帰り道とサンタールのチェスト 2
終点の駅では、駅舎というものは殆どなかった。
長方形の台座に、ぽそりと、申し訳程度に屋根がついている。
だが、木の皮を薄く飾って束ねて屋根にしましたというその屋根は既にぼろぼろで、森の生き物に荒らされてしまったのか、それとも経年劣化で剥がれてしまったのかは定かではない。
柱に絡んだ蔦のような植物には真っ赤な実がついていて、薄暗い森の影が落ちる駅の中でその鮮やかさが目を引き、ネアは食べられはしない筈の木の実が欲しくなる謎の衝動と戦っていた。
「ネア?」
「……………不思議です。なぜか、あの木の実が欲しくなりました。きっと、この景色の中でくっきりと目立つからだと思うので、小さいな妖精さん達が、インスの実をなぜか食べようとする気持ちが分かってしまったかもしれません」
「ネア、あの実には毒があるからやめようか」
「痺毒だ。イブメリアの時期にインスの実代わりにもなる実だが、絶対に触るなよ、食べ物ぐらいは準備してやる。今はこれでも食っていろ」
「むぐ!………お口の中に、焼き菓子が到着しました?」
「アルテアなんて…………」
ダオンの森は、沼地なども有する深い森だ。
訪れたばかりの家具の国と同じ響きの名称は、かつてこの森から切り出された木々がダムオンの家具に使われていたことに由縁するらしいので、今回の旅行の最終地には実は相応しいのかもしれない。
この森から切り出された木材は、ダムオンで良いチェストになったと言う。
(……………しかし、野宿)
野宿かどうかはまだ決定していないのだが、どう考えても人家などはない駅である。
駅を出て数歩で森というのも凄いし、ウィームのブナの森駅のように森の住人達に使われているという感じがしないのもある意味凄い。
どうしようもなく森だった。
「なぜ、ここを駅にしたのでしょう」
「木材の切り出しと運搬をやっているからだな。ダオンの森の木は堅くて水に強いが、重い木材が多いせいで列車で運ぶ方が効率的なんだろう。ただし、伐採は春から初夏までと決まっている」
「今はその時期ではない為に、こんなにも人がいないのですねぇ」
「沼が現れるのが、秋から冬にかけてだからな」
そんなアルテアの説明に目を瞬き、ネアは、なぜ一番来てはいけない季節に来る羽目になったのだろうと悲しい溜め息を吐いた。
勿論、折り返しの列車に乗らずとも、この駅舎で過ごすという手もある。
だが、駅というものは何かを迎え入れる為の舞台装置のようなものだということで、今回のような訪問理由を持つ限りはあまり安全ではないのだとか。
「…………だからと言って、こうも真っ直ぐに森に向かうのはなぜなのだ」
「墓地があるということは、何かの施設が造られている可能性もあるからね。そのようなものがあるかどうか、確かめてみよう」
「不穏な展開の後に追い込まれたじめじめした森で、墓地に向かうのです…………?」
「寧ろ、ウィリアムの領域の方が安全だろうが」
「……………ぐぬぅ」
理由を聞けば尤もなのだが、聖女の墓地というのも何だか気になる響きではないか。
ホラーでは、ここで絶対に森に入ってはいけない展開なので、繊細な乙女は震えるばかりだ。
(落葉樹………)
森の木々は落葉樹で、足元には落ちたばかりの落ち葉がふかふかに積もっていた。
ウィームの森のような妖精達の気配はなく、僅かに鳥の声が聞こえたり、齧られた木の実に栗鼠などの気配を感じたりするくらい。
土地の魔術が薄いのだと聞けば、何だか祖国の森を思わせる光景でもある。
「帰り道なのでドレスでしたが、ここでこそ乗馬服が良かったのかもしれませんね」
「持ち上げていてあげようか?」
「まだ大丈夫そうです。…………ただ、沼地には近付きたくありません。きっと子供などを美味しくいただく怖いものがいるのですよ…………。なお、髪の毛は緑です」
「…………何だその描写の拘りは」
「私の祖国では、沼によくいらしゃる系統の方でしたから」
ネアがそう言えば魔物達は困惑していたが、これが綺麗な湖であればまだ良かったのだ。
けれども、ここではそのような美しさの方が高位のものを引き込むのかもしれない。
時折吹き抜ける風が、足元の影の形を変えてゆく。
ざわざわと木々がさざめき、うぉんと遠くで風が唸る。
幸い、ネア達の足元が大きく風の影響を受けることはなく、風の通り道は少し高い位置のようだ。
「……………ふぁ」
そして、暫く歩くと森の中に墓地が現れた。
そこは、敷地を囲んで生い茂る木々を見れば、葉が落ちているのでそれなりに光が差す筈なのに、不思議と暗く見える墓地であった。
そろそろ陽が傾きかけているということもあるのだろう。
とは言え、立ち並ぶ墓石を見ているのはいい気分ではない。
(寂寥の美しさはあるのかもしれないけれど、どこか乾いていて仄暗くて、…………美しいというよりは不穏さの方が伝わってくるのはなぜだろう)
だが、そんな墓地の前に佇む魔物達は、はっとする程に美しかった。
本来であればこんな生き物が現れた方が怖いのだろうが、見慣れた美貌にほっとしてしまう。
「……………成る程な。……………ネア、今回の旅行の前に、追加した収穫の祝福はどれくらいだ?」
「む?…………リズモであれば五匹ですが、リーエンベルクの書庫にあった本から、エーダリア様が良い家具に出会える祝福もかけてくれました。ディノとノアも立ち会ってのことです」
「………は?」
「古い術式のようだったけれど、収穫の系譜のものだったね。ウィームには土地を離れた王族達がいただろう。そうして旅立つ者達の為に、急ぎ編纂された魔術書のようだった。収められている術式は、全てノアベルトが確認しているので心配しなくてもいいよ」
「となると、…………あの連中が集めた術式か」
「まぁ。なぜかアルテアさんの顔色がいっそうに悪くなりました…………?」
だが、その前にアルテアの先程の言葉が気になった。
首を傾げていると、森の奥を見据えたディノが小さくふうんと呟く。
こちらの声音もいつもの優しい魔物ではなく、どちらかと言えば魔物らしいものではないか。
「ディノ?」
「…………この墓地に敷かれた魔術の道筋が、少し特別なものなんだ。………恐らく、ウィリアムのものとグレアムのものだろう」
「むむ、そのお二人で、ここに何かを作ってあるのです?」
「聖女という名を持つ者達の亡骸を弔うにあたり、その善性が悪変しないような手立てをしてある。善きものが善きもののまま、何かに損なわれ、何かに誘われて姿や在り方を変えないようにする為に、かなり細かく条件を組み込んだ魔術を土地に預けたようだ。………秋や冬になると移動性の沼が現れるのも、土地の魔術の動きが招いているのではないかな」
そう言われて、ネアは、はっとした。
空にはまだ晴れている部分もあるのに感じる異様な暗さは、死者の国で見た昼間の景色に似ている。
けれどもそれが、よく知る魔物達の手で残されたものであれば、何だか安心だという気もした。
「……………この土地の特性で、俺も見落としていた部分があったようだな。…………恐らくこの周辺のどこかに、なぜか障りや災いの溜まり易い場所があるんだろう」
「…………おかしいです。少しも気が晴れません…………」
「その結果、聖女を必要とする土壌を育み、その聖女達が死んだ後は災いに奪われないように墓地に守りをかける必要があったと見て間違いないな」
「………この手立てを見る限り、どれも土地に根付いていて、ある程度は既に日常とも言えなくない程度のものだったのだろう。討伐や調伏の痕跡がどこにもない」
「俺達が目を付けるまでではなく、けれども終焉や願いの系譜に辿り着き、あいつらを招くような事態にもなった程度のものか………」
(だから、“成る程”なのだろうか…………)
だが、アルテアはネアに収穫の祝福について尋ねている。
そこにどう繋がるのだろうと考えてまた首を傾げていると、ディノが片手でネアの頬に触れた。
「…………これはもう推測の域を出ないのだけれど、私達は、ここに来る必要があったようだね」
「………そうなのですか?」
「境界を越えて災いや障りからの繋ぎを裁ち落とし、善きものが善きもののままで眠る土地にやって来た。…………アルテアも気付いたようだけれど、この墓地に入ったところで、何かが収穫の祝福の上で繋がる気配があった。墓地に残る魔術との親和性が高いことも踏まえると、この森が最終目的地で良かったみたいだよ」
「……………よく分からないけれど、何かを授け、何かを防いでくれたのでしょうか」
「うん。これだけ手の込んだ隔離地は珍しい。…………何年もかけ、この地に埋葬された聖女やそこに向けられた信仰も重ねて織り上げた土地の特性として残る魔術だ。このような場所は、そうそうないだろう」
では、何を退けたのだろう。
そう考えるとなぜか背筋が冷えるような気がして、ネアは慌ててディノに体を寄せた。
気付いたディノが、ふっと優しい微笑みを浮かべ、腕の中に収めてくれる。
「アルテア、……………目の様子はどうだい?」
「……………治癒をかけるまでもなく、全快だな。奪われたものはなかったが、どこかに何かを繋げられていた可能性が高い。或いは、何かの印を残されていたんだろう」
「うん。そしてそれは、本来であれば善きものだったのだろう。丁寧に境界を記し直して、ここで綺麗に幕を引けたようだ」
「も、もしかして、……………漂流物の何かが、誰も気付かないところで残っていたのですか?」
「そのもなのか、そこで磨耗したことで何かを招き寄せかけていたのか、……………答えを出すには私でも掴み難い階層のもののようだ。それもまた、どこか運命の傷に似ているね」
ネアは慌ててアルテアの腕も掴んでしまい、振り返ったアルテアが目を瞠る。
擬態を解いた選択の魔物は、白い睫毛の影を落とした赤紫色の瞳がぞくりとするような凄艶さだ。
そしてその瞳には、治癒をかけるまではと残されていた疲弊や損傷の影はもう残っていなかった。
「ネア、…………昨日の夜に、オーナメントを買っただろう?」
「はい。三人でお揃いになったものですよね」
「うん。あのようなものは、願いや守護を司る祝祭道具にもなる。また、良い仕上げの家具類には、財産や家族を守る為の祝福も生まれるだろう」
「さては、お買い上げした品物も、今回の結びに繋がっているのですね?」
「だと思うよ。……………だから、最後の目的地はここで良かったんだ。君は、アルテアに良い旅を用意したね」
「………むぐ」
小さな偶然が枝葉やリボンのように幾つも重なって、一つのリースを象る。
それはどれも違う場所からやってきた偶然だけれど、そもそも、守護や祝福は、そうした偶然の産物を撚り合わせて守りにすることが多いものだ。
しっかりとした繋がりをみせ、余分なものをテーブルの上から払い落とした。
「……………やれやれだな。この経路の作り方を覚えておいた方が良さそうだ」
「うん。有効な経路だと発覚したのであれば、今後にも生かせるだろう。偶然に授かるものではなくても、例えばこの地に構築された魔術だけでも、とても稀有なものだから」
「これ迄に話題に上がったことがないとなると、ウィリアムやグレアムも、既に忘れているかもしれないな。土地が育み補強された術式である以上は、施された時にはもっと階位が低かったんだろうよ」
ここでディノが、アルテアの方を見た。
気付いたアルテアは、無言で首を横に振る。
「手や目など、君の負傷の箇所が偏ったのは当然だと思っていた。蝕の時のように気付けはしなかったが、何か運命の流れの向きがあったのかもしれない」
「だとしてもそれは、俺の問題だ。お前がどうこうするべきとは思わない」
「だろうね………」
「…………当然の負傷箇所なのですか?」
「アルテアは選択だから、気付いていなくても、無意識にそれに必要な部位を削ろうとするものは多い」
教えて貰った言葉にかっと目を見開き、ネアはこくこくと頷いた。
どうもアルテアは目などを損ない易いと思っていたが、選択であるが故に最も損なわれ易い場所なのだと聞かされるととても納得してしまう。
「昨晩の店の店主が片目を失ったのも、同じような理由だ。あいつは俺の系譜の魔物だからな」
「…………そうだったのですね。ちょっぴりアルテアさんの系譜の区分が行方不明になりましたが、お怪我の理由としては納得です」
「……………妙な顔でこちらを見るのはやめろ」
「そして、……………何かがぴたりとはまったのなら、お家に帰ってもいいのでしょうか」
「いや。必要な行程だったとなれば、念の為に滞在した方がいいだろうな」
「ぎゃ!のじゅく!!」
しかも墓地の周辺ともなると、繊細な乙女はぶるぶるするより他にない。
加えて、どうやら使い魔の為に必要な措置のようなので、我慢するしかないのが悲しいところなのだ。
(……………あ)
ふと、白いものがひらりと舞い、ゆっくりと墓地の端に溶けていったような気がした。
ネアはなぜか、海辺に流れ着いた箱の中には、本来は何が入るべきだっとのだろうかと考えてしまう。
そして、この旅の最初から終わりに続くまでがずっと、容れ物の話だったのだと気付いた。
(きっとこのまま、何がそこに残っていたのか、何を退ける為に境界を渡らなければいけなかったのかは、分からないままのだろう。でも、……………もしかするとそれは、本来であれば善きものだったのかもしれない)
そう考えると、どこかで誰かがそうだねと頷いた。
はっとしたネアは、この森にはそんな大きな木はない筈なのに、見上げる程の大きなホーリートの木のオーナメントに触れる、クロムフェルツの姿を見た気がする。
「面白い話をしていますね。この場に来てしまったということは、選択の方に快癒見舞いでもお送りした方がいいのかな」
しかし、不可思議な幻に目を凝らそうとしたネアは、ふいに割り込んだ声にびゃんと飛び上がる。
すぐさまディノに持ち上げられ振り返った先には、背の高い一人の青年が立っていた。
「サンタール」
「ご無沙汰しております、我が君。…………久し振りに見付けた獲物を追いかけていたら、何やらどこかで触れた事のあるような気配を感じ、ご挨拶に伺いました次第です。迎え入れて下さり、有難うございます」
サンタールと呼ばれた青年には、カルウィを思わせる気配は一切なかった。
ウィームの住人だと言われても納得してしまうような白い肌に、長い白銀混じりの灰色の髪を一本に結んでいる。
瞳の色は鮮やかな緑色で、仕立てが良さそうだがシンプルな形の毛織の灰色のコートを羽織り、襟元からは白いシャツが見えていた。
(……………服装の雰囲気が、どこかノアに似ている)
美しい青年だが、美貌という華やかさよりは森狼のような精悍さが強い面立ちだ。
そしてどこかに、確かに異国風の気配もある。
でもそれはカルウィというより、先程通り抜けてきた大きな駅の中にいた人々のような、このダオンの森近くの土地の人々の特徴にも思えた。
「獲物を得ているのであれば、私の領域のものには手を触れないようにするといいだろう」
「ええ。…………深く静謐な秘密の気配がありますが、俺には少し毒になる秘密のようです。道具から派生した者の定めとして、そこに記された履歴には大きな影響を受けますから。…………クロムフェルツの愛し子には手を出しません。王の守護も受けているのであれば、尚更に」
「おや。君は祝祭の系譜のものだったのかな」
「あまり公にはしておりませんが、俺は、この地でとある祝祭の秘密を記した名簿を入れる為に作られたチェストです。ですが、その祝祭自体が封じられてしまい、行き場を失くしていたところで特性を見込まれて異国の貴族へ献上されました。祝祭の王の守護を受ける者となると、かつての履歴のせいで……………興味よりは恐怖の方が大きい」
サンタールが告げた言葉には、本当に僅かな怯えが滲んでいた。
そうして己の役割に縛られるのだと驚いてしまうが、同時にあんなに優しくて美しいイブメリアが、祝祭の王として果たす役目の大きさにも驚いた。
恐ろしいと、そう言われてしまうものなのか。
「…………周辺の土地に奇妙な魔術特性があると思ったが、祝祭を潰したせいか」
「俺が派生する前となると、相当に古いものですけれどね。贄を作る祝祭だったことだけは、知っています。何しろ俺は、祝祭の贄に纏わる秘密を治めるチェストとして砂の国に渡りましたから」
「成る程な。……………挨拶ならもういいだろう。さっさと帰れ」
「相変わらず、つれない方ですね。………とは言え、欲望の方の部下を捕まえたばかりなので、お言葉に甘えて退出させていただきましょう。アクスの秘密は大好きなので、今夜は忙しい」
深々と頭を下げ、チェストの魔物は姿を消した。
ネアは、詰めていた息をふうっと吐き、先程まで感じていたサンタールへの怖さはなかったなと考える。
船や列車で逃げていた時の方が、余程恐ろしかった。
けれどもそれは、もしかしたら、別のものが追いかけてきていたからなのだろうか。
「…………あいつが来た事に、気付いていただろう」
「うん。けれども、この墓地の敷地内であれば受け入れても問題ないと思ったんだ。彼は、その履歴で魔物としての派生を得たものだからね。本来の役割を取り戻し、善きものとして振舞わなければならないこの土地では、人間を損なう事は出来ない筈だよ」
ディノの言葉にアルテアは目を瞠り、確かにそうだなと呟いている。
ネアは、とは言え家具類は、抽斗に指を挟んだり、うっかり足の小指の端をぶつけたりする凶悪犯にもなるのだと考えたが、それは言わずにおいた。
「チェストの魔物さんは、アクス商会に思い入れがあるのですか?」
「さてな。………だが、そう言えば以前から、アクスの周囲で獲物を漁っていたな」
「この土地で作られたのであれば、カルウィの土地の特性は好ましくなかっただろう。それでではないかな……」
「………あいつを異国に流したのは、アクスか」
(それはつまり、望ましくない環境にチェストを卸したアクス商会への、復讐のようなものなのだろうか)
色々謎が解けたぞとふむふむと頷き、ネアは、さてとといいう感じに墓地周辺の土地を見て回り出した魔物達にさあっと青ざめた。
「……………のじゅく」
「テーブルと椅子くらいは持ち込んでもいいだろう。火は焚くか?」
「土地の魔術との相性は悪くなさそうだね。……沼などが近付かないよう、火は焚いておいた方がいいかもしれない」
「のじゅく……………」
「安心しろ。図らずも全快したからな。晩餐は何か作ってやる。こちらから入り込む併設魔術は使わない方がいいだろうが、道具類と火があれば何品かは作れるだろう」
「ほわ、今の説明で、寝る時だけどこかのお部屋に入るという救済の余地もなくなりました…………」
「寝台も用意出来ると思うよ」
「……………ぎゅむ。持ち込み道具が豪華な野宿です。そして、……………おはかののじゅくなのだ」
ネアはすっかりへなへなになったが、アルテアは、鍋類を上手に使い分けて丸鶏の香草蒸し焼きや、ダムオンで買っていたネアのマグカップの店のグラタン皿で、マッシュポテトから作る簡単グラタンまで作ってくれた。
たっぷり沸かしたお湯で美味しいミルクティーも淹れると、素敵なキャンプ気分にもなるが、陽が落ちて夜になるとなぜに墓地で夜を明かすのだろうという悲しみはいっそうに深くなった。
このままでは墓地の野宿の記憶の方が残りそうだと荒ぶったネアの為に、帰りは行きに使った列車でヴェルリア近くまで移動し、国内に入ってからは転移をするという小旅行気分の移動が決まる。
それで何とか巻き返してみせると近い、ネアはチーズたっぷりのコンビーフ入りグラタンを頬張った。
これだけでご馳走であるし器も可愛いのだが、墓地という要素で大きな減点を付ける人間は身勝手な生き物なのだろう。
なお、ネアが見たメランジェ色の肌の手が、誰のものなのかは分からないままだ。
サンタールの髪色にも白銀は入っていたが、あの時に揺れた色とは違うような気がする。
それはもしかしたら、箱の中に入っていた何かや、ネアの使い魔に触れた何かだったのかもしれない。
立ち去り際にディノがサンタールに確認したことによると、チェストの魔物の災いとして気質では水音や霧を招くそうで、雪や冷気などは伴わないのだとか。
ネア達が見た雪が何の影響によるものかも、結局謎のままとなった。
とは言え、案外、ただの季節外れの雪に行き会ったというだけなのかもしれない。




