南瓜流しと南瓜聖人
「いつもなら、拳で南瓜を叩き割るお祭りがあるのですが………」
「…………は?」
「念の為にお伝えしておきますが、頭で叩き割るツグリのお祭りもあるのですよ?」
「…………いや、ないだろ」
「まぁ。アルテアさんが、とうとう私の言葉を信じてくれなくなりました………」
その日、ネアの使い魔はとても混乱していた。
か弱く儚い人間達が、拳一つで南瓜を叩き割るお祭りが当たり前のように続いていたばかりか、その近くの土地では頭で叩き割るお祭りもあると知ってしまったからだ。
何しろこのお祭りは、高位の人外者達が興味を持つような大掛かりなものではない。
収穫地の素朴なお祭りなので、これまでご縁がなかったのだろう。
(今年も、畑に南瓜を残してあるのだわ………)
いつもの、ツダリの南瓜畑である。
森に面した広大な南瓜畑は、既に大部分の収穫を終え、畑の近くや森の入り口などに住む生き物達用に残してある南瓜だけが、ちらほらと畑に残っている。
空気は澄んでいて、僅かに夕刻には霧が出そうな気配があり、街の方からはお祭りの賑やかさが伝わってくる。
「なお、お祭りで粉々にした南瓜は、街中の屋台でお料理になります」
「いや、おかしいだろ。この土地で育てられている品種は、皮が硬い方だぞ」
「まぁ。お料理上手の使い魔さんでしたので、そんな事までご存知だったのですねぇ」
「アルテアなんて………」
「おかしいな。………俺は、リーエンベルクにネアの見舞いに向かった筈なんだがな………」
そう呟いたのは、出かけるところだったネア達と遭遇してしまい、そのまま同行してくれたウィリアムだ。
それは、なぜ南瓜畑にいるのだろうと思うに違いない。
「前から思っていたけど、アルテアって想定外のものって意外に弱いよね。希少な選択って区分になるからなのかな……」
「お前は黙っていろ」
「…………ネア、当たり前のように掴んでいるそれは、……何なのだ?」
「む?かかし草だそうですよ。こやつを、悪い案山子に投げつけると、ばちんと爆発するそうです。一度やってみたいので見付けると摘んできてしまいますが、かかさんは現れたら現れたで、ちょっぴりホラーなのですよね………」
「……………は?」
「エーダリア様、素手で採取されませんように。こちらを使って下さい」
本日はどんよりとした曇り空だが、ウィリアム曰く、諸事情でヨシュアは腰を痛めているので雨は降らないらしい。
そして、ウィームのいち農村地帯の南瓜畑の側に、ウィーム領主から高位の魔物達までが大集結してしまったのには特別な理由があった。
「ディノ。今年は特別な年なのですよ。南瓜流しをして、南瓜聖人を招くお祝いの年なのだそうです」
「………それは、やらなくてはいけないのかな……」
きりりとして伴侶な魔物に説明したのだが、残念ながらディノはとても怯えているようだ。
これは伝統ある有益なばかりのお祭りなのだが、今年のお祭りの趣旨が分からなくてもう怖いらしい。
確かにネアも、南瓜流しと聞いた時には困惑しかなかったが、農業用の水路いっぱいに南瓜を浮かべて流すだけなので、そこまで慄くような行為ではない。
そして、南瓜聖人は、そんな水路を境界としてどこからか訪れるのだとか。
「何しろ、南瓜の聖人さんは、得たばかりの祝福に収穫の因果をつけてくれますし、南瓜聖人の祝福を貰えた方は、いざと言う時に南瓜達に助けて貰えるのだとか」
「………ご主人様」
「………は?」
「アルテア、もう普通に驚くのはやめた方がいいって。ウィームの奇祭って、だいたいこんな感じだよね」
「……………驚いたな。この植物は終焉の系譜のものなのか」
「だから、かかしを倒せるのだろうか。………このような植物があるのは、知らなかった」
「え、何でそっちだけかかし草で盛り上がってるの?!エーダリアは僕の契約者なんだけど!」
わいわいがやがやする家族や仲間を眺め、ネアは、たいへん賑やかで宜しいが、少々お喋りが纏まらなくなってきたなと眉を寄せる。
とは言え、本日のツダリでは、五十年に一度の南瓜流しが行われる為、そのお祭りに興味津々だったエーダリアがお忍びで参加する事になり、となれば勿論、ノアとヒルドも同行してしまう。
更には、昨晩まで毒の影響で胸の痛みを訴えていた人間が参加した事により、経過観察を怠らない使い魔と、仕事を終えてお見舞いに来てくれたウィリアムもいる。
立っていてもいいのだが、いつ現れるか分からないので長椅子を出す事になった。
その配置を相談しているノアとヒルドの近くを、畑の南瓜を狙って現れた鼠妖精の家族がさっと駆け抜けてゆく。
かくして、いつもの南瓜祭りとは違う南瓜流しのお祭りが、全員参加で始まったのだった。
「お前が参加してきた、いつもの祭りと違う部分は、水路だけなのだろうか?」
「エーダリア様?………いえ、私達はいつも畑の方に出ていたので、お祭りそのものはよく知らないのですよ?」
エーダリアの問いかけにそう答えたネアに、こちらを見たウィーム領主が淡く微笑む。
時折こうして、ガレンの長らしい眼差しになる。
「いや、街で行う祭りは、住人達が一年の作業を労う為のもので、この土地本来の祭りとは少し違うのだ。とは言え、今では街で行われるものの方が古来からの南瓜祭りだと思っている者達も多いのだろうが………」
「なぬ。そうなのですか?」
「収穫しきらずに南瓜を畑に残し、周辺に住む生き物達にふるまうことこそが、土地に伝えられた原初の儀式だったのだぞ」
「まぁ。こちらはお祭りの外側だとばかり思っていました」
「儀式的な側面で見れば、少し分かりやすいかもしれないな。もしかすると、人々が南瓜を叩き割り賑やかに過ごすのは、畑にやって来た者達の邪魔にならないように、そちらに衆目を集める意味もあるのかもしれないな」
今日はいつになく饒舌なエーダリアからそんな事を教えられてしまい、ネアは、ということはこちらにおわすのは本来の南瓜祭りに何度か参加済みの乙女なのだと誇らしさにふるふるした。
ただ、視界の端で、ちょっぴりウィリアムが飽き始めているので、疲れているに違いないのでそろそろ帰られてはと言うべきかもしれない。
「ウィリアムさん、もしお疲れでしたら……」
声をかけたネアに、こちらを見たウィリアムがふわりと微笑む。
白金色の瞳には疲弊の影もあったが、幸いにもいつもの微笑みなので心を削るような仕事ではなかったようだ。
「いや。………もう少しここにいよう。せっかくネアに会いに来たのに、すぐに帰ると勿体ないからな」
「ふふ。こうして、すっかり元気になりましたが、それでもお見舞いに来て貰えて、嬉しくなってしまいました」
「とは言え、まだ昨晩の事だからな。あまり無理をしないようにするんだぞ」
「はい」
これだけの顔ぶれであるので、こっそりお祭りの様子を見させて貰う代わりにと、ネア達が借りている畑については、街の騎士達の見回りを外して貰っている。
問題があればネア達で対処しておかねばならないのだが、一人の農場主が幾つもの広大な南瓜畑を持っているお陰で、こっそり大人数で参加させて貰えたのは幸運であった。
南瓜聖人は街の方にも来てくれるそうなので、畑に出ている者達は例年通りあまりいない。
街では、今年ばかりは南瓜を粉砕せず、茹でた南瓜を食べるのだそうだ。
コンソメ的な何かで茹でるそうで、丸ごと茹でてから薄切りにしてチーズやソースを添える者達もいれば、切った南瓜を茹でる、もはや煮込みなのでは層もいる。
どちらも屋台で楽しめる料理になっていて、いつもよよりは少し静かなお祭りになるが、街での楽しみ方はそう変わらないという。
なお、どしても刺激が欲しいのか、今年は茹で南瓜大食い大会が開催されるそうだ。
食べ過ぎて失神する参加者が出ると聞き、ディノはますます怯えてしまった。
「でもさぁ、…………あれはちょっと凄いよね。処刑かな…………」
「む。南瓜聖人さんに、ここに南瓜畑があるぞと示す為の印ですね!」
「わーお。印なのかぁ……。ウィリアムの仕事場に、ああいうのありそう」
「うーん。戦場だと、敵将の首が刺さっている事が多いけれどな………」
魔物達を更に怯えさせているのは、畑の真ん中に立てられた槍であった。
これは南瓜聖人の訪れがある年にだけ用意されるもので、畑の真ん中に槍を柄の部分を下にして突き刺し、槍先に南瓜を刺しておくのである。
ノアの言葉を聞いてから見ると確かに処刑のようだが、遠くから南瓜畑を探せるようした工夫であるという。
「……………ネア、寒くないかい?」
「ええ。こうしてひざ掛けもありますし、観覧用に温かい飲み物も持ってきましたので、とてもぬくぬくしています。気になるような不調もないので、安心していて下さいね」
「うん。……………かわいい、ぶつかってきた……」
「ふふ。もう全快であるのちび体当たりです!」
「虐待してきた………」
「なぜなのだ」
無事に長椅子の設置が終わったので、ネア達は、畑の外側に作られた作業用の通路に魔術搬入した長椅子で、飲み物や膝かけを持ち込んでの観劇スタイルでの参加である。
高位の魔物が揃って横並びに座り、南瓜畑を見ているというなかなかに不思議な構図だが、これから始まる南瓜聖人の訪れは祝祭儀式でもある。
お祭り行列を見送る観客のように過ごすのが、魔術の上でも正解なのだとか。
(……………あ、)
やがて、どこからともなく不思議な鐘の音が聞こえてきた。
ずしりと重い鐘楼や聖堂の鐘の音ではなく、からんからんと鳴る、ドアベルに近いような軽い音色である。
何か儀式的な道具などがあるのかなと思って息を詰めていると、南瓜聖人が現れた。
「……………ほわ」
目を丸くしたネアが、思わず声を漏らしてしまったのも致し方あるまい。
ぞろりと不思議な音を立てて水路が盛り上がると、水路に流されていた南瓜の中の一つがぼうっと燃え上がるように輝き始める。
そして、その南瓜を頭部にして水路の中から背の高い生き物が立ち上がるように、漆黒の長衣を引き摺る大きな影が体を起こしたのだ。
小さな小屋くらいの大きさはあるだろうか。
形状としては人間のようだが、全体的に枯れ枝を思わせる細さで、背中を丸めた老人のような姿勢である。
影をそのまま引き上げたような長衣は、魔術師のローブにも女性もののドレスにも見えた。
(……………ホラーだった!)
南瓜聖人が立ち上がった瞬間、びゃんと椅子の上で竦み上がってしまった乙女は、慌てて隣に座っているディノの三つ編みを掴んだ。
目元を染めた魔物が虐待だと呟いているが、こちらはそれどころではない。
何の変哲もない南瓜の表面がぼろりと崩れ、ジャックオランタンのような顔が現れる。
そして、大きなぎざぎざの口を開け、ぎぃぃと声を上げた。
「……………ふぇぐ」
「ネア?苦手なら椅子になろうか?」
「あれが、南瓜聖人なのか。…………祝祭の系譜の生き物なのだろうが、この魔術の気配だと精霊に近いのだろうか。いや、………そうとも言い切れないのだが」
「エーダリア様、メモは後にするように」
「ヒルド………」
「ありゃ…………。結構階位が高いね。寧ろあれだけのものが定期的に現れていて、どうして今まで知られていなかったんだろう…………」
首を傾げたのはノアだ。
南瓜聖人はまだ少し離れた位置にいて、南瓜畑を見回している様子である。
「………分岐して作られた祝祭の系譜だからではないかな。この街の祭りは独自のものだけれど、あの生き物の系譜を見ている限りは、クロウウィンから分岐して作られた祝祭のようだ。起源となった祝祭が大きなものだけに、分岐の先に現れたものを調べてこなかったのだろう」
「…………豊穣と祝祭か。……おまけに植物の系譜で、終焉の資質持ちかよ」
「他にも様々な資質が集まっているので、俺の系譜という訳でもなさそうですけれどね……」
「おや、…………あの聖人は、畑の南瓜を切り分けてゆくのですね」
「……………あれは、切り分けているのです…………?」
どうやら南瓜聖人は、大きな鳥のような足をしているようだ。
長い服裾を引き摺ってずしずしと畑を歩き、畑に残されていた南瓜を踏み砕いている。
確かに、南瓜聖人が踏んだ南瓜は美味しい部分が露出するので、近くにいたちびこい生き物達がわぁっと群がっている。
だが、あんまりな絵面のせいで、ネアは出来ればこちらに気付かずに通り過ぎて欲しいという思いでいっぱいであった。
(どうして、みんなは大丈夫なのだろう………)
このあたりは、未だに残る文化の差なのだろうか。
それとも、魔術的な観点で見ることが可能かどうかなのだろうか。
おまけにネアの願いも虚しく、南瓜聖人がこちに気付いてしまった。
体を屈めたままこちらを見て、そのまま動かなくなってしまったのが少し心配だが、間違いなく存在の認識はされている様子だ。
もしかして、南瓜聖人なりにこの観客に驚いているのかなと思ってみていると、はっとしたように体を揺らした南瓜聖人は、ぎぃぃ、ぎぃぃと、困ったように声を上げている。
そうなると、先程迄の怖さが少し和らぎ、ネアは、何だか申し訳ない気持ちになってきた。
魔物達が話しているように、これまであまり知られてこなかったお祭りであるのなら、こんな風に上位の魔物が揃い踏みして押しかける事など初めてだろう。
「……………む。こちらに来ました」
「おや、祝福を与えに来てくれるようだね」
「もはや、お偉い方々の視察を受けてしまい、致し方ないという気配です。とは言え貰えるものは貰う主義なので、手を差し出しておきますね」
「ご主人様…………」
「その手はやめろ。別の要求に取り違えられかねないだろうが」
「………ほわ。何かくださいという感じには見えません?」
「よ、要求し過ぎないようにするのだぞ……?」
「むぐぅ」
ぞろり、ぞろり、不思議で少し怖い音を立てて近付いてきた南瓜聖人は、まずは椅子の端に座っていたヒルドを覗き込む。
じっと見つめた後に、びゃんと飛び上がり、何かきらきらしたものを枯れ枝のような片手から落とした。
そして、そのヒルドとノアの間に座っているエーダリアがきらきらした瞳で自分を見ている事に気付くと、大いに気分を良くしたものか、先程よりも強い光の煌めきと小さな小箱を落とし、エーダリアを瞠目させた。
「なぬ。何か贈り物まで貰っていますよ……」
「よく考えると、あいつもあいつでいつも余分に得ていくな…………」
「今更です……。エーダリア様はいつだって、普通の人のような素振りをしますが、少しもそんなことはないのです…………」
「最上位の、収穫の祝福のようだね………」
「……………ぎゅわ。私の欲しいやつ!」
次はノアだったので、南瓜聖人は困惑したようだ。
なぜ自分がこの高位の魔物にも祝福を与えなければいけないのだろうと首を傾げていたが、並んで座ってしまっている配置が悪いのでもうどうしようもない。
ネアが、横並びに座ったのはまずかったかなと思っていると、諦めたのか、南瓜聖人は塩の魔物のところでも片手を降り、何かきらきらした魔術の光を落としている。
しかし、椅子が変わるので少し間は空くとは言え、その隣に座っているのウィリアムを見てしまった南瓜聖人は、突然の終焉の魔物との対面に、がたがた震え始めた。
終焉の資質を持っているくせになぜなのだろうと思ったが、もしかすると、系譜の王が現れたという慄きなのだろうか。
「…俺は、………豊穣の祝福だな。南瓜限定か…………」
「わーお。僕は、南瓜が美味しく食べられる祝福だったぞ…………」
「俺も、どちらかといえばそちらの方が良かったんだがな………」
「こうして、その場で評価されるのですから、相当に過酷だと言わざるを得ません……」
しかし、アルテアの番になると、南瓜聖人は先程とは打って変わった素早さで、祝福の光を強めに落とした。
祝福を貰った選択の魔物は顔を顰めているが、訊けば、南瓜料理限定の食楽の祝福を貰ったらしい。
ネアは、意外に良く相手を見ているのだなと思いふすんと頷き、そして、正面に立った南瓜聖人を見上げた。
南瓜をくりぬいたような空洞の眼窩の奥には、青い炎が燃えている。
とは言え、こうして間近に現れてしまうと、悍ましいというよりは不思議さに気を取られてしまう、温かな光だ。
(……………むむ?)
しかし、そんな思いで自分を見上げている人間を観察した南瓜聖人は、なぜか悲し気に項垂れるではないか。
「……………どうし……………ぎゃ?!南瓜?!」
その直後、ネアの膝の上には大きな南瓜がどすんと落ちてきた。
先程まで見ていたような細やかな魔術の光は現れず、まさかこれで終わりなのかと巨大南瓜だけを渡された人間がわなわなしていると、首を傾げ、もう一つちび南瓜を追加してゆく。
「ほお。お前には、祝福付与が出来なかったようだぞ」
「ぐるる。…………巨大南瓜だけなど、許すまじ……………。そして、足の血流が止まりそうな重さです」
「ネア、どこかにしまっておこうか。…………え」
慌てて南瓜を持ち上げてくれようとしたディノが、最後であった。
南瓜聖人は何を思ったのか、ディノのところでは大ぶりな緑色の結晶石の置物のようなものを取り出した。
そして、それをそっとディノの足元に置くと、貴族のような仕草で深々とお辞儀をしこちらに背を向ける。
ネアは、ディノの足元に置かれた贈り物を見たくてじたばたしたが、膝の上の巨大南瓜が邪魔で覗き込めずに怒り狂った。
「わーお。南瓜の…………祝福だね。一番捻りがない分、……………ええと、扱いに困りそうな贈り物だね。南瓜に纏わる祝福が色々貰えるみたいだよ」
「……………南瓜だけなのだね」
「そう言えばディノは、南瓜かジャガイモかで言えば、ジャガイモ派でしたものね………」
「……………うん」
嫌いではないが特別好きでもない南瓜の全般にわたる、おまけに最上位の祝福を貰ってしまったディノはとても困惑していたようだ。
そもそも、ネア達が横並びに座っていたのは、この五十年に一度の南瓜流しの祭りを拝見する為であって、順番に祝福を与えよという配置ではなかった。
「お前が手を出したりするからだぞ………」
「それなのに、アルテアさんは、まんざらでもない様子ではないですか!」
「ったく。ああいうものから与えられたってことは、この南瓜も大味でもないだろう。どこかで料理しておいてやる」
「ぐるるる…………」
「可哀想に、祝福が欲しかったのだよね………」
「ふぁい。………得たばかりの祝福に、収穫の因果をつけてくれるというのは本当なのです…………?」
「……………うん。君の場合は、昨晩の毒の祝福に上手く根付いたようだね。こちらは貰えているから、安心していいよ」
「ふぁい………」
「ふと思ったんだけどさ、これって僕達の場合は貰った祝福がそうなるのかな。……………あ、そうなっているね」
何かに気付いたように自分の手を見たノアが、ややあって、がくりと肩を落としている。
もしもの時に備えて、因果の成就の祝福などを強化して挑んでいたようなので、可能であれば、そちらに収穫の結びを作りたかったのだろう。
しかしネアは、そんな義兄の落胆よりも気になった事があった。
漸く膝の上の巨大南瓜が撤去されたので、ゆっくりとエーダリアの方を見る。
「ま、まさか、エーダリア様の祝福は、収穫の二倍がけなのですか…………?!」
「……………ああ。そのようだな。ヒルドは、どのようなものだったのだ?」
「………植物の系譜の竜に襲われない祝福のようですね。どうやらあの南瓜聖人は、精霊質ではなく、竜に近い気質があるようです」
「……………そうなのだな」
「わーお。聞いたこともないような祝福だぞ………」
「うーん。俺はそっちでも良かったんだがな………」
「得られたもので満足しておけ。南瓜しかもらえなかった奴もいるだろ」
「ぐるるる!!」
思っていたものとは随分違う体験であったが、南瓜聖人は近隣の畑も周り、無事にツダリの街に向かったようだ。
街中ではどんな振る舞いをするのだろうと気になりはしたが、追いかけてゆくと怯えてしまいそうなので、街に入るのはやめておこうという事になる。
南瓜聖人に出会えたばかりか、素敵な贈り物まで貰えたエーダリアは帰り道でも笑顔であった。
その後、畑の周囲や畑に面している森の入り口でも、この南瓜祭りの日にだけ見かけられるという珍しい固有種の植物を採取し、南瓜聖人が去ったのでと、のそりと現れた悪変した案山子を、ネアがかかし草で撃退する場面も見れてしまい、大満足というところだろうか。
対するネアは、案山子を爆発させただけでは少しも気が晴れず、収穫の祝福を強化して貰い、狩りに出かける計画を変更せねばならなかった。
ウィリアムも、南瓜の豊穣を約束されても困ると話していたが、それもそうだろう。
忙しい終焉の魔物には、のんびり南瓜の栽培を楽しむ時間はない筈だ。
「仕方がありません。街にも寄れませんので、このちび南瓜で、グラタンでも作って貰う事にしますね」
「……………おい。何で俺に渡したんだ」
「む。今夜は使い魔さんのお料理がたくさんいただける予定なので、追加注文をしました?」
「この祝福結晶は、どうすればいいのかな………」
「宝物部屋に入れておきます?」
「……………南瓜は、……………いいかな」
「だったらさ、エーダリアに貸して貰ってこのツダリで使えばいいのかもね。でも、収穫量を増やす必要もなさそうだから、有事用かな……………」
「では、そうしようかな…………」
どんなものも喜んでくれそうな魔物だが、南瓜はそうでもなかったという明確な意思を見せたディノに、ネアは少しだけ驚いていた。
食べ物としても嫌いではない筈なのだが、やはり、大好きでもないのでそこまで嬉しくないという感じなのだろう。
もしや、実は怖かったのかなと思って話を聞いてみると、どうやら、どうすればいいのか分からないのが、とても落ち着かない贈り物だったようだ。
「ディノは、南瓜のお料理なら、クリームスープは好きなのですよね」
「うん。…………君が欲しいなら、あげようか?」
「……………私も、南瓜全般の祝福となると使い方が分からないので、やはりここはエーダリア様に預けて、領内で南瓜関連の問題が起った際に使っていただくのがいいのかもしれません………?」
(あ、………スープといえば)
ネアはここでふと思い立って、アルテアが引き取ってくれた巨大南瓜の半分を、アレクシスに収める事にした。
すると、ウィームの誇るスープの魔術師は、すぐさま美味しい南瓜のポタージュスープを作ってくれて、ネア達にも振舞ってくれる。
これにはディノも嬉しそうにしていてくれたので、大事な伴侶がしょんぼりだった事を憂いていてご主人様も大満足だ。
量が多いのでお店でも数量限定販売された南瓜聖人の南瓜スープは、アレクシスのレシピにより、収穫の祝福を得られる素晴らしいスープに生まれ変わり、すぐさま完売したそうだ。
食楽の質も持つミカが駆け込みで最後の一杯を飲めたと嬉しそうにしていたので、巨大南瓜を貰った事も、結果としては良かったのかもしれない。
ただ、お店でミカからその話を聞いていたネアが、スープを買いに来た毛玉妖精が足元をちょろちょろしたことでよろめいてしまい、爪先を踏んでしまう事故があったので、収穫の祝福が機能するまでは少し時間がかかるようだ。
エーダリアは、ガレンでかかし草の研究をする事になり、有意義な視察だったと話していた。
いつかヴェルクレアでは、悪い案山子は全て爆破駆除されるようになるのかもしれない。




