エリィの魔法授業
「じゃあ、いってきます!」
「いってらっしゃいエリィ。道中は気を付けてね」
「はい!あ、父様!学校が終わったらすぐに向かいますから、そのつもりで今日もお願いします!」
「いや、たまには遊んで帰って来てくれ──ってエリィ?」
「あら、もうエリィはとっくに出たわよ」
「え」
エリィはタタっと小走りで学校に向かう。今日は少し遅れ気味だ。浮遊魔法が使えれば自分を浮かせてすぐに学校にもお店にも着けるからいいのに、なんて都合のいい考えが頭に浮かぶ。まぁ、自分を浮かすなんて高度な魔法は恐らく自分の魔力量では無理だろうけど。そういえば、こうして日常生活で魔法を使うことに対して違和感がなくなったのはいつだったかなぁ。
そう、なんとこの世界には──魔法、というものが存在していて。
前世では魔法なんてファンタジー作品や空想の産物でしかなかったが、この世界では当たり前のように日常生活でも使われている。父様が魔法で物を浮かすところを初めて見た時は驚きすぎてひっくり返ってしまい、心配させてしまったのは今でも恥ずかしい思い出だ。それから何度も父様と母様に何で何でと聞き続けてたっけ。
簡単に言うと、私たちが吸っている空気はこの世界では『マナ』と呼ばれていて。そのマナを体中に取り入れることで、個人が保有する潜在的魔力、『オド』が生きる魔力となり、体外でも使えるようになる、ということらしい。
マナは大気中に満ちているので、いくらでも体中に取り込んで魔法を使えるように思える。しかし実は取り込んでもほとんど同じ量のマナを人間は吐き出しているみたいだから、やっぱりずっと魔法を使えるわけではないみたいだ。そしてオド。個人のオドが強いと強力な魔法を使える。だけどオドは生まれ持った資質が関わってくるので、人によって格差が出てしまう。だからよく貴族間ではオドが強い者同士の婚約が多いらしく、その強制婚が問題になっているらしい。
「さて今日は、基本の四属性以外の属性について説明する。魔法には基本となる、火・水・風・土の四つの属性に分類され、人それぞれに適性があることはもう理解しているな。よしそれでは────今、私が開いたページを見てほしい」
先生の魔法で、生徒皆の教科書が一斉にパラパラと捲られる。恐らく風魔法の応用だろう。しかも無詠唱。すごいなぁ。
「ここにはこう書いてある。基本属性とは別に、『聖』の属性がこの国には存在すると」
先生の発言で教室が少しざわつく。皆聞き覚えがあるからだろう。そんな私たちの反応をみて先生は苦笑いを浮かべる。そう、聖属性とは。
「そうだ、皆も聞いたことがあるかもしれないが、学校創立に携わった第五代目聖女様、そして歴代聖女様たちが持っていた属性だ。もちろん聖女様以外でも稀にこの属性を持つ人はいる。例えば、そうだな、王城の宮廷魔術師の中には聖属性の魔法、治癒魔法を使える方々がいると聞いたことがあるな」
「えーじゃあデーン先生、その人が聖女様だったりしないの?」
「あぁ、それでも聖女様の魔法には遠く及ばないらしい。何せ歴代の聖女様方は失った手足すら再生させるほどの治癒魔法を使っていたと言われているからな」
思わずごくっと唾を飲み込む。失った手足を再生出来るとか、もう神様に近いのでは……。いや、だから聖女様と呼ばれるのか。実際ここ数百年は聖女様が現れていないらしく、国が総力を挙げて探しているらしいのだ。いや、探して見つかるものなのかなとは疑問に思うところはあるけれど。
まぁ、平民には関係ないことなのでそこまで関心はないのだけれど。それに恐らく私には聖属性は無いから尚更だ。属性の適性については、何となく自分でどの属性に適しているか分かるみたいで。一応私が今のところ自覚しているのは、水と土の属性があることぐらいだ。でも聖女様ほどの魔法は使えなくていいから、少しでも聖属性があればよかったなぁ。そうしたら腰を少し痛めたらしい父様に使ってあげられるのに。
そう思いふける中、先生はつらつらと聖属性について説明を重ねていく。この時、ちゃんと話を聞いておけばよかったと後悔することになろうとは今のエリィは思いもしなかった。
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「というわけで今日はここまでだ。明日は今日提示した宿題を必ず持ってくるように」
がやがやがや。最後の授業が終わり、先生がいなくなった教室は一気に騒がしくなる。よいしょっと。帰る支度も出来たので私も早速お店に向かおう、と気合を入れて机から立ち上がる。あ、そうそう。父様と母様に今日も学校のことを聞かれると思うから話すことも頭の中で纏めて、考えないと。えーと今日は、
「聖属性の治癒魔法のこと……──ん?」
ふいに左手に生じた違和感にエリィは立ち止まる。何か手に当たった、というような違和感ではなくて。魔法を使う時に体が少し熱くなるような──それでいてそれとはまた違うような熱を感じたのだ。
左手を持ち上げ、反対の右手の指先で触れるとさらに左手が熱くなって。鼓動を刻む音すら左手から聞こえる。一体何が自分の身に起こっているのかエリィには分からない。そして動揺して動けない中──左手が、淡い光を灯し始めた。そしてエリィの思考もやっと動き始めた。
えっ、いやいや何事!? 人間の腕が光るって現象聞いたことないんですけど! いや、腕というより、手の甲から光が出てる……? ていうか眩しい眩しい! 淡い光から強い光にだんだん変わっていっている気がする。そしてとうとう眩しさに耐えられなくなって、エリィはぎゅっと自分の目を固く閉じる。自分が光って己の目が潰れそうってどういう体験!? とにかく今何が起こっているのか、
『──け、て』
──何か、何かが聞こえた気がした。こんな状況で聞こえる声なんて自分の声以外有り得ないはずで。現に頭の中は自分に起きているこの現象のことで一杯だ。だけど。だけどその声はひどく悲しい声だった気がして。何のことを言っているのかすら分からない。だって聞こえたのはたった一回で、二文字だ。だけどそれでもエリィはひどく感情を揺さぶられて。だからこの声に返事をしようとして目を開くと──。
「え?」
いつの間にか光は消えていた。
そして残されたのは、呆然とする私とまだ教室に残っていた数人の同級生たちだった。