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祝祭のテーブルと誕生日の準備




ネア達が無事に慰安旅行から戻ると、旅行中の話などが家族の間で行われた。

ネアはマグカップの女として、陶器のお店の小物などを家族のお土産にしていたし、ノアには銀狐用の水入れとアルテアが買ってくれた足拭きマットがある。


美味しいパウンドケーキのお店のお持ち帰りや、少しずついただける鍋のシチューなど。

エーダリアには装飾用の小さな細工木のお土産もあったのだが、それを見たガレンの長は目を瞠り、すぐさま魔術用の遮蔽小箱に取り付けると大喜びだった。



「それにしても、チェストの魔物などもいるのだな」



感慨深くそう呟いたのはエーダリアだ。

ネアは、リーエンベルクにはもっと謎めいた生き物が現れるのにと思ったが、そこは黙っていた。

口の中がパウンドケーキでいっぱいだったからである。



「王都の記録書で名前を見た事がありましたが、そのような由来のものであればヴェルリアが警戒したのも頷けますね。イブメリアの祝祭に敬意を払うのであれば、ウィームは嫌厭するでしょう」

「サンタールは、一部の土地では結構有名な魔物なんだ。まぁ、災いの側に偏る存在で秘密を糧とするとなると、国の中枢とってはかなり面倒な魔物だから、警戒の意味で情報が共有されていたってこともあるんじゃないかな。………イブメリアの影響を嫌がると知ったのは収穫だね」

「…………ふと思ったのだが、その魔物は具体的にどのような災いとなるのだ?」



その問いかけに、ノアが小さく微笑んだ。

今日は蜂蜜入りの温めた牛乳を飲んでいるらしく、同席している選択の魔物がまさか銀狐の嗜好じゃないだろうなと警戒していたので、ネアから人型の魔物の好みであることを伝えてある。



「少しずつ解体して、最終的には全部食べるのがサンタール流だろうね。悪食だよ」

「そ、……………そうか。ネア達が無事で良かった……………」

「秘密そのものを食う時期は、何人かの獲物を手元に置いて記憶や感情を削ぎ落しながら飼っていたがな」

「……ふむ。養殖的な……」

「……………お前な」

「十年程度は、秘密だけを食べるような余裕はないだろう。ムガル程ではないが大食らいだった筈だ」



ウィリアムの言葉にアルテアも頷き、成る程食べられてしまう危険もあったから魔物達がより慎重だったのだとネアは腑に落ちた。


傷付ける為に追いかけるのも、興味を引かれるのも、それは所詮嗜好である。

だが、食欲という遥かに切実な欲求が理由となると、相手の動き方はかなり読み難くなる筈だ。

飢えというのは、判断力を鈍らせ思わぬ乱暴な決断をさせるものだとネアは良く知っている。



「とは言え、あまりその土地にいるのもどうかなぁ。…………ほら、元は祝祭道具みたいなものでしょ。失われた祝祭の形を踏襲すると、祝祭に成り代わる危険もあるからさ」



だが、続けてそんな事を言い出したノアに、二口目のパウンドケーキを頬張っていたネアは驚いて顔を上げる。


よくは分からないが、失われた祝祭がそのような形で取り戻されるのはあまりいい事ではないだろう。

漂流物絡みで壊れた祝祭を見てしまったので、余計にそう思うのかもしれないが、どきりとするような指摘だったのだ。



「そうだな……」


口元に片手を当て、考え込む仕草をしたのはウィリアムだ。

こちらの魔物は、ネア達の慰安旅行の期間、リーエンベルクに留まってくれていた。

たまたま漂流物の訪れが収まっていたからでもあるが、何となく、エーダリア達とも個別で集まれるようになってきているのだと思う。



「……………敢えて名前は出さないが、あの土地から失われたのは、土地の災いの形代にして贄を出す祝祭だったんだ。もし、サンタールの存在が、秘密を宿した者を何かの対価として贄にするという認識に落ちるのであれば、そろそろ別の土地に行かせた方がいいかもしれないな」

「あの土地そのものに、元々大きな災いの質があったのかい?」

「いえ、それが問題だったんです。住人達が災い除けの一環として始めた祝祭でしたが、土地本来の災いはさほどでもなく、おまけに住人達の信仰が篤過ぎたんでしょう。災いを取り込ませる事に儀式が傾き、どちらかと言えば辻毒のようなものになりかけていました」

「それで、あの土地にはまだ、災いを寄せる因果が残っているのだね………」

「…………ええ。それを懸念し、聖女と呼ばれる人物を立てて、善なるものを集める対応への切り替えさせたのは、グレアムでした。ただ、………一度根付いた風習はなかなか変化を付けるのが難しいですからね」



その土地にはかつて、グレアムの知り合いが暮らしていたらしい。


その人物に助けを乞われてグレアムが提案した聖女を立てるというやり方は、土地の者達にとても喜ばれたという。

聖女とされた乙女達も勤勉であったし、土地の悲しい歴史を変えてゆくために、皆が丁寧に儀式を行っていた。



だが、その根底には、祓わねばならない災いがあるという誤った認識が残り続けた。



災いなどないのだと言われても納得しなかったので聖女の運用に切り替えられたのだが、今度は、聖女達が死ぬ度に、その亡骸に残る力を悪いものが狙うのではないかという畏れが生まれてしまった。



「土地そのものの問題もあるんです。以外に資源も豊かなんですが、曇りの日が多い。燃料類の鉱石の採掘作業も、決して楽な仕事ではないですからね。人々の暮らしのどこかに暗さや苦しみがあり、その矛先がどこかに人知を超えた災いがあるという意識形成に向かっていたようです」

「……………祝祭というものは、元より根源的な願いや畏れに紐づくものだからね。明確な信仰よりも、曖昧で強い思いの方が大きく作用することもある。だから、祝祭そのものを失くしたのだね」

「ええ。聖女の運用が、聖女が障りに取り込まれて悪変するという言い伝えに結んだ時に。………人間の祟りものを量産する土壌となるとあまりにも危ういと判断し、あの時はオフェトリウスとグラフィーツと、土地の竜達もいたかな。…………皆で、最後に生まれた聖女を使って、……………幕引きにしました」



使ってという表現の中で、ウィリアムは気まずそうにこちらを見たが、ネアはただ頷いておいた。

知らない人であるし、そもそもが人外者の目線と人間の目線が違うだろう。


そこにどんな悲劇や理不尽があったとしても、ネアの線引きの中はこちら側である。



「……………思っていたよりも危険な感じでしたが、そんな墓地での野宿は良かったのでしょうか」

「ああ。あの墓地の魔術領域は、安心していいぞ。作家の魔術のような扱いに似ているが、土地そのものに物語を付けて、あの墓地の魔術の循環を信仰としても固めてある。そうだな、…………土地の聖域のような場所として確立してあるんだ」

「うん。緻密で揺らぎのない魔術だったよ。そのお陰で、サンタールとの邂逅が想定よりも良い形で済んだのだろう。ノアベルトの懸念も合わせると、失われた祝祭の為に作られたサンタールだからこそ、あの墓地の役割が上手く作用した可能性もあるね」



(………そうか。サンタールさんは災いを封じるべき善き祝祭に連なるもの。あの墓地は、災いを封じる善いものを善いままに残す仕掛け。そんな風に、土地の人々が思い描いた物語の上の役割が、上手く嚙み合っていたのだわ)



帰りの列車で教えて貰ったのだが、祝祭というものには多くの規則があるのだそうだ。


だからこそディノは、あの場でサンタールと、こちらには手出しをしないようにという話をしてしまったらしい。

交わされたやり取りにも魔術が結び、一種の誓約のような形で祝祭の履歴を持つチェストの魔物を縛る。



そんな事を考えていたら、ふと、窓の向こうで何かが揺れた。


おやっと思い顔を上げたが、庭の薔薇枝が風に揺れたのだろうか。

或いは、小さな妖精やその他の生き物が、薔薇の茂みから飛び立ったのかもしれない。

特に異常はないと判断し、華奢なフォークで切り分けたパウンドケーキをまた頬張る。




「その魔物はどちらに向かうかのな。……………新しい同胞は歓迎するけれど、悲しい思いをする者が生まれるのであれば、目覚めない方がいいのだろう。…………あの森で生まれた祝祭は、災いを呼びそれを喰らうばかりで、いつも疲弊していたからね」


そうなのだなと思い、ネアは誰かの声を聞いていた。


それは、まるでここにはいない誰かが同じテーブルでお茶をしているような感覚で、椅子に座ったまま、テーブルの上にせり出したモミの木のような枝に手をかけた、ふさふさとした長い髪の男性を見ている。


いつの間にか、会食堂の筈のその席には、テーブルの上にかかる見事な針葉樹の大枝があった。


本体となる木の幹は見えないが、きらきらと光るオーナメントが吊るされ、その光の欠片が惚れ惚れとするようなチェリーアンバー色の木のテーブルに落ちている。


どこか馨しい緑の香りに重なるのは、林檎とシナモンに似た祝祭の街並みの香り。

けれども、テーブルの色や素材すら違うのに、少しも違和感を覚えなかった。



「その魔物も恐らく、祝祭になることなどは望まないだろう。象られる輪郭にもよるけれど、祝祭程に不自由なものもいないと考える者も多い。祀り上げられてどこにも行けなくなる前にその危うさを伝えておいたらどうだろうか」

「……………そうだね。そうしておこう。有難う、クロムフェルツ」



(あ…………!)



隣の席に座っていたディノが当たり前のように返事をしたのを見て、ネアはこれが、魔物の王様と祝祭の王様の会話なのだと理解した。

どういう仕組みかは分からないが、ネア達と会話をしている会食堂のテーブルで、ディノは、イブメリアの王様とも話をしているのだ。



「それと、ネアが、不思議な者を見たようなんだ。心当たりはあるかい?」



そう切り出したディノは、ネアもここにいることに気付いていないのだろうか。

だとすると、大人しくしておいた方がいいのかもしれない。

ディノにまで隠す事はないが、二人の会話を邪魔しない方が良さそうだ。



「………ふむ。メランジェ色の肌に、恐らくは白に見える髪。…………失われた祝祭によく似ている。彼は、白い髪をしていてね。ただし、その白はが貴色ではなく終焉の領域のものだった。………災いを貪り食らい、殺して鎮めるもの。そんな風に生まれたことで、彼は祝祭として生まれた日からいつも枯れかけていた。白く見える程に、生きながら死んでいるのだと思えば、祝祭の形をどうにかして変えてやれないものかと考えたこともあった」

「…………ということは、あの子にはサンタールが祝祭の姿に見えたのだろう。やはり、サンタールとは、早めに話をしておくよ」



(生きながらに死んでいるもの…………)



そんな祝祭は、白く枯れるのだろうか。


二人の会話を聞いていて、ネアは、これまで、白が貴色ではないという状況を考慮していなかったことに気付いた。

何かを思いつきかけ、けれどもすぐに思考の端からこぼれてしまう。



「或いは、その履歴こそがあの子には見えるのかもしれない。古い祝祭の庭に生まれた子供だから」

「でも、今は私の伴侶で、ウィームの民になっていて、君の庭の愛し子でもある」

「そう。他の子供達と同じように、私の大事な愛し子だ。あちらでも、別の祝祭の円環をかけられていたことで本来の祝祭からは隠されていたようだから、どちらからでも私の愛し子をあの者が攫う事はないだろう」



(それは、……………あの湖の外側にいるもののことだろうか)



グラフィーツが花輪を投げこんで退けてくれた、海で迎えが来てしまったものが退けていたもの。

今は新しい円環があるので大丈夫だと聞いているが、それでもどこかで、ネアがずっと恐れていたもの。



(………だから、収穫祭で良かった。あの祝祭が、漂流物としてこちらに来なくて良かった)




冬告げの舞踏会が終われば、もう冬の系譜の者達の季節だ。


この世界本来のイブメリアが力を強める時期となれば、きっとウィームには近付けまい。

そう考えてぎゅっと指先を握り込んだネアの耳に、ディノの声が聞こえる。



「もしかして、雪を降らせたのは君だったのかな」

「私も、災いとしての側面がある。…………他の祝祭の領域のものに、愛し子を食べられては堪らないから、ヴェールをかけておいた。もしかすると、だからこそあの子は、チェストの魔物に祝祭を重ねて見たのかもしれない」

「そうだったのだね。あの子の守護になり得るものであれば、良いのだろう」

「私は、子供達を大事にするよ。願い事や、祝祭にかける喜びと祈りを。かつての誰かが賛美を求めたのであれば、私は授けることこそを資質とする祝祭なのだろう。この世界の在り方を、万象がそう決めた時に」



ふっと、視界が晴れた。



ネアは、先程迄の通り会食堂のテーブルに着いていて、隣にはディノが座っている。

隣を見れば、淡く微笑んでカップを手にした魔物は内側から暗い光を揺らすような美しさで、ウィームらしい冬曇りの日の明るさの中で、真珠色の髪が僅かに光を透過させていた。



(二人の会話が、終わったのだわ…………)



「…………少しクロムフェルツと話をしたけれど、やはり、祝祭との結びは避けておいて方がいい。サンタールには話をしておいた方が良さそうだね」

「そうか。……まぁ、あいつなら嫌がるだろうな」

「うん。祝祭そのものと、魔物とでは気質が違うからね」



こうして当たり前のようにクロムフェルツとの会話を受け入れる魔物達も、二人が話しているのを知っていたらしい。


もしかすると、時々、魔物達が心の声でも使って会話を済ませてきたようにするときには、実際には先程のような対話が行われているのかもしれないと思い、ネアは密かに胸を熱くする。


ちっぽけな人間の理解では、とてもとても物語的であった。



「俺も、同行しましょうか。土地の履歴を知る者がいた方がいいでしょう」

「うん。そうして貰ってもいいかい?君が動けない日であれば、グレアムに頼んでもいい。今日明日は彼も手が空かないだろうから、いつ頃がいいのかな……」

「あ、僕とウィリアムの誕生日の日はやめて」

「おや、日にちが決まったのかい?」

「うん。季節の境界まで漂流物の余波をやり過ごせそうだから、冬告げからそのままの流れでやるのがいいかなって事になったんだ。……………ってことだから、僕の妹は絶対に参加してね」

「まぁ。ノアとウィリアムさんのお誕生日を、同時開催してしまうのですか?」

「少しだけ不本意な部分もあるんだけど、今年は魔術的な儀式の役割を付けたいんだ。それもあって、ずっと時期を見計らっていたんだけど、クロムフェルツの姿が見えるようになったならもう大丈夫だと思う」


ノアの説明によれば、事象を司る魔物達の中でも、やはりウィリアムとノアは特殊なのだそうだ。

そもそもノアは、海の乙女達に髪を渡して階位を落とすまでは、ウィリアムと同列の王族位の魔物である。

そして、魔術の根源や命に近い部分を司る魔物だった。


「で、ウィリアムが終焉で、一応は対になる組み合わせが作れるんだよね。…………厳密には、僕とウィリアムだけで対になるには色々な部分が違うんだけど。…………とは言え、今回はそれを利用して、参加する家族や知り合いに一番いい祝福付与が出来るようにしてある。これが済めばもう、漂流物の影響は殆ど気にしなくてよくなるから」

「ふむ。二人のお誕生日を同時にやるのだと思うと、何だか特別な感じがしますね。いつもとは違う特別な日になるよう、たくさん準備します!」

「忙しい時期になってしまってすまないな。…………漂流物への対策として、残してあったカードだったんだ」



ふうっと息を吐き、ディノやアルテアよりは骨っぽく見える手で前髪を掻き上げたウィリアムに、ネアは眉を寄せる。

僅かな憂鬱さが過ぎったので、どこかで戦乱が始まったのだろうか。


「ウィリアム。少し寝てきてはどうだろうか」


こちらも気付いたのか、声をかけたのはエーダリアだ。

ヒルドも頷いている。


「……………ああ。この話が終わったら、そうさせて貰うか。…………ネア?」

「何か、お仕事で負担がかかっていたのですか?頼んでいたお留守番が一日延びてしまったことで、ウィリアムさんが無理をしていないといいのですが…………」


しかし、そう言ったネアに、なぜか留守番組みが全員遠い目になった。


何が起こってしまったのだろうと慄いたネアに、昨晩リーエンベルクで起きた事件の話をしてくれたのは、よく見ればこちらも疲れた目をしている、宝石のような羽を閉じ直したヒルドだった。



「ロマックが帰ってきまして」

「むむ!竜さんに攫われていたものの、観光旅行という感じを出しどうにかやり過ごしていたロマックさんですね。…………思っていたよりも長期間不在にされていたのですね」

「ええ。昨晩漸くこちらに戻りました。竜も、……………特に異性間となると狭量になるものなので、先に生家に戻り、妹や義妹などの女達を紹介してしまったようです」


そう聞けば、リーエンベルクへの戻りが遅れたのも納得ではないか。

ロマック自身も見栄えのする男性だが、彼の親族も整った面立ちの者達が多いと聞く。

そして、そんな家族と一緒にいるところを目撃されて誤解を受けるのは、昨今の常であった。


「…………確かに、誤解を受けると拗れそうですものね。ロマックさんは、女性に人気のある方ですし」

「本人に、その手の危機意識があったのが幸いでした。……………ただ、ゼノーシュの事は失念していたようです」

「……………ゼノのことですか?」

「……………ええ。ロマックを見初めた竜は、女性で竜です。それも、今後は騎士棟にも近付くようになる可能性が高く、グラストと親和性の高い陽光の系譜に強い。加えて、現段階ではロマックの伴侶というものでもありません」

「…………ぎゃふ」



そこ迄の説明を聞き、ネアは、昨晩どんな恐ろしい事が起ったのか分かってしまった。


ディノが心配そうに顔を曇らせ、アルテアも半眼になっている。

そして、荒ぶる見聞の魔物を説得したのが、ウィリアムも含めた留守番組だったようだ。



「…………そんなゼノは、どうしているのでしょう?」

「本日は代休として、明日いっぱいまで二人で過ごさせている。偶々、取らせるべき休みが溜まっていたので丁度良かったのだが、……………後は、グラストがどうにかするだろう」

「…………グラストさんが大好きなゼノなので大丈夫だと思いますが、妙齢のお嬢さんで尚且つ竜さんとなると、確かに要警戒の相手なのかもしれませんね…………」


ウィリアムやエーダリア達は一睡もしていないと聞けば、それだけの騒ぎになったのだろう。

なお、その時のネアの義兄は、ロマックに恋をした竜のお嬢さんが、うっかり擬態などで素性を隠したまま過去に何か関係が相手だったという危険を避け、念の為に銀狐になっていたという。

そして、エーダリアに抱っこされたままぐうぐう寝ていたそうだ。



「……………ノアベルトが」

「まぁ。ディノが落ち込んでしまいました。…………ぎゃ!アルテアさんが!」

「…………お前は、俺達が戻れないのを知っていても、その状態なのか……………?」

「え。いや、一応荒んでたのってゼノーシュだけだからさ、危険があるって程でもなかったんだよ?」

「…………そう判断したノアベルトが寝ていたせいで、俺は徹夜だったんだがな」

「わーお。ちょっと怒っているぞ…………」

「ノア。ウィリアムさんにお礼を言いました?」

「……………言っておく」

「あと、お土産の足拭きマットはアルテアさんが買ってくれたので、アルテアさんにもお礼を言いましょうね」

「ええと、……………僕の足拭きマットを買ってくれて有難う?」

「や、やめないか。却って残酷だろう!」



慌てたエーダリアが止めに入ったが、人型の塩の魔物から銀狐用の足拭きマットのお礼を言われてしまったアルテアは、片手で目元を覆って項垂れてしまった。

うっかりまた弱ってしまった使い魔の姿にぎくりとし、ネアは、慌てて首飾りの金庫からダムオンの街の家具カタログを取り出す。


アルテアの手を持ち上げ、しっかり持たせてやってから胸を押さえて溜め息を吐いた。



「ネア。そう言えばドレスが届いていたぞ」


そんな様子を見て苦笑していたウィリアムが、ドレスの到着を知らせてくれた。

ネアがぱっと笑顔になると、白金色の瞳を細めて微笑みを深める。


「まぁ。冬告げの舞踏会のものですね!」

「ああ。クロムフェルツが観測されているとなれば、一緒に行っても問題ないだろう。ドレスには、念の為に袖を通しておいてくれ」

「はい!仕立て妖精の女王様のドレスは、いつも採寸に来てくれるまでもなくともぴったりなのですが、今夜にでも着てみますね」

「ウィリアムなんて…………」

「折角なので、試着した時にディノとも踊りたいですね」

「ずるい…………」



その日の夜の内に、ロマックからは関係各所にお詫びのチーズが届いた。

もはやこうなることを見越して、生家に立ち寄った際に沢山持って来ていたらしい。

未来の伴侶候補なのか、まずはお友達からという言葉から関係を変えずに友人のまま終わるのかは分からないが、ロマックを攫った美しい竜の乙女は、冬の来るウィームを離れて温暖な土地に渡るという。


休日には渡された転移門を使ってロマックが会いに行く約束らしいので、暫くはゼノーシュの心も穏やかだろうか。

ネアが、休暇明けの怒れるクッキーモンスターに会いに行くと、ぷんぷんしているゼノーシュが、件の竜の乙女はグラストにも微笑みかけたのだということであった。


ネアは、色々な問題が落ち着くように早く伴侶になってしまえばいいのにと思った身勝手な人間であったが、ロマック曰く、独身主義というのはそうそう簡単に変えられるものではないらしい。





明日11/30の更新はお休みとなります。

TwitterにてSSを書かせていただきますので、宜しければご覧下さい。

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