想出
彼女との日々のオモイデ
ゆっくりと実夜が僕の言葉に対する答えを紡ぐ。
「有難う、誠。あたしも大好きだよ。
けど、あたしは誠をそういう風には…見れない、んだ」
言い難そうに、それでも僕の言葉に真摯に答える為、実夜は自らの気持ちを告げる。
「誠はあたしにとって大切な友達だよ。一年近くずっと一緒にいて楽しかったし、これからもずっと一緒にいたいと思うよ。
けど、それは友達として…なんだ。ごめん…」
泣きそうな顔で僕にそう告げる。気にすることなんて無いのに。本当に実夜は優しいな。
振られたと言うのに全然悔しくない。この後僕は死んでしまうと言うのに全く怖くない。
強がりなんかじゃ決して無い。僕の心はすっきりしている。
だから僕は実夜に、これが恐らく最後になるだろう言葉を告げる。
「気にしなくていいよ、実夜。これからも友達としてで良いから僕と仲良くしてね」
僕の言葉に実夜は、泣きそうな顔で必死に笑顔を作りながら、『勿論、だよ』と僕に向かって大きく頷いてくれた。『有難う』と僕は笑い、実夜に右手を差し出す。
親愛なる友達にこれからも変わらない友情を願う握手と、深愛なる彼女にもう会うことが出来ない決別の握手。
実夜は僕の手をぎゅっと握ってくれた。時間にして刹那。繋がれた手はすぐに離れてしまった。けれど、それだけで充分だった。暖かくて優しい、何度も僕の為に差し出してくれた手。僕はその手の温もりを決して忘れないように心に深く刻みつける。
……………………。
二人で何も言うわけでもなく無言で屋上に立ち尽くしていると、やがて放課後を知らせるチャイムが響く。
「帰ろっか」
漸く元の明るい表情を取り戻した実夜が、少し照れくさそうに口を開いた。
「そうだな。けど二人別々に戻った方が変な勘繰りを受けないで済むと思うけど」
別に僕が実夜に振られた事実が他人にばれても僕は全く気にしないが、二人で帰って実夜に変な噂が流れることになることだけは避けたい。だから時間をずらし、二人別々に教室に戻るべきだと実夜に告げる。
「あたしが先で良いの? 」
「ああ、僕も頃合を見てすぐに帰るよ」
屋上を去る時、実夜は僕の方を心配そうな目で見つめていたが、僕の言葉に安心したのか扉に手を掛ける。
「それじゃあ、誠、また明日」
「ああ、明日」
そして屋上には僕一人だけが残った。
僕は暫く一人で冬の屋上で一人過ごす。寒さは別に気にならない。振られた事は悔しくないけれど、それでも色々と複雑な感情が僕の中で暴れている。それらを処理する為僕は一人で時間を掛けてそれらを感情と向き合っていった。
感情に一通り折り合いをつけて、僕は誰もいない教室から鞄を拾う。
『二年七組の委員長に選ばれました、片瀬実夜です。あたしはこのクラスを学年、いえ、学校一仲の良いクラスにしたいと思っています。どうか皆さん、一年間宜しくお願いします』
二年最初のホームルームで彼女と出会った。
校門を出て真っ直ぐ歩き、坂道を下る。
『お早う、更科君。更科君もこの道なんだ』
坂道の途中で気さくに彼女は話しかけてきた。
左右に緩やかにカーブした道を道なりに歩き、郵便局の角を右に曲がる。
『うわっ! 更科君、国語92点!? どうしたらそんな取れるの』
何気ない会話が楽しくて
暫く真っ直ぐ歩くとやがて踏切が見える。踏切を渡り、
『あそこで躊躇したら駄目だよ、誠。がんがん攻めて行っても誰も引いたりしないって』
他人事なのに自分の事の様に親身になってくれて
小さな古本屋の店の前を通り過ぎ、いつも通る交差点に辿り着く。
『有難う、誠。あたしも大好きだよ』
そんな彼女のことが僕は好きだった。
激しいクラクションの音と共に僕に向かってくるヘッドライト。避ける事は出来そうに無い。
『それじゃあ、誠、また明日』
彼女の最後の言葉を思い出すと共に、僕の体を大きな衝撃が襲った。