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曖昧で不安定な案内所  作者: chachanosuke
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楠根由緒の案内開始

 『ご案内の準備が整いました』

ただのスパムメールのようにも見えるこのタイトルの、何がここまで俺を震え上がらせるのか。

それが分からないこともまた、恐怖の理由の一つなのかもしれない。

未知の恐怖が俺に襲い掛かる。

身体中からいやな汗が吹き出し、指が小刻みに震えだした。

怖い。ただひたすらに怖い。

それなのになぜ、俺はスマホを握りしめ、そのタイトルをじっと見つめているのだろうか。

この胸の底から湧き上がる、このメールを開くべきだという強い意志は、どこから来るものなのだろうか。

分からない。何も分からない。

分からないのに開くべきだと感じる。

そんな気持ちと恐怖が入り混じって感情がパンクしそうになる。

もしかするともうしているかもしれない。

頭がガンガンと痛む。

唐突に表れたこの感情の嵐は収まる気配を見せない。

開くしかないのだろう。

いくらそれを拒絶しようと、俺の手はスマホを握って離さない。

俺の目はこのタイトルをじっと見つめて動かない。

死と同程度の覚悟を決め、指の震えを何とか抑えつつメールの本文を開く。


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楠根由緒様。目的地へのご案内の準備が整いましたので、ご連絡いたしました。下記のURLから案内所へとアクセスが可能になっております。お心のご準備の方が整いましたお越しください。いつでもお待ちしております。


https://aimaifuantei.wixsite.com/annaijo


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どう考えてもただのスパムメールだ。

URLを押したら変なサイトに飛ばされるに決まってる。気にするようなものじゃない。

頭の中ではそう思っているはずなのに体が言うことを聞かない。

自分の中に他の何かがいるかのようだ。

URLを押そうと震える指が徐々に動き始めた。

嫌だ。押したくない。怖い。

助けて。

そう思った時にはもう既に指がURLに触れていた。


 自分がどうなったのか分からない。

何も見えないし何も聞こえない。

それどころか身体の感覚が一切ない。

自分が立っているのか座っているのかも分からない。

夢を見ているのだろうか。

なんだかこの感覚に覚えがあるような気もする。


「クスネ様、お心のご準備はできたということでよろしいでしょうか?」


誰かがいる。

目も耳も何も感じ取っていないはずなのにそう感じた。

声が聞こえるわけではないが何を言っているかが分かる。

変な気分だが、ここではそれが当たり前だと理解している自分がいる。

あまりに現実味に欠ける感覚だ。

さっきまでの恐怖心は露と消え、今はむしろ冷静になっている。


————質問に質問で返してしまい申し訳ないのですが、どちら様でしょうか。


と、心の中で呟いてみる。

相手は随分丁寧な口調だ。こちらも相応の態度を取ろう。


「記憶があやふや、と言いますよりほぼ憶えていらっしゃらないようでございますね。それも仕方がありません。あなた様方からすればここはありふれた夢の世界の一つのようなもの。夢の記憶はは徐々に薄れゆくものです。殊クスネ様におかれましては、その点難しい問題も絡んでまいります。」


答えになっていない。

意味も分からない。

しかし聞こえない声を聴いているうちにだんだんと思い出してきた。

この感覚とこの人物。

姉が居なくなった日に見た夢と一緒だ。

あの時もこの人物は意味の分からないことばかり言っていた。

だが俺は確かに会話していたはずだ。

そして何かを求めた。どうしても欲しい何かを。


「簡潔にご説明いたしますと、クスネ様は以前に一度この案内所を訪れ、クスネ様のご存じでない真実への案内をご依頼されました。」


簡潔すぎる。

これが夢にしろそうでないにしろ、現実世界の住人に対してこれはいささか不親切とも言える説明だ。

と思ったが、やけにピンとくる言葉がある。


俺の知らない真実。これはおそらく両親の過去。

俺には幼少期の記憶がほとんどない。

3歳までは一緒にいたはずの親の顔すら出てこないほどに。

親の写真も見たことがない。姉や伯父さんに聞いても持っていないと言う。

葬式も開かれていないそうだ。

ありえない。みんな俺に何かを隠している。

そう思いつつも、信頼する人たちを疑うような真似はしたくなかった。

だから俺は確かめようと思っていた。

あの人たちの言うことが本当だということを。

そして何故両親はそんな扱いだったのか、その真実を。


そうだ、思い出した。

この人物は案内人。

名はないというからナナ氏と俺が名付けた相手だ。

このおかしな夢を見たときにナナ氏に頼んだんだ。

「俺を俺の知らない真実まで案内してくれ」って。

夢でもなんでも使わない理由はない。

ただの夢だとしても記憶と結びついているわけだから、何かしらのヒントがあるかもしれない。

もしナナ氏が言うようにこれが夢ではないとするなら、それはそれで面白いことだ。

どちらにせよ一度“案内”してもらうことにしよう。


————思い出したよナナ氏。それじゃさっそく案内してくれ。


「お心のご準備が整ったということでよろしいですね。それではご案内いたします。あなた様がお望みになった真実の物語を」


相変わらず聞こえないそのセリフを聴いた時、刹那の恐怖心と後悔を感じたような気がした。


良ければ案内所に訪れてみてください。

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