表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

タイトル未定2024/08/02 23:28

1 とある爺いとラジオ体操


 『ビリリリ、ビリリリ……』


 カチャッと、とある爺いが目覚ましを止める。起きたばかりだというのに、その様子は全く眠そうではない。欠伸をする様子すらない。


 「うーむ、今日も目覚ましと同時に起きたか……」


 いつの頃からか、目覚ましと同時に起きるようになった。必ず毎日同じ時間。一度電池が切れていて、時計が遅れてしまっていたことがあった。しかしその日もキッチリ6時3分前にはパチっと目が覚める。


 「さてと……」


 寝巻きから動きやすいいつものシャツと短パンに着替える。着替えながら頭の中で爽快な音楽が流れ始める。


 『あたーらしーいーあーさがきたー……』


 これもいつの頃からか、完全に再現出来るようになっていた。あのラジオ体操の放送を、である。音はもちろん、歌声もピッチも何もかも完全にである。


 「これが出来るようになった時は嬉しくて皆んなに報告したのにのぉ……」


 そう、この爺い、改め、岸和田とおるはラジオ体操が大好きなのだ。いや、好きという言葉では表せれない、異常なほどラジオ体操なのだ。1日も欠かすことなく、毎日同じ時間にラジオ体操をする。1日も欠かすことなくだ。これがどれだけ異常であるか……。




 とおるが5歳の時、二つ上の兄に連れて行ってもらった公園から、彼のラジオ体操人生は始まる。とおる自身も眠たいながら一生懸命兄について行き、公園に集まっている子供たちと合流する。


 そう、夏休みのあの朝の恒例行事である。


 集まった子供たちはそれぞれ色んな表情を見せていた。ただただ眠たそうなもの。欠伸を隠すことなく大きな口を開けているもの。ブツブツと愚痴のような言葉を紡ぎながら不機嫌そうなもの。


 そんな時にあの爽快な音楽が流れ始める。


 その後はラジオから流れる指導の声を聞き、周りを見ながら精一杯体操をする。何分か経って、ラジオからの音声も切れた時、とおる少年の身体は湯気をたつほど汗をかいていた。しかし、不快な汗ではない。スッキリしたような、眠気などどこに行ったのか分からなくなるほどの気持ちよさ。


 周りを見ると体操前の眠そうな子供は一人もいない。皆んな清々しい顔をしてこの後の遊びの予定などを立てている。


 この日の、この瞬間の事は忘れない。


 こんな素晴らしい体験があったのか……。


 とおる少年はこの日からラジオ体操の虜となった。文字通り虜だ。兄より先に起き、グズる兄を引っ張って公園に行く。そしてあの爽快な音楽を聞き、体操をするのだ。





 あの1日だけの感動かと思ったが、そうではなかった。毎日、毎日……。何年も経っても毎回感動するのだ。朝が待ち遠しくなるくらい。いつも体操が終わった後は気持ちが良くなる。嫌なことも、朝の怠さも、なんなら前の日の疲れなども全て吹き飛ぶのだ。どんなけ前日に怒るような事があっても、朝の体操の後には全て無くなっていた。だからこそ、とおるは周りの人たちから信頼される、優しい人間として認識されていた。





 愛すべき妻である美代子もそんな優しさに惹かれてとおるに恋に落ちた。いや、容姿もそれなりに整っている。それどころか隠れてファンクラブサイトが運営されるくらいにモテる男であった。しかし、欲もラジオ体操と共になくなってしまうのだから恋も出来ていない状態だった。


 美代子に会うまでは……。


 「美代子が先に逝ってもう20年か……」


 いつも通り頭で再生される音に合わせて体操をする。惚れ惚れとするような動き。見本となる女性たちよりも、いや世界中のどんな動きよりも神々しい、とおるの体操。


 最初は公園や、庭で体操していたのだが、いつの頃からか、近所の人だけでなく動物(犬、猫など)も集まってくるようになり、居心地悪く部屋の中で体操するようになった。


 「しかし、美代子も建太も感動を分かち合ってくれなかったなぁ……」


 妻と子供、建太にもラジオ体操の素晴らしさを伝えて一緒に行っていたのだが、流石に毎日は付き合ってくれなかった。気持ちはいいけど、それほどか? というような感じで生暖かく見守ってくれていた。頭で放送を再現出来る! と興奮していた時も、「よかったわね。」とは言ってくれたものの、少し困ったような笑顔であった。


 「あれからもう100年かぁ……」





 そう、この爺い、岸和田とおるは現在105歳。105歳である。しかし想像する105歳とは全く違う。足腰がしっかりしている、という次元ではない。先ほども語ったが、とても美しい動きをするのである。見た目もいっていて60代。見ようによっては40代後半。なぜか分からないが彼は人より老いが少ないのである。定年退職である65歳の時などまだ30代にしか見えてなかったほど。


 しかし、間違いなくあの初めてのラジオ体操からちょうど100年経ったのだ。

 

 「ふぅ、なんか今日はいつも以上に身体が軽くなったのぅ。また何かを掴んだか……。なにっ!? 」


 いつものように体操を終わらせて、いつものように気持ちよくなり、いつものように日常を始めようとした時、突然眩しい光に包まれた。






 「ふふふ、久しぶりの達成者が来たと思ったら……。なんて面白いスキルなんだよ! なんだよ、ラジオ体操って! 」


 





 光の中からそんな子供のような驚いた声が聞こえた……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ