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リトとユカ

作者: 鈴木美脳

 リトは毎日、下校路にあるジムでサンドバッグを叩いていた。

 肌に学ランを着たまま、生気の抜けた眼差しで、黙々と叩きつづけていた。


 何をしているのか、自分でもわからなかった。

 現実逃避かもしれなかった。

 努力しているふりをしているのかもしれなかった。

 喧嘩が強くなることにも、人を殴ることにも、真剣な興味はまったくなかった。

 ストレス解消なのだろうか。

 将来への絶望と、社会不信と人間不信とに染まっていて、捨て犬のような存在になっていた。


 ユカは毎日、下校路を歩きながら、サンドバッグを叩く捨て猫のようなリトに気づいていた。

 学校では孤立しているけど、放課後も孤立しているんだなと思った。

 通るたび、チラ見した。

 顔は、悪くない気がした。

 身体つきも、悪くない気がした。

 余計なおせっかいだけど、でも彼女はいなそうだなと思った。


 ユカは、友達が多いほうではなかった。

 勉強ができるほうでもなかった。

 なのに繰り返し、学校のアイドルのような男子生徒に情熱を捧げた。

 さほど躊躇せずに告白もした。永遠の愛情を告げた。

 振り返ってみれば人生、片想いばかりだった。

 自分が大好きだったが、客観的な魅力とのギャップを次第に自覚してきた。

 片想いに飽きてきて、片想い恐怖症みたいになりつつあった。

 せっかくの人生、一度でいいから、めちゃくちゃに愛されてみたかった。

 誰かの人生にとって絶対的に唯一の女になってみたかった。


 そう思うと、社会不信の塊のような目をした、あの捨て猫への意識が次第にふくらんでいった。


 学食で安いパンを一つ買って、すぐに食べおわり、校舎裏で呆けているリトのもとに近づいてみた。

 余ったと言って、おにぎりを一つあげてみたが、受け取らなかった。

 しかし、目は泳いでいた。

 良かったら食べて、と言って置いていったら、あとで見たらなくなっていた。

 次の日からちゃんと受け取るようになった。

 ユカは、リトのためにしばしばお弁当を作ってあげるようになった。


 リトは、社会不信の塊だった。

 何もかもが嫌で、何も考えられなくなっていた。

 お金もなく、いつもお腹をすかせていた。

 すると不思議なことに、昼食におにぎりをくれる優しい女子生徒が現れた。

 リトには、ユカが自分に優しくしてくれる理由がぜんぜんわからなかった。

 何をしていても、その優しい女子生徒が不思議と脳裏をよぎるようになっていった。


 餌付けとは言いたくないが、ユカには半ばその自覚があった。

 学校とも家族とも社会とも孤立したような男子を餌付けすれば、彼にとって唯一の女になれるかもしれないという空想があった。

 ユカが狙ってきたイケメン男子はみな、ユカの外見を不合格と見なしてきた。

 ユカには、自分の人間性や情緒が誰にも負けないものだという自信があった。

 ユカは、その笑顔と愛嬌と母性を、内面的な女子力を、惜しむことなくリトに注いだ。

 するとリトは、面白いように懐いた。

 手のひらの上に乗せて転がすように男子を懐かせる体験は、少し面白かった。


 それはまるで、もてない女が捨て猫と恋愛しているようなものだった。

 でも実際、リトは人間だし、狙ってきた男達とは少し?ジャンルが違うけど、悪くない。

 報われない片想いに終わるよりは、自分だけを一途に愛する男がかわいいと思うようになってきた。

 自分達は、社会の主役じゃないかもしれないし、共通する趣味を理解し合っているわけではないけど、そんな恋愛もありだと思えた。

 悪く言えば、共依存だろうか。恋する喜びは、現実生活の不安や痛みをやわらげた。


 ユカに甘えて眠るリトの寝顔は、子供のようだった。

 リトに必要だったのは、そもそも、母親だったのかもしれない。

 リトがユカに向ける愛情は、恋愛感情ではないのかもしれない。

 自分はそこにつけこんだのかもしれない、とユカは思った。


 ともに眠るようになっても、リトはユカの身体をなかなか求めなかった。

 ユカの身体に反応しながらも、強く自制してためらっているようだった。

 ユカは、リトを受け入れているというメッセージをあらゆる形で伝えつづけた。

 何週間か経ってやっと、リトはユカを自然に求めるようになっていった。


「リトは、私のことだけをずっと好きでいてくれる?」

「うん!」

「約束する?」

「約束する!」


 以後、二人は生涯をともにした。


 サンドバッグを叩く姿を初めて見た時、ユカが実は見抜いていたように、リトは純粋な男だった。

 ユカが自分に望んでいるのは何より、決して裏切らないことだと肌で感じていた。だから、ユカのことを、外見や身体つきで他の女と比べることはしなかった。風俗店に行くことは避け、酒場で知人とくつろぐことも遠ざけた。

 テレビに映る女の子を褒めることもなかった。ユカの身体だけを女だと思うよう、自らを制御した。

 ユカにとって一番の男であろうと思った。それがユカの幸せを守ることなんだと思った。

 いつか裏切られて捨てられて死ぬことがあったとしても、最初にくれたおにぎり一つの優しさで報われている気がした。

 ユカにとってどこまでも安い男になろうと思った。その愛の価値をわかってくれる賢い子だと、ユカを信じた。

 捨て犬のような自分を拾ってくれたユカのことを、心の底から愛していた。



 教訓。

 よく懐き、一途に愛するなら、男性の愛嬌としてそれは、価値の一つに数えられうる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 興味深く読ませていただきました。 わたしは、ちょっと寂しいなと思いました。 ユカが片想いしていた男の子たちにフラれたことを自分の容姿が原因だと思っていることも、リトがユカのためにと自分の欲…
2021/11/22 22:22 退会済み
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