表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
792/880

誕生日と三人の王子 2



リーエンベルクに戻ったエーダリアにどのような説明があったのかは、想像に難くない。

そしてそんなウィーム領主は、現在、外客棟の一室で頭を抱えていた。

公式な会談から戻ったばかりなので、淡い灰色に瑠璃色の刺繍のある盛装姿のままだ。



「……………金木犀の王子か。ザルツ伯は、本日はウィーム中央に滞在しているのだ。厄介な事になったな」

「中央への移動となりますと、ある程度の備えは必要ですからね。その際に気付かれますと、秘密裏の交渉の材料にされかねません」

「ああ。今回はリアッカ王子が術式の提供を申し出たのも痛いな。あの御仁の持ち物としては充分に切り札になり得るものだ。提示自体は不自然ではないが、ザルツ側の要求と重なるではないか…………」


(それはつまり、……………)


今回の一件が無事に片付いても、あの時ウィームにいらっしゃっていましたよねという声掛けでザルツがカルウィの第七王子との縁をつけられるかもしれない材料が残るという事だ。


リアッカ王子が、ザルツとウィーム中央との微妙な関係を知らないという前提であれば、ザルツ側の申し入れに対してリアッカの陣営が好意的な対応をしても不思議ではない。


既に一度術式の権利譲渡の話が出ている以上、権利使用の許諾については交渉もしやすいだろう。

そしてそこを結ばれてしまうと、ウィームと第七王子陣営も無関係ではなくなる。


であれば、今回の事故の賠償として、ザルツとの交渉や契約を禁じてしまうという手もなくはない。

だが、そこにこそ大きな問題があって、ウィーム中央としては、ザルツとのこの僅かな関係の歪みを、ヴェルクレア王都にもカルウィにも知られたくはないという事情があった。


それぞれの交渉に付随して禁則事項に捻じ込めば、中央もそうだが、リアッカ王子も何かあるなと気付くだろう。



「かといって、ウィームとの交渉そのものを禁じるという措置も取れないのだ。今後、ニケ王子が国王を目指すのであれば、リアッカ王子の後援は不可欠なものであるらしい。兄上の後援を表に出す必要がある場合に備え、ウィームとしてもあの王子との関係はそこまで損なえない」

「まぁ。手をばしんと叩いてしまいました…………」

「そのくらいであれば、問題ありませんよ。ああ見えて冷酷な方でもありますが、恐らく、ネア様の振舞いに関しては不愉快に思わないでしょう」

「…………た、叩いてしまったのだな……………」

「力いっぱいやると腕がなくなってしまうかもしれないので、控えめにですよ?」

「そ、そうか。……………お前は、ネアは問題ないと思うのか?」


心配そうに尋ねたエーダリアに、なぜかヒルドはひやりとするような微笑みを浮かべる。


「それどころか、ネア様は、リアッカ殿下のご嗜好に近いとさえ思われます。ディノ様に、ネア様の気配などの調整をしていただいておりましたが、それでも気に入られているご様子でしたから」

「そうなのだな…………」

「なぜそんな目で私を見るのでしょう。叩かれて気に入ってしまう系の方だとすると、あの方個人の嗜好がおかしいのだと言わざるを得ません…………」

「あんな人間なんて……………」

「ディノ様から、グレアム様へご依頼いただけて幸いでした。リアッカ王子のご様子ですと、相当に不得手なご様子ですからね」


珍しく疲れたようにそう付け加えたヒルドに、ディノが思わぬことを告げた。


「あの魔術師の扱う魔術の系譜は、グレアムのものだからね。あくまでも扱う魔術の上ではあるけれど、系譜の王にあたるので、何かの策を講じることもままならないからだろう」

「……………まぁ。そのようなご事情だったのですねぇ」

「リアッカ王子の魔術資質は、犠牲の魔物の領域のものなのか……………」


頷いたディノによると、人間の魔術師には、様々な系譜の魔術を術式ごとに会得し扱う者と、特定の領域でのみ天才的な技量を誇るが、それ以外の領域ではあまり汎用性を持たない魔術師がいる。

この場合、エーダリアは前者で、リアッカ王子は後者なのだそうだ。


「ふむふむ。エーダリア様の場合は、得意とされる魔術の系譜があるとしても、特定の系譜という感じではありませんものね」

「だからこそ、私はガレンエンガディンになれたのだ。特定資質を極めた魔術師にも優秀な者達が多いのだが、魔術師達を統括する為には不利とされ、ガレンの長になることは出来なくなる」

「言われてみれば、確かにそうかもしれません。営利目的ではない人間の組織で上に立たれるのであれば、様々な状況や事例に対応出来る方の方が有難いような気がします」

「リーエンベルクでは、ゼベルが特定資質のみを修めた魔術師になる。グラストもそちらに近いが、雪や氷の魔術なども扱えるからな」


ネアの知る魔術師の中では、ウェルバやルドヴィークも系譜を特定しない魔術を扱う者なのだそうだ。

アレクシスなどは特定型に見えるが、実際には複数資質を扱う魔術師である。

食材の多さを思えば不思議ではないので、ネアはその説明でもこくりと頷いた。


「ハツ爺さんは特定資質だな。茨の魔術師達は、各自系譜を違えるが一資質を極めるとされている」

「あの魔術師は、終焉の系譜の者だね」

「ほわ、…………ネイアさんもなのです?」

「あの人間は、特定の扱いではないかな………」

「むぅ。絶対にウィリアムさんの系譜だと思ったのに、違いました……………」


ご主人様がまたしてもその人間の話題を持ち出したので、少し荒ぶった魔物はネアに三つ編みを持たせてくる。

そして、まだ顔色は良くならないが、いよいよエーダリアは、騎士棟の隔離室に待たされているリアッカと話をしてくるようだ。


「大丈夫でしょうか。私も同席して、またあやつが怪しい動きをしたら叩きます?」

「ノアベルトが同席するから大丈夫だろう。グレアムは、あの人間が王都に移送されてから、アルテアを介して引き取りに来るそうだ」

「とても心を損ないそうな受け渡しなので、相応しい酬いだと思うばかりです」

「ご主人様……………」

「今日は、エーダリア様の誕生日なのですよ!本来なら今頃は、面倒な対談を終えて寛いでいる筈の時間なのに、なぜ夕刻まであのうっかり者の面倒を見ねばならないのですか!」

「ギモーブを食べるかい?」

「むぐ!」


怒り狂うネアを見て少し目を瞠っていたが、ややあってエーダリアが小さく微笑む。

その様子を見たヒルドも微笑みを深め、そっとエーダリアの背中に手を当てた。


「さて、参りましょうか。……………恐らく、既にヴェンツェル様に何某かの打診や告白があったか、或いはこちらが合流した段階で、次の情報の開示があるでしょう」

「ああ。話を聞いている限り、何かまだ明かしていない事情があるようだ。そうなるだろうな」

「……………むむ」

「お前が、違和感が残ったと話していただろう。恐らく、今回の一件にはまだ何か裏があるのだと思う。お前の勘が当たるというのもあるが、…………あの王子は、自身の管理で魔術事故を起こすような人物ではない。当人の意図せぬところであれば、…………リアッカ王子は罠にかけられた可能性もあるな」

「だとすれば、いっそうに面倒なお客なので尚更ぽいしたいのです…………」


暗い目になったネアに、ディノがすかさず二個目のギモーブを与えてくれる。

美味しい季節の果実味を楽しみながら、ネアは、この事故が事件絡みではないことを祈るばかりであった。



(でもそうか。………十七王子がこちらに仕掛けるだけの懸念を抱いたのであれば、意思統一などないあの国の他の王子も策を講じて第七王子とヴェルクレアの間に亀裂を入れようとしても、不思議はないのだ)



今回はたまたまウィームにいたというだけで、本来であれば、ヴェンツェル宛ての手紙を介しての転移事故なら、リアッカが落とされたのは、人目の多い王都であるべきだった。


リーエンベルクの正門前でも、落ちてくる瞬間に立ち会ったのが魔術異変を目敏く見つけた見聞の魔物でもない限り、完全な隠ぺいは難しい。

巡り合わせが悪ければ、箝口令を敷く事も出来ない他国の商人や観光客などの目に晒されていただろう。



(事を表沙汰にしたくない、ヴェンツェル様と、リアッカ王子の側。そのどちらもが標的にされた可能性もあるのだ……………)



「とは言え、リアッカ王子本人に仕掛けられるとすれば、第一王子か第二王子あたりでしょう。ニケ王子との関係悪化がないかどうかは、すぐにヴェンツェル様が確認を取られたようです」

「そのような事はなかったのだな?」

「ええ。ニケ王子も驚かれていたようですよ。国内で騒ぎにならないよう、そちらでも調整を図って下さるそうです。とは言え、今回の事件は、ニケ王子の側には有利な交渉材料になり得ますから、ウィームへの不可侵という誓約がなければ、あの方の計画かもしれないというものでしたが」

「ディノ、それはなかったのですか?」

「うん。そちらの誓約に動きはないようだ。意図的なものであれば、私にはわかるからね」

「むむぅ。あの国の席次の高い王子様には、あまり関わりたくありませんね……………」

「アルテアとグレアムも、ウィームには目が向かないように調整する筈だよ」


その調整がどのようなものかは分からないが、高位の魔物の中でも器用だと言われる選択の魔物と犠牲の魔物であれば、安心して任せておけるだろう。


ネアは、夜の部へと変更された家族の誕生日のお祝いが無事に開催されることを祈りつつエーダリア達を見送ると、ディノと一緒に部屋に向かった。



(今日は、風が強いのだわ………)



ふと、窓の外を見てそんな事を思う。


庭木がざわざわと風に揺れていて、この廊下からはリーエンベルク前広場の周囲に広がる小さな緑地が見えた。


リーエンベルクの背後に広がる禁足地の森とは違い、そちらの森は人間も手入れをする森だ。

人ならざる者達が姿を見せることも少なくないが、秋にキノコを採りに行ったり、木の実の採取に入る事もある。


そんな森の木々が風に揺れると、葉裏の色が風に大きく揺れるたびに見えて森の色が変化する。

目には見えない風の足跡のようで思わず目を奪われてしまい、そこから視線を戻そうとした時のことだった。




“ネア?!”



記憶の中の声の反芻なのか、それとも実際に誰かがその名前を呼んだのかの判別がつけ難いくらいの揺らぎで、エーダリアの声が聞こえたような気がした。

驚いて目を瞬くと、森の景色を映している窓硝子の表面に、薄っすらと別の景色が重なっているような気がする。


「………ディノ、窓にここには居ない筈のエーダリア様が映っています」



ネアは咄嗟に、起こっている事をすぐさま言葉にした。


隣を歩いている魔物がはっとしたように息を呑み、振り返ったのが分かる。

ネアが窓から視線を逸らさずにいたのは、このような場面ではほんの一瞬目を離しただけでその姿を見失ってしまう事があったり、それが最後の手がかりになることがあると、散々物語で読み知ってきたからだ。



しかし、その選択は正しかったのだろうか。

目が合って驚愕の眼差しになったエーダリアから視線を逸らし、ディノの手を掴むと言う方法もあったのだ。




(…………っ?!)




どこかで、わあっと喝采が聞こえ、ネアはぞっとした。


眩暈のように暗転する視界に、転移を踏む時のような不思議な暗さ。

その薄闇の向こうには壮麗な歌劇場の舞台があり、誰もいない舞台に落ちるスポットライトにははらはらと舞い落ちる白い花びらが見えた。


その中を落ちてゆくような奇妙な酩酊感と、体の周囲の空気がぞわりと動くような言葉にならない悍ましさに息を詰めていると、暗闇の中から誰かが手を伸ばすのが見えた。

そしてその手は、ネアの手首をがしりと掴むと、そのまま力強く引き寄せる。



「………っ、足場を補填しろ!くそ、謁見の災いか!!」



そう叫んだ声はどこかで聞き覚えがあったが、いきなり誰かに抱き締められてもみくちゃになっているネアは、ふわっと香る甘いような清しいような不思議な香りに包まれるばかりだ。




「………リーエンベルクの内側には固定されている筈だ。………兄上、ご無事ですか?!」

「……………問題ない。っ、入れ替えの守護は、一度使うと術式の蓄えまでに半月はかかる。それが裏目に出たようだな……………」

「というより、それも想定の上だろうなぁ。………お嬢さんは無事か?」

「…………ふぁぐ?!」



あまりにも突然のことに目を瞬き、ネアは、自分を持ち上げているのが、いつもの伴侶の魔物ではない事に気付いた。


それどころか、しっかり抱き上げられて向かい合うにはあまりにも近い距離に、ほぼ他人の顔がある。

ネアが自分をしっかり認識したようだぞと判断すると、こちらを見たリアッカ王子がどこか疲れたように微笑んだ。



「成る程。こちらに巻き込まれたとなると、お嬢さんも王族の質か。……………やれやれだ。罠の底へようこそ」

「罠の、底……………」

「標的は、俺とヴェンツェル王子だろう。お嬢さんと、エーダリア殿は完全なとばっちりだな」

「…………な、何が、……………と言うか、ここはどこなのだ」



ネアは慌てて周囲を見回し、リアッカ王子の隣に、エーダリアが立っている事に気付いてまずは胸を撫で下ろした。


その隣にはヴェンツェルがいて、皆が立っているのは見上げる程に広大な暗い書庫のようなところである。


明かりはないが夜の光のような不思議な光が満ちていて、ずっと閉め切りになっていた石造りの部屋を開けたばかりのような独特の匂いがした。

埃やカビなどの匂いではないが、古い書物の匂いと香草を煎じたとうな独特の古い魔術の匂いだ。



「ここは…………」

「リアッカ王子、彼女は私が引き取ろう」

「あー、やめておけ。この可動域で自分で歩かせたくないが、エーダリア殿の細腕だとお嬢さんを長時間抱き上げてはいられないだろう」

「細………、だが、………っ?!ネア、ネア駄目だ!!捕縛されている訳ではないので、リアッカ王子を攻撃しては駄目なのだからな?!」

「む?…………しかし、許可なく女性を持ち上げるのは、マナー違反でもありますよ」



周辺の様子を確認したネアは、自分を持ち上げているリアッカ王子の手をぐぎぎっと引き剥がそうとしたが、なぜか手を放す素振りがないと気付くと、おもむろに拳を振り上げてみたところだった。


しかし、真っ青になったエーダリアに制止されてしまい、体に回された手を引き剥がそうとしてもぴくりとも動かさないこちらのお客が悪いのだと、首を傾げる。



「お前が何かをして、死んでしまったらどうするのだ。……………リアッカ王子、彼女は可動域は低いですが、抵抗値は我々を遥かに凌ぐものです。加えて、このような展開に関しては最も経験豊かな者でもある」

「可動域は、………十五前後か。そこから逆算しても、抵抗値はどんなに高くても二百前後だろう。これでも俺も前線に出る事もある。あんた等に比べたらじじいだが、半刻くらいであれば抱いていられるが」

「いえ、彼女の抵抗値は観測機の上限以上ですので、少なくとも千五百以上はある筈です。あわいや影絵などを単身で渡ってきた経験もあるので、お気遣いいただかずとも問題ありません」

「……………千五百以上?」

「むぐ!すぐさま解放して下さい!!現状を把握するのに、よく知らない方に持ち上げられている程落ち着かない事はありませんし、もしエーダリア様が危ない目に遭っても守れないではないですか!」

「いや、お嬢さんの可動域で警護は無理だからな?」



とは言え、エーダリアの言葉を信じてみる事にしたのか、リアッカ王子はそろりとネアを床に下ろしてくれた。


慎重に爪先を床につけさせる、初めての一人歩き方式であったのでちびころ扱いをされたネアは怒り狂ったが、自分の足で立った瞬間に淡い金色の魔術の光が波紋のように広がったのを見て、ここが、普通の場所ではない事を知る。


どうやら保護してくれた様子だったのでとネアが解放された段階で丁寧にお礼を言うと、おやっと目を瞠ったリアッカはふわりと微笑んだ。




「ネア、………すまない。お前を巻き込んでしまった」


すぐさまエーダリアが手を取ってくれたので、ほっとして見上げると、鳶色の瞳には僅かな焦燥感がある。

エーダリアとて高位の魔術師なのだと思えば、この状況は決して楽観出来るものではないのだろう。



「ここはどこなのでしょう。そして、何があったのですか?」

「どこかで、私やリアッカ王子が気付かず排除し続け、展開されていなかった呪いがあったらしい」


そう教えてくれたヴェンツェルに、ネアはもう一度首を傾げる。

手を繋いだままのエーダリアを見上げると、ネアの大事な家族はとても暗い目をしていた。


「……………私が、今日は誕生日だっただろう」

「ええ。それが、何か作用してしまったのですか?」

「ああ。祝福などの形式で付与された呪いだったようで、私があの部屋に入ったことで兄上とリアッカ王子の守護が排除していた呪いを活性化させてしまったらしい。すぐにノアベルトが気付いて手を打ったので敷地内からは連れ出されていないが、リーエンベルクの隔離空間の中に術式の排他領域が展開されている事になる」


それを聞いて、ネアは少しだけ安堵した。

その場にいたノアが手をかけたのなら、思っていたよりも悪い状況ではないのだろう。


「まぁ。………確か、お誕生日だと、お祝い事の形式を取っているものは受け取り拒否をし難いのでしたよね。………でも、リーエンベルクの中にいるのであれば、外側にはディノやノア達がいるのでその点では安心です」

「ああ。外側からの術式解除迄の間を、こちらが凌げばどうにかなるのだろう。ヒルドやドリーもいる。…………お前が巻き込まれたのは、この呪いが王族、もしくは魔術的にその認識をされる者を一度に呑み込む指定をされていたからだと推測される」



それが謁見の災いとやらだろうかと振り返ったネアは、背後に立っているリアッカ王子を見た。

目が合うと困ったような疲れたような独特の表情で苦笑し、リアッカ王子が頷く。


先程は座っているのでよく見えなかったが、砂漠の民らしい装いのエッセンスのある、漆黒の神官服や軍服のような独特の装いだ。

腰には幅広の布を巻き付け、大きく広がる袖口からぴったりとした細身のシャツを出すような独特の仕立てである。



「謁見の災いというものでな。王族同士の顔合わせの際に、その場にいる全員を災いの中に落とし込むカルウィ独自の術式だな。仕掛けたのはまずこちらの国の誰かなのは間違いないし、条件を揃えた場合にのみ展開される後発型の呪いにしておいたのだろう。………まぁ、漂流物の残滓の気配といい、十七の置き土産だな」

「……………まさか、あの事件の裾野なのか?」


驚いた様子のヴェンツェルに、リアッカが神妙な面持ちで頷く。


「だろうな。俺だけならまだしも、ヴェンツェル王子に魔術付与する機会はそうそうない。それに、この術式が展開される際に、僅かだが漂流物独特の魔術の香りがした。となると、関連するものに仕込まれていたものだろう」

「……………その方は、まだご存命なのでしょうか」

「俺が、親族から友人知人の類、念の為に州都の王宮を有する都の住民の一人残らずまで粛清済みだ。だからこそ、正真正銘の置き土産なんだが」


やれやれという具合にそんな壮絶な報復を明かしたリアッカ王子に、ネアは、アルテアの評価はこういう部分を指していたのだなと得心した。

どこか苦労人のような口調で煙にまかれるようになるものの、相当に苛烈な一面もあるようだ。



「ふむ。では死者の国にいるようであれば、そちらから報復の策を練りますね」

「……………カルウィの女なら兎も角、なかなか執念深いな。…………だが、今回の一件は、こちらに責任がある。仕掛けたのは十七とは言え、まさか、エーダリア殿の誕生日とは知らなかった。祝いの日に、申し訳ないことをしたな」

「……………いえ。私の方で、その危険性を認識しておくべきでした。謁見の災いというものについて、教えていただいても?」

「おお、そうか。…………カルウィの禁術だからな。ああ、そう警戒せずとも、この術式はな、身内食いと呼ばれる辻毒型の呪いで、カルウィ王族を標的にしない限りは発動しない。いつもなら、この術式相殺の魔術を常時展開しているんだが、今回は捕縛後に魔術拘束されていたからなぁ」



(ああ、だからなのか)



謁見の災いは、標的が一人では展開しないものなのだそうだ。

複数人の標的が揃った段階で、術式が結ばれて展開する。


だからこそ発動条件としては、ヴェンツェルとリアッカが指定されていたようだし、その二人が守護で弾いていたものを、あの場の魔術拘束でリアッカの魔術展開に制限がかかり、尚且つ、術式を受け取り易いエーダリアが入室してしまった事で呪いが芽吹いた。


まさかの偶然が揃ったという事ではなく、この偶然がいつか揃う事を想定し、時間をかけても兄王子とヴェルクレアの第一王子を陥れようとしていた思惑があったのだ。


その陰謀や事件があったことを表沙汰にしたくないリアッカ王子やヴェルクレアとは違い、今回の一件を仕組んだ者達は、この事件を表沙汰にする事こそを望んでいる。



(もし、先に起きた事件であのまま第七王子に容疑がかかれば、どこかで、ヴェンツェル様と拘束されたリアッカ王子がこうして顔を合わせる事もあったかもしれない。………そして、そのような場を設定するのであれば、まず間違いなくヴェルクレア国内に設けられた筈なのだ。そんな場所で続く事件で大きな被害が出れば、リアッカ王子やヴェルクレアの力を削げる上に、高みの見物をしていた犯人は、補償や謝罪の体裁で公式な接触の場を設ける事も出来ただろう)



最初から、リアッカ王子とヴェンツェル王子の接触が引き金だったと言われていた事件だ。

そしてそこには、あの漂流物の欠片の仕込みなどよりも、更に直接的な罠も仕掛けられていたらしい。

何しろ相手は、簡単に解決してしまったのでうっかり失念しがちだが、仮にも漂流物を呪物として仕込めるだけの技量は有していた人物なのである。



謁見の災いは、名のある災いを練り上げて小さな祝福の術式に押し込めたものなのだそうだ。


書面や手紙、書物などに落とし込みやすい形状で開発されたのは、前述の通り、王族などを狙う広域型の暗殺の手段としてその場に持ち込みやすくする為である。

元は高位の魔物の手による術式で、カルウィ王家の者のみが扱える禁術であるらしい。



落とし込まれる災いがどのような場所なのかは材料次第だが、リアッカ王子の見立てだと、この書庫の風景はカルウィの災い記録には記述がないものなので、現段階で特性を紐解くのは難しいようだ。

更には、エーダリアも、書架に収まっている本の文字がロクマリアのものである事から、材料とされた災いはそちらの文化圏のものだろうと教えてくれた。



「という事はやはり、リアッカ王子がこちらにいらっしゃったのも、事故ではなく事件だったのですね」

「ああ。お嬢さんにも、誰かがその懸念を伝えていたか。……………それなら、ここでのエーダリア殿とのやり取りを見ても、あの場で出し渋る必要はなかったってことだな」

「むむ…………?」

「リアッカ王子は、そなたとエーダリアの関係性を案じたようだな。同じ組織に属していても一枚岩ではない事というのは少なくはない。ましてや、このような場ではそうだろう」

「ああ。ヴェルクレアの歌乞いは、ガーウィン領が有する教会組織の管轄でもあると聞いていたんで、お嬢さんの耳を警戒しちまった。下手にあの場で話すと、関係を崩したくないウィームの立場を悪くしかねないと思ったんだが、最初の話し合いの席でこちらの手札を明かしておくべきだった」

「……………という事は、貴殿がウィームに飛ばされたのも、やはり事件だったのだな」



ふうっと額に手を当てて溜め息を吐いたヴェンツェルに、リアッカ王子は肩を竦めてみせた。



「犠牲の魔物云々は作り話だ。実際にそういうものは作っておいたけれどな。………今回、俺をウィームに引き摺り落としたのは、親愛なる兄上からの書簡だ。恐らく、前の事件も含め、十七が俺を落としにかかったのは兄上の意向だろう」

「となると、第二王子派の陰謀という事になるのだろうか…………。そちらの介入もあるとすれば、厄介な事になりそうだな」

「いや。兄上は、今回の一件への関わりを表には出さんだろう。父上は、俺の協力を得て次期国王の座を得よと兄上に仰っているらしい。直接手を出した、或いは他の王子達の俺への介入を阻止出来なかったとなれば、俺を庇護するように命じられている兄上の瑕疵となる。まぁ、そのせいで兄上との関係が拗れるんだがなぁ……………」


そんな内情を明かしたリアッカに、顔を顰めたのはヴェンツェルだ。


「あの第二王子に、そんな事を強いているのか。……あれは、お前の事が憎くて仕方ないという様子ではないか」

「ヴェンツェル王子ですらそう思うくらいだろう?だがな、困った事に父上はなかなかの策士でな。俺達を削り合わせておくことで自分の代を安定させ、尚且つ、その先を見据え、こちらは勝手に自滅するだろうという予測で第一王子派の介入を防ぐという思惑もある。まぁ、有体に言えば、兄上が荒れると分かっていてしれっと火に油を注ぐお方だ」

「……大迷惑なので、兄弟喧嘩などは他所でやっていただきたい」

「ネア!」

「はは、そりゃそう思うだろう。巻き込んですまなかったな」



なぜかくすりと笑ったリアッカに頭を撫でられ、ネアはすぐさま威嚇した。

だが、リアッカは、唸り声を上げてその手を払い落したネアにもご機嫌の様子である。

その様子を見て考え込む様子で顎先に手を当てたヴェンツェルが、なぜか、こちらの間に割って入った。



「ん?…………俺がこちらにいた方が、一番無力なお嬢さんを守りやすいぞ?」

「彼女の心配はせずともいいと、弟が言っただろう。言っておくが、契約の魔物を伴侶にしている。間違っても手を出すような真似をするなよ」

「……………いや、さすがにそんな意図はないぞ。出会ったばかりのお嬢さんだろうが。しかも年の差を考えろ。ほぼ犯罪じゃないか…………」

「えいっ!!」

「ネア?!……………っ、何を狩っているのだ?!」

「黒いにょろりがいました。む、ばらばらになりました……」

「……………念の為に聞くが、あの可動域で術式内に仕込まれた竜を殺せるのは、やっぱり抵抗値のせいなのか?」

「……………私に聞いても分からないぞ。あの少女は、昔からあんな感じだ。先程も話していただろう。ドリーを狩ってきたこともある」

「ほお。………ヴェルクレアの秘宝とも言われる、火竜を……」



何やら、ヴェンツェルとリアッカがぼそぼそと声を潜めて話をしているようだ。

ネアは、こちらの二人の関係も思ったより悪くはないのかなと考えると、エーダリアに飛び掛かろうとした黒い蛇のような物を再び鷲掴みにして絶命させ、そんなリアッカ王子に渡してみた。



「……………んん?!」

「こやつを滅ぼしたので、差し上げますね。きっと、魔術師さんは、こういうものからも何かが解析出来たりする筈なのです。ただ、危ないものだといけないので、エーダリア様ではなくリアッカ王子に差し上げますね!」

「……………ああ。有難うな。…………咎竜の幼体、……………だな」

「ネア!素手で掴んではならないと言っただろう。すぐに魔術洗浄するぞ!」

「むぅ。黒にょろが他にもいるようなので、救援が来るまでは、エーダリア様は私の側を離れないようにしていて下さいね」



ネアは、なぜかけばけば銀狐を思わせる眼差しでこちらを見ているリアッカが気になったが、どことも知れぬ謎空間でエーダリアとヴェンツェルを守ることを最優先とし、鋭い目で周囲を見回した。


落とされた場所から動かずに話をしていたのだが、魔術探索をかけたエーダリアが移動しても問題がないと判断したので、まずは、この空間内を少し移動してみる事にする。


途中、視線で促すようにしてヴェンツェルが羽織ったケープをばさりと広げてくれたので、ネアは乱れた髪を直したいという理由で有難くその中に隠れ、カードからディノに現状の報告をさせて貰った。


とは言え、その後にディノの伝言を携えて出て来るので、リアッカも魔術通信などをかけていたことは承知の上だろう。

ただ、どのような手段でやり取りをしているかの手元を隠せればいいのだ。



「何だか、不思議ですね」

「ネア?………何か気になることがあるのか?」

「こうして人間だけでどこかに迷い込むことは滅多にないので、少し感慨深い思いです」

「そ、そうなのだな………」

「ディノ曰く、展開された術式をリーエンベルクの排他空間が鳥籠のように覆って捕縛してくれているような状態なのだとか。元々あった仕掛けをすぐにノアが動かしてくれたようなので、この中に固定している内に外側の壁を崩してくれるようです。……………ただ、我々がいるのはどうしても、謁見の災いとやらの中ですので、先程の黒にょろのような罠はあるかしれません」

「時間はどの程度かかる?」



ヴェンツェルの問いかけに、ネアは、半刻程だと答えておいた。

実際には半刻はかからないという返答であったが、少なめに見積もると緊張の糸が切れやすくなるので、そのような言い方にした。



今回の呪いは、乱暴に壊すと内側の障りがリーエンベルクの敷地内に広がってしまうので、繊細に切り拓き出口を作る必要があるらしい。


より簡単に解術したいのであればリーエンベルクの隔離から出せばいいのだが、そうすると、術式ごと獲物を持ち帰るようにされていた場合に、最悪、ネア達はカルウィへ移動させられてしまう恐れがある。


なので、どうしても一刻近くの時間がかかってしまう。




(……………一刻)



その時間を思い、ネアはきりりと頷いた。


絶対に夜にはエーダリアの誕生日会をするので、どうしてもその時間内には、この騒ぎを終わらせねばならなかった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ