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西の国の姫と東の国の王子の契り-短編

作者: 朧月飛影

見つけてくださってありがとうございます。

何もない田舎の夜に、突如昼間のように明るい光の柱が伸びる。

ほとんどの住人は眠りの中にいて、知っているのはわずかばかりの野生生物たちだけ。

その光の柱の根元には洞窟があり、壁にはおびただしい肉片、開けた場所にはボロボロになった少女が横たわっていた。

そっとその体を担ぎ上げる男たちの姿は、瞬き一つの間に消えていた。


保護という名の監禁をされた少女は、西の国の第一王女メッツェンのメイドとなった。

王女付の護衛のアドソンと、王女付の魔術師兼執事のスタンツェ、人型使い魔のメイドと5人でお茶を飲んでいた。


「なぁサクラー、これは絵画の魔術とは違うのかー?」

ウェーブのかかった茶髪に深緑の瞳、くっきりとした目鼻立ちの顔、引き締まった体の騎士は、肩より上に切りそろえられた黒髪、青い瞳の少女に声を掛ける。


「これは以前いた世界の文字で、漢字といいます。桜は私の名前で、花の名前です」

慣れないガラスペンをゆっくり動かし、異世界の知識を伝える少女は、以前の世界とこの世界の知識をすり合わせるため、「尋問」という形での呼び出しにのんびりと対応している。

この世界に魂だけ呼ばれた際、元の体はボロボロになっており、髪は切り揃えたら肩の上にまで短くなった。

年頃の女性であればこの長さは常識外れであり、場所によっては鬘などで長さを補わなければならないこともある。

当の本人は元の世界に近い黒髪にショートヘアも紺色の瞳も気に入っている。


「ねぇ、この他に書いてある文字はなぁに?」

腰まである金髪に淡いピンクの瞳、勝気な笑みを浮かべる王女は、好奇心を隠しきれずに質問する。


「今日の質問はメッツェン様のもので終わりで良いですか?一日に三つというお約束ですよ」

サクラが朗らかに終わりを決める。

不機嫌そうに口を噤むメッツェンを横目に、スタンツェが追い打ちをかける。

編み込まれた銀髪に水色の瞳、眼鏡を掛けていても涼やかな目線は、無表情になると物凄い威圧感を醸し出すため、外部の文官からは恐れられている。


「・・・はぁ、メッツェン様が初めに提示した条件ですから、今日もここまでですね」

サクラを精神的に追い詰めるために作った「質問は一日に三つまで」という約束を、サクラは上手く利用している。

王女と初めて会ったときに、一日三つの質問を受け、王女の興味を引き続ければ命が長らえるという約束が取り付けられたからだ。

魔術の無い異世界の知識や技術について答えることや、サクラ自身が学んだことを質問する日々を楽しんでいる。


「では、そろそろ、お夕食の準備をして参ります。失礼いたします」

人型使い魔とサクラは厨房へ向かうため、執務室を出て行く。

メッツェンたちは執務室で食事を取るため、ワゴンを運ぶ必要がある。

王女宮の上級使用人たちは、メッツェンの苛烈な性格を受け止め、長年付き添ってきた精鋭であるため、サクラが宮の中をうろついても見守っている。

サクラの監視役として、スタンツェが魔猫の使い魔をつけていると通達されているのもある。

そもそも上級使用人たちもメッツェンの執務室には滞在出来ないため、王女付として正式な手続きを取っていなくとも、メッツェンが許したのであればだれも口は挟めない。


「ウィスカーさんも今日は一緒にお夕飯を食べましょう」

メッツェンの執務室と同じ廊下に面するメイドの控室を与えられたサクラは、勤務を終えてからウィスカーとお茶を飲みたいと考えている。

3人の食事が終わってからメイドたちも食事にありつけるのだが、本来人型使い魔のウィスカー(サクラ命名)は食事の必要がない。

力の弱い使い魔は、口を聞くことも出来なければ、人間を傷つけることも出来ず、命令に従うのみなのだが、サクラのお願いにウィスカーは無表情で小さく頷く。

サクラにとっては金髪に金色の瞳の同居人という感覚なのだろう、例え、眠るときに小さな宝石になっているとしても、だ。

「スタンツェくんもお茶飲みますか?」

魔猫の使い魔にも勝手に命名しているサクラは、なぜか首周りに指定席を作り、マフラーのようになっている彼にも話かける。

紺色の毛並みに、黒い瞳の長毛魔猫だが、重さも暑苦しさも感じないため、サクラは時折心配になって毛並みを撫でるのが癖になった。

「ニャォ」

どうやら同意が得られたとサクラはほっとする。



本来であれば、不審者として国王に報告しなければならないサクラは、メッツェンの計画のために表立って外部に存在を知られていない。

元々大した人間ではないが、慌ただしくも虚しい以前の生活から、衣食住が保障され手探りでも興味深い今の生活にサクラは、大変満足していた。

「おはようございます」

ウィスカーと共にメッツェンの執務室に入り、朝の挨拶を行い、入口近くの壁際に控える。

転生して三か月も経ち、机に向かうメッツェンの眼差しで、今日の機嫌が分かるくらいになった。

「ねぇ・・・サクラ・・・・お願いがあるんだけど・・・」

「承知いたしました。お話を進めていただいて構いません」

サクラは朗らかに、しかし明確に答える。

「えっ、サクラ、何の話か分かったの?すげーな」

「いえ、分かってないです」

「主の話は聞く価値すらないと?」

純粋に驚いたのであろう大きく開いた瞳が可愛らしいアドソンと、自嘲にも聴こえそうだがどこか楽し気なスタンツェが声を上げる。


「いえいえ、メッツェン様が【お願い】なんてしなくても、命令すればいいだけのことです。わざわざ私のことを気にかけて、お願いというのであれば、それは私が承諾すれば叶えて差し上げられることなのでしょう?」

「そうなのだけれど、あたくしは・・・」

「では、お話を伺いますが、私が断ることはありませんので、ご安心くださいね。それともいつも通り三つの質問から始めますか?」

「・・・今日は質問は止めておくわ。」


いつもは勝気な笑みを称えるメッツェンも流石に眉尻が下がり、一瞬だけ俯く。

口元に力が入り、いつも通りの微笑みに戻し、サクラを見つめる。

「・・・サクラ、貴方にはこれから、メッツェンとして東の国の第二王子コッヘル様の元に嫁いでもらいます」

「分かりました。いつ出発しますか?」

一世一代の告白かのように固い口調で告げたメッツェンと、いつもどおりの朗らかなサクラの返答の差が激しく、周囲の者たちは笑いをこらえるのに必死になった。


「・・・明日・・・サクラ・・・ちょっとは嫌がってくれない?貴方の世界の常識では、これは理不尽なことでしょう?」

「それはそうですが、今は西の国にいますからねぇ。ちなみにその王子様との結婚は確定なのですか?」

「いいえ、まずは婚約を結べるかどうかね。国同士の約束ではないのよ。この国から厄介払いをされるあたくしと、あの国で長く生きられないと言われている第二王子の仮の婚約よ。向こうに向かう途中で王女が襲撃されるか、あの国の王子が儚くなればそれで終わり」

「分かりました。では私が襲撃されるまで、メッツェン様は無事に隠れていてくださいね」

メッツェンはペースが崩されるからか、サクラのペースでの会話になっていることに気付いていない。

スタンツェはメッツェンの為になると評価するくらいはサクラのことを認めているので、恐らくこのままサクラをメッツェンの身代わりとして話が進むと考えている。

アドソンは異世界から来た少女が案外図太い神経をしていて、毎日が面白いのでこのまま楽しければいいと、二人の会話を見守っている。


「いえ、だから・・・少しはサクラも生きたいと願ってくれないかしら?あたくしたちがついていくのだから」

「え?メッツェン様も?一緒に行くのですか?」

ここで初めてサクラは大きく目を見開いた。

「そうよ、みすみす殺されるものですか。あたくしたちは生き残って、向こうの王子には早めにどうにかなってもらうわ。そして、自由に生きる!」

「メッツェン、落ち着けー。サクラが首を傾げてるぞー」

「落ち着いてください。サクラ、後ほど詳しく説明しますが、向こうには王女一名、侍女一名、文官一名、騎士二名で向かうと通達します。使い魔は何にでも変化出来ますので。そのくらいは西の国も東の国も許すでしょう。この国に縛り付けられるメッツェン様を自由にするには、この婚姻が必要になるのです。分かってくれますか?」

「分かりました。メッツェン様の身代わりの婚姻、承ります」

「・・・結婚は本当はしなくてもいいのよ、一旦国を出てしまえばどうにでも出来るわ。ただ、襲撃を受けない場合は、あちらの国で謁見くらいは済ませないとならないの」

「構いませんよ。私は皆さんに救ってもらったのですから。明日、東の国に出発ですね。準備します」


 これは西の国のトラブルだらけの姫と、命の灯火が消えかかっていると言われた東の国の王子の『婚姻』のお話。

異世界から来たサクラが、姫と王子を取り巻く人間と、人外者たちと共に、果たして自由を手に入れられるのか。

そんな冒険譚の前日。

ありがとうございました。

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