プロローグ 【シニガミ】
《死神が現れましたので、直ちに避難してください》
そんな放送が船内中に響いた。
ここは海上真っ只中、修学旅行中の中学生を二百名ほどを乗せた客船だ。
「まぁ、何かの聞き間違えだろう……」
そう余裕ぶって呟いた男は京崎柳。
柳は自分が読んでいた本を閉じて、窓の外を見た。
「それにしても騒がしいな……」
柳は人間関係という言葉が嫌いだった。
だから今もみんなが外の景色を見ている中一人自室で黙々と本を読んでいた。
《死神が現れましたので、直ちに避難してください》
さっきも聞いたような放送が繰り返し船内に響く。
やはり死神が現れたというのは聞き間違えではなく、本当のようだった。
「死神って……漫画やアニメの世界じゃないんだから」
何かこの船のイベントだろうかと思う柳。
そろそろ海の景色を見るのも飽きて来たのか、また本を手に取った。
さっきのが嘘のように周りが静かになり、柳の部屋には本のページが擦れ合う音しか聞こえなくなった。
柳はこうして静かな場所で本を読むのが趣味だ。
別に本を読んで頭がいいとか真面目なやつとか思われるためじゃない、ただ単に本が好きな中学三年生だ。
本といっても読むのは小説で、ファンタジーやSFなどしか読まない。
だから『死神』という単語には少し興味があった、だがその前に柳は人と関わるというのが嫌いだった。
《死神が現れましたので、直ちに避難してください》
そうしてもう一度放送が流れた。
「またか、どっか放送を切るボタンとかあったかな」
柳は椅子から立ち上がり、部屋の放送を切るボタンを探した。
ちょうど柳が部屋から廊下に出る扉の近くに来た時に、廊下側からすごい足音が聞こえた。
その足音はすぐに消え去ったが、柳はその足音が気になってしまった。
ただ自分の部屋の前を走っただけだろうと思いつつも、一応扉を開ける。
「――――――っは?」
廊下には、人が人とは言えないくらいの悲惨な姿になっていた。
死体と言っていいのか、でも間違いなく死んでいるだろう。
そんなものが廊下中に散らばっている。
壁や天井には―――血。
死体は首や腕が切り落とされている。
「なんだこれ……イベントってレベルじゃねぇだろ……」
イベントにしては手が込んでいる。
だが少し周りを見たところであることに気がつく。
少し離れたところで何か見たことのある顔があった。
それは、柳と同じクラスだった同級生が死んでいた。
「何が起きているんだ……」
何もできない柳は、とりあえず視線を右から左へと移す。
だが、どこを見ても景色は変わらず死体だけが目に映る。
なぜいきなりこんな不可解なことが起きたのか、柳の頭にはとある単語が引っかかった。
―――『死神』―――
さっき何度か放送に出ていた単語だ。
死神というのはイベントでもなんでもない、ただのデスゲームのようだった。
「は、早く避難しないと……」
柳は今すぐに逃げ出したかったが、どうにも足が震えて動かなかった。
恐怖、怯え、寒気、色々なものが掛かっている。
現状を受け入れることさえ、今の柳には考えれなかった。
―――こんなの、どうしろと。
「あれ、まだ生き残りがいたのかしら?」
そう横から囁くような声が聞こえた。
柳が振り向くと、そこには人が立っていた。
腰あたりまである銀髪のブロンド、赤色の瞳、黒色のフードとマントが掛かっている。
いかにも『死神』と思われる人物だ。
柳も悟った―――これは死ぬ。
「ごめんね、ここにいるみんな全員殺してしまったの」
『死神』は何もない空間から鎌のようなものを創り出した。
そうして一歩一歩柳に近づいてくる。
「もしかして大切な友達でもいたかしら?」
そう『死神』は囁く。
だが柳は何もできなかった。
―――来るな、来るな、来るな。
柳は声が出せなかったのでそう頭の中で何回も唱える。
だが『死神』は止まる気配が見えなかった。
そうして柳の数歩前で歩くスピードを上げた。
「貴方もすぐにみんなのところへ逝かせてあげるわ!」
そして『死神』は鎌を振りかぶった。
それは、柳の首を切り裂くように、とも思ったが。
何か「カキンッ」という金属音がした。
柳はふと前を見ると、先ほど『死神』が振りかぶった鎌に、もう一つの鎌がぶつかっている。
肩くらいの緑色の髪に、エメラルドのような瞳、そして灰色の服を着た少女が立っていた。
「私がこいつを止めておくから早く逃げて!」
その瞬間、柳の足が動くようになった。
だが、どこに逃げればいいのか。
柳はこの船の避難所の場所を知らなかった。
「あら? せっかくこの子が私を止めているのに逃げないかしら?」
『死神』が柳を煽るように言う。
だが、そんな言葉に柳は屈しなかった。
そうして、柳は腕を上げて少し姿勢を崩した。
「ごめんなさい、俺この船の避難所知らないんで……俺も戦わせてください!」
こうして、『死神』と人間の戦いが始まった。