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257. なかなか手堅い祝福です(本編)




そのテーブルを囲んでいるのは、赤い実をつけるイブメリアの季節らしい植物の茂みだ。

インスの実かなとも思ったが、明らかに参加者という小さな妖精が夢中で食べているので、毒のあるものではないのだろう。


舞踏会の会場を彩る植物を貪り食べるのはどうかなとも思ったが、毛皮の生き物達にはやはり、テーブルの上の料理よりも新鮮な果実の方が魅力的に見えるのかもしれない。


ネアは、そんな光景をちらりと見てから、正面の雪竜の祝福の子に視線を戻す。



「これは、……………お美しい」

「まぁ。有難うございます。ウィリアムさんが準備して下さった今年のドレス?がとても素敵で、今年の冬告げの舞踏会は沢山踊ってしまいました。ワイアートさんも、黒い盛装服に白銀の縁取りの毛皮が竜さんという感じがして、とても素敵ですね」


ネアがそう言えば、有難うございますと目元を染めて微笑んだのは美しい雪竜の青年だ。

黒い巻き毛に湖面を思わせる水色の瞳のこの雪竜は、実際にはもう随分と白い髪になっているらしい。

充実した日々を送り階位を順調に上げていると聞けば、よく一緒にいる仲間達と過ごす日々が楽しいのだろうと、青春を楽しみ給えよという謎の年長者目線になってしまう。


だが、本日のワイアートは黒髪であった。

擬態などを好まない冬告げの舞踏会でなぜだろうと首を傾げて見ていると、気付いたワイアートが小さく微笑みを深める。



「実は、雪竜としての資質を真夜中の座に傾けることにしまして」

「……………まぁ。………そのようなことが出来るのですか?」

「若い竜の特権なのだそうですよ。複数の資質を持つ竜であれば、好ましいと思う資質を伸ばす為に、そちらの系譜の王の下で学びを得ることが出来ます。僕の階位では必要ないと言われましたが、ミカの教えてくれる真夜中の座の魔術がとても好きでしたので、是非にとお願いしたんです」



力に重きを置く竜は、他の種族と違い、就職や従属ではなくともこのような修行期間を設けることがあるのだとか。

所謂師弟関係のようなものだが、もう少し丸く、自身の得意な要素を伸ばすべく勉強を見て貰うというくらいのものなのだそうだ。


雪竜と聞けば雪の系譜だけだと思われがちだが、実際はその中にどのような雪の質なのかという細かい区分がある。

ワイアートは雪夜の子供であるらしく、夜の資質の強い雪の魔術が得意なのだとか。



よって、今のワイアートは、その真夜中の座の質を髪の毛に宿している。

前述の学びの期間は、教えを乞う子供が敬意を込めて身のどこかに参じる相手の色を纏うようになるのだが、であれば、白混じりの巻き毛になりつつあった髪に夜の色を使うと言えば、報告を受けたジゼルが手に持っていた報告書の束を採り落とす事態となったらしい。



「よく、…………ジゼルが許したな」


ウィリアムも驚いた様子だったが、それもそうだろう。


白という貴色を持つこと自体が簡単なことではない上に、雪竜達にとってその色は、雪そのもののを示す特別な色であった。

折角得たその白を隠してしまうと知り、寝込んでしまった竜達もいたそうだ。


「とは言え、僕はまだ若輩者です。過分な白を秘めておいた方が、無駄な戦や力比べを防げるということをベージに教えて貰いましたので、そちらから説得しました」

「……………そうか。確かに、力比べの危険に晒されるものでもあったな」

「力比べ、というものがあるのです?」

「竜だからな」



微笑んだウィリアムの説明によると、相応しい地位に就いている竜であればさすがにそこまで失礼な事は出来ないが、年若い竜の中に実力者が出ると、他の系譜の竜達から力比べを挑まれる事がある。


力で治めることを最善とする種族らしい嗜好と言えるのだろうが、実質的には決闘の申し込みに近い。

中には命を懸けて挑んでくる者達もおり、退けられたとしても一生残る傷を負う竜もいるのだとか。



「若い実力者の芽を剪定する意味合いもあるんだろう。どれだけ力を持つ竜を有しているかで、各氏族の優位性も変わってくる」

「ふむ。そんな争いを避けられるのであれば、髪色を夜に寄せるのもありですね」

「ええ!いずれ自分の階位を誇示するのに必要になるとは言え、今はまだ、僕には他に優先させたいことがあります。…………それに、折角覚えていただいたのに髪色が変わったことでご嗜好を外れてしまったら困りますから」


にっこり微笑んだワイアートがそんな一言を付け加えたので、ネアは、おや恋の予感かなとにんまりした。


確かに、黒髪と白髪とでは大きく印象が変わるので、女性の中にはそれを気にする者達もいるだろう。

これが人間の倫理観であれば、容姿が変わった事での心変わりを薄情だといする傾向もあるが、人外者達はそうではない。

身に持つ色彩もその人物の一部として、様々な場面で大いに判断基準とされる。



どこか遠くを見て表情を翳らせたワイアートが一礼して離れると、ウィリアムがくすりと笑った。

どうしたのかなと思えば、後を追いかけていくふわふわの水色の髪の竜の女性が見えた。

そちらは霙の竜であるらしく、どううやらワイアートに恋をしているようだ。


ウィリアム曰く、竜の求婚は荒っぽいのでこちらに迷惑をかけないように離れたらしい。


(逃げてしまうということは、ワイアートさんが思いを寄せているのはあの竜さんではないのかな………)


霙と聞くといい印象のないネアだったが、ふわふわ水色の髪の竜はとても可愛らしい少女で、ついつい微笑ましく見てしまう。

何だか一生懸命で、見ているだけでにっこり微笑みかけたくなる雰囲気なので、そちらのことも心の中でこっそり応援しておいた。


邪な人間は、いつだって同性の友達を得られそうな機会には貪欲なのだ。



「ワイアートさんは、ミカさんと仲良しでしたものね」

「賢い選択だな。時間の座の最高位で、おまけにその王に教えを乞う事が出来る。彼がこのまま成長すれば、雪竜は竜種の中でも突出した力を得るだろう」

「ふふ。そうなれば、ちょっぴりお知り合いの私も何だか誇らしいです」

「それが表沙汰になり過ぎても波乱が起きかねないが、あの様子を見ていると友人達にも恵まれているな。ベージのような古参の竜の助言があれば問題ない筈だ」

「波乱というのは、あまりにも力を持つと、他の竜さん達との均衡が崩れるからでしょうか?」

「ああ。気質的に、それが厄介な事だと知らない竜も多い。…………かつての風竜達は、そのような理由で恨みを買い不利な戦いに加わるように陥れられたんだ。ベージのように、他種族の視点を持って判断が出来る竜は、どちらかと言えば稀な方だろう」


そんなベージも仲良しであったので、ネアは自慢の竜知り合いなのだとふんすと胸を張った。


幾つかのベージにしか育めない守護の一部を預かったままにしてあるので、何となくその人柄の素晴らしさを自分事にしてしまう。

ベージについては、リーエンベルクの騎士達にとって、グラストに次いでの憧れの騎士だと聞けばその人柄が窺えるだろう。



「ほぇ。またすごいの着てる」


次に出会ったのはヨシュアだった。

本日は銀灰色の毛皮のコートを羽織った盛装姿で、冬の系譜の舞踏会では珍しいターバン姿だ。

一人でいるのでこれ迄はどうしていたのかなと思えば、ハザーナともお喋りをしていたらしい。


「僕は、ハザーナとは話すんだよ。イーザが立派な妖精だと話していたし、ダイヤモンドダストの妖精達は、僕の系譜の者達に許容範囲以上の不利益を齎さない一族だからね」

「なぜか、系譜の王様らしい理由だと驚いてしまいました」

「僕は偉大なのに、どうして最初から敬わないんだい?」

「ところで、ヨシュアさんは、今日の会場のどこかで白い片手鍋な生き物を見ませんでしたか?」

「……………そんな生き物はいないと思うよ」

「ぐぬぅ」



ネアは、ヨシュアなら訊いてもいいかなと片手鍋生物の続報を追ってみたが、残念ながら怪訝そうな顔をされてしまった。

こちらの人間は大丈夫だろうかという目でウィリアムの方を見たヨシュアに、ネアはがすがすと床を踏み鳴らす。



「ほぇ。…………ネアは、酔っているのではないかい?」

「ぐるる!」

「うーん。気になるようであれば、後でジゼルやニエークにも訊いておくか?ディートリンデは知らないと話していたから、その二人が知らないようだと…………気のせいかもしれないしな」

「ぎゅわ。私の目撃談を信じていない人の話し方です…………」

「い、いや。信じていない訳じゃないんだが、…………少し特殊な形状なのに、冬の系譜に思い当る者がいないんだ」



困ったように言い重ね、ウィリアムは、デザートのお皿から木苺のクリームの小さなケーキを取り上げると、ネアに食べさせてくれた。

フォークでお口に押し込まれたケーキをもぐもぐしながら、ネアは、今度あの片手鍋を見付けたら捕まえてしまう方が早いのではと考える。



「ほぇ。いちゃいちゃしてるよ…………」

「今日は、出来るだけネアから手を離したくないからな。この方が効率的だろう」

「僕は、奥にある白いケーキでいいよ」

「む。なぜ私に言うのだ」

「僕は偉大だから、皿に取るといいんだよ」

「ヨシュア?」

「ふぇ………」


ウィリアムがにっこり微笑んで名前を呼ぶと、ヨシュアは涙目になってさっとネアの影に隠れてしまう。


そんな雲の魔物を見てからデザートテーブルに視線を戻したネアは、とは言え、ヨシュアのお目当てのケーキは綺麗に盛り付けてあるので、このお皿からの取り分けをやらせると大惨事になるかもしれないと眉を寄せた。


「ウィリアムさん、これは今後のケーキをいただく方の為にも、私がやった方が良さそうです」

「ネア、俺がやろう。この手の作業は得意だからな」

「まぁ。グレアムさんです!」

「……………お前は、何も騒ぎは起こしていないだろうな」

「そして、何だかお疲れのアルテアさんです…………?」


背後から声がかかり振り返ると、柔和な微笑みを浮かべてはいるが少し荒んだような暗さを見せる犠牲の魔物と、隠しもせずに顔を顰めているアルテアがいる。


グレアムの本日の装いは、白灰色の盛装服はいつもと同じなのだが、僅かに軍服めいた仕立ての上着の形が素晴らしく男性らしい雰囲気が引き立っていた。



「ミファーナに頼めなかったのか?」


そんな友人に気遣わしげに声をかけたのは、ウィリアムだ。


「ああ。息子が、牛に踏まれて怪我をしたらしくてな」

「牛さんに、……………踏まれて?」

「冬渡りの獣の中に、大きな毛長牛がいるんだ。冬の行進の中に現れる生き物なんだが、近付くまで気配がないので時々そういう事故が起こるらしい」


首を傾げたネアにグレアムが説明してくれたので、ネアは、時々禁足地の森の向こうに見える大きく不思議な生き物達の中に牛型のものもいるのだなと頷いておいた。


大きさにもよるが、踏まれて怪我で済んで幸いである。



「…………奥にある、クリームチーズと蜂蜜ラベンダーのケーキが、ミカの持ち込みだな。食べたのか?」

「た、食べまふ!」

「もう一つあった筈だぞ。…………ああ、これだ。煮林檎とクリームを載せた冬果実のパンドケーキだな」

「これも食べまふ!」


アルテアとグレアムから真夜中の座の精霊王持ち込みのケーキを教えて貰い、こっそり大好きなデザート部門の一位に放り込んでいるムースもたっぷりとお皿に載せ、ネアはふうっと息を吐く。


驚きの白さになるが、こうして知り合いが周囲を固めてくれたので、ウィリアムに捕縛されずにゆったりとケーキを楽しめるようになったのだ。


いそいそとフォークを取り、まずはムースから頬張った。


「……………ふぁぐ。……………美味しいれふ」

「いいか、弾むなよ。……今年は一人で来ている竜も多いからな」

「そちらは問題ないだろう。ワイアートが引き受けるそうだぞ」

「む?」

「グレアム、僕もその煮林檎のケーキも食べるよ」

「……………これでいいか?」

「お茶はあるのかい?」

「ヨシュア、さすがに飲み物の面倒までは見ないぞ」

「ほぇ…………」



(こうして見ていると、グレアムさんは意外にヨシュアさんには優しいのだわ…………)


悲しそうに震えているヨシュアを見てから溜め息を吐き、グレアムは給仕を呼んでいる。

絆されて面倒を見ているというよりは、放っておくと何をするか分からないからという感じもしたが、とは言え面倒を見ている事に変わりはない。


ヨシュアも、一人で参加している舞踏会もある筈なので、こうして顔見知りがいる時だけ甘えているのかもしれなかった。



「アルテアは、ネアと踊らないのかい?」

「………先程までの状況で、こいつと踊ってみろ。あの連中が黙っていないだろうが」

「むむ。さては、アルテアさんを取り囲んでいたお嬢さんたちですね」

「おかしいだろ。普段なら、あの連中はウィリアムを狙うんだぞ…………」

「……………ああ。今年は、ネアとの衣装合わせを見て、さすがに遠慮したんだろうな」



(これはまさか…………)



ウィリアムはにっこり微笑んでいるだけだが、アルテアとグレアムの言葉からすると、いつもであれば終焉の魔物狙いのご婦人達が、今年の冬告げでは囲まれていた二人を標的としたのだろうか。


皆、美しく可愛らしい女性達であったので、ネアとすれば誰かとダンスを踊ればいいのにと思ってしまう。

しかし、そう簡単な話でもないようだ。



「アルテアさんはダンスが大好きですし、一曲どなたかと踊るくらいなら……」

「いいか。あの気質の女共は、それが社交上での数合わせだとは思わないぞ。お前は連中を知らな過ぎる」

「なぬ…………」

「…………ああ。今年の冬告げに一人で参加したことで、自分と踊りたかった筈だと言われたからな……。ネビアの近くに置いてきたから、そちらに切り替えてくれるといいんだが…………」

「なぬ……………」

「ほぇ。僕はあの子たちは苦手だよ。ウィリアムをいつも追いかけていたのに、今年はやめたんだね」

「さすがに、もう俺にも飽きたんだろう。俺にはネアがいるしな」


微笑んでいるウィリアムに対し、すっかり疲弊している選択と犠牲の魔物に、ネアはふるふるしながら会場の向こうにいる件の女性達を見つめた。


普通の女性ではないのだと聞いてから観察してみれば、確かに、なぜか物陰などからこちらを凝視している感じが一抹の暗さを予感させる。

物陰こらこちらを見ているのはグレアムの側にいた女性なので、残念ながら、白薔薇の魔物ではお気に召さなかったらしい。


勿論、そのような女性が全てではないようだが、少し危うい気質の女性達がアルテアとグレアムのそれぞれの輪の中に混ざっていたので、そちらを刺激しないようにダンスを控えていたようだ。



「そういうことだ。今年は一曲だけだぞ」

「おかしいです。私が沢山踊りたがっているみたいになりました………」

「ネア、すまないが一曲俺とも付き合ってくれ。さすがに、一曲も踊らずに帰る訳にはいかないからな」

「ほぇ。じゃあ、僕は誰と踊るんだい?」

「お前は、ハザーナを借りて来いよ」

「……………そうしようかな」

「いっそもう、グレットでもいいくらいなんだがさすがに踊るには無理があるか」



遠い目をしたグレアムの呟きに、ウィリアムが目を瞬く。

犠牲の魔物が手にしたのは、オレンジとチョコレートのケーキのようなので、こちらの魔物は案外チョコレート好きなのかもしれない。



「………グレット?」

「ああ。まだ君は、挨拶していないか?今年の、クロムフェルツの招待枠だ」

「聞いていないな。というより、その名称を初めて聞いたかもしれない」

「子供見舞いのような生き物だな。善良だが、足が早い。………鍋姿だから、どう踊るのかは分からないが女性らしい」

「……………ほわ」

「……………鍋姿?」

「ほぇ。ネアが話していた生き物だよ………」



困ったようにこちらを見たウィリアムに、ネアはわなわなした。


しっかり実在するどころか、クロムフェルツの招待で参加している程の御仁ではないか。

それなのにこちらの乙女は、危うく見間違いの濡れ衣を着せられるところであったのだ。


「すまない。…………いたんだな」

「だから、お鍋が走っていたと言ったではないですか!きっと、アルテアさんもご存知だと思います!」

「……いや。知らないからな。何だよそいつは…………」

「まぁ。アルテアさんの系譜の方ではないのですか……?」

「おい。どういう意味だ……」

「アルテアの系譜でもないとなると、……何の系譜なんだ?」

「ウィリアム…………」



暗い目をしたアルテアに、他の系譜が思いつかなかったのでとウィリアムが答えている。

ネアも同じ意見であったので頷くと、おでこを指先でびしりとやられたので、唸り声を上げて威嚇しておいた。



「祝福の系譜ですので、恐らく砂糖の魔物の領域のものではないかと」


舞踏会の後半でそう教えてくれたのは、外周の森にいたベージであった。


グレットがそちらの森に迷い込んでしまい、保護して中央会場に連れて来てくれたのだ。

深い青色と艶消しの金色の装飾を組み合わせた盛装姿は、騎士としての装いの雰囲気を残したもので素晴らしいい凛々しさだ。

ネアは、心の中で最高の騎士感だと絶賛していたが、隣にウィリアムがいたので口には出さなかった。



そして、そんなベージの腕の中には足の生えた白い片手鍋がいる。

因みに、お鍋の中は空っぽだ。



抱き上げるのなら、形状的には持ち手を持つべきだと思ってしまうが、もはや持ち手に見せかけた何か別の部位なのかもしれない。



「……………私に、ご紹介してくれるのです?」

「ええ。出会うと良い祝福を貰えるそうですから、本人にも了承を取り、運ばせて貰いました」


ベージはさすがという感じでそう言って微笑むが、お鍋生物を紹介されたのが初めての人間は、どう対処すればいいのか分からずに困惑してしまう。

隣のウィリアムも黙り込んでいるので、この場では頼りに出来そうにない。



「……………グレットさん」

「めぇぇ」

「……………な、何と仰っているのでしょう?」

「チーズ味と、コンソメ味のどちらが好きか聞いているようですね」

「たいへん悩ましい質問ですが、今日の気分はチーズ味です!」

「めぇ!めぇっ、めぇめぇ」

「後日、チーズ味のスープを届けるようですよ。懇意にしているスープの料理人がいるので、その店のものにするようです」

「……………もはや疑問だらけですが、有難うございます」

「めぇ!」



グレットは、戦いや争いで傷付いた子供にスープかお粥を届ける生き物なのだそうだ。


種族的には竜にあたるが、どちらかと言えばというくらいで厳密な区分ではない。

グレットに出会った子供は、その年は幸福な冬を過ごせるという。

得られる祝福を思えば、クロムフェルツが招待したのも成る程と思える素晴らしい生き物でもあった。



「ワイアートにも紹介してきますね」


ネアがチーズ味のスープを貰える事が決まると、ベージは、そう言ってグレットを抱いてワイアートを探しに行ってしまった。

竜種寄りならワイアートは平気かなと思いながらそんなベージの後姿を見送り、ネアは、隣で呆然としているウィリアムを見上げる。



「ウィリアムさん?」

「……………驚いたな。結んだ祝福の階位だけで言えば、侯爵階位の魔物と同等の魔術階位だ」

「まぁ。それは、……………絶対にチーズ味のスープを届けてくれるぞ的な……?」

「と言うより、もう、今年の冬は漂流物に遭遇しないかもしれないというぐらいのものだな」

「ふわまる級でした」



なお、会場でグレットを抱いているベージを思わず呼び止めてしまったアルテア曰く、そんな片手鍋生物は、選択の魔物を嫌っているのだそうだ。

幸福な冬を過ごすという選択肢以外を封じる祝福を持つ生き物なので、それ以外の分岐を作りかねない選択の魔物はお断りなのだとか。


片手鍋にめぇめぇ威嚇されたアルテアは困惑していたそうで、その話をディートリンデとハザーナから聞いたネアは、慌てて弱っているに違いない使い魔を保護しに行ったのだった。



しゃりんと、雪の祝福石で作られたオーナメントが揺れる。


見上げた先で、白緑色の美しい飾り木の枝から、細やかな祝福の煌めきが落ちた。

はらりと雪片に転じて落ちてくる輝きを手のひらで受け止めると淡い光が小さく弾け、冬の香りがした。



大きな飾り木の得も言われぬ美しさに目を細め、ネアは、イブメリアの王様がホーリートの小枝を分けてくれたという髪飾りにそっと触れる。

沢山のご馳走に、楽しいダンス、そして当たり前のように言葉を交わし寄り添える人達が沢山いる舞踏会。

その全てが贈り物にも等しいと思えば、やはりネアは、冬告げの舞踏会が大好きだった。



なお、帰る時になると、参加者全員に小さな雪結晶のオーナメントが配られる事が分かった。


松ぼっくり型と、小さなリボンの形のものが選べたのでネアはすぐさまリボンを選び、大事な伴侶の魔物へのお土産を、ほくほくとした思いで抱き締めた。



無事に冬の魔術が結ばれたそうなので、いよいよ、イブメリアの季節が始まる。









書籍作業中につき、明日12/5の更新は、3000字ほどの短めのものとなります。

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