心残
ココロにノコル
白くぼやける
シカイ
口の中を満たす鉄独特の
アジ
ゴムの焼ける嫌な
ニオイ
騒然とする人々の
コエ
全身を駆け巡るように痛む
カラダ
どうやら僕はこのまま死んでしまうようだ。僕の体からゆっくりと赤い液体が道路へと染み出していく。
呆気無いものだと思う。未来に希望なんて持たず、ただただ現在を惰性で生きていた。少し嫌な事があれば死にたいと思っていた。いつ死んでも良いと思っていた。寧ろ早く死にたいとさえ思っていた。
その願いは叶ったのに―――
―――何故、僕は泣いているのだろう
血の味が苦いから? 違う。
臭いがきついから? 違う!
傷が痛むから? 違う!!
漸く死ねて嬉しいから? 違う!!!
絶対に違う!!!
今頃になって『生きたい』と思っている自分自身がとても悔しい。何で僕はもっとちゃんと生きていなかったんだ。
もう、目は見えない。味も感じない。臭いは消えて、声も聞こえず、痛みもない。
やっぱり僕の命は此処でお終いのようだ。
ははは…。おかしいや。笑おうとしたけど、もう動かない。もう終わるからもう動かない。やっぱりちゃんと生きていれば良かった。もっとちゃんと。
せめて、彼女に僕の思いを伝えておけば良かった。
《生きたいか? 》
聞こえないはずなのに、声が聞こえた。
感じないはずなのに、触れられるのを感じた。
見えないはずなのに、その姿が見えた。
黒いオーバーコートに、黒いズボン。無造作に伸ばした黒い髪は彼の顔の大半を覆い隠し、時折髪の間から紅い瞳とモデルのように整った顔立ちが覗く。
その出で立ちはまるで死神のようで、けれどあれ程『死』を拒絶していたのに僕は不思議と恐怖は感じない。
《お前が望むなら、俺はお前にチャンスをやろう》
高くも無く低くも無い落ち着いた声。優しくも無く冷酷でも無い平坦な声。
彼は続ける。
《もしそれでお前が『運命』を覆すことが出来たなら、お前はもう一度生きることが出来る。さぁ、どうする。やるか、やらないか? 》
訊かれるまでも無い。僕の答えなんて始めから決まっている。
僕は動かないはずの体を動かす。少し動かすだけでも全身が痛みを訴える。答えを口にするだけで真っ赤な液体が口から溢れ出す。
「……や……………る…」
小さく掠れた声を必死に告げる。聞こえないかもしれない微かな声。けれど、僕の言葉は彼に届いたらしい。
黒い髪の隙間から、彼の穏やかに微笑む口元が見えた。
《了承した。今一度お前に生きる機会を。運命を覆す力をこの四神 煉獄に見せてくれ》
こう言って、彼はゆっくりと僕の目を手で覆う。彼の手から暖かな温もりが伝わってくる。 あれ程痛かった全身の痛みが次第に和らいでいく。
野次馬が騒ぐ声も遠く遠くなっていく。
鼻についていたゴムの焼ける嫌な臭いも今では全く気にならない。
口内に広がっていた血はいつの間にか無くなっている。
彼の手に覆われた僕の視線は、彼が作り出す黒の中をじっと見つめていた。黒い黒い闇。けれど不思議と怖くない。彼の暖かな手が僕の不安を取り除く。僕は彼に身を任せ、黒い闇を見続ける。
やがてその黒い闇の中、白い微かな光を見つけた。白い光は次第に大きくなり僕を包み込んでいく。
そして―――――――