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第9話 推しの為に氷の姫君と契約する男

「麗しき皇女殿下。ご機嫌麗し……くはないですね。お初にお目にかかります。お……いや、私はフレデリク・フォン・リンブルク」


 ああ。

 そりゃ、そうなるよな。

 絶体絶命の時に一番、やばいやつが現れたぞ! と思われているんだろう。

 『氷の姫君』と謳われるあの皇女殿下がフリーズするとはね。

 これは超レアだ。

 こんな顔も出来るんだな、この娘。

 推し一筋の俺ともあろう者が不覚にもドキッとしちゃったぞ。


「ゾフィーア皇女殿下、私を雇ってくれませんかね?」


 求愛をする貴族のように跪いて、そう言ったら、さらに引かれた気がする。

 気のせいか?

 俺は純粋に取引をしたいだけなんだが……。

 勘違いをさせてしまったんだろうか。

 せやかって、うち、単なる日本人で貴族の嗜みとか分からんし! と頭の中で謎の小動物が口をもごもごさせている姿を想像してしまった。


「貴公は黒い甲冑を着ていたであろう? その者の言うことを信じられると思うか?」


 そりゃ、ごもっともです。

 やっぱり、気付かれていたか。

 この皇女殿下の目を欺けるとは思っていなかったが、直に会っただけでバレるとは思わなかったよ。


「私は殿下の命を救った恩人ですよ。少しくらい、信じていただけませんかね」


 氷のような冷たさを感じるアイスブルーの瞳で射竦められると変な性癖に目覚めそうな気がしてくるな。

 そういう趣味はないんだが、M属性の男には堪らんだろうね。


「今、この場をうちの弓兵が狙っているんですよ。私に何かあったら、どうなるでしょうか? 試してみますか?」


 はったりではない。

 チェンヴァレンくんにしては珍しく、すぐに理解してくれた。

 優秀な弓兵隊が合図一つで射られるように準備を整えて、待機しているのだ。

 カードは出来るだけ、多いに越したことはないからね。


「貴公、本当にあのリンブルクか? 思慮が足りぬ武勇だけの輩と侮っていた私の目が節穴だったということか」


 ああ、俺はフレデリクだけど、フレデリクじゃない。

 そこまで見抜いているとは、ある意味、勘が鋭いな。

 この姫さんと組めば、俺の生存率を高めてくれそうだ。


「そりゃ、殿下の買い被りってものですよ。俺は正しく、評価をしてくれて、存分に働ける上司の元で働きたいだけなんでね」


 これは俺の偽りない本心だ。

 まともではない上司の元で働くのはうんざりだ。

 ストレスが溜まるわ、疲れは貯まるわ、ろくな目に遭わなかった。

 異世界に来てまでそんな思いはしたくない。


 そう言ってもそう簡単に俺のことを信用出来ないだろう。

 コンラウスだったか?

 皇女殿下のいとこだったか。

 確か、親類だったと記憶している。


 その男と小声で何かを相談し合っているようだ。

 正直、彼女に拒絶されても仕方がないことだろうとは思っている。

 それで恨みに思って、弓兵に始末させる気は毛頭ない。

 皇女殿下に死なれると主人公に対する歯止めがなくなる気がするんだよな。

 だから、拒絶されたとしても彼女を咎める気はないのだ。


「いいだろう。私は能力のある者であれば、如何なる者であろうと使いこなせる自信と力があると自負している。貴公を使いこなせぬようであれば、この天下を安んじることなど出来ぬだろうからな」


 この娘、本当に十五歳かと疑いたくなるほど、しっかりしている。

 十七歳のユウカの方が子供っぽいんじゃないか?


 ゲーム通りだとすると皇女殿下も相当な苦労人だったはずだ。

 しっかりせざるを得なかったんだろうが、年相応に振舞えないのは不幸としか、言いようがない。


「ありがとうございます、殿下。我ら、()()()()()()は殿下の剣となりて、立ちはだかる敵を全て、切り伏せることをここに誓います」


 そう、俺だけではない。

 養父(おやじ)殿が家を上げて、殿下の下に馳せ参じるってことだ。


 ド・プロットの奸計によって、ほとんどの兵を失ってしまったデルベルク家だが、零落しても従っている忠義の者がいる。

 それに加えて、ジェラルドに預けた手勢と弓兵を合わせれば、二万にはなるだろう。

 まだ、地盤の弱い皇女殿下が喉から手が出るほど、欲している手勢が手に入るのだ。

 このチャンスをみすみす逃すような人ではないだろう。


「貴公、今、何か、不思議なことを申さなかったか? ()()()()()()と聞こえたが私の空耳ではあるまいな?」

「空耳ではございませんよ、殿下。()()()()()()が殿下のお力になると申し上げたのです。あいにく、養父(おやじ)殿は遠出が出来ぬ体ゆえ、御挨拶にはうかがえませんが……。ああ、殿下、それから、わ……いえ、俺のことはフレデリクとお呼びください」


 ちょっとフランクに接しすぎた気はするが、妹よりも年下だ。

 もう一人妹が出来たくらいにしか、感じないってのが本音だ。

 クールビューティ―も悪くないなとか、思ってないんだからな!?


養父(おやじ)殿だと? ゲレオーア・フォン・デルベルクは死んだと聞いているが誤報であったのか?」


 死んだどころか、俺が殺したことになっているんだよな。

 おかしな話だ。

 ヴェルミリオン欲しさにド・プロットに養父(おやじ)殿の首を届けた不忠者という不名誉な肩書でね。

 存在しない罪を犯したことになっているのだから、悪役補正とでも言うべきだろうか?


養父(おやじ)殿はいたって元気でして。もう少し、年齢(とし)を考えて、おとなしくしておいて欲しいくらいですよ。壮健そのものです」

「そ、そうか。ゲレオーア殿は壮健か。それは良かった」


 氷の姫君と謳われる皇女殿下が戸惑う表情を見せると破壊力が高い。

 これがギャップ萌えというやつか!

 油断出来ん。


「殿下。先に一つ、謝っておきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「よい、申してみるがいい」

「俺が信頼する者と手勢を殿下のお力とすべく、すぐにでも向かわせることが出来るのですが、その……俺はまだ、殿下と行動をともに出来ないというか、何というか」

「フレデリク、お主、思ったよりも意外とまどろっこしいやつだったのだな。つまり、お主はまだ、ド・プロットの下でやらねばならぬことがある。そういうことであろう?」

「はっ。さすがは殿下。まずはあの奸賊を取り除くのが先決でしょう。俺は幸い、あいつの信用を得てます。あとは頃合いを見て、患部を取り除く所存にて」


 これは半分が真実で半分が嘘だ。


 ド・プロットの排除は避けようがない規定事項だ。

 こればかりは仕方がないことだろう。

 あの男は好き放題にやり過ぎた。

 改革には痛みが伴うものだが、あの男がやろうとしたのは改革ではない。

 己の欲を追求しただけだ。

 既成観念を撤廃したという意味ではド・プロットの果たした役割は大きい。

 だが、法と道徳を無視すべきではなかった。


 しかし、俺が皇女の元に馳せ参じられないのはそれだけが理由ではないのだ。

 前世で推していた『姫』。

 セレナ姫ことセレスティーヌに会うにはド・プロットの下にいないと駄目なんだよ!

 折角、フレデリクになったんだ。

 もうすぐ彼女との出会いイベントが発生するってことは知っている。

 それまではド・プロットの下にいなくてはならないのだ。

 我慢だ、我慢。


「その言やよし。お主のことだから、何か考えがあるのだろう?」

「はっ。宮廷内では陛下に近しい親皇帝派がド・プロットにへつらう者どもにより、力を失っております。近いうちに親皇帝派に動きがあると思われますので彼らと力を合わせ、ド・プロットを除く。こう考えております」

「ふむ、悪くはないな。お主はド・プロットに近い立場ゆえ、あやつも油断すると見たか」


 ド・プロットは豪放磊落(ごうほうらいらく)

 見た目も熊のようなおっさんなもんだから、おおざっぱな性格だと誰もが思うだろう。

 これが意外なことに逆なのだ。

 小心者で臆病ときてる。

 だから、警戒心が強く、油断している姿を見せることがまず、ないのだ。


 ただし、それは普通ならという条件付きの話だ。

 その点、俺はあいつの養子ということになっている。

 武勇を買われ、信用されているので身辺警護として、武器の携行も許されているのだ。

 殺すチャンスはいつでも、あると言える。

 もしかして、楽勝じゃないか?


「それでは殿下。殿下を狙った不届き者は既に排除しましたゆえ、安心してこの場を離脱してください。俺は怪しまれない程度に証拠を改竄してから、あちらに合流します」

「よかろう。今はお前の言葉に従っておくとしよう。また、お主に会える日のことを楽しみに待っておるぞ」


 馬上の人となり、去っていく皇女殿下を見送った俺は目を回して、ぶっ倒れたままのエイジをどうしようかと思案した。

 殺すか? 殺さないか? それが問題だ。


「殺しますか? 証拠を残さず、処理しますが」

「ん?」


 鈴の音が鳴るようなきれいな声が俺の心の中を見たかのような言い回しをしているな。

 誰だ?

 いつの間に背後を取られたんだ?

 不思議で仕方がない。

 フレデリクはこの世界最強の武人のはずなんだが、こうも簡単に背後を取るとは……。


 ブロンドの髪を風に靡かせ、俺のことを涼やかなマリンブルーの瞳で見つめて……ないな。

 むしろ睨んでいるのか?

 この娘は確か、弓兵隊の隊長だったか。


「殺すには惜しい男なんでね。どうするべきか、悩んでいるのさ」

「はぁ。そうですか」


 殺せないと知ったら、明らかにがっかりしたぞ、こいつ。

 殺しが趣味の危ない娘なのか?

 名前は確か、モニカ・シュテルンで間違いないはずだ。

 弓の腕で比類なき者とされながら、エルフであるというただ、それだけの理由で左遷されていた。

 そこをユウカがスカウトしたのだ。

 俺はエルフだからとか、人じゃない生き物というだけで露骨に態度を変える人間という生き物の方が信用出来ないと思う。


 エルフなんて、あれだぞ。

 弓兵隊を見ても美人しかいないのにおかしいだろ。

 いや、美しいから許すという訳じゃない。

 見た目じゃないんだ。

 要は中身だ! 心だ!


 その点でこのモニカという娘。

 ちょっと危ないとは思っているのだ。

 殺しが趣味は危ない。

 間違いない。

 サイコパスキラーだったら、近くに置くのは危険かもしれないな。


「シュテルンくん、殺すのはもっとも簡単な方法だ。だが殺された者に近い者はどう思うかね? 殺した者を殺したいと思うだろう」

「閣下、向かってくれば、殺せばいいだけではありませんか?」

「それでは終わらないのだよ。憎しみの連鎖というものだ。殺されたから、殺して、それで終わりがくるかね? 殺し尽くせばいいのかね? それでは世界は変わらない」


 どの口が言っているんだとも思ってしまう。

 フレデリクは『人中の鬼神』なんて言われるくらいだ。

 相当に()っちゃっている訳だ。

 戦場で軽く力を振っただけでそれを理解した。


 力を把握できていなかったせいもあるが散々、殺している俺が言うと『おま言う』なんだよな。

 ブーメランが刺さっている気がしてないらないんだが……。


 偉そうなことを言える立場にないことは十分に分かっている。

 だが、違う世界から来た部外者として、この荒れた世界をどうにかしたいとも思うんだ。

 この美しき殺人人形はそこのところを理解してくれないものかね?

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