273. 因果のスープは刺激的です(本編)
正午丁度になると、リーエンベルクにはスープの魔術師が現れた。
持ち手の付いたバケツのような独特なお鍋を持ち、にっこりと微笑むアレクシスは魔術師らしい眼差しで、なぜか正門付近にいたリーナは怯えて逃げてしまったという。
騎士棟に出向いたヒルドが中への案内を引き受け、外客棟に用意された部屋で、お鍋の蓋が外される。
だが、ほこほこと湯気を立てるスープが現れると、今度はなぜか一部の魔物達がさっと青ざめた。
「まぁ。トマトのクリームスープなのですね」
「ああ。系譜の王から貰ってきたトマトだ」
「……………ありゃ。それってまさか」
「まぁ。トマトの王様なのです?」
「あのトマトなのだね………」
「ああ。いつも世話になっていると季節ごとに挨拶の品を貰うんだ。今回は事情を話して何個か熟したものを分けて貰った」
事もな気にそう告げたスープの魔術師に、小さな声でウィリアムが凄いなと呟き、ディノは尊敬の眼差しでアレクシスを見ている。
ネアにとってもトマトはただ美味しく素晴らしばかりのものであったが、大事な伴侶の魔物がアレクシスを信頼出来るのはとてもいいことだろう。
今回のように、何か困った事が起きた際に相談出来る相手というのは、一人でも多い方が解決への糸口を増やしてくれる。
「……………香りは悪くないが、中身はなんだ」
これから行われる記憶の回帰の為に、アルテアは自分で準備していた椅子に腰かけていた。
スープ皿を置くテーブルとセットの、夜結晶の美しいテーブルセットは、テーブルの天板の表面が木製のように僅かにざらりとしている。
それに気付いたアレクシスが満足気に頷く場面があったので、料理を嗜む者同士の拘りがあるのだろう。
「祝福のトマトに、棘砂豚の塩漬け、使った塩はそこにいる塩の魔物の城から採取してきた祝福の強い薔薇塩だな。香草類はそれぞれの系譜の王の薬園から。これは、菜園ではなく敢えて薬園の素材を使っている。ジャガイモは精霊王を呪った因果の成就を持つ畑からのもので、不利益をもたらしたものを駆逐する因果を持っている。最後に、砂糖の魔物の作る薔薇と喝采の酒の風味も足し、後は味を調える為の調味料類だ」
「…………は?」
ネアもすぐには呑み込めなかったが、尋ねたアルテアがそう返してしまうくらいに、とんでもない材料だったようだ。
呆然としているアルテアの近くにいたディノは、震えながらこちらに三つ編みを差し出してくる。
そんな三つ編みを受け取りながら、ネアは、どうやら義兄の要素とピアノの先生の要素も入っているようだぞと、美味しそうなスープを凝視した。
(…………濃厚な味わいで、きっと素晴らしく美味しい筈)
アルテアの前のテーブルに置かれているのは、飾り気のない白い陶器製だが、持ち手の部分に植物的な造形が、一輪の花を思わせるスープカップだ。
一緒に置かれたスプーンは夜水晶であるらしく、このようなものにも意味があるのだとか。
「このスプーンも、特別なものなのだな」
そう尋ねたのはエーダリアで、アレクシスが頷いた。
「ああ。食卓の中で、大衆がより大事なものだと考えるのは晩餐だ。夜の系譜から切り出したスプーンを使う事で、料理としてのスープの階位を更に上げる事が出来る」
「おい。まさか、真夜中の座から直接切り出していないだろうな?」
「今回は、事情を話したところで本人が協力してくれた。当代の真夜中の座の精霊王が育てた水晶だ」
「わーお…………」
「なんていい匂いなんでしょう。じゅるり…………」
「うわ。ミカが育てたものなのか………」
つい先程まで満更でもない表情でスープを見ていたアルテアが、最早、完全に得体の知れないものを見る目になっていたが、それでも眉を寄せたままスプーンを手に取ると、静かにスープを飲み始めた。
皆が見守る中での食事になるが、さすが高位の魔物らしい、思わず目を瞠ってしまう程に優雅な所作だ。
昨晩までは、ノアから距離を置くようにと申し付けられていたエーダリアとヒルドも部屋に集まってくれていて、先程はほんの少しだけ今のアルテアとの顔合わせがあった。
枝ごと食べられてしまった中にエーダリア達との選択の一部も含まれていたようで、やはり最近の関わり方とは少し違ったように思える。
(それは、私が関わって広がった部分がその選択肢ごと失われてしまっているからなのだとか)
そう聞けば、選択というものがどれだけ多くの枝葉に繋がってゆくのかは計り知れないほど。
今はまだ取り戻せていないものが、少しでも元の形に戻ればいいと思う。
ここまでの日々は、決して一本道ではなかった。
そうして育まれたのは、大切なものばかりだったのだから。
「ネアはこちらだな。魔術効果が強いものなので、ジッタの痛み消しのパンと一緒に食べてくれ」
「まぁ。美味しそうな薬草パンですね!スープに合わせて、かりかりに焼いてくれてあります!」
「同時に口に入れるのが望ましいから、スープに浸けて食べるといいだろう」
「はい!ではさっそく、その贅沢な食べ方をさせていただきますね」
今回は、呪いの盤上に上がって、痛みを貰ってしまっているネアにも同じスープが用意された。
とは言え、ネアがいただけるのは味見の小皿くらいの量で、パンで掬うようにして食べるとあっという間になくなってしまう量だった。
絶対に美味しいに違いないのでたっぷりいただきたかったが、こうして少しでも味わえるだけでもよしとしよう。
(………アルテアさんは、どのような感じなのだろう)
無言でスープを飲んでいるアルテアをちらりと見たが、今はまだ変化は見られない。
ではこちらも進めていこうと思い、ネアは、食べ易い大きさに切ってトーストしてある薬草パンを手に取った。
かりかりした表面部分が落ちないように、まずは指で千切ってからスープに浸けて、一口目をいただく。
「……………むぐ!!」
(美味しい!!)
かりかりにしっかりトーストした香草パンの香ばしさに、濃厚なトマトクリームのスープは素晴らしい組み合わせだった。
じゅわりとパンの中に沁み込んだスープの美味しさに、思わず小さく身震いしてしまう。
ふにゃっと頬を緩めて美味しさに酔いしれていると、こちらを見たアレクシスが微笑んだ。
「美味しかったか?」
「はい!…………濃厚なのに、トマトの酸味が僅かに感じられて重たくないのですよ。それに、ほろほろだけれどスープに溶けてしまわないくらいのジャガイモと、スープとして飲みやすいくらいの大きさになっているお肉の味わいが加わると幸せしかありません。パンとの相性も最高でした。………それなのに、あと二口くらいで終わってしまうなんて………」
「気に入ったのなら、また今度似たようなものを作ろう。……………そちらはどうだ」
「……………おかしいだろ。何でこれは激辛なんだよ」
「やはりそうなったか。呪いの原点反応だから気にしなくていい。そうなることを見越した味にしてある」
「ほわ。アルテアさんの方は激辛に感じられているのですね…………」
通りで表情が暗かった訳だと頷き、ネアは残りのスープもきれいに食べてしまった。
最後に残しておいたパンのひと欠片でお皿を拭うようにして食べ終えると、ぴかぴかの小皿だけが残る。
アルテアの方は、最初の二口くらいは辛くなかったものが、今は相当な刺激であるようだ。
ちょっぴり虚無の目になった時のちびふわに似ているなという表情で無事に飲み終え、すぐに無言でどこからか取り出した水差しで、グラスに水を注いでいる。
「これで、終わったのかな」
「ああ。効果はすぐに出る筈だ。ディノ、折角なので、幾つか作り置きのスープを足しておこう」
「おや。また持って来てくれたのだね。有難う」
そんなやり取りが続き、ノアとウィリアムがさっと振り返っている。
実はアレクシスは、自分が不在の時に何かあった場合を見越して、ディノに常時三種類程のスープを預けてくれているのだ。
ただしこれは、ディノの状態保存の魔術が完璧であるという前提があっての措置なので、ここでだけの対応になるそうだ。
「…………まぁ。背中のばりばりがなくなりました」
お皿を置いてからぐいんと背筋を伸ばしてみたネアは、何だか久し振りに思えてしまう体の軽さに目を丸くする。
強張って引き攣るような痛みはなくなり、すっかりさっぱり元気になった。
もう大丈夫だとディノに伝えようとして、隣に座っているアルテアと目が合った。
(……………あ)
こちらを見る赤紫の瞳見えるのは、どんな感情の去来だろう。
深く深く暗く艶やかに、言葉にし尽くせないだけのものがゆっくりとさざめく。
そしてアルテアは、無言で手を伸ばすと人差し指の背で、そっとネアの頬に触れた。
「ちびふわ靴下は、覚えています?」
「やめろ…………」
「狐さんの肉球クリームは………」
「……………もうどこにも、呪いの盤上に上がった際の不調は残っていないな?」
質問を遮られ、そう問いかけられた。
これはと眉を持ち上げると、ネアは、にっこりと微笑む。
「はい。この通り、すっかり元気になりました。…………アルテアさんは、食べられてしまったものを取り戻せています?」
「…………ああ。一部、不自然な抜けがあるが、これは最初に餌にした部分だろう」
「やはりそのようなものは作ったのだね。どの選択を、最初の糧にしたんだい?」
「直近で、どこかに出掛けた筈だ。帰り道の選択だけが残っている」
「ま、まさか、ダムオンへの慰安旅行の記憶なのです…………?」
「……………ダムオンだったのかよ」
途端に暗い目になったアルテアは、失われた選択に紐づくだけの多くを手放すことになっていた。
ダムオンで過ごした時間の殆どを、覚えていなかったのだ。
そうなると購入して持ち帰った家具はどうなるのかとハラハラしてしまったが、あらためて興味を持つという工程を踏むことになるらしい。
(それはつまり、…………偶然が重なって動いたような他者との関りなどは、元の状態にならずに別の形で再構築されてしまう可能性もあったということなのだわ………)
多分、雪食い鳥の試練の中でディノを見たネアは、出会いから丁寧に積み上げた程にはこの魔物を大切には出来ていなかった筈だ。
選択と記憶では扱いが違うのだが、そのようにして何かが失われ、二度と戻らないのだと思えば堪らなく胸が苦しくなる。
「という事は、カタログに夢中だったアルテアさんが、私をストールかけにしたり、私が一口分けて差し上げようとした飲み物を一人で飲み干してしまったことは、もう覚えていないのですね……………」
「…………は?…………いや、それはないだろ」
「ディノ。覚えていません!」
「忘れてしまったのだね…………」
最初は呆れ顔だったアルテアは、悲しそうにしているディノを見て事実だと悟ったのか、何とも言えない顔になってしまった。
あんなに楽しそうに過ごしていたのにと思うと、ネアは呆然としている使い魔が不憫になってしまい、手を伸ばしてお腹を撫でてやる。
「やめろ!お前の情緒以前の問題だぞ………」
「来年もきっと行きましょうね。あんなに沢山お喋りしてくれたアルテアさんは、始めてでした」
「……………いいか。お前はもう何も言うな」
「とは言え、それだけのものだからこそ時間稼ぎにはなったのだろう。…………魔術の結びも問題なさそうだね。ノアベルト?」
「…………アルテア、僕にこのボールをくれたの、覚えている?」
「…………そうだな。お前も黙れ」
「えっ?!なんで?!」
まだ部屋にはアレクシスがいるからか、涙目で震える塩の魔物からそんな確認を取られたアルテアは、片手で目元を覆ってしまった。
だが、幸いにもアレクシスは気にした様子もなく、可愛がっていたようだからなと頷いているので、ウィーム領民は承知の上である。
「……………はぁ。何とか終わったな」
それまであまり喋らずにいたウィリアムが、ふうっと息を吐き、この部屋に元々あった長椅子にどさりと腰を下ろしている。
披露困憊している人の座り方で気になったのだが、昨晩は、食べられた選択の回帰待ちのアルテアに、付きっ切りでいてくれたらしい。
二人で過ごした夜に何があったのか、ウィリアムはとても疲れているようだ。
(でも、ノアも、様子を見に行ってくれていたと聞いていたのだけれど…………)
そう思い義兄を方を見ると、なぜか慌てたように窓の方を見ている。
頑なに目を合わせようとしないので、後程、事情聴取が必要だろう。
「アレクシスさん、有難うございました」
どうやら、無事に記憶の回帰が済んだようなので、ネアは、鍋を片付けているスープの魔術師にあらためてお礼を言った。
こちらを見て微笑んだアレクシスは、上着を脱いで店に立つ時と同じ服装になっている。
腰巻きの暗いエプロンをしたこの服装になると、料理人感が出てとても素敵なので、ますます頼もしく感じてしまう。
「いや。今回は俺もいい経験になった。用途が明確ではないと手を出さないレシピもある。思っていた以上に味も気に入ったから、店で出すスープの味に落とし込むようにしよう」
「ふふ。そのスープをお店で飲む度にきっと、ここで使い魔さんを助けてくれた日のことを思い出して、いっそうに美味しく感じてしまうのでしょう。トマトの王様にも、どこかで出会えたならお礼を言いたいです」
「ご主人様…………」
「ディノ?」
「えーと、それはしなくてもいいんじゃない?」
「ディノとノアは、震えてしまうのですか……?」
窓の外では、細やかな雪が降り始めたようだ。
静かに自分の手を見ていたアルテアが、窓の外に視線を向ける。
ネアは、昨晩からとても心配してくれていたエーダリアとヒルドにも笑顔を向け、ほっとしたように椅子に座ったエーダリアから、朝食に来られない程だと聞いて息が止まりそうになったと告げたられた。
「お前が食べないとなると、余程のことだからな」
「食欲自体はあったのですが、そこに向かうことを考えて挫折してしまいました。ディノが何かを持ってこようかと言ってくれたのですが、大事なものを取られてむしゃくしゃしていた時なので、せめて、美味しい料理はきちんとテーブルについていただきたかったのです」
「では、昼食はしっかりと楽しまれて下さい。……………アレクシス、あなたも食べていきますか?」
「そうしたいところだが、真夜中の座の精霊王達が店に来る予定だ。快気祝いと、再現スープを楽しむ会をしたいらしい」
「……………そうなのだな。残念だが、また機会があれば訪ねてくれ」
「む。なぜエーダリア様はそんな風にこちらを見るのですか?」
「それと、これは俺から娘夫婦への快気祝いだな。たまたま通りかかったときに売り始めだったんだ」
道具を仕舞い終えたアレクシスが、最後に一つの紙箱を取り出した。
綺麗な水色のリボンのかかった白い箱を見て、ネアはかっと目を見開いてしまう。
「……………ま、まさか、王様ガレットです?」
「ああ。たまたま買えたものだが、こういう事があった後で家族で食べるにはいいだろう」
「…………これは、ザハの……………」
「ネア。良かったね」
「ふぁぎゅ……………今年は諦めていたのですよ…………」
「おい。泣きどころがおかしいだろうが」
「ちびふわも、一緒に食べましょうね」
「わーお。呼び方が混同しちゃってるぞ……。っていうかそれ、シルにも買えなかったやつだよね……?」
「うん…………。リーエンベルクの騎士は買えていたかな…………」
「ありゃ。そう言えばそうだった……」
王様ガレットは、ウィームでの新年に食べられるアーモンドクリームの入ったパイ生地のお菓子だ。
紙で作った王冠を添え、中に、フェーブという陶器の人形が入っている楽しみもあるが、幸運を齎すと言う祝福は、こんな日こその優しさであるかもしれない。
昨年はロジが買ってきてくれたが、ネアは、今年は誰にも頼んでいなかったのでと購入を諦めていた。
買えなかった年にはこのガレットを焼いてくれたアルテアも、庭園水晶事件から立ち直ったばかりであるので、無理をさせる訳にはいかない。
だからこそ余計に諦めていた楽しみが授けられた幸運に目を瞠り、ネアは、大事なガレットをテーブルに上に置くと小さく弾んでしまう。
そんなネアにアレクシスは微笑みを深めると、ふわりと頭を撫でてくれた。
隣にいたディノの頭も撫でてくれようとしたのだが、ぴっとなった魔物がネアの後ろに隠れてしまったので苦笑している。
帰っていくアレクシスを見送ると、ネアは、背中にへばりついている魔物をよいしょと引っ張り出す。
「……………撫でようとした」
「あらあら、そんなにびっくりしなくても、アレクシスさんはディノを大事にしてくれているでしょう?」
「……………ご主人様」
「シルハーンを撫でようと思うのが、凄いな……」
「これ、何回か後に撫でられるやつだなぁ。……シル、大丈夫かな」
「いや、やめさせろよ」
(…………アルテアさんは、疲労や苦痛の陰は残っていないようだけれど)
それでもと思い手を伸ばして袖を掴むと、アルテアが怪訝そうにこちらを見る。
表情の温度に安堵が震え、ネアは、これなら大丈夫だと思わず笑顔になってしまった。
「…………いいか。俺が焼いたガレットは、明日以降だぞ」
「まぁ。作っておいてくれたのですか?」
「それと、後で、体調に問題がないかどうか調べてやる。今日は、出掛けないようにしろ」
「はい。美味しいスープで回復したばかりですので、今日はお家にいますね。アルテアさんも、今日くらいは休めそうですか?」
「………ったく。今日くらいはこちらにいてやる」
「ダムオンの話をします?」
「……………昼食の後にしろよ」
「貰って来たカタログなどが、きっとお手元のどこかにもある筈なのです。……………それと、庭園水晶めに選択の部分を食べられてしまったアルテアさんも、そのリンデルは外さないでいてくれたので、ちょっぴり嬉しかったです。ぽいされてしまったらどうしようかと、心配していたんです」
ネアがそう言えば、アルテアが僅かに瞳を揺らした。
先程まで、手をじっと見ていたのも恐らく、自分がそれを外さずにいた事を確認していたのだろう。
だからネアは、それに触れずにはいられなかったのだ。
(だってそれは、つい先程までここにいたアルテアさんが残した、選択だから)
勿忘草の色の色鉛筆なんて、最後にしないということも出来ただろう。
ネアが姿勢を崩した際に、手を貸さずに見ていることも出来た筈だ。
それなのに昨晩は、葡萄ゼリーまで作ってくれた。
(もう、ここにいるのは、それを選んでくれたアルテアさんではないけれど、そうして選ばれたものも大事に覚えておこう…………)
「……………確かに、外すという選択肢はなかったな」
「葡萄ゼリーの味は、以前のものだったのですよ。でも、それもとても美味しかったです」
「レシピを変えたのは、お前が食い過ぎるからだぞ」
「そしてノアから、新しい化粧品を作ってくれていると聞きました…………」
「それは、お前が手入れを怠っていたせいだ。少し中身を変えてある。どうせ、クリームを塗らずに寝た日が何回かあったんだろうよ」
「おかしいです。クリーム反応が、なぜそんなに正確に反映されてしまうのだ………」
とにもかくにも、いつも通りの仲間達が揃ったリーエンベルクでは、さっそく快気祝いの昼食会が開かれることになった。
ネアとしては、今年の星祭りは明後日になるので、その為に英気を養っておかねばならない。
なお、いつもであれば年明けの星祭りの日がこれだけ後ろ倒しになっているのは、漂流物が訪れた翌年の作法なのだそうだ。
願いを叶える星屑をこちらに残った対岸のものに使わせないように、境界の揺らぐ大晦日の日からは少し時間を空けるのが習わしだという。
かつて、それを行わずに大きな災厄となったことがあると聞けば、そのようにして経験を重ねてゆくことで、近年は恙なく終えられる行事も多いのではないだろうか。
ネアは、その日までに何としても星屑拾いの奥義を磨き抜かねばならなかったので、きりりと背筋を伸ばしてからさっと体を屈めてみて、こっそりと背中の全癒を確かめた。
「…………むぐ?!」
「まさか、………まだ痛むのか?」
「なぜ、急にアルテアさんに持ち上げられたのでしょう?」
「……………今の動きは何だ」
「星祭りの予行練習です!当日に向けて体をほぐしておかねばなりませんので、一刻の猶予もないのですからね」
「……………いいか。二度と紛らわしい真似をするな」
「この子の背中が、まだ痛むと思ってしまったのだね………」
「まぁ。会食堂迄の道中で、せっかくですので体を動かしておこうと思ってしまいましたが、背中の痛みがぶり返したように見えてしまったのですね……」
誤解は解けた筈なのだが、アルテアは、なぜか会食堂まで持ち運んでくれた。
ネアは、負担にならないだろうかとはらはらしていたが、こちらを見たディノが優しく頷いてくれたので、そのまま運搬を任せてしまうことにする。
なお、ノアはまだ不安が残っていたようで、昼食の際にアルテアから貰ったボールや肉球クリームをテーブルの端に置いておいたようだ。
アレクシスを正門まで送り届けてきてくれたヒルドが戻ると叱られていたが、あまりにも不安そうで涙目の契約の魔物の為に、絆されたエーダリアが特別な許可を出してしまう。
そのせいで、若干、昼食中のアルテアとウィリアムの表情が同じような暗さとなったが、ここはもう折り合いをつけるべきなのだろう。
ネアは、今年のフェーブはどんなものなのかなと考え、美味しいさくさくシュニッツェルを噛み締め幸せに頬を緩めた。
昼食の席でアルテアがいつもより多くの量を食べていたのは、呪いに削られて消耗していたからではなく、先程飲んだアレクシスのスープが辛過ぎたからのようだ。
どこまで辛かったのか気になったが、本人に訊いてみたところ、なんとガーウィンの辛いスープを軽く凌ぐ刺激だったというので、ネアは飲んだスープが通常仕様だったことに心から感謝した。




