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誕生日と灰紫色の刺客 3




人間達や、それ以外の種族にも禁忌の如く恐れられている高位の魔物達がいる。

その身に白を待つ、人間の文化圏では災厄とも謳われる最高位の魔物達だ。


世界の万象を司る魔物に、終焉を司り死者の国の王でもある魔物。

選択を司り、世界各国で様々な名前で災いとして名前を残す魔物に、塩の名前を持ち、この世界層の海の系譜の者達の命を繋いだ魔術の根源を司る魔物。


どの魔物達も言葉にし尽せない存在であるが、現在はとても親しみの持てる姿であった。

一人は重度の酔っ払いとなり、残る三人がちょっぴりほろ酔いとなっている。

そして、そんな魔物達に囲まれてとても困惑している、とある王家の生き残りの領主がいた。



「誕生日の祝いの品物という程ではないのだが、一応は理由を付けての譲渡がいいのではないかということになってだな。…………その、ノアベルト、脱がないようにするのだぞ?」

「……………ありゃ。脱いじゃ駄目だったっけ?」

「エーダリア様、続きをどうぞ。シャツのボタンは、私が閉めておきます」

「わーお。僕、ヒルドにも大事にされているぞ」

「はいはい……………」


酔っ払いは少し離れた場所に隔離され、選択の魔物のお誕生日会を行っているテーブルの周辺は微かな安堵に包まれる。


とは言え、他の魔物達もそこそこに酔っ払いであることを忘れてはならない。



「グオンの巻き布だな。……………以前より気になっていたものだが、そういう事なら遠慮なく受け取るぞ」

「ああ。元より、そちらで作られたものだったと聞く。人間の領域の修復では、付与された魔術の構築が変わってしまうと忠告されたのでな…………」


エーダリアがアルテアに譲渡したのは、リーエンベルクに残る王家の財宝の一つだ。

グオンの巻き布と呼ばれる、壁掛けの織布は、統一戦争時に確認されない空間の部屋に飾られていた為に、戦火を逃れた魔物の織物であった。


実はこちらも、アルテアが今は亡き壁布の魔物に織らせたものであるらしく、今後は、アルテアが私物として所有してゆくことになる。

ウィームの美術館に収めてもいいくらいに素晴らしいものなのだが、部屋が閉じている間に途切れた魔術循環が特殊なもので、人間の領域では修復が難しいのだそうだ。


エーダリアが手渡した大きな巻き布を凝視していると、アルテアが少しだけ開いて見せてくれた。

濃紺から紫紺、深い青色を使った夜の森とお城の構図が一枚の絵のようで、木々や雲の部分など、わざと立体的に織られている部分があるのが特徴だろうか。


恐らく冬の景色だろうと思わせる構図は美しかったが、ネアはなぜか、見ているとぞわぞわした。



「大丈夫だよ。これを持っておいで」

「なぜ三つ編みなのだ…………」

「ほお。お前でも感じ取れるか。…………これは、善良な函じゃないからな。疫病や災いを蓄積する為の辻毒の入れ物に近いような道具だ」

「…………まぁ。そのようなものなのですか?」

「そうなのだ。だが、辻毒によく似た呪いの形をしているものであればこそ、蓄積した疫病や災いをその中で眠らせる役割が国益となっていた物だったようだ。かつてのウィーム中央では、……………何らかの事情があって完全に根絶出来ない疫病や、残しておかねばならなかった小さな災いをこの巻き布の中に収めていたという」


そうして納められたものを織り糸が蓄えてゆく、独自の仕組みが付与された織り布だったが、部屋が閉ざされ、そこを開ける者がいなくなった事でその循環が断たれてしまった。

本来は無尽蔵に集める仕掛けであったものを、ウィーム王家で与えたものだけを取り込むようにしてあったことが幸いし崩壊や悪変は避けられたが、今は、エーダリア曰く内側が酷く飢えている状態なのだとか。


「ぞくりとしました…………」

「だが、この状態でも外部に災いをなさないような魔術制御は生きている。こうして私が素手で運んでも問題がないくらいの、中身のない受け皿のようなものなのだ。とは言え、本来の役割を果たす為には相応の修復が必要になるだろう。…………正しい直し方は、…………こちらでは難しい」

「どのような修繕や修復をするのですか?」

「……………俺の領域での作業が必要だろうな」


ウィリアムの言葉に、アルテアが短く頷く。

赤紫色の瞳を細めて微笑む姿は、海老がなくてしょんぼりしていた使い魔ではなく、人間の国を傾けて遊ぶ悪辣な魔物のようだった。


「国を滅ぼした事のある者か、滅び落ちる国で死んでいく者にしか出来ない作業が必要になる。どちらも案外容易く手に入る素材だが、ウィームでその備えをするのは難しいだろう」

「…………そのような作業が出来ないという訳ではなく、好む方がいなさそうですね」

「ああ。まさにそうなのだ。代わりになる手段もあるのだが、それでは………善良になり過ぎる」

「善良…………」


先程から何度か出て来る表現だなと首を傾げると、向かいに座っていたウィリアムがふっと薄く微笑んだ。

ゼノーシュが帰ってその席に移ったのだが、隣がノアだったせいか、影響を受けてちょっぴり首元を大きく緩めている気がしなくもない終焉の魔物である。


「善悪の天秤の上で、効果や役割を変える道具も多いからな。邪悪だとされた魔術道具を浄化すれば善良なものになるかもしれないが、安全が担保される代わりに本来の役割は果たせなくなる。アルテアが引き取った巻き布もそのようなものなんだ。災いや障りの一端としての構成を崩すと、役割を変えざるを得ない」

「なんとなくですが、分かったような気がします。本来の役割自体が希少なものだと思うので、それを失うのは勿体ないですものね」

「……………勿体ないか。お前らしい感想だな」

「むむ。疫病や災いをぽい出来るのなら、残しておいた方がいいでしょう。多少の邪悪さもこちらに及ぶ災いがないのであれば、ないも同然なのでは…………」


ネアがそう言えば、アルテアは美しいカットのあるグラスを片手に小さく笑った。

くつくつと喉を鳴らすような笑いはまさしく魔物らしいというもので、ネアは、毛布をかけたらすやすや眠ってしまう姿との乖離にいい二面性であると一つ頷く。


「そうであっても許さないと、影や染みの一つもなく清くあるべきだと、ヴェルリアの国宝をただの鉱石の塊に変えた歌乞いもいたがな」

「……………あの一件は、酷いものだった。…………彼女の理想は素晴らしいものだが、ガレンとしても抗議せざるを得なかった事件だ。………亡霊の望遠鏡を国宝の一つとして長らく所持していたヴェルリア王家は、より深い思いがあっただろう」


ぎゅっとテーブルの上の手を握り、悔しそうに俯いたエーダリアに、ネアは眉を持ち上げる。

何となく誰の仕業か分かるような気がしたが、エーダリアがこうして憤りを見せるのは珍しい。


「どのような、お道具だったのですか?」

「覗き見た者の命と引き換えに、望んだ箇所の戦況を見る道具だ」

「……………大損害ではないですか」


思わずそう漏らせば、ウィリアムも白金色の瞳をぼうっと光らせるような魔物らしい微笑みを深めた。


「ネアは、そう思えるんだな」

「言い方が悪くなりますが、一つと引き換えに国の命運を変えられるかもしれないお道具です。自分の命と引き換えにでも、家族を守りたい方とているでしょう。死刑囚の方などに最後に貢献していただいてもいいですし…………」

「その通りだな。清濁の許容は、どちらに偏っても毒になる。それが出来ないという事は、所詮歌乞いとしても未熟だったということなんだろう」

「歌乞いとしても、…………でしょうか?」

「ああ。歌乞いは、相応しい対価を見極められなければ、自身だけではなく周囲の者達をも破滅させる。…………よく、寿命が僅かになった歌乞いを連れて、契約の魔物が姿を消すと聞かないか?あれは、至極理にかなった終焉を選べた者達の終わり方なんだ」



少しばかり仄暗い話題ではあるが、お酒が入っているからこそ出てきた率直な意見なのだろうと思った。

アルテアはさておき、エーダリアがこのような話題で悔しさを吐露してしまうのもあまりない事であるし、ウィリアムが魔物らしい酷薄さを簡単に見せるのも、今となっては実に珍しい事なのだ。



「…………歌乞いを失った魔物は、崩壊してしまう者も多いからね。周辺に被害の出ない場所や遮蔽地を選んで、最後の時間を自分の歌乞いと過ごす事が多い。…………だが、それを善しとせずに、最後まで忠実に職務を全うするという人間もいるのだろう」

「むぅ。ディノの説明で腑に落ちました。それは…………潔く凛々しいようで、あまりにも身勝手な振舞いですね。契約してずっと傍にいた方の願いこそを最後になるのであれば叶えて差し上げるべきですし、その我が儘を通して結局周辺に被害を出すのであれば、人災に他なりません」

「そういうことだな。結局、この国の先代の歌乞いも、その引き際が分からなかった。…………最後まで事態の改善に動いたと言えば聞こえはいいが、契約の魔物がどのような思いを抱くのかを最後まで想像出来なかったからこその幕引きだったからな」



(…………ああ、それでなのだわ)


ネアの前任者は、どのような気性であれ、アリステル派と呼ばれる者達を今も尚残すくらいに特別な歌乞いだったのは間違いない。

嗜好こそあれやはり、特等の一つである。


けれどもなぜか、それだけの稀有な存在に対し、彼女を庇護した者達の中に高位の者が少ないような気がしていた。


(勿論、ディノが現れる迄、この国で観測されていた最高位の魔物は伯爵位だとされてきたということもあるくらいだし、高位の人外者は、人間との関わりの前面には出て来ないのだろう。でも、実際には国王様はグラフィーツさんと知り合いだったし、ゼノだって、グラストさんを選んでいた)


死の精霊が贔屓にするジッタのパンに、ハツ爺さんは白百合の魔物と仲がいいという。

彼等が本来の階位でこの世界の表層に顔を出す事はあまりないが、とはいえ、そこにはいるのだから。


(例えば、ガーウィン領には高位の死の精霊さん達がいる………。アルテアさんだって、リシャード枢機卿として時折は滞在しているのであれば、アリステルさんを見る機会はあったと思う)


それでも誰も残らなかったのは、きっと、アリステルが契約の魔物に寄り添い慈しむことに失敗していたからなのだろう。

そして、それでもいいからと引き摺り込むには、何かが足りなかったのかもしれない。



(……………自分は間違えていないと、あなたはきっと、そう思ったのだろう。正しい事をしたのだと。それが人間の領域の中でのことであれば、そんな正しさも成立したのかもしれない。…………でも、契約の魔物を得た歌乞いである限り、あなたは間違えたのだわ)



どこか遠くに、見た事もない前任者の面影を思う。


ネアがこの国に来たばかりの頃は、歌乞いと契約の魔物は誤解やすれ違いの多い関わり合いであったが、その中でもアリステルの魔物は、珍しい程に主人への愛情を隠さない女性だったと聞く。

相手の思いを知っていたのなら、自分が身を危険に晒すということが、契約の魔物をどのように傷付けるのかも想像出来た筈ではないか。

そう思ってしまうと、あまりいい感情ではないが、アリステルに会った事すらないネアにも僅かな憤りがある。


大事な魔物の伴侶がいるので、どうしても、最期の瞬間に彼女の契約の魔物がどれだけ怖くて悲しかったかを考えてしまうのだ。


(だってそれは、違う場所から呼び落された私だけが想像出来るという事ですらないのだもの。エーダリア様だって、ヒルドさんと共にいる為に、幼い頃からしっかり互いの価値観を釣り合わせてきただろうに)



当時の二人の立場を思えば、きっと泥を啜らねばならない日もあっただろう。

時にはあまり表沙汰に出来ないような決断を受け入れられたからこそ、今のエーダリアの柔軟さがあるのだと思える話を、これまでに何度か聞いてきた。


自分に都合のいい正義や理想ばかりを語るのではなく、時には悪辣さを呑み込み、泥を啜ることも出来る人だからこそ、エーダリアの会には凄い人材が集まってしまうのだろう。

そこまで考えたネアは、おやっと首を傾げた。


「………む。契約の魔物さんを大事にしなかった方にむしゃくしゃしていたところ、ちょっぴりほろ酔いだったからか、最終的にはエーダリア様が自慢の家族で上司であるという結論に至りました」

「……………な、なぜなのだ」

「あれ、エーダリアが凄い話?」

「ノアは、やっとシャツが着れたのですね?」


漸くシャツのボタンを留め終え、ノアが戻ってきた。

一緒に戻ってきたヒルドが座るなり強めのお酒をぐいっと飲んでいるので、かなり大変だったのだろう。

ローストビーフを持ってきたら、食べるだろうかと考えていると、ネアの膝の上にぽさりと真珠色の三つ編みが置かれた。



「……………ディノ?」

「なんとなくかな…………」


振り返ると、途方に暮れたように微笑む美しい魔物がいる。

何だかよく分からないがちょっと不安になったという感じであったので、ネアは、おもむろに立ち上がると、そんな魔物の膝の上にえいっと体を押し込んで座ってしまった。


「……………可愛い」

「私は、ディノにそんな怖い思いはさせませんからね。怖い時は、すぐに怖いと言って下さいね」

「うん…………。そうするよ」


嬉しそうにほろりと微笑み、水紺の瞳の不安定な揺らぎが安堵に変わる。

ほっとしたネアはなぜか、おずおずと片手を上げたノアに気付き眉を寄せた。



「ノア……………?」

「ええと僕は、……………時々、僕の妹が、きりんより邪悪な絵を想像で生み出そうとして練習しているのが怖いかな……………」

「なぬ…………」


それは、思いがけない告発だった。

呆然としているネアに、アルテアが顔を顰める。


「お前は、そんなことをしているのか…………」

「……………アルテアさんが僅かに椅子を離したので、ご主人様はとても傷付きました」

「ネア。あれ以上は駄目だ。あの絵だけでも、ジョーイですら階位落ちするんだぞ?」

「ぐぬ。ウィリアムさんには真剣に怒られていまふ…………」

「ネアが虐待する…………」

「ぎゃ!こちらは涙目になってしまうのです?!…………な、泣かないで下さいね。怖いものの開発はひとまず見送りますから…………」

「……………ネア。その練習で描いた絵は、どうしたのだ?」

「ゴミ箱に捨てると被害が出そうだったので、描いては消せる魔術仕掛けの黒板で練習していました」

「ネア様、その黒板は後程回収させていただきましょう。……………もしもの事があるといけませんので」

「……………ほわ」

「廃棄は俺が引き受けてやる。明日にでも、魔術汚染の強い道具類を処分するつもりだったからな」

「大袈裟過ぎるのですよ…………」



ネアは、さすがに警戒し過ぎだと訴えたが、よく考えると織り上げた布が走り去る土地なのだ。

うっかり黒板が命を持ってしまい、消した筈の絵などを再現したら事案になるのだろうか。


渋々愛用の黒板の引き渡し要請に応じつつ、とても動揺していたネアは、手元にあったグラスから、何某かのお酒をくいっと飲んだ。


「ネア!」

「……………っ?!俺のグラスだろうが!」

「あら、間違えてしまいましたか?…………しかし、思っていたよりからりとして飲みやすいお酒でしたよ」

「酔い覚ましの薬を持って来い!!」



最後に、そう叫んだアルテアの声を聞いたような気がしたが、ネアはばたんと倒れてしまったようだ。

翌日に目を覚ましてから聞いたところ、そのお酒は、魔物達にはさして強くないが人間にはコルくらいの酩酊を齎す恐ろしいお酒だったのだとか。

ネアも酔い覚ましの薬を持っていたのだが、ノアに使ってしまったので手元になかったのも対処が遅れた原因だという。


あんな話の後に、まさか魔物と人間の線引き問題を体験する羽目になるとは。

いつの間にか使い魔のお誕生日会が終わっていたばかりか、大事な魔物が、ネアが動かなくなったとさめざめと泣いてしまったと知り、心から反省している次第である。







本日は、書籍作業のため短め更新となります!

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