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エリィの最悪な出会い




 先程まで終始にこやかな顔と態度で話を続けていたカルカッタの顔色が変わる。否定を述べた私の即答に彼は戸惑いを隠せない様子だった。


「な、何故でしょうか」

「私は聖女ではありませんので、王城に行く必要を感じません」

「いえ、ですから──」

「もし仮に、私が聖女だとしても行きません。明日も学校がありますし、父様の仕事のお手伝いもしたいので」

「そ、そんな理由で……」


 思わず、と言った様子で呟いたカルカッタに、表情には出さないけれど内心むっとする。そんな理由でと他人には思われるかもしれないけれど、父様と母様の厚意で通っている学校を休みたくはないし、父様の仕事の手伝いだって私にとっては大事なことだ。それに仕事を終えて帰れば、母様の美味しい夕食が私を待っている。うっ、そういえば夕食まだ食べてないんだった。ぎゅるるる。自覚すると途端にお腹が減ってきた。しかしまだ諦めていないのか、カルカッタは椅子から立つ様子がない。


「王城で正式に認められれば、貴方様は尊き聖女様として、富や権力を手に入れることも──」

「それこそ全く興味ありません」

「あー、エリィ、俺たちのことは気にしなくても大丈」

「そうですよ!ご両親のことは気にせず」

「気にして言っているわけではありません。私がしたいことだから断っているのです」


 カルカッタが言い切る前に、エリィはきっぱりと断る。しかしまた父様のお言葉を遮ったな。この雰囲気を和ませようと気を遣ってくれたと言うのに、彼はどういう神経をしているのか。どんどん好感度が下がっているとは知らずに、さらに目の前の彼は言い募る。


「このような家で、こんな村で、一生を過ごして行くおつもりですか」

「──はい、もちろんそのつもりですが」

「そ、そんな!エリィ様はこれから数々の功績を手に入れ、いずれ民に周知され、崇め称えられますのに!ここでは貴方様の真価は発揮されません! どうかお考え直しを、」


「──カルカッタ様」


 早口に並べ立てるカルカッタを鋭く呼ぶエリィ。怒りを抑えるために手をきつく握りしめる。本人の気の済むまで話を聞いて否定し続けていれば、なんとか帰ってくれるのではと思っていた私が浅はかだったと後悔が募る。恐らく悪気はないのだろう。表情を見ればそれくらいは分かる。ただ純粋にそうだと思っているだけ。だけど。彼の言葉に息を呑んだ父様と、肩が少し揺れた母様に気づかない人に──怒りを覚えないなんて私には無理だ。


「私は富も権力も、ましてや人からの賞賛も入りません。この家で大好きな両親と過ごしている今がすごく幸せで」


 きつく握りしめていた手を開いて、そっと両親の手にのせる。そしてその手を父様と母様が握ってくれて。自然と気持ちが和らいでいく。


「私にとってここに住む両親が一番大切です。もし私がよく物語で出てくる、清廉潔白で慈悲と博愛に満ちた聖女なら優先順位すらつけないのでしょう。しかし私は聖女ではないのでそうは思えないのです」

「し、しかし……」

「ご期待に添えず申し訳ありません」

「…………」


 なおも説得を続けようとしたカルカッタの表情が、私の言葉を聞いて諦めたように帯びる。ここまでくるのほんと長かった……既にお腹も限界だ。あ、でも最後に。これだけは言っておかないと。


「そもそも貴方が敬愛するべき聖女だと私を想定していたなら、その聖女を生んだ両親にこそ貴方は敬うべきかもしれませんね」

「ちょっ、エリィ!?」

「え」

「聖女だったかもしれない私がこうして生きているのも全て両親のおかげなのですから」

「あ……」


 今度こそ呆然とするカルカッタ。反省してくれるならそれでいいのです。





 バタンと玄関の扉が閉じられ、馬が地面を踏み鳴らす音も遠ざかっていく。や、やっと帰ってくれた。どっと疲れが押し寄せてくる。自分で思うよりも緊張していたみたいだ。  

 それにしても人の話を中々聞かない人だった。こちらの言葉は中々届かないし。王城で地位があろうがなかろうが、誰であろうと私の目の前で両親を蔑ろにする人は許せない。思えば最初からあの人は父様の言葉を遮って自分の言いたい事だけを伝えてきていた。それで自分の都合の良い時だけ聞いて。

 そもそも、こんな手に現れた模様一つで聖女と決めつけるのは些か早計だと思う。こちとら生粋の平民だ。絵本とか物語の聖女様は、よく王子様と幸せになりました、めでたしめでたし。みたいな感じで終わることが多かったので、基本的に王族や貴族の人が聖女になるのだと思っていた。それに聖女が平民だった話なんて聞いたことがないし。


「こんなふうに追い返して、大丈夫だったんだろうか?」 

「こちらの迷惑も顧みず突然家に来たんです。話を聞いてあげただけでも感謝してほしいぐらいですよ」

「そ、そうか?……いや本当に??」

「ふふ、もし大丈夫じゃなければ家族全員で亡命しましょう」

「え"」

「そうですね!」

「いやいやいや二人とも!?」




 

**********





「今日もお仕事お疲れ様でした、父様!」

 


 昨日の一日が嵐のように過ぎた後。もちろんいつもの日常に戻った。

 とは言っても、朝起きて自分のオドが明らかに増えていたりとか、宣言通り先生に会いに行くと理事長に会わされたりとか、いつも通りではないこともあったけれど。それに危惧した通りお客様から遠巻きにされたりも。でも父様と母様がいつも通りなら、私にとってもいつも通りなので。全く気にしない。

 

「父様、はやくはやく!もうすぐ着きますよ」

「エリィは元気だなぁ」

「そりゃあもう今から母様の夕食が食べられると思ったら嬉しくて、──?」

「どうした?」

「いえ、何か視線を感じまして」


 突然辺りをきょろきょろ見る私を父様が心配してくれる。あ、目が合って──


「何故貴様は王城に来ぬのだ!!」


 目が合った瞬間、怒声を浴びせられエリィは驚きに固まる。しかし驚いたのはそれだけが理由ではない。

 鮮やかに輝く金の髪に、エメラルド色の瞳。まるで絵本の中から出てきたような美しい少年がそこにはいた。面立ちからどことなく感じさせる高貴さは、この平民が集う村には馴染まず、むしろ異質を放っている。そして朱色を基調とした服装は金の装飾が施されており、さらに存在感を際立たせていた。ただ佇んでいるだけでも絵になっていただろう。だけど現実は。


「貴様のことだ、貴様!呆けていないで──」


 そんな美しい少年が肩を怒らせ、声を荒げながらエリィに向かって指をつきつける。


「答えろ、エリィ・ライラック!!」


 人の容姿にそこまで拘りがないエリィでさえ、好感を抱きそうな容姿を持ったその少年は、そんな神様からの贈り物を一瞬で無にした。




 普通に、最悪な出会いだった。





 


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