エリィの再び拒否
──今、我が家はこれまでにない緊張感に包まれている。隣の父は顔色が蒼白気味で、母は手を震わせながら紅茶を入れていて。普段なら率先して手伝っているところだけれど、今回はお客様が私に話があるとのことで大人しく父様の横に座っている。いや座らされた、の方が正しいか。
逃がさないと言わんばかりにこちらを凝視してくる彼に、はぁぁとエリィは内心で深い溜息をつきながら、こうなった経緯を思い出していた。
『答えろ、エリィ・ライラック!!』
突然現れた上に訳も分からないまま凄い剣幕で詰め寄られ、それはもう驚いた。有り体にいえば、物凄く狼狽した。喋ろうとしても焦りで、え、あ、など言葉にならない単語が口から出るだけ。そんな私を無視し、彼はさらに大声を出しながら詰め寄ってくる。そのうち、とうとう私は頭が真っ白になって、気づけば泣いてしまっていて。だけど。
『申し訳ありませんが、私の娘に少し時間を頂けませんか?』
と言って、まるで王子様のように颯爽と現れた人がいた。それはもちろん、大好きな父様。それでも止まらない彼は私から矛先を変えて父様に怒鳴り出す。
『今俺はこいつと話をしている最中だ、邪魔をするな!』
『はい、大切なお話なんですよね』
『分かっているなら──!』
『ええ、私の娘が──泣きやみましたら、すぐに退きます』
『は、』
私に視線を向けた彼は、そこで初めて気づいたらしい。驚いたように美しい瞳を丸くし、何とも言えない表情を浮かべた。
『邪魔をしてすみません。泣いている娘をどうにかしてやりたくて思わず……』
私を背に庇うように間に入り、相手を落ち着かせ、不快にさせないよう気を配る父様が素敵すぎて、出ていた涙がピタッと止まる。それほどの衝撃だった。え、私の父様かっこよすぎない!?それに彼も少し落ち着いたみたいで言い返してはこない。改めて自分の父の素晴らしさを感じたエリィだった。
そんな訳で結局人目を気にした私は、話があるのだという彼を不本意ながらも家に招き入れてしまった。あぁ、また夕食が遠のく……。本当に不本意この上ない、とエリィはがっくりと肩を落とした。
********
カチャ、カタカタ、、、
母様が紅茶を淹れ終わり、こちらへと向かってきている。手の震えからか茶器が少し音を立てていて、母様の緊張がこちらにまで伝わってくるようだ。それでも零さず丁寧に、偉そうに座っている彼の為にそっと紅茶を机上へと置いた。しかし。
「いらぬ」
そう一蹴され、萎縮してしまう母を見て、なら帰って下さい──と思わず口が開きそうになるが、寸前の所でグッとこらえる。落ち着け、落ち着くのよエリィ。お優しい母様の厚意をあの態度で無下にしたことは許せないが、勢いに任せればそれこそ両親に迷惑をかけてしまう。
今更だけど、恐らくこの人は──
「散々待たされた上に粗末な茶をこの──ジルバート・オルガ・ハウザーが飲むとでも?」
やっぱり、今すぐ帰れ──と言うのを再度我慢し、エリィは必死に笑顔を浮かべることに徹する。口元が引き攣りそうだけど。うぐぐ。
そう、出会い頭に怒声を浴びせ、怖がる私に詰め寄り、今美しい顔で暴言を吐いたこの人は、この国の頂点に立つ国王陛下、ではなく。その国王の弟、ジルバート・オルガ・ハウザー王弟殿下である。確か御年は十七になられ、優れた美貌と王族特有のエメラルド色の瞳のことをこのフィンデル王国で暮らす民で知らない者はいない。……いないのだけれど、たまに忘れる人(私)もいる。言い訳をするなら、平民が王族に目にすることはそれこそ数年に一度あるかないかで、日常生活に何ら関わりがない。だから忘れても仕方がないというか。あっ、母様その紅茶は私が後でゆっくり味わいながら飲みますからね!
「さて、そろそろ答えてもらおうか、エリィ・ライラック」
「……」
侮蔑を含んだ瞳が私に向けられ、父様が心配そうに見やる。それに、にこと精一杯の笑顔をエリィは返した。もう大丈夫、と意味を込めて。何故私は王城に行かないのか、それはもちろん──
「私は、聖女ではないからです」
「とぼけるな、その左手に現れたのだろう、聖女の証である紋章が!」
やっぱりこの模様のことでここを訪れたのか。ギッと視線を向けてくる殿下から隠すように、手袋をはめた左手をぎゅっと右手で握る。
「隠しても無駄だ、従者のサウジから報告は既に受けている。戯言は聞かぬ」
「ですが!私にはこの模様がそうだとは到底思えません。それに、」
「貴様がどう思おうが、この俺が直々に出向いていることが何よりの証だと思わぬか」
「……大変、光栄なことと存じます」
「ハッ、だろうな」
うぐぐぐ。エリィは内心で地団駄を踏む。問いかけてはいるが、話を聞く気がないのはよく分かったし、何よりこの尊大な態度。お世辞ですからね、正直に言うと出向かれて迷惑です!と言えたらどんなに楽か。
それに聖女ではないと確信を持って言える、ちゃんとした理由もあるのに。
「兄上の代で聖女が出たのは僥倖なことだ。聖女が平民だとは予想外だったが、まぁ良いだろう。どうにか誤魔化せるはずだ」
「あの、実はですね、」
「それにこんな家で一生を過ごすよりはましだろう?」
「こ、こんな家……いえ、私は、」
「これからは聖女として、国王陛下の治世の下で身を挺せ。貴様もそれが望みだろう?」
「……私の、望み……?」
思わず聞き返す。すると、殿下はまるで何を言っているんだ、とでも言うような顔で口を開いた。
「それが、紋章が現れたお前の──他者を救うために身を捧げる、聖女としての幸いだからだろう?」
言い放った言葉に、その表情に、私は今まで我慢していた感情を引き出され、口が開いていく。手に力が入る。その衝動のまま──
「私の幸せは! 明日も学校へ行き! 終わった後は、父様の仕事のお手伝いをして!母様のごはんを食べることです!!」
はい、やらかしました。
本当に長くお待たせしてすみませんでした。またここから一歩一歩精進して参りますので、どうぞ応援宜しくお願い致します。