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四話:あの大空に太陽がある

「あれ・・・・・・どこ?」

 野口隆太は起き上がった。死んだはずの彼は目を覚ました。


 そこは不思議な場所だった。アスファルトの上で寝そべっていたはずの体は、いつの間にやら、ふわふわ綿あめの世界とでも言いうような場所に放り出されていた。


 起き上がる。あたりを見渡す。

 白だ。真っ白なふわふわが、地平線の彼方までずっと続いている。

「俺・・・・・・死んだはずじゃあ」


 静かな驚きが、隆太の中に起こった。だが死んだという実感を人間が感じることができないためか、今ここに生きているという感覚も別段なんとも思えない。生きているこの状態こそが自然なのだとでも言うように、本能は心臓の鼓動を了承している。


「まさか、天国か」

 楽観的に考えれば、ここはそれにに相違なかった。死んだ人間の行きつく場所。善行を積んだ人間がたどり着く楽園。雲の上に存在し、そこには神様がいるのだという・・・・・・。


「でも、天使のわっかとか、ないな」

 ある漫画で、死んだ人間の上には天使のわっかが乗っていた。だが実際、隆太は自身のあたまの上にそんなものを確認することはできなかった。

 少しがっかりした。しかしそんなことはすぐに忘れた。隆太は一つ息をついた。


「でもまさか、俺本当に死んじゃうなんてな・・・・・・・」

 隆太は下を向く。そこには視界いっぱいの雲と、自分の足腰だけしかなかった。


 今さらになって隆太は考えた。これから先、両親は悲しむだろう。曲がりなりにも愛してくれていたのだ。それに仲のいい友人もいた。彼らは泣いてくれるだろうか。

 

 何よりも、何事も成せなかった自分の人生が透明だ。せめて何か、なんでもいい、満足したかった。猫を助けただけでは足りなかった。もっと世界に生きていたかった。もっと誰かに認めてほしかった。

「死んじゃったんだよ、な・・・・・・・」

 だが、終わってしまった。


 隆太は目じりに涙をためた。今思えばみじめな人生だったと思う。

 彼のヨーゼフ二世は、自身の墓に『何事も果たさざる人物ここに眠る』なんてことを書いた。だけれども自分に言わせれば、それですら成したことの何かだ。


 ずるい。自分も書きたい。『猫を救って轢かれ死んだ人物、無念のうちここに眠る』と。それぐらいの自由があってもしかるべきだろう。なにせ不幸な事故で轢かれたのだ。不注意ではあるが。


 ――――そんな冗談を考えていると、心は死をどんどんと忘れていった。涙も薄れた。さっきまでのことは嘘だったかのように、体は動く。しゃべれもする。今、これは夢で、何もかも嘘だったといわれれば、すべて信じてしまえる。


「まぁいいよ。もやもやしてたって仕方がないだろうし。それに、どうしたって変わりっこないしな」

 隆太は下を向くのをやめた。確かにいろいろと考えなければならないこともある。感じなければならないこともある。だが、それを取っ払って考えを切り替えた。もっと上を見上げた。なぜならば下を向いてもそれが端に見えていたから。今まで見たことのないそれが、そこには存在したから。


 地上で見るよりも大きな太陽と、両手を掲げても覆いきれないほど壮大な青空が存在した。

 隆太はふわふわの白い絨毯にあおむけになった。自然と笑みがこぼれた。

 現在、見渡す限り自分ひとり。目を輝かせるような青空と、すべてを包み込む暖かな太陽が見守っている。


「自由って、案外こういうことかもしれないしなぁ」

 どこを見渡しても景色なんて変わらない。白と青なんて言う平凡な、単調な二色が世界を形作っている。


 だが、隆太が思い切り笑うにはそれで十分だった。誰も見ていない場所で、一度大笑いをしてみたいと思っていた。

 隆太は限りなく、際限なく大きな声で笑い始めた。楽しかった。生まれてから一度も経験したことのない湧き上がりが、死んだ後の単純な世界でかなってしまうことも、さらに笑えた一つの要因であった。


 隆太が一通り笑い終えると、あたりには静寂が生まれた。だが深く上下する自分の胸と、じりじりと痛む自分の喉がまた隆太をにやにやとさせた。


「―――楽しいかの?」

 どこからか聞こえたそんな声。不自然なそんなものも、今の隆太には自然なものとして感じられた。いや、起こることすべてが、彼にとって空と太陽よりは小さかったのだ。


 だから何も考えずにそのことばに返答した。

「ああ、楽しいよ。これが天国なのか?」

「そうじゃ。しかし何にもないところじゃ」

「いいや、あるよ。少なくとも俺に必要なものが二つもある」

「空と太陽、かの」

「ああ。こいつら、こんなに綺麗なのに、俺が生きてるときは全然主張しないんだ。困ったもんだよ全く」

「君は、詩人のようなことを言うんじゃのぉ」

「ああ、俺は詩人だ。今詩人になった。ただの詩人じゃないぞ? 天国の詩人だ」

「じゃあ天国の詩人よ。願い事を言ってみるんじゃ。なんでも一つだけかなえよう。それがわしに出来る、せめてもの罪滅ぼしじゃからの」

「罪滅ぼし? まあいいや。よーし、じゃあ言うぞ? この空よりもおっきくて、太陽よりも熱い、そんな俺の宝物を特別に発表しよう」

「ああ。言ってみなさい隆太君」


「――――――――いつか世界一の吟遊詩人と、自由な世界で旅がしてみたい」


「ああ。受け取ったよ隆太君。いい人生を、君ならきっと送れるはずじゃ」

 その言葉を最後に、隆太を突然、眠気が襲った。足の先からゆっくりと登ってくるしびれ。それが全身にいきわたっていく。


「ああ、そういえば、おんなじことを今日太田って人にも言われたんだ。はは・・・・・・不思議なことも、ある、もんだね・・・・・・」

 意識が遠のく。へらへらとした笑顔から、だんだん力が消えていく。心地の言い眠りが一寸先の未来で待っている。そんな予感が体を巡った。


 ――――野口隆太の意識は、ここで途切れた。  

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