261. クラヴィスは穏やかです(本編)
クラヴィスの朝は、ダイヤモンドダストのような細やかな雪がさらさらと降っていた。
これはかなり気温が低いという証なので、ネアは心して会食堂に向かう。
廊下に出ると冷たい空気にぶるりとしたが、これが冬だという実感にも繋がるので完全に室温を整えてしまえば、きっと味気ないのだろう。
空の端はまだ深い青色で、夜空には月が見える。
けれども、会食堂に到着する頃にはいつもの雪曇りの空の色になってきた。
雪の日の朝らしい、空の色の変化だ。
「ディノ、ほんの少しだけ、空の縁が淡い金色になっていますよ」
「ネアが甘えてくる…」
「むむ、思わずディノをぐいっと引っ張ってしまいました……。今日はクラヴィスの儀式への参加があるので、まだ儚くならないで下さいね」
「ずるい………」
引っ張ってしまった腕を撫でたせいでディノはすっかり傾いてしまったが、そんな魔物を連れて会食堂に向かえば、いつもの家族が揃っていた。
「ありゃ。シルはどうしたの?」
「空の色が綺麗で、その感動を伝えようとしたあまり、うっかり腕を引っ張ってしまいました……。決して、暴行した訳ではないのですよ?」
「ネア。あまり、負担をかけないようにするのだぞ」
「うんうん。僕の妹は、すぐにシルを弱らせちゃうからなぁ」
「解せぬ」
「ネイ。シャツはきちんと着るように」
「ありゃ。さっき、ボタンは上まで留めた筈なのになぁ……」
「さて、そろそろ始めましょうか」
今年のクラヴィスの朝食は、リーエンベルクの家族だけの食卓となった。
昨晩はこちらに泊まったウィリアムとアルテアは、それぞれにまだ夜も明ける前から出かけたようだ。
そんな時間から仕事をしているのかと思えば、人間が思うよりも遥かに高位の魔物達は勤勉なものなのである。
特にウィリアムについては、クラヴィスの朝になぜ内乱を起こしたんだと疲れたように呟いてから出掛けて行ったそうなので、明らかに人間のせいで忙しくなっているのが申し訳ない。
「まぁ。ディノのお気に入りの、トマトの酢漬け野菜がありますよ」
「………うん」
最近はトマトがとても荒ぶっていたので、大好きだったトマトの酢漬けに一瞬だけ困惑の眼差しを向けていたディノだったが、食べるとやはり美味しかったようで目元を染めている。
これ迄に万象の魔物をもてなしてきたに違いない多くの高位の者達は、この魔物が付け添えにしてもというくらいに簡単に作れる酢漬け野菜が好きだとは思いもしなかっただろう。
「エーダリア様、二人分あるのですから落ち着いて食事をするように」
「落ち着いているではないか………」
そして、何度も鶏の香草焼きに視線を向けてしまい、ヒルドに注意されているエーダリアが、鶏皮の美味しいところが大好物であることを、王宮にいる殆どの者達が知らない筈だ。
(でもここは、家族の輪だから)
その温かさに触れ、またにっこりと微笑む。
窓の外を見れば、うっとりとするような青灰色の空と景色に降る粉雪が、高貴な魔術の煌めきのように見えた。
雪薔薇は満開の頃合いで、冬ライラックの青みのラベンダー色には結晶化しているのであろう一部の花が、細やかにきらきらと光る。
よく、素敵な一日の始まりが輝くように見えることがあるが、魔術の潤沢なウィームでは、実際に輝いてしまうのだった。
祝祭の日の朝に相応しい柔らかな思いで、ネアは、冬草とジャガイモにとろりとしたラクレットチーズをかけた素朴だが堪らなく美味しい料理をぱくりと口に入れた。
この手の料理は最後まで均等に食べられるかどうかの配分が気になるところだが、リーエンベルクの食卓ではそんな心配は欠片もなく、たっぷりとチーズがかけられているので、とても強欲な人間でも安心して食べられるのが素敵ではないか。
伝統的なクネル入りのビーフコンソメのスープは、目覚めたばかりの体にじゅわっと染み入るような熱さこそが堪らない。
たっぷりとしたスープをいただきながら、ネアは、なんて幸せな食事なのだろうと唇の端を持ち上げた。
「…………はぁ。こうやって祝祭の朝に家族で食事をするのってさ、凄くいいよね」
「ふふ。ノアも同じことを考えていました」
「おや、私も似たような事を考えておりました。今年は、特に穏やかな朝でしょうか」
「リーエンベルクの外周の見回りや、朝の段階での街の様子なども、今朝はとても落ち着いているそうだ。とは言え、儀式まで警戒を緩めるものでもないが、このように穏やかな日もあるのだな」
「もしかすると、ウィームに、クロムフェルツが来ているからではないかな」
「………ウィームに」
ディノの言葉に、エーダリアが目を瞬く。
元々イブメリアの直轄地であるウィームなのだから、その祝祭の王がいても不思議はない。
だが、普段は姿を見ることもない祝祭の主人がそこにいると言われると、少しだけ驚いてしまうのだろう。
(クロムフェルツさんは、どこにいるのだろう……)
ネアは、野外劇場周辺の飾り木群や、エントランスホールに素晴らしい飾り木を有するリノアールなどに、こっそりクロムフェルツが佇んでいる姿を想像してしまい、会えたらいいがとそわそわする。
ウィーム中央にはネアのお気に入りの飾り木が少なくとも三十はあるのだが、未だに未開拓の場所も多い。
クロムフェルツ的にはどのあたりが一推しなのかを、是非に教えて貰いたいくらいだ。
「まぁ、さすがにこの日となれば大丈夫だろうけど、漂流物のことなんかもあるし、直轄地のウィームの土地が有する祝福を高めているんだろうね。祝祭そのものの気運を高めるには、その祝祭の始まりの土地を安定させるのが一番だからさ」
「おや。であれば、毎年いていただきたいくらいですが、それも難しいのでしょうね」
「うーん。クロムフェルツはやっぱり、飾り木があるだけあちこちに行くからなぁ。愛し子が多い祝祭だもんね」
その代わり、クロムフェルツの愛し子という肩書きは、本来は長く続くものではない。
イブメリアの愛し子には子供達が多いので、祝祭の祝福を受け取ることが出来て、尚且つ、変わらずに祝祭を愛していられるような者は少ないのだ。
人間は、他の種族よりも遥かに、成長と共に興味や嗜好が変わる生き物である。
祝祭の庭から出た者達でもイブメリアは変わらずに慈悲深く慈しんでくれるが、とは言えそれはもう、愛し子とは違う扱いになるのだとか。
ネアのように元々この祝祭に並々ならぬ執着があり、尚且つ永遠の子供と呼ばれる状態でありながらも祝福の類に損なわれないような条件を持ってでもいない限りは、殆どの愛し子達は、入れ替わってゆくことこそが自然なのだった。
「…………そう思えば、私がその枠から外れる事はないような気がします。クラヴィスの日の鶏肉のお味は最高ですものね」
「私が言うのもなんだが、その理由だけでいいのだろうか………」
「ずっと私が欲しくて堪らず、手に取り損ねてきたものばかりです。執念深く強欲な人間は、少なくとも不当に失ったと考えている分量の千倍くらいは、手放せる気がしません…………」
あまりにもネアが強欲なので、エーダリアは目を丸くして千倍と呟いていたが、魔物達はなぜかほっとしたように頷いている。
そして、真に強欲な人間は、生きている間はずっと欲しがり続けるのだろうなと、更なる邪悪さを心の中で噛み締めていた。
(ああ、二度と手放すものか)
それはきっと、妄執にも似た願いだ。
あるべきだった何かが損なわれ続けていた欠乏感がやっと埋まり、ネアは、ここで暮らし始めてからやっと上手く息が吸えるようになった。
ジョーンズワース家のネアハーレイの頃から、家族がみんないて幸せな頃から、その欠落はあったのだと思う。
(……………ただ、両親もユーリもなぜか、私と同じ方向を見ていたから、寂しくなかっただけで)
だから、最近は時々思うのだ。
ジョーンズワース家の家族はみんな、間違って向こう側に迷い込んでしまったままそれに気付かずに暮らしていた迷い子のような者達だったのかもしれないと。
その全てを紐解く必要はないけれど、そう思えばますます、ここでの暮らしが大切になるから。
だから時々は、何も光らなくて一人ぼっちの冬の祝祭を思うこともある。
「ネア、ハムを分けてあげようか?」
「まあ。交換してくれるのですか?」
「うん。…………可愛い。動いている」
「理由部分が少し解せませんが、では、こちらのハムと交換しましょうか」
「うん」
「そう言えばさ、ボールを持ち歩けるような道具入れを作ったんだよね」
「ノアベルト、……………その、アルテア達への気遣いを忘れずにいるのだぞ」
「あなたには、思い留まるように言った筈なのですが……」
「あれ?思っていたよりも不評なんだけど………?」
テーブルの上には三祝祭の日に相応しく、小さなリースを模した美しい祝祭飾りが置かれている。
リースの真ん中に置かれた背の低い花瓶にたっぷりと淡い紫色の薔薇を生け、この季節らしい赤い実を付けた小枝との対比が美しい。
「美味しかったですねぇ………」
「お代わりはいいのかい?」
「はい。小さなケーキもあって、たっぷりいただいてしまいました!」
ネアは今年も変わらずに至高の領域であったクラヴィスの朝食を終え、ふうっと幸せな溜め息を吐いた。
エーダリア達は大聖堂での手順を話していて、グレイシアの今年の脱走理由が話題に上がったので、ネアはおやっと振り返った。
「……………まさかと思いますが、舎弟は、その限定販売の林檎飴を買う為に脱走したのですか?」
「そのようなのだ。ザルツで、イブメリア期間中のみの販売となる、祝祭の飴があるらしい。あまりにも人気ですぐに売り切れてしまうので、買えるまではと粘っていたままの滞在だったようなので、目撃例もかなり上がっていてな………」
「どうやら今年は、目的を達成して自分で戻ってきたようですよ」
「あまり騒ぎになっていないのだなと思っていましたが、居場所はある程度絞り込まれていたのですね」
朝食を終えるとすぐに髪結いの魔物が来てくれ、ネアは久し振りにしっかりと結い上げる儀式用の髪型になった。
ウィリアムかアルテアが間に合えばやって貰えたのだが、二人共まだ仕事が終わらないようだ。
久し振りに会えた髪結いの魔物は、相変わらず逃げ出すようにして窓から帰っていってしまい、ネアをがっかりさせた。
お礼を言いながらさり気なく世間話をしようとした気配を察したのだとしても、あんまりな速さではないか。
しょんぼりしたネアにディノが三つ編みを差し出してくれたので、同性の友達が相変わらずいない哀れな乙女は、それを握り締めて大聖堂に向かった。
雪の中を馬車で走り、大きな飾り木やその周囲の祝祭の屋台を眺めながら大聖堂に入ると、ネアは、重たい扉を抜けて、見上げた先から落ちるステンドグラスの光の筋の中に足を踏み入れた。
雪の日とは言え、やはりここに入るとぐっと明度が下がるので、目が慣れるまでは暗く感じられる。
だからこそ、窓から差し込む光が透かしたステンドグラスの光が、えもいわれぬ美しさに思えるのだろう。
このような聖域では、陽光の角度とは違う光の差し込み角度もよく見られるものだ。
多くは魔術的に手を加えたもので、色や光などが儀式に必要な時に取られる措置なのだとか。
この聖域に暮らす者達を知っていても不思議と背筋が伸びてしまうのは、やはり生まれ育った土地での履歴があるからだろうか。
天井から吊り下げた香炉からは煙がたなびき、祝祭儀式独特のおとぎ話の国の森のような香りが立ち籠めている。
ネアは、大事な白いケープを纏ってその中を歩き、詠唱など儀式に参加する人々の静かな息遣いを感じていた。
祭壇の上には司祭が待っていて、ネア達の前を歩くのはエーダリアとヒルドだ。
ヒルドの羽を透かす仄暗い聖域の光と、儀式の信仰を繋ぐ役割を果たすのは聖歌の響き。
(………やっぱり、イブメリア関連の儀式のある日の大聖堂は好きだな……………)
祭壇の両脇には飾り木が置かれ、柱ごとに設置されている小さな祭壇の上には緑のリースが飾られている。よく見れば、そこかしこにイブメリアの気配があった。
この世界ではガーウィンや信仰の系譜などの領域という印象の強い場所だが、この日ばかりは、ネアだって我が物顔で儀式に参加させて貰えるのがまたいい。
だが、そんな誇らしさで澄ました顔で歩いていたネアは、道中で煙の一番濃い部分に差し掛かってしまい堪らず、けふんと咳をしてしまう。
心配そうに覗き込んでくれたディノにご主人様は無事であると微笑みかけると、なぜか、参加している領民達の席の方が僅かに空気を揺らしていた。
がおん、がおんと、鎖で吊り下げられて回されている香炉が、鈍い鐘の音にも似た音を立てる。
円枠のシャンデリアはモミの木の枝で飾り、リースのようになっているその上には、小さな小鳥が見えた。
可愛らしいなと思い見ていると、ディノの方に向かって深々とお辞儀をしているので、妖精などではなくて魔物なのだろうか。
その下を通り過ぎ、真っ直ぐな通路を祭壇に向かう。
暗闇でもけぶるようなステンドグラスの光と、その光を乱反射させる香炉の煙の中、まずは司祭の、クラヴィスの日への感謝の言葉から。
伸びやかな声はふくよかな魔術を孕み、人ならざる者達もうっとりと聞き惚れている。
祭壇の前に立っている信仰の魔物も、美しい刺繍のある服裾を揺らし満足気に頷いていた。
こうして見ていると、中性的なレイラの美貌は、やはり聖域の中でこそよく映えるのだろう。
特別に好きな魔物ではなかったが、思わずその横顔に目を奪われてしまった。
(………っ?!)
壇上に上がる時に、三段程の階段くらいは自力で上がれる筈だったご主人様を、ディノがひょいと持ち上げそこに立たせてしまったのは、うっかり信仰の魔物の良さを再発見していたからだろうか。
ネアは、こんな場所で持ち上げてはならぬと慌ててディノの手をべしりと叩いたが、するとまた、先程の客席の辺りの気配がざわりと揺れる。
どちらかといえば好意的な気配であったので、真面目に儀式に取り組む気高い姿が評価されてのことだろう。
詠唱と、パイプオルガンのような楽器の音。
聖歌は柔らかく凛々しく重なり合い、立ち昇る煙の筋に一拍遅れて、香炉がまた、がおんと音を立てる。
深い深い聖なる響きと祝祭の香りに、心ごと沈んでゆくようだ。
韻を踏んで続けられてゆく詠唱は音楽に似ていて、ネアの大好きな小節に差し掛かる。
その詠唱を引き取るのはエーダリアで、ネアは、やはり素晴らしいウィーム領主の詠唱にうっとりと聞き惚れた。
少しずつ、少しずつ、祝祭の中の何かが満たされていくのが分かった。
空っぽだった盃に満たされてゆくのは、クラヴィスの日の祝福だろうか。
ここにはいない筈の生き物達が、煙の向こう側やステンドグラスの窓の向こうから、その光景をじっと見守っているような気がした。
(そろそろだわ……………)
ネアの出番まで、あと少しのところに差し掛かった。
今年のクラヴィスの儀式で受け持ったのは、エーダリアが分けてくれた三小節の詠唱の一部だ。
エーダリアの詠唱の余韻が途切れるのを待ち、声がひっくり返らないように呼吸を整える。
「………其は、暗く青白き祝祭の灯火。魔術の火より豊かなものの名前。夜の静寂に寄り添う優しきものの名前。その祝福の眼差しに映すは、万象の理」
今年の詠唱は初めて引き受けた時のものにほど近いが、それでも僅かに言葉が変えられている。
身に持つ祝福や守護などに合わせて文言を変え、相応しい成果に辿り着くことを目的とする数式のようなものが、魔術詠唱なのだ。
そんな儀式詠唱の役割が分かることがちょっぴり誇らしく、ネアは、任された部分を終えると再び背筋を伸ばした。
なぜか客席で咽び泣いている者達がいるが、余程イブメリアが待ち遠しいのだろうか。
最後にエーダリアが再び詠唱を引き取り、クラヴィスの儀式を終える。
聖域に相応しい控えめなものだが、わっと歓声が上がり、そこに大聖堂の鐘の音が重なった。
(…………繋がった!)
目には見えなくても、魔術が結ばれたことが分かる瞬間がある。
ネアは、喝采のさざ波に触れるかのような不思議な高揚感を覚え、ステンドグラスの光の筋の向こうを見上げた。
そこに誰かがいる訳ではないのだが、この荘厳な大聖堂の中の空気を、クラヴィスの日にこそしっかりと感じておきたかったのだ。
多少目を細めたにせよ、それはステンドグラスの模様を見ようとしたからに過ぎない。
ただ、それだけであった。
「………おや。よく見付けたね。インスの魔物のようだ。もしかして、あまり状態が良くないのかな」
「なぬ………」
しかし、ネアが見上げた先のどこかに、たまたま不法侵入のインスの魔物がいたようだ。
ディノがすぐに気付いてくれたので、ネアはさも知っていましたよというかのようにきりりと頷いておく。
どうやってこちらに入り込んだのかは分からないが、あまり見付けやすいものではないのだろう。
(そして、どこにいるのだろう………)
声を抑えてそんなやり取りをしていると、一般席で、見知らぬ青年が立ち上がった。
こちらに一礼してから、ディノが見ている方向を確認し、素早く姿を消してしまう。
直後、ぎゃーっという悲鳴が上がって大聖堂中をぎょっとさせた後、少しくしゃくしゃになって戻って来た青年は、疲れ果てた様子で備え付けの椅子に腰を下ろしていた。
通路を挟んで座っていたバンルが労っているので、エーダリアの会の会員だろうか。
エーダリアやノアが呆然とこちらを見ているので、ネアは、会違いだと伝える為に、厳かな気持ちでそっと首を横に振った。
なぜか、こちらを見て涙ぐんでいる領民達がいるので、きっと大事なエーダリアが無事でほっとしているのだろう。
ネアが、もう安心だと伝えようとしてそちらにも頷きかけると、きゃっとなって深々と頭を下げてくれた。
「浮気………」
「エーダリア様は無事ですよと、エーダリア様の会の皆さんにも、心の声で伝えておきました」
「エーダリアの会の方なのかな………」
それは間違いない筈なので、ネアはもう一度エーダリアの安全を確認するべく振り返る。
すると、祭壇前に立っているレイラと目が合ってしまった。
(………むむ?)
ネアと目が合った信仰の魔物は、怯えた様子でこちらを見ているようだ。
それはつまり、あんなにつんつんしていた魔物も、常に最大火力の疑いのあるエーダリアの支持者達は怖いのだなと思い、ネアは、今度は家族が誇らしいぞの気持で帰路に就く。
午後に向けて、曇天の空から舞い落ちる雪片は少し大きくなっただろうか。
大聖堂からの帰り道は、儀式の失敗を恐れる必要もないのでのんびりと祝祭の街並みを眺め、ネアは、小ぶりだが何とも綺麗に光る飾り木と、リボン飾りの色合わせが素晴らしい飾り木という、本年の一押し飾り木候補を新たに二つも見付けてしまった。
「でも、こんなに綺麗なイブメリアの飾りつけも、あと少しなのですね。そう思うと何だか寂しい気持ちにもなってしまいます」
「歌劇場に向かう前に、どこかに出かけてみるかい?」
「では、昼食の後に少し動けそうだったら、美術館前広場のホットワインか、リノアールの、ブローチやオーナメント売り場のお出かけを挟んでもいいですか?」
「うん。そうしようか」
そう微笑んだディノがあまりにも優しい目をしていたので、ネアは、大事な魔物にこてりと体を傾けてみる。
ディノはぴしゃんと固まっていたが、ややあっておずおずと頭を撫でてくれた。
「……………凄く虐待する」
「今夜もまた、みんなで薔薇のロージェで過ごせるのだと思うと、どうしようもなく心がほこほこしますね」
「…………うん」
「ディノ、手を繋いでもいいですか?」
「虐待………」
「手を繋いで馬車に揺られて、リーエンベルクまでの帰り道を過ごすのもきっと素敵ですよ」
「ネアが大胆過ぎる………」
魔物はたいそう恥じらっていたが、それでも手を繋いでくれた。
リーエンベルクに帰ると、とある会で号外が出たと聞き、ネアはさすが強火の会であると頷くばかりである。
「きっと、エーダリア様の身に迫っていたかもしれない危険が、無事に会員の方の機転で回避されたことをお祝いする内容かもしれませんね」
「僕はさ、僕の妹がインスの魔物を見つけ出して、追い出させたって内容だと思うんだよね……。おまけに微笑みかけちゃったからなぁ………」
「むむ?」
大聖堂から追い出されたインスの魔物は、悪くなっていたインスの実を一粒、リースからぷちりと取って捨てた人物を追いかけてきていたようだ。
追い払ってくれた青年は頑張って戦ってくれたようなのだが、果たしてどんな戦いがあったのだろう。
エーダリアには凄い支援者が沢山いるなと考えて頷き、ネアはディノと午後の予定を立てる為に打ち合わせに向かった。
穏やかな穏やかな、クラヴィスの日である。




