一話:金髪の吟遊詩人と俺
「さあて、本日はここまで。続きはまた今度、君たちがいい子にしてたら、ね?」
古めかしい弦楽器を片手に、楽し気な話を一つし終えた吟遊詩人。彼女の周りにたかる子供たちに、彼女は仰々しく一礼をして見せた。
子供たちは楽しそうに飛び跳ねながら『またね、お姉ちゃん』と、どこかへ去っていく。待ってくれている家族がいるのだろう。何とうらやましいことか。
ふと吟遊詩人と目が合った。
彼女の絹のような金色の髪は、まだ昼前の照り付けるような日光を反射し、きらきらと煌めいていた。楽器を演奏して少し疲れたのだろうか。流れた汗が眦へと到達し、長いまつげを滑り落ちる。ビロード製の緑いろをしたベストと、裾にひらひらとひだのついた、長袖の絹のシャツ。膝が見えるほどの長さのスカートを着込んだ彼女は、しかしそんな状態でもやり切ったといわんばかりのすがすがしい顔だった。
やがてぼろくさい教会の前で、今にもバラバラになりそうな木箱の上に腰を下ろした彼女は、足を組み、頬に手を当てながら、不思議そうな表情を顔に張り付け、
「あなた、今日も来たのね」
そう告げた。そして告げられたからには言葉を返さねばならない。
だから、口を開いた。土の上に座り込む男――――――野口隆太は吟遊詩人と会話した。
「やることがないんだ。まあ、察してくれ」
隆太の服装は貧相だった。ぼろぼろになった半袖の麻のシャツと、すすだらけのズボンが一つ。おまけに手入れをろくにしていないぼろぼろの髪は、まるで浮浪者のそれであった。
そんな隆太が、わざわざ教会の前で吟遊詩人の歌を聴くのには、それなりの理由がある。
別段彼女が好きというわけではない。美人ではあるが、タイプではない。だが、ぼろぼろの格好を見ても眉一つ動かさず、こちらを見下してきたりしない。その点で、隆太は吟遊詩人を気に入っていた。
吟遊詩人が口の端を上げた。
「でもうれしいわ。毎日来てくれるのは、結局あなただけですもの」
こうして話すのは初めてだった。だがよかった。少なくとも悪く思われてはいないらしい。
隆太は吟遊詩人から目をそらした。
「暇なだけだよ」
「あら、素直に私の歌がいいって言えば、私は喜ぶわよ?」
「あんたを喜ばせて何の得が?」
「あらら、悲しい人ね。神様はいい人には優しいって、知らない?」
「神様? ああ、まあ、確かに。あの人ならそういうかもしれないなぁ」
すると吟遊詩人は目を見開いて、あっけにとられたように一瞬間を作った。
「へぇ。あったことあるの?」
「ああ。随分前に。いっかいだけ」
「・・・ふふ、あなた、少し面白いわね。よかったら、その話聞かせてくれないかしら」
吟遊詩人は頬についていた手をどけ、組んでいた足を直した。
「聞かせてくれたら、そうね。私の話も聞かせてあげるわ」
「だから、なんの得が?」
「これはそうねぇ・・・・・・私と、仲良くなれる?」
「むぅ・・・・・・」
なるほど、と隆太は顎に指を添えた。仲良くなるのはやぶさかではない。こっちに来てから友好関係を築けた人間はまだいないのだ。吟遊詩人がその最初の一人になるのならば、それはそれでいいのかもしれない。
隆太は立ち上がった。ズボンについた土ぼこりをはたき落し、たたずまいを直してから、再び吟遊詩人に告げる。
「わかった。俺の秘密をあんたに教えるよ」
このことを言うのは初めてだ。
――――あの、異世界転生の話を語る日が来ようとは。