誕生日と三人の王子 5
リーエンベルクに無事に戻ると、ノアが下ろしたエーダリアを無言で抱き締めたヒルドに、ネアは胸がいっぱいになってしまった。
しかし、続く言葉にとてつもない裏切りを知る事になる。
「ネアが、素手で咎竜の幼体を狩ってしまったのだ。私も魔術洗浄をしたが、早く薬湯を飲ませてやって欲しい」
「ぐるるる!」
「……………ネア。こっちに来い」
とても渋い顔をしたアルテアに名前を呼ばれ、乗り物にしたディノをぎゅっと掴んだ乙女は、ふるふると首を横に振った。
しかし、困ったようにこちらを見たディノがあまりにも心配そうにしているので、くしゅんと項垂れる。
「………むぐぅ。クライメルめのような気配もあったので、致し方ありません」
「っ、それを早く言え!!」
「さてと。アルテア、頼んでおいたエーダリアの分も今飲んでもらうから貰っていい?」
「すまない。こちらもだ」
「……………言っておくが、そちらは対価を取るぞ」
「ああ。俺が用意出来るものであれば構わない。ヴェンツェルにも飲ませておかないとな」
「ドリー、何も統括の魔物の手製ではなくてもいいだろう!どれだけの対価になると…」
「対価の事は気にしなくていい。苦くても残さないようにするんだぞ」
「……………私は、子供ではないのだからな」
しかし、薬湯くらいはという表情で少しばかりの余裕を見せていたエーダリアとヴェンツェルは、ネアより少し小さめのカップで選択の魔物の作った薬湯を飲んだ瞬間、ぐはっと咽せているではないか。
震えながらこちらを見ている二人に重々しく頷けば、か弱い乙女が毎回この薬湯を飲まされている恐ろしさを漸く理解したようだ。
じっとりとした目でその様子を見守り、ネアは、こちらだけカップが大きいので間違いではないだろうかという眼差しを、隣に立っている使い魔に向けてみる。
「アルテアさん、カップを間違えているようです」
「お前はこれが適量だ。一滴も残すなよ」
「……………ふぇぐ」
「飲み終えたら、葡萄ゼリーを出してやる」
「ぜり………」
今回の葡萄ゼリーには初物の秋葡萄が使われているという補足情報に、ネアは、渋々薬湯を飲むことにした。
相変わらず、心をずたずたにする温かい沼味だが、ここはぐっと堪えるしかない。
だが、いつもより静かに飲み始めた事で何かを感じたのか、アルテアが無言で隣に座った。
「……………えぐ。沼味です」
「クライメルの気配は、どのような形だった?」
「むぐ。…………実際に影や声があった訳ではありませんし、あの魔物めの感情が窺えるようなものでもありませんでした。ですが、…………以前に聞いていた、喝采がまた聞こえました。乗り物の扉を閉じる音が聞こえ、暗い劇場も少しだけ見たような気がします。上手く説明出来ませんが、私の中にある痕跡や記憶に触れ、それも回収しようとしているかのように感じたのです」
「壊れた呪いを残っているものに集約する仕組みを作ってあったのなら、記憶や経験もその一端になるだろうな。呪いや災いは、感情から育まれる事も多い」
ネアが、テーブルの上に置かれた葡萄ゼリーをさっと取り上げ、お口直しを始めたのを見ながら、アルテアがそう説明してくれる。
一緒に難局を乗り越えたリアッカ王子の姿が見えないが、別の遮蔽室にて、ダリル立ち会いの下でグレアムが話をしているのだそうだ。
ヴェンツェルが王都に連れていけるだけの状態にしておいてくれと不安そうにしていたが、副官であるチェスラムもそちらの部屋にいるそうなので、きっと、くしゃくしゃになった上官のお世話をしてくれるだろう。
勿論ネアも、恩人であることは重ねて伝えておいた。
なお、ネアのドレスに落ちたリアッカ王子の血は、戻るなりすぐにディノが回収してくれた。
あっという間にドレスから抜き取られた血をノアに渡している様子を見ながら、ネアは、もしや魔物は染み抜きが得意なのかもしれないと新しい可能性に思いを馳せる。
「……………最後に、書庫の中に不思議な扉が現れた時に、そこにあの書庫にいた見えない何かが一斉に向かっているような感じがしました」
「ああ。それは私も感じた。恐らく、これまでの犠牲者の怨嗟だろう。人間ではないものの気配もあったので、あの竜のように、中に収められていた人外者がまだいたのかもしれない」
「むむ、エーダリア様はより詳しく感じ取れていたのですね」
「…………どうしようもなく、あの扉の向こうに惹き付けられる感覚があった。それがあまりにも不自然だったので、すぐに魅縛や執着排除の術式を重ねたのだが、ネアは強く影響を受けたようだ」
「はい。………なぜか、あの扉の向こうこそが、正しい出口のように思えたのです。それが、とても恐ろしく感じました」
その時の事を思い出して爪先を縮こまらせていると、ディノが体に回した腕に力を入れ直してくれる。
ぎゅっと抱き締められると何とも言えない安心感があって、ネアは大事な魔物がいてくれる頼もしさに頬を緩めた。
「あの竜は、仕えていたクライメルが目をつけていた駒を喰った事で術式にされたと聞いていたが、呪いの底で人格を残していたらしいな。…………それを参集に加えずに済んだのは幸いだ」
「……………そうだね。シャックマークの竜は、魔術により近い性質を持っていた古い竜なんだ。あのようなものが辻毒になると、かなり厄介なものが出来上がっただろう」
「あ、因みに、竜の名前じゃなくて災いを齎したロクマリア西部の都市の大書庫の名称で呼ぶのは、あいつがクライメルの術式になったからだよ。うっかり名前を呼ぶと術式が動くからね」
「まぁ。そうなのですね………。そして、辻毒のようなものは、辻毒とはどう違うのですか?」
ネアはここで、謁見の災いは辻毒のようなものでも、辻毒ではないのだろうかと首を傾げた。
違いが分からないので尋ねてみると、どこが違うのかをノアが教えてくれる。
「辻毒はさ、辻毒として完成した上で獲物を取り込むものと、今回みたいに、辻毒を作る制作過程となるものを使った呪いがあるんだ。謁見の呪いはさ、ネア達が見てきたみたいに内側がかなり広いんだよね。カルウィの王族に自由に使わせていたってところからして、長い月日をかけて何世代ものカルウィ王族を取り込んでいって、容量いっぱいになったところで辻毒として完成させるつもりだったんじゃないかな」
「……………ぞくりとしました」
「完成していれば、間違いなくクライメルの最高傑作になっただろうよ。中にいた竜を殺したこともそうだが、そいつが蓄えた怨嗟ごと滅ぼしておいて正解だ」
(でも、そんなものであったのなら、あの竜を滅ぼせたリアッカ王子は、やはりすごい魔術師なのだろう)
その話もしたかったが、魔物達はクライメルの気配をより大きな問題だと考えているらしく、最初の質問への返答に戻る事になる。
「参集の扉の向こうに、クライメルの気配があったのかい?」
「私の知覚というより、あの、最近はこちらが多くなった…………白い花びらと夏至祭の夜の湖が見えたのです。それが出てくるだけのものが、あちらにいたのだなと判断しました」
「……………成る程。そちらが反応したのだね」
「ええ。…………なぜか私は、その参集とやらの扉が開いた時から、あの湖が現れるような気がしていました。けれど、それがどうしてなのかまでは、こうして戻ってきてしまうとさっぱりなのです…………」
「それもまた、予兆や啓示のようなものなのだろうね。…………元々は、先に君に影響を与えていたのは、馬車や劇場の喝采などの姿をしたクライメルの辻毒だったのだろう。それがなくなった段階でより鮮明に現れ始めたものだけに、クライメルの辻毒とは反発し合うのかもしれない」
そう言われると、すとんと腑に落ちた。
(ああそうだ。まさにそんな感じだった。あの扉の向こうの何かに対して、私は、きっとあの声の誰かが警告を発するに違いないと思っていたのだ。……………でもそれは、私を守る為というよりも、………こちらが先に見付けた獲物だぞという感じだったのだと思う)
すっかり興奮してそれも伝えると、ネアは手の中の硝子の容器が空っぽになっている事に気付いた。
へにゃりと眉を下げて使い魔を見上げると、ふうっと溜め息を吐いて二個目の葡萄ゼリーを出してくれる。
なお、エーダリアとヴェンツェルは、ヒルドが用意したクリームブリュレのようなものを黙々と食べ続けているので、やはり沼味をどうにかして消そうとしているのだろう。
「あのカルウィの王子は、漂流物の領域に行った事があるんだろうね」
ひとしきりクライメル関連の議論が飛び交った後、ノアがそんな事を言った。
すると、その言葉にヴェンツェルが頷く。
「ニケが、そちら側の魔術資質を集める為に、何回も船を出しているらしい。その手法は、海難事故でどことも知れぬ奇妙な国で過ごした事のある、とある親族の経験を参考にしていると話していた。………誰とまでは聞いていないが、リアッカ王子は、親族内の抗争に巻き込まれ三年程行方不明になった事がある。あの独特な気配といい、恐らく彼がそうなのだろう」
「あの魔術資質は、間違いなく漂流物などの気配と同じものだった。それを扱えるようになるくらいに、漂流物の領域に、……………かなり長い間留まったという事なのだな」
そう呟いたエーダリアが、どこか神妙な面持ちで頷いている。
望んで向かったのではなく、事故のような形でそのような所に勾留されていたのであれば、それはどんな経験だったのだろう。
けれども、なぜかネアは、リアッカがその向こうでの日々を嫌ってはいなかったような気がした。
ただの魔術の上での興味と言うには、漂流物へ向ける執着が個人的だったように思えたのだ。
(そう言えば、あの呪いの中に落とされた事でも、リアッカ王子には動揺するような素振りはなかった)
さして動揺せずに対策へと移行したのはエーダリアやヴェンツェルもそうなのだが、こちらの二人はこれ迄にも似たような経験を得ている。
だが、そう考えたところでネアは、どことも知れないどこかに落とされるということが、もしかするとこの世界の一部の層では珍しくもないのかもしれないという事に気付いてしまった。
(なんて物騒な世界なのだ………)
あわいや影絵などが当たり前のようにあるのだし、高位の貴族や王族になればなる程、彼等を害する為の手段も巧妙になるだろう。
その結果、望まぬどこかへ入る確率も高くなるのは必至なのかもしれない。
ネアにはあまり効果がなかったものの、以前に迷子防止薬のレシピを教えてくれたのも、ヴェンツェルだったではないか。
「うーん。ちょっと独特だね。……………あまり不確定な要素を作りたくはないんだけど、あれは、残しておいた方がいいのかなぁ」
ネアが考え込んでいる間に、ノア達はそんな議論に入っていたようだ。
けれども、半眼になったノアに、ドリーがきっぱりと首を横に振る。
「この国の安全の為に、いずれニケ王子を王にする為には、有用な後援者だと思う。王座への野心がないのは間違いないようだし、……………リアッカ王子は、ニケ王子をかなり可愛がっているからな」
「そうなのか………?」
「ヴェンツェルは、気付いていなかったのか?…………あのような人間は時々見る事があるが、何かに心を強く残し、それによく似たものに愛着を向けるのだと思う。ニケ王子は、魔術階位を上げる為に色々なものを取り込んでいる上に、欠け残りの要素もある。こちらに素直に属さないという意味では、リアッカ王子の嗜好に近いのだろう。……………それに多分、同じ理由でネアにも危害は加えないと思う」
ドリーの話を聞きながら、ネアは、この国の王様の事を思った。
訪れた者に出会ったのか、自分がそちらに迷い込んだのかの違いはあれど、二人の執着はあまりにもよく似ている。
「………この国の王様と、リアッカ王子は会われた事はあるのでしょうか?」
「いや、ない筈だ。…………今回の一件で、顔を合わせるかもしれないが」
ヴェンツェルの言葉に、アルテアも頷いている。
「その辺りが、あいつの目的だろうな。グレアムからも、バーンディアに興味を示しているという話は聞いている。とは言え、今回に限っては受動的な収穫だろう。その目的を達成出来るかどうかは、グレアムの不機嫌さからすると危ういところだが」
「……………ほわ。あちらのお部屋の様子が少し気になってきました……………」
二個目の葡萄ゼリーを食べきってしまい、ネアはもう一度アルテアを見上げてみた。
すると、ぎゅむっと鼻を摘ままれてしまう。
「ぎゃ!許すまじ!!」
「二個でやめておけ。夜はいつもより食うつもりだろうが」
「は!夜は、エーダリア様のお祝いなのですよ」
「だからだ。…………視野の変化や、気分の悪さは残っていないな?」
「はい。……………む?」
首裏に手を当てられ、ネアは何だろうと目を瞬く。
そう言えば先程、ディノにも同じようにされたのだ。
視線を伏せるようにして何かを確認しているようで、睫毛の影になった赤紫色の瞳がはっとする程に鮮やかに見える。
何か治癒的なものを与えてくれているのか、肌に感じる手のひらの温度に、不思議な程の心地よさを覚えた。
「……………守護が軋んだ箇所だ。お前が歌った直後ということは、首を落として歌を止めようとしたんだろう。話を聞く限り、死なずともそれなりに損傷させるだけの効果はあったようだからな」
「ぎゃわ……………」
「傷薬は飲んだのか?念の為に、そちらも使っておけよ。あの様子のおかしい倍率のものがあるだろう」
「ディノが、苺味の傷薬を作ってくれたので、そちらをいただきました!」
「……………は?」
「スプーンさんで加算しても、ぐっと美味しくなるばかりの素敵な傷薬なのですよ」
「いや、対価を支払っていないなら効果としては及ばないからな」
「い、苺味で充分なのですよ!」
慌ててそう主張したネアに、アルテアは無言で片方の眉を上げた。
なぜか、少しばかり冷ややかな眼差しである。
「それと、カルウィの王族なんぞに妙な肩入れはするなよ」
「しません。嫌いな方ではありませんが、関わりになりたい方ではありませんから」
「ほお?」
「なぜ余計に機嫌が悪くなったのだ……」
「あんな人間なんて……………」
「ぎゃ、こっちもです!!」
「……………え、もしかして、エーダリアも結構気に入っていたりする?」
「い、いや、私は、珍しい魔術を使っているなと思いはしたが、そのくらいだろうか……」
「だってさ。ヒルド、どう思う?」
「この様子ですと、問題はない範疇でしょう。寧ろ、何か不愉快に思うところがあるようですね」
「…………魔術師として、残酷だと思える判断も必要な時は当然あるだろう。だが、己の執着の為に、庇護しようとする者を同時に囮にするような振舞いは、…………あまり好ましくはない」
ぽそりと呟いたエーダリアに、ネアは小さく目を瞠った。
どうやらこちらの家族は、ネアが持たされたお守り袋の一件をまだ怒ってくれているらしい。
なぜかその答えを聞いたノアは、ヒルドと顔を見合わせて安心したようにご機嫌の微笑みになっている。
「ですが、ネア様の方では、その行為を不快には思われなかったのですか?」
「む。………何となく、魔物さんに似た気配を持たれている方でしたので、であれば、野生の魔物さんは皆さんこんなものかなと思うと、私はあまり気になりませんでした」
「……………おい、こっちを見るな」
「お前が気にしないのはなぜだろうかと思っていたのだが、それでだったのだな…………」
「ええ。恐らくそう感じてしまったので、現在の関係性では、いい部分ばかりを得られる訳ではないだろうと感じていたのでしょう。ただし、私の家族に何かをしたら、あの髪の毛は全て毟り取ります」
「わーお。この様子なら、心配しなくても大丈夫なんじゃないかな」
ネアはそう言って微笑んだ義兄に、違う棚ではあるものの、飄々とした親しみやすさの下にひやりとするような酷薄さを隠しているあたりが、出会った頃のノアにどことなく雰囲気が似ているのだとは言わなかった。
「ネア様には、魔物に似ているように見えたというのも、何かあるのかもしれませんね」
「瞳の色が独特なのですよ。金木犀の王子様と言われるのはこれだろうなと思う、金色の結晶石の花びらが降るような魔術を使うと、こう、…………一層曇りが取れたような水気が、見た目にも戻る感じです」
「ありゃ。水気……………」
「普段はへなへなですが、しゃっきりします?」
他にどう表現すればいいのかなと眉を寄せていると、ディノが小さく息を吐いた。
「あの人間が願い事の魔術を得ているのは、何か、強い願いを過去に持っていたからだろう。……………対価と成就を釣り合わせているようだから、固有魔術の中にこそ、それを使ったのかもしれないね」
「魔術の中に、願いを…………?」
「魔術に漂流物の質があるということは、あの人間が願いをかけたのは漂流物を核とした場面だったのだろう。……………グレアムが、あの人間の願いの質は、羨望や憧憬だと話していた」
「……………だとすると、あの方にとっては、事故で迷い込んだ側にこそ、何か素敵なものがあったのかもしれませんね」
「うん。そうかもしれないね。何かの対価を支払い、固有魔術に変えて持ち帰った漂流物がある筈だ。術式として磨耗することに躊躇いがないのであれば、それ自体への執愛ではないと思うけれどね。そして、固有魔術を己の中に所持することで、違う種族の形態に近い状態にもあるのかな」
「うーん。漂流物の魔術質を得たいって、自分もそちら側のものになりたかったって感じなのかもね。ああいう人間てさ、結構、底の方が壊れているんだよね」
「ふむ。私とは気が合わない方のようですね」
「ネア…………?」
ネアがそう言えば、こちらを見たディノが不思議そうに真珠色の睫毛を揺らす。
水紺色の美しい瞳を見上げ、ネアは、大事な魔物を椅子にしたままにっこりと微笑んだ。
「私は、こちら側こそがどこよりも大好きなので、リアッカ王子とは嗜好が正反対なのかなと思います」
「…………ネア」
「大事な伴侶や家族がいない場所なんて、ぽいなのですよ」
「ご主人様!」
ここではない遠い岸辺で、金木犀の王子はどんな世界を見たのだろう。
そこから持ち帰った願いにはどんな物語があり、今も漂流物を集め、こちら側に定着しそうなものを探しているのにはどんな意味があるのだろう。
(でも、もう会う事もないかもしれない人の思いには、さして興味もないのだけれど)
それを抱いてどのように生きていくのかも含め、所詮ネアには関係のない事である。
今回のように共に戦う事があったとしても、どちらかと言えば、以降は関わらずにダリルや王都の者達に任せておきたい人物と言えよう。
そうしておいた方が安全だと思えるくらいに老獪な御仁であったし、あの花びらの雨のような魔術に触れて、うっかりまたあのぼろ橋の向こうに連れていかれてしまったら大問題ではないか。
「……………ふぅ。せっかくのお誕生日なのに、大忙しでしたね」
やがてヴェンツェル達は、結局こちらの部屋には戻されないままだったリアッカと副官の青年と共に王都に戻る事となり、それを見送ったエーダリアとヒルドが会食堂に戻ってきた。
ネアは、魔術洗浄も兼ねてということで、アルテアに髪の毛と手足を洗われ、ちょっとさっぱりしての再会である。
「これもまた、漂流物の現れる年だからこその事件なのだろう。前回の漂流物の訪れの年には、似たような事件がガーウィンで起こっていた。当時は、オズヴァルトとアリステルが巻き込まれていたか」
「そう言えば、そのような事がありましたね。ガーウィンということもあり、あまり大きな被害は出ませんでしたが…………」
「むむ。ガーウィンでも、何か有用な対策を持っているのですか?」
「教区の中でのことで、尚且つ、聖女という肩書きを持っておられたアリステル様がおりましたから、それだけで魔術的な場としての優位性が高まったのでしょう。……………静謐の教区での事でしたので、ネア様が会われた死の精霊がいたのかもしれませんが」
「ほわ、アンセルムさんが…………」
信仰の魔術には、聖域という概念がある。
邪なものを払い、特別閉鎖を可能とするその魔術は、奇跡という名称に於いて、若干うさんくさいが発動すればかなり無尽蔵な振る舞いをするそうだ。
「でも、結界的な頑強さだからね。祓われた災いは、外周に落ちることになる。ガーウィンの要所は無事でも、その周辺の町や村にはそれなりに被害が出た筈だよ」
「…………言われてみれば、周辺の土地で、作物の育たない不毛の地になった村があったな。ガレンでも魔術観測がなされていた」
「だろうね。だけど連中はそれでいいんじゃないかな。まぁ、ガーウィンだしね」
これからエーダリアは魔術洗浄を行った後に少し休息を取り、夜には家族で誕生日のお祝いとなる。
やっとお祝いが出来るぞと安堵の息を吐いたネアは、エーダリアとヒルドが中央棟に戻ったところで、にんまりと微笑んだノアから恐ろしい話を聞く事になる。
「ウィーム中央に滞在しているザルツの連中はさ、エーダリアの会で監視しているってさ。エーダリアの誕生日だし、当然だよね」
「……………それは、何か間違ったことをした瞬間に、消されてしまうやつでは」
「カルウィ側と何か密約があったかどうかも含め、そっちの会でも協力して調査の手伝いをしてくれるみたいだしね」
「……………それも、何かをしていたと判明したら、すぐさま消されてしまいそうですね」
「だとしても、僕の大事な契約者と、僕の大事な妹を危険に晒したんだ。当然の報いだよ」
その場合は、リアッカ王子も狙われてしまうのかなと考えたが、想像するだけで恐ろしさに震え上がりそうになってしまったので、あまり考えないようにした。
時刻は夕刻に差し掛かる頃となり、いつもなら夜のお祝いが始まる時間だ。
(でも今日は、エーダリア様に半刻くらい仮眠を取って貰って、少し遅めのお祝いとなる)
グレアムは、エーダリアから、駆け付けてくれたお礼にと、お酒の他に巣蜜のデザートをお土産に持たせたと聞いている。
となれば、今夜のお祝いでは、魔物達の喜ぶ巣蜜のデザートが出るのだろう。
ディノも喜ぶだろうなと思い唇の端を持ち上げたネアは、だからアルテアがまだリーエンベルクに残っているのかなと微笑みを深めた。
ようやくの美味しい時間の為に、庭で狩りなどをしておくのもいいかもしれない。