読語
自らの想いをヨミガタル
唐突に僕の頭の中でフラッシュバックする映像。
黒いオーバーコート
紅い瞳
整った顔
優しく僕に触れた掌
そして《運命を覆す力をこの四神 煉獄に見せてくれ》という言葉
「ちょっと、待って! 」
気付いたら僕は実夜に声を掛けていた。
「何? 」
実夜が立ち止まり、僕を振り返る。
何で僕は声を掛けた。言うつもりなのか。僕のこの気持ちを。止めておけ。今の関係が壊れるぞ。明日から気軽に声を掛けて貰えなくなる。まだ止めれる。だから、言うな。
頭の中に警告の声が聞こえる。実夜と話している時に気持ちを抑えられなくなって想いをぶつけようとすると必ず聞こえる警告。
何でも無い、って誤魔化すんだ。実夜とのこの関係だけは壊しちゃいけない。もし、もしも――
実夜に見捨てられたら、本当に独りぼっちになってしまうぞ。
…結局、それが僕の本音か。
実夜に頼る気持ちを好意と錯覚して、僕は今まで過ごしていたのか。
そんな単純なことに気付くのに随分掛かったものだ。やはり言葉にしなければ自分自身の気持ちさえ分からなくなるものなのだな。
僕は思わず自嘲気味に鼻で笑う。
「誠、どうしたの? 珍しく笑って」
「いや、ちょっと気付いたことがあってね」
いつの間にか実夜が僕のすぐ傍までやって来ていた。そして覗き込むように僕の顔を窺っている。
五限開始を告げるチャイムを何処か遠い場所でのことのように聞いた。今の僕には関係無い。どうしても今じゃないといけない。
実夜もそんな僕の気持ちを察してくれたのか、教室に向かう様子も無くその場から動かない。
「気付いたこと? 」
「そう、どうしても実夜に伝えておかなければいけなかったことに気付いたんだ」
これまで言葉が不足してきた僕に、ちゃんと伝えられるかどうかは分からないけれど、それでも伝えておかなければならない言葉。言うなら今しかない。
五限と六限の中休みでは実夜は友達とずっと話して言えなさそうだし、放課後になれば実夜は担任に進路のことで職員室に呼ばれ、話す機会は訪れないと思う。
僕は僕で放課後になれば足早に教室を去り、横断歩道で信号無視した車にぶつかってしまうのだ。だったら言葉を告げるには今しか無い。
何処かで『運命を覆す力を見せてくれ』と黒い彼の言葉が聞こえたような気がする。
「実夜、僕なんかに声を掛けてくれて有難う」
「う、うん」
当然の僕からの感謝の言葉に実夜は戸惑ったように言葉を返す。そりゃ、そうだろう。唐突に感謝されるんだから、吃驚するのも至極当然だ。僕だってそんな目に遭えば吃驚する。
吃驚されても僕は続ける。今しか告げられないから。
「実夜にしてみれば、委員長の役割の一つに過ぎなかったかもしれないけど、それでも僕にとっては凄く嬉しかった。
四月に初めて実夜と一緒のクラスになって、実夜は自分から委員長になったよね。『仲の良いクラスを作りたい』って皆の前で言ってた。僕はその時、正直『面倒臭い奴が委員長になったな』って思ってたよ。けど、今は実夜が委員長になってくれて感謝してる。
五月の課外学習では、皆から避けられていた僕を気遣って、バスの席や一緒の班にしてくれた。『ほっといてくれれば良いのに』って課外学習の間中ずっと思っていたけど、不思議と今までより課外学習が苦痛ではなかったように思う。
六月には梅雨の所為で屋上で昼食が食べれないから、僕を無理矢理食堂に連れて行って一緒にご飯を食べさせられた。雨が降った日は必ず食堂に連れて行かれたから、六月は本当に辛かった。けど、実夜が食事の間中話してくれた話は凄く面白かったよ。
七月は中間テストで僕が国語で高得点を取ってしまったものだから、国語が苦手な子達を集めて勉強を教えさせられたけど、そのお陰か皆が前よりも僕と話しかけてくれるようになった。
八月の夏期講習が始まる頃には、僕も実夜とだけは気兼ね無く話せるようになってた。普通のクラスの子達と同じように、軽口を言ってふざけ合ったり冗談を言って笑ったり、それまでの僕には一生無理だと思って諦めていたことだったのに、いつの間にか実夜となら出来てた。
九月になると実夜はそれまでにも増して、僕を他の子達と関わらせようとした。実夜の前なら平気なのに、他の子の前では上手く喋れない僕を励ましながら、何度も何度も他の子達と引き合わせた。
いくらやっても上手くいかなくて、十月には苛立ちで実夜には酷い事を言ったよね。今更だけど、あの時はごめん。実夜に怒っても仕方ないのに、悪いのは自分だって分かってたのに…。本当にごめん!
けど、実夜は僕に酷い事言われても変わらず接してくれて、今もこうして僕の為に働き掛けてくれる。本当に実夜には感謝してもしたりない位だ…」
「そんな、あたしがしたことなんて…」
僕がたどたどしい言葉で告げるのを実夜は黙って聴いていてくれた。真摯な瞳で、まるで僕が伝えようとすることを全て分かろうとしてくれているかのように、実夜は冬の寒空の下で僕の言葉に付き合ってくれる。
実夜は僕の言葉を聴き終え、ゆっくりと言葉を返す。
「あたしはただ、自分の目標を誠にまで押し付けていただけだよ。あたしは何も考えていなかった。皆と一緒にいた方が誠も幸せだろうって思い込んで、今の誠の言葉を聴くまで誠の気持ちに気を配れてなった。最低だよね、あたし」
「それは違うよ。確かに僕は始め、実夜を鬱陶しく思っていたけど、今では凄く感謝してる。いつまでも進もうとしなかった僕の手を、実夜は引っ張ってくれたんだ。実夜がいなければ今の僕は無かったよ。あ、今も一人で昼食摂っていたのに、説得力無いか。
兎に角、実夜には感謝してるんだ。本当に有難う。僕はそんな実夜が―――
大好きだったよ
」
「え?」
僕の言葉に実夜は驚いたように目を見開き、その場に立ち竦む。
暫く僕達二人の間に沈黙が流れる。
やっと言えた僕の実夜に対する気持ち。不思議と恥ずかしさも後悔も無い。寧ろ心は清々しい程すっきりしている。
「有難う、誠。あたしも――」
やがて実夜がゆっくりと口を開く。