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エリィの一日




「ただいま戻りました父様!」

「あぁ、おかえりエリィ」

「お待たせしてすみません!すぐに着替えて来ますので」

「いやいや、むしろ早いぐらいだ。 ……何度も言っていると思うが、」

「ふふ、別に急いで来なくていいって言うのでしょう?」


 陳列していた手を止めて、私を出迎えてくれた優しい父様が申し訳なさそうな表情をしている。もう父様ったら。そんな顔をさせたくて急いで来たわけではないのに。私が少しでも役に立ちたくて勝手にやっていることだ。


「私には父様と母様を差し置いて優先することなど何もありません!」

「そ、そう言ってくれるのは嬉しい……が、しかしだな」

「ふむふむ。今日はこのオレンジが特売品なのですね!」

「あぁ、そのオレンジは──ってまてまて!まだ話は終わ、」


 少し照れた様子の父様がピタッと話すのを止めたので、疑問に思って振り向く。何かあったのかなと心配に思いながら。だけどそんな心配こそ杞憂で。だってそこには微笑ましそうに私たちを見つめるご婦人がいたのだから。


「今日もせいが出るわねえ、エリィちゃん」

「ダッ、ダナディさん! いらっしゃいませ!」

「ふふっ、こんにちは」


 うぅ、私としたことが近くにいたお客様の気配に気づかないなんて。動揺して思わず手に持っていたオレンジを後ろに隠してしまう。だけどそんな私に嫌な顔一つせず、笑顔で挨拶を返してくれるのは隣町から足を運んできてくれるご婦人のダナディさん。三人の息子さんがいる彼女は買い込む量も多く、うちのお得意様の一人なのだ。


「今日も来てくださったんですね!」

「えぇ、育ち盛りな息子たちのおかげでね」


 苦笑しながらもどこか嬉しそうに話すのは、純粋に息子さんたちの成長が喜しいからだろうなぁ。家族仲が良好なことが分かって私も心が温かくなる。とはいえこの流れだと世間話が長くなってしまうことは経験上分かっているのでいいタイミングで切り上げよう。それからそれから。あ、父様が途中までやっていた陳列を再開しないと。やることは沢山あるのだ。今日も頑張るぞー!おー! あ、今手に持ってたオレンジが少し潰れた……。


 父様のお仕事は、この世界ではグリィング、と一般的に呼ばれていて。前世でいう昔ながらの八百屋、という職業に近いのではないかと思っている。毎朝アニヴェル市場から仕入れた新鮮な野菜や旬の果物を父様の目利きによって仕入れ、そして見事勝利した青果たちがこのライラック店に並ぶ。また他にも父様が頼み込んで仕入れを契約した農家さんたちの珍しいお野菜なども置いているので、お客さんの評判も中々、否! 上々である。それに加え、父様の誠実な態度や人柄の良さもあってダナディさんみたいに少し遠くても来店する固定客も増えてきているのだ。さすがです父様。



*************



 キィ、と玄関の扉を開けた瞬間にふわっと漂ってきた匂いが私のお腹をこれでもかとくすぐる。あ、急にお腹が減ってきたかも。ぎゅるるる。……。思ったよりも大きな音が自分のお腹から響いて、父様が驚いた顔を私に向けた。ぎゃ―恥ずかしい! ぐるんと顔を背ける。出迎える為にここまで来てくれた母様は、そんな私たちの様子を見てくすっと笑っていた。


「今日もお疲れさま。手を洗ってきたらすぐにお夕飯にしましょうね」


 そうして言われた通り手を洗って、そわそわとテーブルへ駆け寄る。するとそこには美味しそうに湯気を立てて尚且つ美しく彩られた私の大好物が! もちろん他にも副菜などのお皿も並べられているけれど私の目にはもう入らない。


「本当にエリィはマリヴェルの作ったシチューが好きだよなぁ」

「ふふ、今日も腕によりをかけて作ったわ」

「! 母様ありがとう!いただきます!」


 そう、私は母様が作ってくれるこのクリームシチューが昔から大好きで。私の大好物ともあって、かなりの頻度で我が家のテーブルに並ぶ。私が喜ぶだろうと思って今日も夕食に出してくれた母様にじーんと心が温かくなる。

 そんな両親の愛情をふとした所でも感じながら、いそいそとスプーンで掬ってシチューを口に入れた。するといつもの優しい味が広がって思わず、ほう、と息が漏れる。ほくほくのじゃがいもは口内でほろりと崩れてスープに馴染み、トロトロになるまで煮込まれた玉ねぎは溶けるように消えていく。そしてどんどんお皿からも消えていくシチュー。今食べ始めたばかりなのに既に半分以上は食べている。……さすがに食べるペースが速すぎたかなぁ。ちらっと目の前の両親を見ると母様は嬉しそうに私を見て微笑んでいるが、横にいる父様は私の食べっぷりにちょっと引いているような。……。私はそっと自分の手を止めた。


「あら、もう食べないのエリィ? ……もしかして美味しくなかった?」

「! いいえっ母様! 今日のシチューも最高です!」

「それならどうして──」

「えっと、少し勢いよく食べすぎたかなと思いまして……その、もっと味わって」

「わはは、そうだな! エリィの食べっぷりには驚かされたぞ!」

「うっ」


 父様の悪意なき言葉に私はドスっと貫かれ、内心で転げまわる。年頃の女の子としていくら父様でもそう思われるのは恥ずかしい。顔も赤くなっている気がする。うぅ。母様はそんな私の反応で察したのか先程の不安そうな顔を一変させて、あなた!と言って父様を怒るように窘めていた。あぁ、私のせいで父様が怒られるなんて!慌てて止めに入る。良いのです母様事実ですから! そう言うと、母様も私がいいのならと怒るのをやめてくれた。ほっ。


「? そ、そうだエリィ! 今日も学校でのことを聞かせてくれないか」


 母様に怒られても何のことか分かってない様子の父様。そのまま察さないで頂けると有り難いです。それでも食卓の雰囲気から何か感じ取ったのか、焦ったように別の話を振られる。それは私が午前中に通わせてもらっている学校。


“サラ・ウィリアム学校”


 この学校の大きな特徴として、王都に住む平民でも通うことが出来る、というのが一番に挙げられるだろう。……そう、平民でも。


 このフィンデル王国は、王族を頂点にして主に貴族、平民と二階層に分かれており、身分格差、というものが存在している。奴隷制度、みたいなのも昔はあったらしい。ひぇぇ。まぁ、そういった背景もあって長い間、平民に教育は必要ないと考えられていて。だけどそんな常識を壊してくれた人物がいた。


それが、第五代目聖女── サラ・ディ・グレーシア様。


 前世を覚えている私からすると、聖女様という存在自体が摩訶不思議ではある。けれど平民にまで知れ渡っている多くの伝承はお伽話にもなっており、今もなお大衆に広く親しまれているのだ。ようは実在した女神様、みたいなものなんだろう。

 そんな実在した神様の中で、特に第五代目聖女様は平民の教育への普及、そしてその末に学校創立に関わった御方らしく、今私たち平民が学校に通えているのはそのおかげだ。王族でありながらも、平民の教育の必要性を訴えて続けられたらしく、それはもう尊き御方であったのだと先生たちが口を酸っぱくしていつも言っている。いや時代的に先生たちも会ったことないはずなんだけど。そうして百年前か二百年前かは忘れたが、聖女様がもたらしてくれた様々な恩恵は今もなお受け継がれている。

 しかし前世のような義務教育制度はないため、実情では学校に通えるのは親の経済力次第といったところだ。多少の補助はあるけれど。父様と母様の厚意で通わせてもらえていることを今日も心に刻み込んで。


「今日はですね、デーン先生の授業がすごく興味深くて!父様と母様はご存知でしたか?私たちの体にも巡っているマナの成り立ちが──」


 父様と母様はよく学校での私のことを聞きたがる。そのことについては日常会話だと思っていたが、一つ疑問に思うことがあって。それは──頻度。多い時なんて一日に母様と父様合わせて八回くらいあった。半日しか行かない学校のことを八回も話す内容はさすがになかったのでその時ばかりは焦った記憶がある。だけどそれがあって私はようやく思い当たった。両親は求めていることがあるのだと! それは、今後の生活にどう活かせるのか、ということだろう。もちろん、私がどう過ごしているのか気になっているのも本当だと思う。だけどそれと同時に、私が学んだことを無駄にしていないか確認する為でもあったのだ!もっと早くに気づくべきだったのに。もちろん今までも聞かれる度にきちんと話していたが、それからは身を引き締める思いで懇切丁寧に話している。


 両親が働いて稼いでくれた大切なお金を使っている、その事実を私は絶対に忘れない。将来父様と母様を支えていく為に私は学校に通うのだ。


「今日もエリイの話に友だちや同級生の話が一切出てこない」

「……明日は、きっと出てくるわ」


 授業内容や今後それをどう活かすのかを話すエリィ。彼女の両親が今日とて学校でのことを聞くのも、いつか友だちの話が出てくるのでは、という期待からなのを知るのは当分先のことである。





両親はただ愛娘が学校で友だちと楽しく過ごしている話を聞きたいだけです。



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