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誕生日と三人の王子 6




誕生日の夜になった。



このウィーム領の領主であり、リーエンベルクの主人であるエーダリアの誕生日だ。

カルウィの第七王子が正門前に運ばれてきた一件があり、ただでさえ、カルウィ王族が所有する呪いの中に落ち、災い級の竜との出会いまで起こってしまっている誕生日である。




「そして、暗殺者までいたのですよ」

「……………竜だったようだがな」


「あやつめは、私の神経をこれでもかと逆撫でしました」



ネアは、そんな家族のお祝いの席で、暗い目をしてシュプリを飲んでいた。


それもこれも、やっと楽しくお祝いが出来る筈のリーエンベルクに、もしかしたらどこかで本日の賑わいを聞きつけてきたのかもしれない不埒な暗殺者がいたからである。



おまけにそれは、上品な服装で敷地の外周に狩りに出たネアを領主館で働く女性と勘違いし、人質にとって進入路を確保しようとした、たいへんに愚かな竜であった。


それはもう、徹底的な恐怖を味わわわせ、騒ぎを聞きつけて偶然リーエンベルク前広場にやって来ていた、スープ屋のおかみさんと見知らぬ青年に差し出すのが筋というものだ。


勿論、正規のというのもの奇妙な言い方だが、リーエンベルクに直接仕掛けてきた暗殺者であったので、完全に引き渡してしまうという訳にもいかない。

よってネアは、ノアを呼んでくるまでの間だけ、通りすがりの善良な領民に暗殺者を預けたのである。



「……………あの竜さ、僕が引き取った後は、何を聞いても震えながら洗いざらい喋ってくれるんだけど」

「お前は、一体何をしてしまったのだ…………」

「むぅ。私は特に何もしていませんよ。きりんさんの一部見せでひっくり返し、激辛香辛料油をお口に流し込んだだけです。それも、グラストさんから分けて貰ったばかりの加工前原液ですので、さして辛くもなかった筈なのですからね」

「……………そうか。グラストの使う香辛料油は、野生の竜も死んでしまうそうだからな……………」

「うーん。僕の妹も相当痛めつけたみたいだけど、個人的には、あの会がどんなえげつないことをしたのかが気になるかな……………」

「ネアの会の者達か?」

「かいなどありません。なぜ一般人のふりをするのだ………」

「ですが、ネア様が通りがかって下さったお陰で、良い駒を得られました。ダリルが、多少工夫してガーウィンに送り返すそうですよ」



にっこり微笑んでいるヒルドだが、その瞳は少しも笑っていないので、こちらの森と湖のシーと契約の魔物が立ち会っての聴取もそれなりの厳しさだったのだろう。


だが、残念な事に捕らえられた暗殺者は事前にとても従順になっていたので、多くの手入れは必要としなかったらしい。



「……………ダリルがかなり上機嫌だったからな。それで良かったとするしかないだろう」


ふうっと溜め息を吐いて苦笑したエーダリアに頷かれ、まだふすふすしながらシュプリを飲んでいたネアは渋々頷いた。

せめてもう一度踏んでおけば良かったと思ったのだが、竜はとても儚いので滅びてしまってもいけない。


「私の家族のお誕生日を、更に半刻も遅らせた竜めなど、逃げ沼に一晩浸けておいても良かったくらいです!」

「そうなると、後で洗う者が大変そうだ」

「むぅ。なぜエーダリア様は、ちょっぴり嬉しそうにしているのですか。使える駒もいいのですが、お誕生日にやって来た事が許されざることなのです」

「……………ああ。お前は、謁見の呪いの底でもそうだったが、この夜の祝いを楽しみにしていてくれたのだな」



(………おや?)



不意に、そんな事をとても大切そうに言われ、ネアは目を瞬いた。

くすりと微笑んだエーダリアは、夜明かりの色が落ちる瞳が銀色にも見える。


部屋で休んだ際に着替えたようだが、元王族らしく、このような席ではきちんとした服装でいた。

淡いセージグリーンの装いには、華やかなものではないが繊細で美しい薔薇枝の刺繍がある。

そこに縫い込まれた結晶石が、シャンデリアの明かりにちかりと光った。


「ローストビーフも出るのですよ?」

「そうだな。………だが、そんなローストビーフがあるのに、お前が今も窓の近くに立っているのは、外を警戒しているのではないのか?」

「これで、お祝いの食事の時間まで邪魔をされては困るので、こちらは私が死守しますね。一日しかないお誕生日で、やっと、家族でお祝いする時間なのですから」



なので、窓から仕掛けてくるものがいれば捻り潰す所存であるのだと言えば、エーダリアは、また少しだけ微笑みを深めた。



「安心していい。先程ノアベルトが、この広間に許可なく入った者を呪う術式を組んでくれたのだ」

「まぁ。さすがノアです!」

「それとヒルドも、明日の朝までは執務書類や連絡などの全てを、ダリル経由にしてくれた」

「うむ。今日はもう、のんびり羽目を外すべきなのですよ!」

「なのでお前も、そろそろ窓から離れて、ディノと一緒にローストビーフを食べていいのだからな」

「む。…………お部屋は、ノアが守ってくれているのですよね?」

「ああ。だから、その窓はもう大丈夫だろう」

「では、ローストビーフをやっつけに行きますね。今日は特別な日なので、鶏皮の美味しいところもエーダリア様が優先です。ただ、ケーキは二個なのですよ」

「……………ああ。有難う、ネア」



思いがけずそう告げられ、ネアは、ふすんと息を吐いた。


ウィーム領主を暗殺に来た竜を見付けてから、ちょっぴり怒り狂っていたが、当のエーダリアが何だか幸せそうにしているのであれば、もういいのだろうか。

隣で三つ編みを持たせてくれていた魔物を見上げると、嬉しそうに目元を染めてもじもじしている。

この魔物は少し変わっていて、ご主人様が両手で三つ編みを持つと恥じらい度が上がるのだ。



「さてと。僕の妹が窓の警備から戻ってきてくれたから、もう一度乾杯してもいいかもね。祝いの言葉は、ヒルドが言っちゃう?」

「エーダリア様、誕生日おめでとうございます」

「ありゃ。僕が言ってもいいよって言おうとしたのに、先に言われた………」

「有難う、ヒルド。…………こうして、皆と食事が出来る時間が取れて、幸いだった」

「エーダリア様、誕生日おめでとうございます」

「グラスト、今日は騎士達にも負担をかけた。こうして無事に祝いの席を設ける事が出来たのは、皆のお陰だ。途中で騎士棟に戻ると話していたが、その際に振舞われている酒や料理などが足りないようであれば、遠慮なく言ってくれ」

「共にお祝い出来るだけで充分です。先に騎士棟に足を運んでいただいたお陰で、皆も、今夜は美味い酒が飲めるのでしょうが、明日の仕事に響かない程度にしませんと」


エーダリアの言葉に、にっこり微笑んで胸に片手を当てて深く一礼したグラストの隣では、ゼノーシュが、早速お皿に取り分けて来た料理をもぐもぐしている。

あまりの愛くるしさに、ネアは、何かと竜尽しだった一日の疲労が消え去る気がした。



(ああ、この広間は小さなシャンデリアを幾つも吊るしているから、細かく落ちる光の粒が壁に雪が降るように映るのだわ)



本日のお祝い会場は、雪夜と冬菫の広間である。


誕生日のお祝い会場の設営をしようとしたところ、少し前までこちらにあった月光のシャンデリアの広間が、いつの間にかこの広間に変わっていたのだとか。


ノア曰く、少し他の部屋から隔離された空間になっているので、リーエンベルク側もこれ以上エーダリアのお祝いを遅らせる者が現れないよう、警戒しているようだという事だった。



「ったく。お前は少しの間も落ち着いていられないのか」

「むぅ。…………早くも巣蜜のデザートを食べている使い魔さんです」

「何から食べ始めようが、好き好きだろうが」

「ディノも、巣蜜からなのです?」

「ご主人様…………」



気付いて目を瞠れば、ヒルドが気を使って先に食べてもいいと言ってくれたようだ。

よく見れば、ノアの手にも巣蜜のデザートの小さな泉結晶のグラスがあるし、ゼノーシュは既に二個も確保している。


やはり、魔物達が好むものであるらしい。



「むむぅ。早くも大人気ですので、ウィリアムさんの分も、確保しておきましょうか」

「放っておけ。寝てるんだろ」

「到着するなりぐっすりなのですよ。心配して来て下さったので、お料理なども取っておきましょうね」

「今回は、少し難しい戦場だったそうだ。グレアムをこちらに来させてくれたことで、負担がかかったのだろう。死の精霊達も疲弊していると話していたからね」

「……ナインは、明日の枢機卿会議に出られるんだろうな…………」

「出られるのかな………」



リーエンベルクに駆けつけてくれたウィリアムは、今は、お祝い会場の広間に置いてあった長椅子ですやすやと眠っている。

お祝いの号令の前に渡されたシュプリを飲んで眠ってしまったので、余程疲れていたのだろう。


高位の魔物である終焉の魔物が、真っ白な軍服を汚したままでいる事はない。

だから勿論、こちらに来たウィリアムは、軍靴も白いケープもこの上ない美しさのままであった。


それでも、こんな風に眠ってしまったウィリアムを見ていると、直前までいた戦場はどれだけ苛烈な仕事場だったのだろうと考えさせられる。

そんな状況でも、リーエンベルクで事件が起きたと聞いて心配して来てくれたのだ。



ネアは、そんな魔物の前にあるテーブルに、ことんと巣蜜のデザートを置くと、小さく微笑んだ。

シュプリも確保して置いておいたので、後は、料理なども取り分けて残しておこう。

少しだけ前髪が乱れていて何だか無防備な姿に、ネアは、ちびふわにしてくたくたになるまで撫でてしまいたくなった。



「うむ。絶滅危惧の巣蜜のデザートを確保しましたので、ローストビーフをやっつけに戻りますね!」

「うん。あちらの鶏肉はいいのかい?」

「は!ローズマリーの香りしっかりの、詰め物焼きも美味しくいただく予定なのです!」

「これは何だろう……」

「むむ!棘子牛と、アグレッティ………?」


アグレッティは何者だろうかと首を傾げていると、ヒルドが、野草の一種であると教えてくれた。

ヴェルリアやガーウィンでは春の食材だが、ウィームでは秋アグレッティがあるそうだ。


季節の味覚なのだなと思えば、漂流物がいつ来るか分からないので参加が未定のままになっている秋告げの舞踏会を思った。



(早く色々なことが落ち着いて、ゆっくりと過ごせるようになるといいな)


これからの季節は、美味しいものが沢山ある。

秋から冬にかけての季節は、イブメリアを控え、ウィームが最も美しい期間でもあった。



「………アグレッティというのだね」

「あら、ディノは、あまり得意ではない感じでしょうか?」

「………普通かな」

「ふむ。確かに付け添えのお野菜としては、食感は楽しいですが、個性が控えめかもしれません?」



ネアは季節のものというだけでも嬉しいのだが、やや子供舌の傾向のあるディノは、アグレッティの評価は然程高くないらしい。


リーエンベルクの料理人達の粋な心遣いで、初めて登場する料理や珍しい食材を使ったものが出される場合は、料理のお皿やトレイの近くに白いカードが添えられていて、濃紺のインクで書かれた説明書きには、棘子牛には、燻製ハムの燻香をつけてあると記されていた。


綺麗な琥珀色のソースにもその燻香があり、柔らかなお肉を引き立てるように胡椒が効いていてとても美味しい。

そんな美味しいお肉をむぐむぐと頬張りながら、ネアは、まずは乾杯用のシュタルトのメゾンのシュプリを美味しく飲んだ。



「よーし。そろそろ、このシュプリを開けようかな。夜雨と星檸檬のシュプリなんだ」

「初めて聞く銘柄だが、どこのものなのだ?」

「ちょっと古い、チェスカのシュプリだよ。少し気持ちが落ち着く効果があるから、女の子の家に呼ばれた時とかに持って行っていたんだけど、本来は家族の晩餐で飲む為に作られたみたいだからね」

「量販されていたが、出来が良かったシュプリだな。市井でも飲まれていたものだったせいで、殆ど現存していない筈だ」

「うんうん。まさか、このシュプリが飲めなくなるとは、誰も思っていなかったんだろうね。でも僕はさ、何かこの家族用ってところが気になって、二本だけ残しておいたんだ」

「まぁ。ノアが家族と飲む為に残しておいてくれたお陰で、こうしてエーダリア様のお誕生日で飲めてしまうのですね!」



そう言えば、青紫色の瞳をきらきらさせ、ノアが嬉しそうに唇の端を持ち上げる。



夜雨と星檸檬のシュプリは、綺麗な青みの檸檬色で、夜空の下の雨と檸檬の木のラベルが可愛らしい。

塩の魔物はディノのように収集癖がないので、飲み終えたお酒の瓶などはぽいっとやってしまうのだが、希少なものが多いのでエーダリアはラベルを記録帳に保管している。

瓶の素材なども希少な場合は、綺麗に洗った後にガレンの研究班に回されているのだとか。


グラスに注いで貰い一口飲めば、夜の雨が降り出すさあっという軽い音が泡の弾ける合間に聞こえてくる。

ほんの一瞬で消えてしまうその雨音は、優しい音楽のような響きであった。



「わぁ。僕、このシュプリ飲むの初めてだけど、美味しいね」

「ああ。……飲みやすくて檸檬の香りが素晴らしい」


ゼノーシュとグラストも気に入ったようで、ヒルドも好きな味だったのか、羽が淡く光っている。


広大な葡萄畑で作られた安価なシュプリだが、当時のチェスカでも皆が飲みやすい定番のシュプリとして幅広く愛されていた銘柄のようだ。



(わ、この檸檬の香りがとても爽やかなのだわ………)


「お肉と合わせるとお口がすっきりしますし、お魚と合わせても美味しいのですね」

「大衆向けの銘柄こそ、煩い嗜好に晒されるからな。……鱒料理にも合う酒だ」

「むむむ。鱒料理………」

「ありゃ。じゃあ、残りの一本は今度の避暑地で飲もうよ。家族向けだしね」

「はい!そしてこちらは、湖海老のリゾットでふ。……海老のお味がじゅわりで、何て美味しいのでしょう」



ネアが次にいただいたのは、湖海老を使った緑色のリゾットだ。

香草類もふんだんに使われ、薬草粥風の見た目の仕立てのものだが、海老の色とのコントラストが美しい。

コンソメのような旨味がじゅわっと入った上に海老の風味が重なるので、一口食べると美味しさが染み入るリゾットである。


湖海老は何種類かあるらしいが、ウィームの森林部の湖では、ネアの人差し指二本分くらいの少し大ぶりの海老もいるのだとか。

しかし、本日の料理に使われている大ぶりなものは、どちらかと言えば希少な食材なのだそうだ。


「ほお。管理されている湖ではなくて、この大きさの湖海老は珍しいな」

「ゼベルからの差し入れだったそうですよ。奥方と散歩に出掛けた先で見付けたらしく、今夜の料理にどうかと厨房に持ち込んだと聞いております」

「あのね、騎士棟では、みんなで食べられるようにスープになっているんだって」

「むぐ!……ぷりぷりで、美味しいれふ」

「ネアが可愛い……………」



お祝いの席に並ぶのは、いつもの料理からこうした珍しい食材を使った料理までと、様々なものだ。

魔術保温された料理の皿は、ほかほかと湯気が立ち昇り、ふわっと鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いも飛んでしまう事はない。


フォアグラによく似た食感のフォアグフを詰めたうずら料理は、蜂蜜で焼き色を付けてセージのソースでいただくという。



(ディノのお誕生日は、好きなものを何度も食べる傾向のあるディノの為にということで、あまり新しい料理を加える事はないけれど、エーダリア様のお誕生日は、ウィームの季節の食材を生かしたものや、新しい料理もあって楽しいな)



勿論、引き続き至高の領域におわすローストビーフは、何切れか食べてまた戻ってきてしまう恐ろしいものである。


今回は他にも肉料理があるのでとグレービーソース一種だが、それだけで充分に美味しい。

美味しさと幸せにじたばたしながらいただく、定番のお祝い料理だ。


焼き茄子と焼き栗を使ったサラダに、以前に意外に好評だったという青林檎とセロリのスープ。

季節の野菜のゼリー寄せは、見目が華やかだが、意外にさっぱりといただけるお祝い料理の定番だ。


ネアが、丸鶏を焼いた際に出た油を使ってオーブンでほくほくに焼いたじゃがいもの付け合わせを頬張っていると、話していたヒルドがおやっと目を瞠る。



「ネア様、ウィリアム様が目を覚まされたようですよ」

「まぁ。何か食べられるか聞いてきますね」



目を覚ましたウィリアムは、少し困ったように周囲を見回している。

テーブルの上に確保してあった巣蜜のデザートに気付き、小さく微笑む様子を見るとやはりお好きな感じなのだろう。


ネアに気付くと、白金色の瞳を細めて少し照れ臭そうに微笑みを深めた。



「ウィリアムさん、今夜はゆっくり参加にする場合は、お料理は取り分けて残しておきましょうか?」

「こちらに着いて気が抜けたのか、少し眠ってしまったみたいだな。いや、もう大丈夫だから、このまま祝いに参加させて貰うよ」

「大丈夫かい?………少し、死者の数が多かったようだね」

「シルハーン、すみませんすっかり眠り込んでしまいました。……………あの土地の復興には時間がかかりそうですが、今度こそは、上手く土地の信仰が廃れてくれるのを祈るばかりですね」

「うん。土地に見合った思想だとも言えるけれど、続くようなら、そろそろ魔術基盤の調整をした方がいいかもしれないね」



どんな戦場だったのだろうと目を瞬いたネアに、僅かに不思議な透明さを映した瞳で淡く微笑んだウィリアムが、死を退けて禁忌の魔術で死者達を囲い込み、転属の魔術を複雑に組み込んで独自の生き方を指南するような土着の信仰があったのだと教えてくれる。


険しい雪山に囲まれた小さな平地に興された国なので、外部からの情報が隔絶されやすい事と、土地に独自の生き物が育まれやすい事もあり、度々、偏った信仰が根付いてしまうのだそうだ。



「いつも終焉の領域を侵すような信仰なんだが、これで三度目だからな。都度、根を断ってそこからまた新しい内容の経典が生み出されての繰り返しだから、そのような思想が、あの土地の環境に育まれやすいという事なんだろう」



どちらかと言えば、ラエタに近い思想なのであまり長く放置は出来ないのだとか。

二度目以降からは、その土地に新しい信仰が生まれると、高位の魔物や精霊達で注視するようになり、ラエタ滅亡の際に基準とされた思想の上限を超えた段階で、終焉の系譜で殲滅にあたることになっているという。


勿論、終焉の系譜を敵視している土地の人間達も徹底抗戦の構えであるので、かなり苛烈な戦場になるらしい。


そのように管理されていると聞けば、根絶の為に行われる戦乱に赴いたウィリアムにかかる心痛は、如何ほどのものだろうと考えてしまう。

ネアは、そんな仕事明けのウィリアムが美味しそうに食べている巣蜜のデザートがあって良かったと、心から思った。



「ぷは!………この甘酸っぱい木苺のお酒もとても美味しいですね」

「君が、食事が出来るようになって良かった」

「ふふ。先程は、何度も楽しみにしていたお誕生日会を邪魔されて荒ぶってしまいましたが、この会場が守られていると聞き、すっかり安心してしまいました」

「もう、………怖くはないね?」



そう問いかけたディノの気遣わしげな眼差しに、ネアは微笑んで頷いた。

先程からお皿に沢山のハムを載せてくれるのは、この魔物なりに心配してくれてのことなのだろう。

だが、ご主人様はお祝い料理然としたものの方を優先したいので、どうか早く安心して欲しい。



「謁見の呪いに落とされた時にはちょっぴりはらはらしましたが、お誕生日のエーダリア様を時間までに外に出すのだという思いが強過ぎて、終わってしまうと、そこまで怖くなかったのです。もしかして、私の伴侶な魔物が迎えに来てくれたからかもしれません?」

「ずるい………」

「なのでディノも、安心して美味しいものを沢山食べて下さいね。もうここには、ウィリアムさんやアルテアさんもいますから」

「………うん」



そうして心を緩められることは、どれだけの贅沢だろう。



ネアは、新しいシュプリを取り出しているノアや、グラストやアルテアと話しているエーダリアを見つめ、やっと取り戻した純然たるお祝いの高揚感にほくほくと喜びを噛み締める。


ウィリアムはヒルドと話をしていて、きちんと食事に入れたようなので、たくさん食べ給えの思いである。




「きっともう、穏やかな夜になる筈です」

「うん。そうだね。ローストビーフを食べるかい?」

「むむ!それは大歓迎なのですよ!」



しかし、すっかり安心して美味しいローストビーフを噛み締めていた乙女は、まだ贈り物の受け渡しや、ウィーム流のお祝いなどが終わっていないことを失念していた。



そしてそこに、最後の波乱が待ち受けていたのである。







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