一章第2話 【心に花を持った者】
「まぁ、とにかく立てよ」
そう言った京崎柳はその少女に手を貸した。
少女は不屈そうな顔をした。
「……君に手を貸されるほど私は弱くないよ」
少女は柳の手を振り払って立ち上がる。
せっかく親切にしてやったのにと思ったが、小さなことだし気にしないでおこう。
「君の方こと腹の傷は大丈夫なの?」
少女は手や服についた砂利を払いながら言った。
「ん? あぁ、『オルタナ』が痛みを和らげてくれているからなんともないさ」
その柳の発言に少女が首をかしげる。
「その……さっきから言ってる『オルタナ』って何?」
「なんて言ったらいいんだろうな、まぁ、とにかく俺のもう一つの心の名前って言ったらいいんだろうか」
柳はそう言いながら心臓のある場所に手を当てる。
少し寂しそうな顔をしながら心の中で思う。
―――もうあの子には会えないのか。
この戦いを機に少し昔のことを思い出した柳。
かつては一年前、『オルタナ』と言う少女が居た。
「そうだ、結局あんたの名前はなんなんだ?」
「えー? でも個人情報だし……」
「いいから早く言え」
柳はナイフを拾いあげ、その少女に見せつける。
少し脅すような形になって悪いとは思ったが、こうでもしないと教えてもらえないだろう。
「……如月凛よ、凛ちゃんって呼んでもいいよ?」
凛、確かに名前に合った風貌をしていると思い感心する柳。
この言葉はこの少女のために生まれたのかもしれないと思ったが「それは違うな」と、頭の中でツッコミを入れる。
普通の女子高生なら初対面の男子高校生にナイフを刺さないか……
「なんで黙ってるの?」
「あぁ、ごめん、考え事してた」
そんなそっけない返事で会話を終わらせる柳。
「そういやなんで俺のことをナイフで刺したんだ?」
「そうだったわね、その話をまだしてなかったわ」
その少女……如月は少し険しい顔をした。
すぐ次に人差し指をピンと立てて、柳を指した。
それで柳は少しドキッとしてしまった。
何か起こっているのだろうか、その場合少し情緒不安定だなぁとも思い、何を言われるのかを待ち構える。
だが、如月が放った言葉は意外だった。
「君、昔に『死神』と戦ったことあるんだって?」
そう言われた瞬間、柳の身体中に衝撃のようなものが走った。
……『死神』
そんな言葉、もう聞くことはないと思っていたが、なぜこの少女が知っているのだろうか。
正直もう聞きたくもないと思ったほどでもある。
「なぜあんたがその言葉を、『死神』の存在を知っているんだ?」
「私はあんたじゃない、ちゃんと如月って名前があるの」
「今はそんなのどうでもいい! なぜ如月が『死神』を知ってるんだ!」
その声に如月は少し体をビクッとさせる。
柳自身もは声を荒げてしまったことに少し反省する。
「ごめん、少し興奮しすぎた」
「大丈夫、私もちょっとふざけすぎたよね」
如月も如月自身で反省する。
「とりあえず、私が『死神』を知っているのは……」
如月は少し間をあけ言った。
「その『死神』に、私のお母さんが殺された」
如月はそう透き通る声で言った。
今の如月は少し悲しそうな顔をしていた。
少しまずいことを聞いてしまったかもしれないと思う柳。
この空気を変えようとし必死に言葉を探したが何も出なかった。
柳の中でも如月の言葉は深く刺さった。
お互い大切な人を失った同士、如月の気持ちもわからなくもない。
「そうか、それは災難だったな……」
「そんな感じだと君も同じようなみたいね、その『オルタナ』って子でしょ?」
柳の表情で察したのか、如月はそう言った。
「『オルタナ』って子はどんな子だったの?」
「あぁ、とても可愛い子だったよ」
「じゃあ、君が『死神』が戦った時の事と、その『オルタナ』って子の事を詳しく教えてくれる?」
如月にそう言われ、少し戸惑う柳。
だがその答えも柳の口からスッと出た。
「あぁ、教えてやろう」
柳がそう言った瞬間、学校のチャイムが鳴った。
「あ! 私教室にカバン置きっぱだ!」
「あ、俺もだ」
柳と如月は急いで教室まで走った。
なんとか鞄を取って急いで校門を出た。
「もうこんな時間だったのか」
時間を見るととっくに五時を過ぎまわっていた。
急いで走ったからか少し腹の傷に痛みが走った。
制服も破けたから治さないといけないな、と思う柳。
「……行くのが早いって」
後から如月が校門から出てきた。
さっきまで時間に必死だったため、すっかり如月を置いて走り去ってしまった。
柳は「ごめん……」と一言いい、歩き出した。
「はぁ……明日って学校休みでしょ? そしたら私三時に駅前の喫茶店で待ってるから、ちゃんと時間通りにきてよね」
「いきなりだな……って明日かよ」
「何? なんか不満でもある?」
「……いや、特に」
「じゃあそれで決定ね、じゃあまた明日」
そう言って如月は帰っていった。
柳は明日の予定を少しめんどくさそうに感じたが、自分が生きていた中で初めて『死神』を知っている存在が現れたことの方に天秤が傾く。
如月が見た『死神』はどんな容姿をしていたのかや、どんな武器や能力を持っているのか。
無論、楽しみにしているわけではない。
ただ、如月も『死神』が干渉して大切な人を失っている。
如月はお母さんを、柳も大切な人を失った。
明日はどんなことを話そうか、と帰りながら考える柳であった。
◇◆◇◆◇
あれから翌日、柳は支度をして家を出た。
「よっ」
三時丁度に喫茶店に行くと、如月はもう席に座っていた。
後から柳も席に座り、如月と向かい合わせになるようになる。
私服姿の如月は、上半身は少し首元が見えるる真っ白なパーカーに、下半身は水色のショートパンツだった。
「何見てるのよ」
如月の私服を見ていた柳にそんな冷たい言葉が飛んだ。
メニューを取り出して誤魔化そうとする柳。
それを横目にスマホをボーッと眺め出した如月。
―――とても気まずい。
「もう何か頼んだのか?」
こんな気まずい空気をなんとかしようと、柳がそう如月に聞く。
「いや、君を待っていたから何も頼んでないわよ」
そんな如月の言葉に柳は返事をし、再びメニューに目を通す。
柳は今まであんまり家から出ない性格だったので、こんな喫茶店に来るのは初めてのことだった。
メニューを見て、まず驚いたのは値段だった。
パンケーキ一つで九百円もする、事前にこの喫茶店を調べておいたら、と後悔した柳。
とりあえず比較的に安い物を頼もうと、店員を呼ぶ柳。
あれから数分が経って、柳と如月の分の料理が届いた。
とりあえずコスパの良かったハニートーストとメロンジュースを頼んだ柳。
如月は少し贅沢をしてパンケーキとショートケーキを頼んだ。
「そんなの食べたら太るぞ」
「失礼ね、君も一概には言えないでしょ」
そんなことを言って如月はパンケーキを頬張る。
柳も、何も言い返せなくなってしまったのでメロンジュースに口をつけた。
ふと柳は前を見ると、如月がスマホを取り出して写真をパシャパシャと撮り始める。
「自撮りか?」
「そうよ、私だってSNSとかやるんだから」
そう言いながら色々なポーズをとる如月。
ピースをしたり、パンケーキを頬張る瞬間だったり、キメ顔をしたり色々だ。
数枚とって満足したのか、ウキウキな顔で写真を投稿する。
「よし、これでおっけー」
満足してケーキを頬張り始める如月。
柳はそれを見ながらハニートーストを頬張った。
「それじゃ、そろそろ聞くけど」
如月はフォークを置いて、柳の目を見る。
「君が会った『死神』の話と、君の心にいる『オルタナ』って子の事、教えてくれる?」
少し真剣な表情になった如月を見て、柳は顔を向ける。
そして柳もフォークを置いて、如月の目を見た。
「よし、話してやろう。一年前に起きたことを……」
そして柳は一年前にあった、とある事件を話始めた。