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274. 星祭りは転びます(本編)





夜になると、雪の街の空の上でさんざめく星達の歌声が微かに聴こえた。

夜空はふくよかな黒紫で、煌めく星明かりは細やかでも強い輝きを放っている。



雪灯りの上にちらつく星の光は細やかな宝石のようで、なんて綺麗なのだろうと目を凝らすと、光の影しか残っていない。

雪面に落ちる星の光が乱反射する、星祭りの夜にだけ見られる不思議な煌めきだ。


いつもの斜めがけの布製の鞄を下げ、ネアはこれから始まる星祭りへの期待に胸を膨らませていた。


冷たい空気を吸い込み澄み渡る意識に冬夜の美しさを楽しんでいると、隣に立っている魔物がなぜか落ち着かない。

どうしたのかなと首を傾げて顔を覗き込むと、ぎくりとしたように水紺色の瞳を揺らしている。



「ディノ?」

「離婚はしない………」

「………もしかして、星屑が上手く集められなかったらと思って、またもや不安になってしまいました?」

「星を沢山拾えなくても、………今年も離婚しないかい?」

「あらあら。私の魔物は、毎年不安になってしまうのでしょうか」

「相手を許して手元に置けるかどうかの判断基準は、環境と経年によって変わるのだそうだよ。人間の愛着は、劣化してしまうのだろう?」

「………また、どなたかの偏った持論を聞いてきてしまいましたね」



とは言えもう、そうして胸の中に不安として落とし込んでしまった言葉は、この魔物のものになってしまっている。


やれやれと思いながら微笑むと、ネアはぺそりと項垂れている魔物の三つ編みを引っ張った。

こちらを見たディノが、ネアのお気に入りのコートを着ているのもそんな懸念からかもしれない。



「ご主人様………」

「去年もその前も、今年もこれからも、私はディノが大好きなので、ディノがわざと私を傷付けたりしない限りは、星屑ごときで大事な伴侶と離婚したりはしませんからね」

「………傷付けたりしない」

「ええ。ディノは絶対にそんなことはしないでしょう。もし、そうするしかない時にだって、それが最善だという理由がある筈です。なので、大丈夫………ぎゃ!泣いてる!!」

「傷付けない………」

「の、呪いなどもあるので、そうなっても事情を汲み取りますよと安心して貰おうとしたつもりだったのです。………はい。これで泣き止んでくれますか?」


慌ててディノの三つ編みに口付けを落とすと、魔物は目元を染めてよろりと後退する。

こちらを見て目を瞬く姿は、恥じらう乙女のような無垢さと美貌だった。


「虐待……………」

「もはやどうすればいいのだ」




リーエンベルクの屋根から見えるウィームの街は、星祭りの日だけの明るさだった。


落ちてきた星屑の中でも砕けてしまった欠片を集めて作るキャンドルの灯りが、えもいわれぬ雪明りの街並みのあちこちに光の帯のように揺れる様は、ここから見ればまるで星雲のよう。


いつか、そうして輝く街並みを歩くのがネアの夢だったが、星屑を有利に回収し、決して歌を歌わないように星祭りを終えるとなるとリーエンベルクの安全性に敵うものはない。


星の唱歌をうっかり口ずさんで周囲を壊滅しないというのも重要であったが、とは言えネアが最も恐れているのは、日頃から星屑回収の鍛錬を怠らないウィームの領民達であった。



(特にウィーム中央には、市井のご家庭にまで手練れがいる……)



今でこそある程度の収穫があって、それでも叶わない願いが多い中、ネアには、あの領民達に混ざって星屑を確保する自信がなかった。


ぺっと蹴散らかされて歩道に落ちているというようなことにならないよう、まだ在住年数の浅いか弱い乙女は、今年もこうして安全な場所でぬくぬくと星屑を集めるのである。



「でもいつかは、星祭りのキャンドルの火があちこちに灯されているウィームの街の中を、ディノと歩いてみたいのです。…………ただ、その場合、星屑を集める作業についてはある程度の諦めが必要となりますので、星屑必要としている今はまだ難しいという感じでしょうか。いつか、今年は星屑集めよりも街並みを見てみたいという覚悟が出来たら、一緒に街を歩いてくれますか?」

「うん。……この屋根の上だけであれば、落ちてくる星屑を魔術で集めるような方法もあるかもしれないよ?」

「いえ。それでは本来の星祭りの楽しみ方と乖離してしまいます。…………す、少しだけ興味はありますが、自分で拾い集めるという作業もまた、願い事を叶える為には必要な労力なのでしょう」


思いがけない提案に澄ました表情でそう言ったものの、人間はとても弱い生き物だ。

もし、その手段を実際に差し出されたらどうなるのかは、ネアにも分からない。

とは言え今年はこの手で拾うのだと、ふんすと胸を張った。



「ネア。今年は、見かけないものがいてもすぐに狩ってはいけないよ?」

「……………ぬのぶくろをころしたりはしていません」



儚く主張したネアに、ディノは静かに微笑んだ。

あまり見ない対応だったので、やはり魔物の王様としては、伴侶が無垢な魔物を派生直後に灰にしたのは悲しかったのだろう。


少しだけ反省したネアは、おかしなものが現れたらすぐに報告すると約束を交わしておく。

ディノが少し震えているが、決してご主人様の残虐さに怯えて口数が少なくなっているのではない筈だ。



(……………あ)



ここでまずは、晴れ渡った空に、白緑色のオーロラのようないつもとは違う色の光が走った。


初めて見る光景に、ネアは思わずびょんと飛び跳ねてしまう。

あまりにも一瞬なのでオーロラのように見えたが、実は夜空に瞬く星々が、さざ波のように点滅を連鎖させていったことで起こる現象らしい。



漂流物の訪れ後の星祭りの変更点は、日程だけではない。



この、星の通り波と呼ばれる現象は、星の系譜のものたちが見下ろした限りは漂流物などの残りがいないようだぞという確認作業として揺らめかせる光である。

もしこの光の波がどこかで止まるのであれば、その真下に当たる土地は大騒ぎになるのは勿論、周辺一帯には星屑が降らなくなってしまう。


まるでぽっかりと穴が空いたように、その土地の上だけ星がいなくなってしまうのだとか。



こうして考えると幾つもの手立てを以て行われる数々の祝祭は、期日通りの開催よりも開催そのものを重視しているのだろう。

廃れていく祝祭について考えた事のあるネアにとっては、何だか頼もしい運用であった。



「ほんの一瞬だけですが、いつもとは違う色の星の光が見えました!こうして丁寧に開催されてゆくのですね」

「多くの祝祭は、役割を持っている事が多い。世界の運行だけでなく、その土地の鎮めや管理にも作用するものだから、蔑ろにしない方が関わる者達にも都合がいいのだろう」

「これ迄には、あのチェストの魔物さんのように、本来の形を失った祝祭に関わる方もいたのでしょう。そうして失われるものが少ないといいですね」

「うん。…………ウィームは、変わった祝祭が多いかな」

「確かに、………クッキー祭りなどもありますものね」



ディノには、万象を司る魔物だからこその憂いもあるだろうが、クッキー祭りと聞くとちょっぴり怯えてしまうのはまた別問題だ。



(何しろ今年は、新年から花びらクッキーという厄介なものが流行っていて………)



花びらクッキーは、乾燥させた花びらを練り込んだクッキー生地だ。

こちらには果実のような味わいの食べられる花びらが多いので、直接練り込んでしまってももそもそせず、干し葡萄のクッキーなどと同じようにいただける。


このクッキーは王都からの流行なのだが、見た目が綺麗で味も美味しく、尚且つ一枚ずつの個包装販売なのが幸いだろうか。

今のところはまだ、公的な機関から注意喚起が出される程には危険視されていない。


とは言え、箱詰め販売や在庫過多などの問題が出てくると事情が変わってくる。

もしそのクッキーが祟りものになれば、植物の系譜の気質を強く宿したクッキーという恐ろしいものが産まれかねないのだ。


なぜか昨年は竜用クッキーが水面下で量産されているというお知らせだけでも慄いているウィーム領にとっては、あまり芳しくない流行であった。




やがて、空にざあっと水色のオーロラのような光が走った。



「いよいよですね!」

「うん。始まるようだね」



いつもの星祭りの開催の合図に、ネアは苦しい程に期待でいっぱいの胸を両手で押さえる。

既に大興奮で開始を待つネアに、こちらを見ていたディノが可愛いと呟いて目元を染めていた。



その夜空の合図を待っていたように、街の方から星の唱歌が聞こえてきた。

同時に建物の明かりが全て消え、ウィームの街は星屑のキャンドルの光ばかりとなる。

雪明りの青白さの中、聞こえてくる歌声には胸を打たれるような美しさがあった。


ネアは、その歌声の向こうにいるに違いない家族のことを思い、美しい歌声に唇を動かしかけてからはっと息を飲んだ。

慌てて隣を見たが、ディノは気付いていないようだ。


歌声が響き始めると、禁足地の森や、しっかりと降り積もった雪の下がぼうっと光るのは、これまでに落ちて来ていた星屑が呼応して光るからなのだそうだ。



ゆっくりと脈打つように、あちこちに星の煌めきが瞬く。

リーエンベルクの灯りも落とされ、まるで、星空の中に立っているようだ。



(星祭りの日の歌声がこんなにも胸に響くのは、きっと、歌声の全てに願い事が沿うからだろう)



運命が変わるような願い事から、小さなものだがその誰かにとっては胸が痛くなるような切実な願い。


植木鉢の薔薇が綺麗な花を咲かせますように、雨樋の詰まりが今度こそ解消されますように、丹精込めて作り上げた作品が大事にされますように。

美味しいお菓子を、喜んで貰えますように。


誰かに愛を乞う願いに、誰かとの決別を思う願い。

憎しみや失望や、叶えられる願いはきっと、誰かの胸を温めるものばかりではない筈だ。



それでもきっと、願いというものはそれだけでひたむきで美しい。

時としてそれは、呪いですら艶やかなのだ。



今年ばかりは、王様ガレットが買えますようにという願いはないが、新年のお祝いで目当ての料理を食べられますようにという願いはあるだろう。

ネアは、来週からザハで限定発売されるという綺麗な赤いジャムのお菓子を買えますようにという願いは、忘れずにかける予定であった。



息を呑むように。

胸を震わせるように。

願い事に触れて、それを掴み夜空を見上げる。



(………おいで、おいで)



胸の底で呟くのは、在りし日のおまじないの言葉。

あの頃のネアハーレイが伸ばした手の先には何もなかったが、今は願いを叶えてくれる星屑を拾えるウィームに暮らしていて、大切な家族がいる。


だからもう、ネアにはあの頃のように胸を削る程の願い事はない筈なのだけれど、それでもどこか胸の奥の柔らかな部分が描き毟られるような感傷的な痛みを覚えるのは、見知らぬ誰かがかける願いの中に遠い日の自分を見るからだろうか。



(もう何も、私の愛するものを傷付けませんように………)



隣で一緒に星空を見上げてくれているディノの横顔を見つめ、ネアは、どうかこの魔物の願い事も沢山叶いますようにと願いをかけておいた。

大切な人達が、ずっとずっと幸せでいられますようにと。



「……………虐待」

「むぅ。じっと見つめてしまったのは、ディノの願い事がこれからも沢山叶いますようにと、先に願いをかけておいたからなのですよ?」

「虐待した……………」

「解せぬ」




最後に、星空がゆっくりと瞬くと、街の灯りが戻った。


とは言え星祭りの日は照度を押さえてはあるので、引き続きそちらは銀河が横たわっているような美しさだ。



そして、最初の星がひゅるりと流れた。



「ほし!」

「……………くそ。手間取ったな」

「む。アルテアさんが。……………は!ほ、ほしくず!!」



地上に星屑が落ちてくる直前で、ふわりと服裾を揺らすようにして転移を踏んで訪れたのはアルテアだ。


だがネアは、思っていた以上に近くを通った最初の星の煌めきに、慌ててその軌跡を追いかけた。

しかし、流れ落ちてゆく際には近くも通ったが、実際に落ちたのは少し先ではないか。


わあっと街の方で歓声が上がり、ネアは、しゅわしゅわと尾を引いて流れていった星が遠くに行ってしまった悔しさのあまりに足踏みしてしまう。


だが、すぐに気を取り直した。

流れ星が落ちてくるのは、これからなのだ。



「………そう言えば、アルテアさんがいたような気がします?」

「……………おい」

「アルテアが………」



とても忙しかった筈のアルテアなのだが、星祭りの夜に合わせてリーエンベルクに戻って来たようだ。


珍しく淡い水灰色のコートを着ているので、そのような装いが必要となるような用事があったのだろう。

そんなコート一つでも雰囲気はがらりと変わるので、なかなか素敵だぞと見ていると、いよいよ空が賑やかになってきた。



しゅわん、しゅわりと、あちこちに美しい尾を引いて星が流れてゆく。



「アルテアさん。屋根の端の方は滑り易くなっているので、足元には気を付けて下さいね」

「いいか。その妙な気の遣い方をやめろ。………その手も下げろ。介助が必要な訳がないだろうが」

「まぁ。私だと一緒に転んでしまうので、その場合はディノに手を繋いで貰いますよ?」

「……………繋がないかな」

「やめろ……………」



魔物達が何とも言えない目でこちらを見たところで、こつんと音を立てて小さな星屑が足元にも落ちて来たので、ネアの僅かばかりな善良さは店じまいとなった。


ここから先は、落ちてくる星屑を奪い尽くす邪悪な人間の舞である。



(でも、その前に…………)



ここでネアが夜空を見上げたのは、最初の流れ星を目で追いかけてしまったので、夜空の星々の流れ始めを見ていなかったからだ。


星々が一斉に流れ始める瞬間の美しさは見逃してしまったが、今も、しゅわしゅわとした流れ星の尾が描く線を楽しむことが出来る。

夜空を見上げて、星の流れ始めとは違う華やかさにおおっと目を瞠る。

いつもであれば、落ちてくる星しか見ていないので、こんなにも空が明るいとは思わなかった。



「ネア?何かいたかい?」

「先程は落ちてくる星に夢中で見逃してしまったので、少しだけ空を見ていました。この、星が流れ始める頃だけに聞こえる、星が鳴るような美しい音が大好きなんです」

「この音は、様々な呼び名があったのではなかったかな。似たような音は、吉兆になるのだそうだ」

「まぁ。そうなのですね。でも、それも分かるような気がします。…………冬空なのですが、涼やかで透明感があって、しゅわしゅわぱちぱちとした胸が弾むような綺麗な音ですから」



しゃりん。

しゅわしゅわ。

しゃりん。



だが、夜空が鳴らす星の音に耳を澄ませ、じっと見上げるのは僅かな時間ばかり。

強欲な人間は、もう少し星空を楽しんでいたかったものの、すぐに足元にぽこんと落ちてくる星屑を放っておけなくなり、すぐ近くにしゅわしゅわと落ちて来た流れ星を空中でばしりと受け止めてしまう。



「む! 空中で掴み取れました!」

「お前な。何が混ざっているか分からないんだ。落ちたものを拾え!」

「ネア、手のひらや指先を火傷していないかい?」

「はい。びちびちしてる感じはありましたが、熱などは感じませんでした」

「……………びちびち」

「指輪の守護が、熱などは知覚させないのか………」



とは言え、足元に落ちた星屑を拾うようにと言いつけられたネアは、渋々頷いた。

達人感は絶対的に空中掴み取りなのだが、アルテアの言うように、得体の知れないものが星屑かのように落ちてくることも考えられる。

今夜はもう、何かを滅ぼしているような暇はないので、危険を回避しつつ無駄なく動くのだ。



とは言えまずは、この最初の星屑に願いをかけるのがいいだろう。


掴み取りをした星屑は、透明度が高く内側がしゅわりと煌めく綺麗なものだったので、これだけ上質な星屑であればきっと叶えてくれる筈だから。

こっそりディノの方を見ると、予め最初の願い事を伝えてあったネアの大切も、魔物は微笑んで頷いてくれた。



「星屑さん、アルテアさんが庭園水晶めに食べられてしまっただけのものを、またすぐに取り戻せますように」



しっかりと握り締めてそう願えば、手の中の星屑がぺかりと光る。

街明かりと同じ星の光の色が弾け、願い事の成就を示してくれた。



「………ネア」



視線の先には、こんな夜の中でも色褪せない赤紫色の瞳を瞠ってこちらを見ている魔物がいる。

ネアは、最初の願い事の成就に微笑み、ディノと顔を見合わせた。



「ディノ。叶いました!」

「うん。良かったね。後は、限定の菓子だったかな」

「はい!他にも沢山あるのですよ!」



まだ選択の魔物な使い魔は呆然としているようだったので、ここからは自分の収穫の為に駆けずり回る乙女は、落ちてくる星屑に猛然と襲いかかっていった。



そこからは、星屑狩りの時間だった。


ネアは落ちてくる星屑を片っ端から拾い集めては、斜めがけにしている布袋にぺぺいと入れてゆく。

ディノが何だか凄い魔術を沢山かけてくれているので重さなどは感じないが、袋が膨らんでくると反対に足取りは軽くなる。



(今度リノアールで売り出す、果物のおやつゼリーが買えますようにとお願いする分に、同性の友達が出来るようにとお願いするのは三百個くらいあればいいかな………)



ちらりと魔物達の方を見れば、ディノもアルテアも星屑を集めているようだ。


何だか素敵で凄い椅子に腰掛けて、星屑なんて興味がないと澄ましていそうな魔物達が丁寧に星屑を集めている姿はなんだか無防備で、ネアはこっそりと微笑みを深める。



そして、夢中で星屑を集め終えたところで、いつの間にか空は静かになっていた。



「ふぅ。今年は激辛スナックも降りませんでしたし、大き過ぎる星も落ちてきませんでしたね」

「無事に終わるかどうかは、まだ五分五分だな」

「ネア。離れないようにしておいで」

「なぜそんなに警戒しているのだ」



警戒心も顕にこちらを見るので、ネアは、ここにいるのは可憐なばかりの乙女なので、何も悪さはしないのだと懸命に伝えようとした。


目をぱちぱちさせて魔物達を見上げてみたが、ディノがご主人様が可愛いと傾いてしまった以外には何も起こらなかったようだ。


依然として、アルテアは要注意人物を観察する眼差しのままである。



「むぅ。仕方がありませんね。使い魔さんは放っておき、星屑にお願いをかけ始めます。………まずは、お目当ての限定の赤いジャムのお菓子が買えますように!」



その願い事を、星屑は叶えてくれた。

美しい光を帯びた中くらいの星屑が、しゃりりと澄んだ音を立てる。



「リノアールの、限定おやつゼリーが買えますように!」

「開始早々から、食い物の願いしかないのかよ」

「む、……むむ。野外劇場で、揚げドーナツが買いやすい席に座れますように?」

「………変わってないぞ」

「ちびふわを沢山撫でられますように!」

「やめろ………」

「狐さんが会いたがっているので、ウィリアムさんがとろふわ竜さんに少しだけなってくれますように」

「…………やめろ。お前が願うと、ろくでもないことになりかねない」

「ぐぬ。ディノと、今年も沢山楽しいお出かけが出来ますように」

「…………ネアが可愛い」

「アルテアさんが、事故りませんように」

 


とてもいい流れだったのでとそんな願い事を託してみると、手の中の星屑が、ぱきんと音を立てて粉々になった。

呆然と顔を上げると、暗い目をしたアルテアが砕けた星屑を見ている。



「そうだな。お前が事故らないように願いをかけておいてやる」

「ぐるる………」

「ネアが事故らないように………」

「ここにあるだけ使い切っても、難しいだろうがな」

「むぐるるる!」



ネアは失礼な魔物を威嚇しておいたが、そればかりではなく、最も大切な願い事に取り掛かることにした。



「同性のお友達が出来ますように!………ぐ、ぐぬ。この星屑めは、とても貧弱でした」

「ご主人様………」

「やめておけ。無駄遣いだぞ」

「そんなことはありません!………きっと、素敵に感じのいい女性がいる筈なのですよ。使い魔さんとウィリアムさんは少し諦めかけてきましたが、最近、ロマックさんにもいい出会いがありましたから」

「あの竜は無理だろうな。仮にも、同じ敷地内の人間に求婚中だぞ。寧ろ、お前には近寄らないだろ」

「あの竜は無理ではないかな………」

「ぎゅ……?」



ネアは、それでも諦めなかった。


使い込む星屑が一定数を超えると、なぜか、全ての星屑を使い尽くしても叶うまで願い続けてもいいのではないかと思うようになる。

どこか銀狐くじを買い続けた時と同じ感覚を覚え、ネアはひやりとする。



気付けば、手元の星屑は殆ど残っていなかった。



「…………ほしくずがなくなりそうです?」

「ほら見ろ。やめておけ」

「その友達は、いいのではないかな………」

「ま、まだでふ!端っこの方に、星屑が残っているので拾い集めて再挑戦しますね!」

「………ネア?!」

「おい?!」




この瞬間の感覚を、なんと言えばいいのだろう。



ネアは、目に入ってなかった小さな星屑を踏んでしまい、つるりと足を滑らせた。

そして、想定していたよりも少し先に踏み込んでしまったのだ。



「ぎゃ!……………ぎゃふ?!」



屋根の端は雪を掻いていなかったので、ずぼっと足が入ってしまい、慌てて引き抜こうてしたネアはそのまま体勢を崩してしまった。

ばたんと前方に投げ出される格好になり、雪の中にぼさりと落ちる覚悟を決める。



だが、決めなければいけない覚悟は、より激しい落下だったようだ。




ばすん!




ひゅっと胃が迫り上がるような浮遊感の後、ネアはもっとずっと下まで落ちた。

これはまさか、遥か下の地面に落ちてばらばらになる流れではと震え上がったものの、すぐに誰かにぎゅっと抱き締められる。




「ネアが落ちた……」

「ふぁ、ディノ………。び、びっくりしました………。ディノが受け止めてくれたのですね」

「馬鹿かお前は!!」

「ふぇぐ………」

「…………ったく。足を見せてみろ。捻ったな………」

「………えぐ。足も痛いでふ」

「ネア、落としてきてしまった靴は、拾ってあるよ」

「は!雪靴の片方もありません………」




遠くから、ばたばたと走ってくる騎士達が見える。

リーエンベルクの歌乞いが、欲に身を滅ぼして屋根から落ちる姿を見てしまったのだろう。




その夜ネアは、騎士達に目撃された為に逃げきれず、帰ってきたヒルドからもしっかり叱られてしまった。


今朝、雪溜まりに飛び込んで遊んでいた義兄と並べられ、お説教の時間となる。

叱られているネア達は勿論項垂れるばかりであるし、ノアが叱られるとそれだけアルテアの目から光が失われていくので、周辺被害も出る恐ろしい時間だ。



なお、お叱りの時間を終えると、まだ残っている星屑にディノとの楽しい時間を沢山祈れば、そちらは全部叶ってくれたので、結果としてはまぁまぁだろう。



最後に残した一番大きな星屑には、もう一度同性の友達のことを願おうとしたが、ネアは少しだけ考えて、ディノとアルテアと一緒にまたダムオンに行けますようにと願いをかけておいた。



手の中で光った星屑は、その夜一番強い輝きを放ったのではないだろうか。

そして、温かな光で、最初の願い事の道筋をつけてくれたのだった。







書籍作業の為、明日の通常更新はお休みとなります。

こちらにて、2000文字くらいのSSを書かせていただきますので、宜しければご覧ください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ネアが、最初の星屑をアルテアさんのために使っちゃう選択が、アルテアさんにとってネアが大事にしたくなる所以でもあるんやろうね〜。 はい、アルテアさん今年も事故るの決定ー!! でも、また彼…
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