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第1話 獣として死す

 俺は伴 朝夜(ばん ともや)

 両親を事故で失い、まだ中学生だった妹の夕夏(ゆうか)とたった二人の家族になったのは今から、五年前のことだ。

 俺達兄妹には頼る者などいなかった。

 しかし、妹にこれ以上、悲しい思いをさせたくはない。

 死に物狂いで働く日々を送ることになったが、後悔はしていない。


 そんな俺にとって、息抜きとなるのが唯一の趣味といえるゲームだった。

 ゲームをしている時だけは現実を見ずにいられたからというのも理由と言えなくない。

 だが、たまの休日に夕夏と共通の趣味で遊べる。

 これが一番、大きな理由だった。


 そして、今、一番はまっているゲームが『王竜英雄伝説』だ。

 大望を胸に抱き、諸国を流離(さすら)う流浪の自由剣士ベーオウルフ。

 そのベーオウルフが仁義の旗を掲げ、戦乱の世を生き抜き、やがて自らの国を建てるまでを描いたシミュレーションRPGだ。


 その頃の俺は単純で何も考えていなかったんだろうなぁ。

 義理人情に厚く、英雄然としたベーオウルフの生き方をかっこいいと憧れを抱いた。

 人間という生き物は自分にないものに憧れを抱くものだ。


 それこそ、沼にはまるようにゲームを進めた。

 進めていくほどに心の中に微かな違和感が生じていくことを感じ始めたのはいつから、だったろうか。


 この主人公は本当に正義の人なのか?

 民を愛する仁義の人として、描かれている主人公だ。

 それなのに俺の中でベーオウルフの印象はどんどん悪くなっていく一方だった。


 理由は簡単なことだ。

 ベーオウルフは民を安んじ、皇帝を助け、傾きかけた帝国を立て直すのだと訴える。

 その思想に賛同し、ベーオウルフという男の度量に感服した多くの英雄が彼の下に集まってくる。

 だが、実際はどうだ。

 彼のやったことに多くの民が戦に巻き込まれ、命を失った。

 彼を慕って集まった英雄も一人、また一人と倒れていく。

 それでも彼は歩みを止めない。

 全ては理想の為と称して、歩んでいく。

 彼の行く道はまるで血に塗れた紅い道なんだ……。


 俺は主人公であるベーオウルフがどんどん嫌いになっていった。

 そして、悲劇的な最期を遂げるライバルキャラに何故か、惹かれていたのだ。

 万夫不当の猛将なれど欲望のままに動き、狂戦士と化して獣のように無残な死を遂げた騎士。

 その名はフレデリク・フォン・リンブルク。

 凶悪なる魔神、殲滅の軍神、節度無き破壊神なんて、物騒かつ不名誉な二つ名を持つ帝国屈指の猛将だった。


 身寄りの無い戦災孤児に過ぎなかったフレデリクが世に出るきっかけとなったのはその類稀なる身体能力と魔力の高さが辺境伯ゲレオーア・フォン・デルベルクの目に留まり、彼の養子に迎えられたからだった。

 元々、備わっていた素質に一流の師が与えられたことで才能を開花させたフレデリクはめきめきと頭角を現していく。

 十五の年を迎える頃には既に『デルベルクにフレデリクあり』と帝都にまで噂が流れてくるほどだった。


 では彼がなぜ、不名誉な二つ名で呼ばれるようになったか?

 それは彼が養父の政敵ダニエリック・ド・プロットに唆され、飛竜欲しさに養父の首を手土産に寝返ったと実しやかに囁かれていたからだ。

 真偽のほどは分からない。

 だが、彼は寝返った不忠者であると劇中でずっと(そし)られることになる。

 実際、フレデリクの駆る真紅の飛竜ヴェルミリオンは天下にその名を知られる最強の飛竜であって、そのコンビに敵うものはいないんじゃないかというくらい強かった。

 ああ、主人公のベーオウルフは別だな。

 いわゆる主人公補正で勝つんだから、やるせないものがある。


 そんな不遇の扱いを受けているフレデリクだが、登場当初は武人として優れているものの実直で女性の扱いに不慣れな好青年という印象だった。

 そして、悲劇的なヒロインであるセレナことセレスティーヌが登場し、フレデリクの運命が大きく変わっていく。

 フレデリクは儚く美しい姫であるセレナに一目惚れするのだ。

 戦場で魔神と恐れられる男が愛しの姫への贈り物で悩む姿は男の俺から見ても微笑ましいものだった。

 ところがだ。

 両想いに見えたフレデリクとセレナだが、それはセレナの養父である内務卿イグナーツの策略だった。

 ダニエリック・ド・プロットとその腹心であるフレデリクを仲違いさせ、奸臣ダニエリック・ド・プロットを討伐する。

 セレナはその策に捧げられた生贄だったのだ。

 結果として、策は成功した。

 セレナを奪われ怒りに燃えるフレデリクの手によって、ダニエリック・ド・プロットは志半ばに斃れる。

 だが、それはさらなる悲劇を招く始まりに過ぎなかったのだ。

 養父による策として、フレデリクに近付いたセレナだったが実は本当に彼のことを愛していた。

 だから、彼を裏切るような真似をして、身体を汚された自分が許せなかったのだろう。

 フレデリクがセレナの元に駆け付けた頃にはその体はもう冷たくなっていた。


 その日、かつての実直な好青年は死んでしまったんだろう。

 そこからのフレデリクの転落は早かった。

 欲望の赴くままに戦いを求め、血を求め、戦場を彷徨うフレデリク。

 まるで血の涙を流しているかのように失われて、永遠に手に入らない愛しい女を求め、不毛な戦いを続ける。


 俺は彼の姿にいつしか、同情以上の感情を持つようになっていた。

 どうにかして、この男を助けることは出来ないのか。

 まあ、無理な話だった訳だ。

 ライバルキャラで憎まれて退場しなければならないフレデリクに救いの道なんて、ありやしなかったのだ。


 どんな力でも断つことが出来ない魔法の鎖でがんじがらめに縛られた手負いの獣は最期まで人らしく扱われることなく、弓で射殺された。

 全身にハリネズミのように矢が刺さり、命尽きるその瞬間までセレナの名を叫び続けるフレデリクの姿に俺はいつしか……あれ?

 俺は……目の前が真っ暗だ……なん……だ?

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