エリィの幸せな日常
今思えば前世の記憶を思い出すまで、私はふと既視感を感じることがあった。だけどそれは日常の中でとても些細なことであったため、最初私は気にもしなかった。しかし徐々にこう感じ始めたのだ。
前はこうではなかった、と。
そしてそれが積み重なった末、私は突如前世の記憶を思い出した。しかしそれは決して幸せな記憶ではなかった。
『何であんたなんか生んだんだろう』
『いいか。今後一切俺に話かけるな』
『まじでうざい。姿見たくねぇから部屋から出ないでくれる?』
実母からは嫌われ、父からは存在がないものと扱われ、兄からは蔑まれているのが日常で。名前すら呼ばれない日々だった。何とか好かれようと努力しても私という存在を認めてはくれなかった。恐らく日本の法律や制度が無ければそうそうに私は放り出されていただろう。何故あそこまで家族に嫌われていたのか今でも分からない。だけどこんな私でも分かっていることが一つある。
それは———前世は前世でしかない、ということだ。
『愛しているわ、私の可愛いエリィ』
『お前が不安ならずっとこうして手を握ろう』
……あぁ、私は本当に恵まれているなぁと実感する。だって。辛い記憶を思い出してもすぐにこうして幸せな記憶がふわりと覆ってくれるのだから。そう、今の記憶は幼い頃に今世の両親が掛けてくれた言葉だ。
ちょうど年齢が十歳を過ぎた頃、突然前世を思い出した私は混乱しながらも泣いて吐いて、挙句の果てにはぶっ倒れた。心が前世の記憶を受け入れられなかったのだと思う。そして目が覚めて一番に視界に入ったのは、安心したように涙ぐむ母様の顔だった。
当時の両親の驚愕は計り知れない。何故ならばそれまで元気に過ごしていた娘が急に取り乱し泣き出し、挙句の果てには倒れたのだから。しかも体にはどこも異常がなく精神的なものだろうと早々に医者にも診断され、とても困惑したことだろう。何があったのかと何度も聞かれたが、前世のことを話して異常な子だと思われたり、もし嫌われたらと思うとどうしても話せなかった。そして医者が帰った後も、私は前世の家族のことが度々フラッシュバックし、情緒不安定な毎日が少しの間続いたのだ。……あの頃の私は両親に見放されてもおかしくなかったと今でも思う。ただでさえ仕事が忙しいのに、それに加え私の面倒も見なくてはならないのだ。
だけどそんな面倒な私に両親は嫌な顔一つ見せず、献身的に支えてくれた。
泣き続ける私を両親はいつも優しく抱きしめてくれて。
私のことが何よりも大切で、幸せになってほしいと何度も言葉にしてくれて。
いつまでも私の手を握って、傍に在り続けてくれて。
そんな二人の惜しみない深い愛情を受け、私は見事に立ち直った。今では前世の記憶を思い出したのは、今世の両親を大切にしなさいという神のメッセージなのではとさえ思っている。
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ジュワァァァ、と何かを焼いているような音が遠くでする。あ、次はポンっと何かをひっくり返す音がした。そして鼻をかすめるのは卵とバターの幸せな甘い香り。たまらず私はぱちりと目を開き、ベットから起き上がる。昨日寝る時に閉めたはずの扉が開いていたから、一度誰か起こしに来てくれたのかなと、てちてち歩きながらぼんやり考える。あ、だんだん音が近くなってきた。
「おはよう母様!フレンチトーストもおはよう!」
「おは……待て待て待て。父への挨拶は!?」
「ふふ、おはようエリィ。もう少し待ってね、今お皿に盛るから」
何故かショックを受けている父様を横目に、椅子へ腰かける。そして少し待っていると目の前にお皿が置かれた。母様特製のフレンチトーストが綺麗に盛られているお皿だ。厚めに切ったパンを砂糖を加えた牛乳にまず浸し、その後卵液を染みこませてじっくり焼くのが母様流らしい。ナイフが必要ないくらい柔らかいけど外側はカリっとしていて。これが美味しくて何回食べても飽きない。
「相変わらず母様のフレンチトースト最高!」
「あらあら。嬉しいこと言ってくれるんだから」
毎朝同じことを言って褒めても、本当に嬉しそうに笑ってくれる料理上手な母様。
優しくて真面目な父様。
そんな二人の間に生まれた私は今すごく幸せで。
「エリィ、そろそろ支度しないと学校に遅れるぞ-」
「はぁーい!」
もうすぐ私は十五歳になる。きっと誕生日には、大好きな両親から『生まれてきてくれてありがとう』というメッセージを込めたプレゼントが送られるだろう。決してこれは自意識過剰ではなくて。これまで毎年欠かすことなく母様と父様は祝ってくれたのだから。
私はエリィ・ライラック。このフィンデル王国で大好きな両親と共に暮らす世界一幸せな平民の女の子だ。
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