐに私の種がバレるなんて思わなかったわ」
『死神』は少し微笑みながらそう言った。
「名乗りましょう、私は『偽りの死神:エンプレス』、名前だけでも覚えて逝ってくれるかしら!」
声を荒げた『死神』―――エンプレスは、柳に向けて走り出した。
エンプレスは鎌を粉状にし、柳に向けて飛ばす。
柳の頭上で粉状から鎌に変わり、重力に従い落ちてきた。
「ふっ!」
柳はすぐに回避し、エンプレスの方に目掛けて走っていく。
鎌がエンプレスの元に戻り、次は柳に横に振りかぶる。
「っと!」
柳はすぐにしゃがんで攻撃を回避した。
そしてナイフをエンプレスの足を目掛けて飛ばす。
刺さった箇所が粉状になり、ナイフはエンプレスの足を貫通した。
「ヤナ、あいつは物理攻撃が意味ないんでしょ? じゃあナイフなんて投げても意味ないんじゃ……」
「いや、これでいいんだ」
柳はエンプレスの横を走り去って、ナイフを回収する。
「オルタナ! 走るぞ!」
「えっ!?」
オルタナは咄嗟に言われ、エンプレスを横切り柳の方に走る。
エンプレスも二人が遠ざかるのに気付き、粉状になって追いかける。
「私から逃げられるとでも思っているのかしら……」
若干、二人とエンプレスの差が開いており、簡単には追いつけない。
廊下をまっすぐに走っては、何度か角を曲がって少しばかりエンプレスとの差をつけた。
◇◆◇◆◇
柳が走って向かったのは船内にある食堂だった。
そこにも何人かの生徒の死体が散ってあり、いつもは綺麗に置いてある椅子や机もぐちゃぐちゃに散らかっていた。
流れで食堂から繋がっている厨房に入り、柳はあるものを探した。
「はぁ、こんなところに来てなんの意味があるの?」
「まぁ、これを見ろよ」
柳は見せたのは手に握っていたエンプレスの粉だった。
「あっ! いつからそんなの取ってたの?」
「さっき横をすれ違った時に取っておいたんだ」
そうして柳は厨房の棚からとあるものを取り出す。
「……鍋?」
「あぁ、そうだ。今からこの鍋を使う」
そうして鍋の蓋を開け、エンプレスの粉を入れる。
粉が舞って鍋から出そうになったので、急いで鍋の蓋を被せた。
「これで粉はあいつの元に戻らない、つまりはあいつは体の一部を治せないようになる」
「へぇ、ヤナって意外に頭が冴えるんだね」
「意外ってなんだよ……これでも探偵系の小説を読み漁っているんだ」
ナイフをもう少しくれ、と言いオルタナからナイフを何本か受け取り、それを邪魔にならない所に置く。
そろそろ来るだろうを思い、柳は厨房を出て食堂の入り口を注意深く見る。
オルタナは鎌を構えて厨房の隙間から柳を見守った。
「……ふふっ」
そんな微笑みを浮かべながら食堂に入ってきたエンプレスは、粉状から死神の姿になる所だった。
死神の姿に戻ってから数秒、柳の方へ向かおうとすると何か歩きにくいことに気づく。
「あら、私の足の一部が……」
エンプレスが足元を見ると、足の一部が完全に戻っていなかった。
さっき柳が回収した足の一部の粉が鍋の中で暴れ出す。
だが、少量の粉が舞ったところで鍋の蓋はびくともしなかった。
「そう……あの時かしら……」
そうエンプレスが呟く隙に柳はナイフを何本かエンプレスに向け飛ばす。
エンプレスは足に力が入らなく、少しふらっとしたが、正確にナイフが飛ばされた位置を粉にする。
粉になった状態の場所は痛覚が通らなく、重力も意味がなくなる。
非常に厄介な能力だ。
柳はもう一度ナイフを投げるが、また粉になって回避される。
全てのナイフを投げて、柳は攻撃する術を失ってしまった。
「大丈夫?」
オルタナが厨房から駆け寄り、柳のそばに行く。
エンプレスに鎌を向けながら、警戒しながら向かった。
「ナイフが尽きただけだ」
「もう……私もあんまりナイフないんだけど」
そう言いながらポケットを漁るオルタナ。
―――だがその隙を突かれ。
「オルタナ!」
気づくと、オルタナの上空には何かが粉から固形物に変わった。
それは鎌となり、重力によって直線上に回転しながら落ちてくる。
「あ――――――っぶねぇ!」
柳は咄嗟にオルタナを押し飛ばしたのだが……
「―――んぁあがぁ!」
そんな声にならないような情けない声を叫ぶ柳は、落ちてきた鎌で指先が切り落とされた。
すぐに手で覆ったが、それでも血が止まらなかった。
「ふふっ、ようやくあなたに傷を与えられたわ」
そう言って足を引き摺りながらゆっくりとエンプレスは柳の元へ歩く。
オルタナは立ち上がってエンプレスに鎌を向ける。
柳を少し離れた所へ行かして、オルタナはエンプレスを睨んだ。
「私がヤナの代わりに相手になる……」
「そう……随分と生きがいいわね、私、そういう女の子は好きよ?」
不気味な微笑みを浮かべるエンプレス。
気づくとそれはオルタナの前にまで走ってきていた。
オルタナは少し後ろに飛んで距離を開ける。
だがエンプレスは止まらずに鎌を構えてオルタナに振り下ろした。
「くっ!」
エンプレスの攻撃を防御し、再び距離を開ける。
「あんなに意気揚々としていたのに……そんなに距離を開けてばっかで少しばかりずるくないかしら?」
「……君だって自身を粉にするって能力があるじゃない」
そうしてエンプレスはまた次の攻撃に移ろうとした瞬間、とあることに気がついた。
(あら、あの子がいないわ……)
気づくと、柳の姿がなかった。
周囲を見渡しても、ただ散らかった食堂の姿が見えるだけだった。
少しオルタナに集中しすぎて柳の姿を見逃してしまった。
「そんなに周りをキョロキョロしてどうしたの?」
柳が居ないのに平然とそんなことを聞くオルタナに、とある違和感を覚えた。
(―――もしかして、まだ何か考えがあるのかしら)
正直、この一対一だとオルタナが負けかねない。
なのでこの状況は非常にまずいが―――
「早く来なよ」
そう挑発したのはオルタナだった。
鎌をクルクルと振り回して、少しの微笑みを浮かべてエンプレスを見る。
「何? 私が負けるとでも思ってる?」
挑発を続けた結果、エンプレスに少しの戸惑いが現れる。
(何かある……あんな口車には乗せられないわ)
そう考えて何も行動に移さず、ただオルタナを見ているだけ。
だが、もう一つの考えも思いつく。
(もしかして……時間稼ぎの可能性もあるわね)
どっちの方がリスクがあるかというと、後者の方だろう。
『死神』というものは元々身体能力が高い、そして特殊能力持ちという。
オルタナの技量では当然自分には勝てないと考え込む。
(まぁ、とりあえず攻撃しちゃいましょう)
オルタナの挑発に乗ったエンプレスは、足を一歩踏み込み、鎌を粉にしてオルタナの元へ飛ばした。
粉はオルタナの腰回りを円のように囲い回転する。
オルタナはすぐに回避しようとしたり、粉を払おうしたが、また元と同じ場所に戻ってき回転を続ける。
「これで終わりよ」
粉の回転は次第に早くなり、それは徐々に粉同士がくっつき固形物になっていく。
それは刃物となり無闇に触れなくなった。
オルタナはただ突っ立っている事しかできなくなり、回転する鎌を一部を眺める。
―――だが、こんな所で死ぬ気はなかった。
(ヤナ……まだかな)
そんなことを考え、オルタナは少し前の会話を思い出す。
それは、柳の指が切り落とされた時だった。
オルタナが柳の代わりになる、と宣言する少し前に、柳はエンプレスには聞こえない声で一言。
「―――数分程、時間を稼いでくれ」
そう呟き、柳はエンプレスに見られないように少し離れた場所に向かった。
オルタナは柳の呟きにしたがい、なるべく時間が稼げるように離れては戦い、時には回避してを繰り返した。
「さて、最後の言葉は何かしら? あの子を見つけたら伝えといてあげるわ」
あの子とはきっと柳の事だろう、と思うオルタナ。
そしてもう一つ、よっぽど私に集中して周りが見えていない、と思う。
オルタナからは見えていたが、エンプレスは気づかない。
あの子は今、エンプレスの真後ろに居ることに。
「――――――っ!」
ようやくエンプレスは後ろの気配に気づき、オルタナの周りを舞わせた粉を瞬時に回収し、鎌を持ち気配に向けた。
―――だが。
「もう遅い」
そう呟いたのは目の前にいる柳。
ニヤリと笑いながらエンプレスを睨んだ。