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五話:それは魔法のような

「そうして、俺は気が付くとこの近くの空き地で寝転がってたんだ。それから過ごした日々は、まぁ、省くよ。聞かせても面白くない話だしな」

 身振り手振りを交えて、まるで役者であるかのように隆太は語った。心のどこかでは誰かにこの話を言ってみたいと思っていたのだろう。それは少し驚きだった。自然と口は言葉を吐き出し、体は無意識のうちに動ていた。


 隆太は吟遊詩人に目を向けた。自分の話に熱中しすぎるあまり、吟遊詩人の反応などろくに見ていなかった。もし早々に飽きられていたとしたら、この長話はとんだ笑い草である。

 だが、視線の先にいた彼女の真実は、思っていたようなものとは全く違っていた。


 一言で表そう。煌めいてたのである。目が。いや、彼女の表情全体が。

 吟遊詩人は、すると問答無用に立ち上がり、隆太の目前まで迫った。そしてそのまま隆太の両手を持ち上げ、包むように握るなり、

「そう、そう、そうだったのね! あなたは天国からやってきたのね!」

 そういい、じりじり隆太へと詰めよる。


 近くなった吟遊詩人の体からは、花を思わせるような、香水のほのかな香りが漂った。清廉な金色の髪は移動の反動で宙を踊り、握られた手からは人の温かさを感じる。

「疑わない・・・・・・のか? こんなバカみたいな話」


 隆太は、自身ですらこの話に対しいまだ懐疑的である。死んで、天国に行き、今度起きれば違う世界にいたなどという話。頭に何か湧いているのではないかと疑いたくなるのも道理であろう。話している途中でも、どうせ信じてなどもらえないのだ、自己満足の延長として話してしまえ、と思っていたくらいなのだ。

 吟遊詩人は、しかし首を振って手を離した。そうして隆太から一歩距離をとると、自身の胸元に手を置き、鼻を一つ鳴らし、得意げな顔をし始める。


「あら、私を誰だと思っているのかしら? そう、泣く子も笑う吟遊詩人。竜と戦う勇者の物語を歌い、国民のために一生懸命になる王様の歌を歌い、時には神様たちのラブロマンスだって歌うこともあるわ。そんな私が、違う世界にやってきた青年のことさえも信じられないようなら、それはもう吟遊詩人としては破滅なのよ!」


 どうだ、といわんばかりの力説だった。そうだというのならそうなのかと納得せざるを得ないような話だった。

 だが、野口隆太はそういう人間が嫌いじゃなかった。いや、単純にその説が、彼の琴線に触れたのだ。多少の強引ささえも失えば、人間は誰かに縛られてしまうということを野口隆太は知っていたのだ。 

 ゆえに、この人ならば何かしてくれるのかもしれない、そんな気配を漂わす人間に、隆太は嫌悪感を抱けない質の人間だった。

 無意識のうちに口の端が上がってしまう。


「なるほど。それが吟遊詩人か」

「ええ。話を聞く限りあなたのあこがれたものらしいけど。ふふ、どうかしらほんものは。評価は天井なしに上がったかしら?」

 吟遊詩人はそういうと、くるりとその場で一回転する。ベストは翻り、スカートは花のように優雅に咲いた。舞踏会の貴婦人然としたそのターンに、隆太は目を丸くした。


「ああ、そうだな。思ってたよりもかっこいい」

「素直でよろしいっ!」

 吟遊詩人はふざけたようにおどけた顔で笑う。それを見ていると、なんだかどこかの憂いが癒えていくかのようだった。

 自分のあこがれたものは間違いではなかったのだ。それが確認できた気がした。

 吟遊詩人は続いて、隆太の顔をまじまじと見始める。唇を少しとがらせ、見定めているかのようなその瞳をまっすぐに隆太に向けている。


「そういえば、まだ自己紹介がまだだったわね」

 人の顔を見て何を言い出すかと思えば、そんなことだった。

 隆太はなんだかはよくわからないが、吟遊詩人から視線を外し少し上を見た。見つめあうにはどうにも難易度の高い相手に思えたのだ。


「俺の名前は野口隆太(のぐちりゅうた)だ。春から大学生になるはずだった。今はニートだ」

「ふむふむ。ノグゥチ=ル=タァダ。変わった名前なのね。でも今はニトって名前なのね?」

「いやいや、違う。そんな変な発音じゃないし、ニトでもない。いや、ニートではあるけど。違くて、俺は、野口隆太なんだ」

「ニトじゃないけどニトではある。でもノグゥチ=ル=タァダでもあるのね? ・・・・・・なにかのなぞかけかしら。それとも二つ名? ややこしいわね」

「え・・・違うだろ。嘘だろ? いや、もう一回聞いてくれ! よく聞いてくれ! いいか! 野口隆太だ!」

「え? ノグゥチ? いや違くて、ノグチィ? これも違う? もうわっかんないわよっ! ニトね、ニト。あなたは今からニトよ! そんな名前じゃなくとも私が今付けたわ! あなたはニト! はい決定!」


 彼女は短気な性格か何かなのだろうか。間違いを何度も指摘されると、頬を膨らませていきなり爆発した。

 隆太の額に冷や汗が流れた。

「いやいやおかしいだろう。なんでそんな不名誉な名前を付けられなきゃいけないんだ・・・? ニートだぞニート。俺、まだ十八歳――――――――」

「――――――――もう、何歳でもいいじゃない! いい名前だと思うわ、ニトって!」

 だめだ。隆太は瞬間的に悟った。どうやら見誤ったらしい。誤解していた。それは多少の強引さじゃない。そんなものではなかった。彼女の持つものは、もはや駄々をこねる子供のような勢いであったのだった。


 勝てない。理性でなく直感で隆太はそう感じた。

 隆太は肩を下ろし、口をぽかんと開けたまま、自分の新しい名前を頭の中で反芻させた。ニトニトニト。何度繰り返しても悲しさの募る名前であった。

「・・・・・・わかったよ。俺はニトだ。現役ニト、十八歳独身ならびに親類なし」

 先ほどの笑いから打って変わってうなだれる隆太――――もといニトに対し、吟遊詩人はにこやかな顔でそれに応じた。


「私の名前はイリスよ。イリス=ド=メディシス。職業は吟遊詩人。いろんな場所を回って気に入ったところに滞在する生活を送ってるわ。よろしくニトっ!」

 吟遊詩人らしい、仰々しい礼が一つニトの前で行われた。

「ああ、よろしくイリス」

 イリスは隆太に手を伸ばす。若干疲れたニトだったが、半ば苦笑いをしながらそれを握った。


 それはただの握手。信頼を築くために行われ、それ以外の他意はない――――――――はずであった。

 イリスに握られたニトの手が締め付けられる。ニトは困惑し手を引っ込めようとするが、存外に力の強いイリスの手からは逃れられない。

「な、何・・・・・・? 痛いから離してほしいんだが・・・・・・?」


「ねえ――――」

 その時、握手を交わす前にニトは気づくべきだった。うなだれるべきではなかったのだった。

 彼女の顔に浮かぶ、してやったりといった具合の勝利を確信した表情を。

 逃がさない。そんな意思がイリスの手を通して伝わった。

 時は止まらず訪れる。それは何か、不思議な確信を抱いた彼女の、突拍子もないような。 

「――――――――突然だけどニト、私の旅に同行する気はないかしら」 

 

 ――――――――世界の運命が動き出す魔法の言葉であった。


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