序章3
「ああ、緊張した。とてもとても緊張したわ」
対策一課のフロアを後にした少女は、胸に手を当ててゆっくりと深呼吸をした。
「ここの人たちは良い人ばかりなのだけれど、ああいう風に注目されると心臓がちょっと」
少女はブツブツと独り言を呟きながら、エレベーターの降下ボタンを押す。
対策一課の入っている十六階から一階へ降りて、エントランスにある受付へ入館証を返却した。「またね」と言いながら手を振ってくれる受付のお姉さんに手を振り返してから、少女は外へと出る。
暦の上では秋の始まりだが、今日はすこし肌寒い。サマーセーターを着てくれば良かったと少女は考える。
そしてなにとはなしに、出てきたビルを見上げた。
二十四階建ての高層ビル。エントランスにあるエレベーターの脇には、各階に入る企業名の書かれたプレートが掲示されている。職種はフロアごとにばらばらで、一見では親会社子会社といった関連性もなさそうだ。
けれどそれらがすべてフェイクであることを、隣接するビルの者たちは誰一人として知らない。このビルで働く人間は、すべて同一の組織に属している。
少女も、そのひとりだ。
セーラー服の胸ポケットから、少女は一枚の写真を取り出した。
そこに写っているのは、ウェーブのかかった黒髪を背中まで伸ばした娘だった。微かに笑みを浮かべ、優しそうな表情をしている。
「神前、美菜さん」
写真の少女の名をつぶやく。
それは西行寺姫華が、パートナー候補に選んだ娘の名前だ。
「――わたしのこと、受け入れてくれるかしら。お友達に、なれるかしら」
ぽつり、ぽつりと少女は呟く。
「『魔法』を好きになって、くれるかな……」