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エリィの拒否




 予期せぬ来訪者──サウジ・カルカッタ、と名乗った使者は、母様が出したお客様用の紅茶を優雅に飲んでいる。線の細い体を仕立てのいい礼服に包み、堂々とした佇まいが印象的だ。……だけど急に押しかけてきた側の態度としては些かどうだろうか。涼しげな顔で座っている青年とは反対に、こちらは動揺を隠せずにいるというのに。そもそもやっと一息ついて座れたところで。せっかく母様が準備してくれていた夕食をテーブルから急いで片付けたり、椅子等を用意したり。……嫌味を一つぐらい言っても許されるのでは。そもそも招待してもいないのに、家の中に入ってくるなんてどういう了見で──


 と、言いたいことは山程あるがぐっとこらえる。まぁ、あのまま玄関前で話されてもご近所さんの視線が痛かったからしょうがないとは少し思うけれども。でも玄関前にはあのまま豪華な馬車が置かれているわけで。それに──ぎゅるるる。……うぅ、お腹すいた。とにかく早く帰ってくれないかなぁ。

 ごちゃごちゃ考えている私のお腹の音と気まずい沈黙だけが両者の間で佇む中、父様が耐えかねたのかとうとう本題を切り出した。


「カルカッタ様はどういったご用件で家にいらっしゃったのでしょうか?」

「──ジルバート様の使者として、我が主からのお言葉をエリィ様へとお伝え致します」


 んん? 父様の質問に答えているようで答えていないのだけれど。そもそも父様が聞いているのだから伝えるのは私じゃないでしょう。失礼な人だ。

 そんな失礼な態度をとるカルカッタ様に父様が気分を害されたのではと思い、ちらっと視線を向ける。しかし父様は、相手の厳かな口調に緊張させられてそれどころではなさそうだった。あ、ちょっと手が震えてる。なので父様に変わり、私が会話を試みることにする。というかジルバート様……? 聞いたことあるような、ないような。


「えーと、それでそのお言葉と言いますと……?」

「ジルバート様は、当代聖女様であられるエリィ様を王城へお迎えしたいとの仰せです」


 今言われた言葉を整理する為に頭の中で反芻させる。当代聖女、王城、お迎え。うん、よく分からない。一体何のことだろう。さすがに唐突すぎて、きょとんとしていた私たちだったが、はっと一番に我に返ったのは緊張していたはずの父様だった。


「うちのエリィが当代聖女!? 急に何を言って──た、確かにエリィは聖女のように可愛くて美しい自慢の娘だが!」

「あなた」


 父様……。何とも言えない気持ちになりながら、少し下を向く。母様譲りの淡い緑の長い髪はよく褒められるけれど、私の容姿は平凡なはずだ。これは確実に父親フィルターがかかっている。だけど大好きな父様に褒められるのはやっぱり嬉しい。

 そんな私の心情はさておき。母様の制止で我に返った父様が気を取り直すように堰を払い、話を続ける。


「あーごほんっ。しかし正真正銘、平凡な私の娘です。さすがに聖女というのは」

「本日エリィ様は学校で左手に、聖女の証である紋章が現れたとお聞きしております」

「なっ、本当かエリィ!?」


 カルカッタ(内心では呼び捨てることにした)の言葉を聞いた父様が真剣な顔で今度はこちらを向く。うっ、確かに模様らしきものは現れたけど。しかしこんなことなら変な模様が現れたことだけでも先に父様と母様に話すべきだったかも。父様の仕事と母様の夕食が優先だったので、すっかり頭から抜けていたのだ。いやむしろ忘れていました。

うぅ、どうしよう。目の前のカルカッタは心底どうでもいいけれど、真面目で誠実な父様と母様に嘘をついて嫌われたくない。でもこの場をとりあえず嘘で凌いで、後から本当の言ってもいいかもしれない。だってこの場で肯定しても嫌な予感しかしないし。いやでも──


「あら、本当に現れているのね」

「おぉ!これはなんと見事な……!」

「か、母様!?」


 なんと母様は私が悩んでいる内にスルッと手袋を外し、まじまじと左手の甲を見ていた。いや、むしろ見ているというよりも撫でたり、軽く引っかいたりして、どういうものか確かめているような……。母様、もしかして私が自分でペンで描いたって疑ってます!?さすがにこの年でしませんよ!滲んですらいないでしょう!?

 そう説明してもいまいち納得しない母様へ必死に否定を続けながら、先程から無言の父様が気になってちらっと目を向ける。母様みたいに誤解していませんように! しかしそんな私の願いは叶わず、父様は私の左手を凝視しながら絶句していて。心なしか青ざめているようにも見える。……え、引かないで下さい父様!


「エ、エリィが不良になってしまった!どうしようマリヴェル!」

「なってませんから!」

「しかし、その紋章?をペンで描いてないなら、い、刺青ということに」

「えぇ!?」

「い、いい、いいんだ。エリィの人生だからな、自由に」

「違います!私が父様と母様からもらった大切な体に、刺青を入れるわけありません!これは今日学校で!勝手に!浮き出て来たんです!」

「ほう、やはりそうなのですね」

「あ」


 しまった。何を私は詳しく説明しているのだ。しかし母様と父様にこれ以上悪い意味で誤解されたくはないので、とりあえず模様(紋章だとは認めない)が勝手に現れたことはもう隠さない。というか見られてしまったし。だけど。


「確かに今日学校で模様が現れましたが、これが証って些か短絡的じゃありませんか!? 私は一目見た時、呪いを受けたのかと思ったぐらいです」

「何をおっしゃっているのですか! 正しくこの紋章は聖女様の証ですよ!」

「ですから何を根拠に、」

「エリィ様、この書物をご覧下さい」

「……とりあえず私に様付けはやめてください」


 私の話を切るような形で懐から出された書物は、赤い装丁に、表紙は金色で植物の模様が描かれていた。『聖女の書』とそのままの題名で、代々王城にて保管されてきた書物だそうだ。さすがに本物は厳重に禁書庫で保管されているそうで、今持っているのは複製本らしい。なんというか本の名前もそのままだし、複製本の割に無駄にお金がかかっていそうな本、というのが印象深い。


「このページをご覧下さい、正しくその左手に現れた紋章は代々伝わっている聖女様の証と記されています!」

「いや、でも少し大きさが違うような……それに聖女様の髪色って」

「そんな差異は些細なことです!」

「そ、そうですかね……?」

「ご理解頂けましたでしょうか。ではさっそくですが、これから王城に」




「ごめんなさい、無理です」




 カルカッタが喋り切る前に、丁重にお断りをする。何が「ご理解頂けましたか」、だ。理解したところで納得するとは限らないだろう。そんな私の返答にカルカッタは狼狽したように表情を曇らせる。


 無理なものははっきりと伝えないと、ね。




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