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金木犀と砂嵐




こうっと風がうねりを上げて吹き荒れ、砂嵐が通り過ぎてゆく。


その音を聞きながらふうっと息を吐き、グラスに入れて久しい蒸留酒を一口飲んだ。

喉をからりと冷やす酒の香りに目を細め、空間を遮蔽していてもなぜか鼻孔に届く砂の匂いを思う。


カルウィの北西部にある小さな町は、リアッカの隠れ家であった。

寂れた古い交易拠点の町は、とは言え今でもかつての流通経路の基礎が残っており、必要な物資くらいは手早く揃えられる。

また、ある程度の仕入れであればアクス商会も使えるので、不便に感じた事は一度もない。


町の周囲は砂漠や荒野に囲まれているが、そのお陰で他の王子達の介入が少ないという利点があり、工房を構えやすい土地である事も重宝していた。


窓の外には、砂嵐の訪れに揺れる鮮やかな赤い薔薇が見えた。

この町では夏の終わりから冬の中盤にかけて赤い薔薇がそこかしこに咲くのだが、これは一般的なものである愛情を司る赤い薔薇ではない。

土地に蓄えられた古い魔術が凝り咲く、血と怨嗟を宿した毒の薔薇であった。



「それなのにあなたは、金木犀だと呼ばれておられる」



そんな薔薇の話をしていたからだろうか。

この男にしては珍しく、少しだけ揶揄うように言われて振り返った。



「仕方ないだろ。俺も、何でそんな呼び名がつけられたのか分からないんだよ。そもそも、この年の男を捕まえて金木犀の王子なんざ、詩的過ぎるだろ、あちこちで笑われて迷惑しているんだからな」



副官の静かな声にそう重ねると、こちらを見たチェスラフは肩を竦めてみせた。

チェスラフは短い砂色の髪に緑の瞳をしており、カルウィ南部の民の装いとして、前髪を残してターバンを巻いている。


王都近くの豊かな州都である南部の出身らしい冷静で冷淡な気性だが、リアッカは、この乳兄弟の忠誠を疑った事だけはない。

王族の副官という立場でリアッカと同じように王位への執着もない珍しい男で、そのような意味では同志でもあった。



「あなたの魔術のせいでしょうよ。金色の砂を降らせるので、金木犀の魔術師なでは?」

「…………砂じゃなくて、星水晶の結晶砂塵だ。俺の魔術媒介には一番使い勝手がいい」

「先日の戦域離脱の際のことを面白おかしく語る連中がいるようで、南域には花を降らせる美しい魔術師がいると、王都の騎士達の間では話題だそうですよ。………尤も、あなたの治める州都では、あの花に触れると死ぬ事ぐらいは皆が理解しておりますが」

「そりゃそうだろう。身を守るために降らせてるんだ。この年の男が用もなく花びらめいたもんを降らせていたら、変態だぞ」

「それもまた、継承位争いではいい演出になるかもしれませんがね。それと、女性は詩的なものを好みますから、お妃探しには有効かもしれません」



またしてもその一言でちくりとやられ、リアッカはげんなりした。


都度、こんなにも面倒であるという意思表示をしているのに、どうやらこの副官はまだ上官に伴侶を持たせることを諦めていないらしい。



「俺は、こちらの岸辺のものを花嫁に向かえるつもりはないぞ」

「それはそれは、ニケ王子のようなことを仰られますね」

「……あの悪食の怪物と一緒にするな。俺の場合は、単に個人的な気質との折り合いだからな」

「ニケ王子より始末が悪いですよ。あなたの方が年上なのですから」

「その言い方をやめろ…………。地味に心を抉る」

「では、表現を変えましょうか。ニケ王子よりも十も歳が上なのですから、叶いもしない理想など捨ててしまいなさい」

「………言っておくが、中身はあっちの方が上だろう。あいつは欠け残りだろう」

「今生での年齢を申しております。その理想をどうにかしませんと、その内、どなたも相手がいなくなりますよ」



とは言え、今度の言葉はいささか弱かった。


どういう訳かリアッカは、かなりやる気がない方の王子であるにもかかわらず、女達によく持て囃された。


面立ちは美貌を誇った母に似て美麗であるが、チェスラフに言わせるといつもぐったりしていてやる気がなく、更にはかなり疲れて見えるらしい。

しかし、女達に言わせると王族なのにあるその隙こそが親しみ易くていいようで、なぜか、他の王子達より集まる女が多いのだから不思議ではないか。


当人にもよく分からないが、ひとときの関係だと理解していても女達は薄情ではなく、別れた後も何かと気にかけてくれる情深い者達が多い。

おまけに、女達で団結してまるで身内のように世話を焼かれるので、そちらについてはやや途方に暮れている。



「………色々と思うところもあるが、幸い、夜会や宴に同伴する女には困っていないからな。あのニケにすら、どうすればそんな風に穏やかな気質の女ばかり集まるのかと聞かれたくらいだ」

「まぁ、あの方はまた執着の重そうな女性にばかり好まれますからね。当人は意識されずとも、持たれている秘密の影に、その手の女性が集まるような気もしますが」

「王には向いているが、女運は皆無だな。王座に関しては、あいつが王なら好ましいと思っているんだが、そちらも上がしつこいときている」


ここはリアッカの工房だからそう言ったのだが、案の定、チェスラフは顔を顰める。


「…………工房の外では、決してそのようなことを口にされませんよう」

「言われなくてもそうするさ。………上位の連中は小さな言葉一つにも敏感だ。かりかりせずに、いい音楽でも聴いて、美味い酒を飲んでゆっくり眠っておけと言いたくなる」

「あの方々があなたの言動を注視するのは、表立って明かされている魔術の階位で、あなたがこの国一番の魔術師だからでしょう。あなたが王位を望んでいないことも、今では多くの王族が理解しています」

「公式には、第一と第二の方が優れていることになっていたのに、あの夜会で陛下が口を滑らせたからだろ。何でそんな事になったんだかなぁ……。そもそも、実際にはニケが頭一つ飛び出ている。ずるいだろ」」

「陛下がそれを公表されたのは、あなたが良き臣下だと皆も理解したと思われたからでしょう。中立の立場の者がより大きな力を持っているということは、議論の場での公平性に繋がります」



だからかもしれないが、それが全てでもあるまい。

でなければ、先日の十七のような愚かな真似をする血族が出る筈もないのだから。



(王族の……それも十番代の連中にも、まだ俺の足を引っ張らなけりゃならんと考えている者がいるってことだろう。今はまだいいが、時期国王に向けての争いが激化するまでには、その手合いもどうにかしておかないといけないな)



端的に言って、たいそう煩わしい。


ありもしない野心を疑われ、場合によっては命や仲間を狙われる。

その度に工房での作業やそもそもそれを圧迫している治める州都の執務が滞るので、今のところ対処に手間取りはしていないとは言え、とても迷惑していた。



(兄上がこちらに残っていればいざ知らず、父上が王になった後にあの方が王都に定住されている以上は、州都の執務は俺がやるしかないときている)



「今回の一件は、これまでにない負担だ。俺は、犠牲の魔物とは関わらないようにしていたんだがなぁ」

「十七の名に連なる者達は全員処刑済です。今後は気を付ければ宜しいかと」

「そうもいかないだろう。相手は、あの老獪で残忍な魔物だぞ。………犠牲の魔物は、宰相位、或いは王の魔術師と呼ばれる階位の魔物だと聞いている。であれば、あちらさんの思惑があれば、接点を作られた俺は今後も気軽に呼びつけられる可能性が高い」

「………となりますと、そこまでを、数字持ちの連中が仕組んだとお思いですか?」

「かもしれない。………十七は、兄上と懇意にしていたからな」

「おや。あの方は、またしてもあなたの衣を汚しておこうとなされたのですか」



少し意外そうに呟いたチェスラフに、どうだろうなと素っ気ない返事を返す。



リアッカの兄は、現在の第二王子だ。

と言うか全ての王子達が兄弟ではなくとも血族には血族なのだが、その中でも両親を同じくするのは第二王子だけである。



獲物を喰らう咎竜のような面倒な気質のあの兄が、自分に与しない弟を犠牲の魔物の奴隷に差し出そうと決めたとしても、リアッカは少しも驚かないだろう。

仲の良し悪しで言えば他の王子との方が余程上手くいっているし、兄とは今後とも関係の修復が見込めるとは思えない。



チェスラフは、自分より資質の上回る弟を長年見てきたせいで捻くれたのだと言うが、リアッカとしては、そんなことで捻くれられてもそろそろ大人になっくれと思うばかりだ。

兄弟の情が育っていない以上、もはや興味のない相手である。


なぜ、王位にも本人にも興味がないのに、しつこく付け狙われるのか。



(ここ最近は上手く逃げていたつもりなんだがな。犠牲の魔物の階位ともなれば、手持ちの術具で身代わりとさせることも出来ない。……………何しろあの魔物は、対価さえあれば自分で自分の願いも叶える、無尽蔵な魔物だ。………仮面の魔物や終焉の魔物よりも悪辣と言っていい)



今回の騒動は、さすがに堪えた。

リアッカは小さく溜め息を吐き、手元の術式を小さな鉱石の中に分散させる。



「…………やれやれだ。兄上には、もう少し大人しくしていて貰うより他にない。犠牲の魔物との縁を作り付けられたんだからな。執務の邪魔をされたからには、これ以上あの方に関わっている暇はない」

「その術式は、どうなさるおつもりですか?」

「丁寧に包装して、兄上に差し上げるさ。きっと喜んで下さるだろう」


にやっと笑ってそう言えば、チェスラフがなぜか遠い目をする。


若干呆れているような気がしたが、その感情が向けられているのはリアッカではない。



「茶を淹れましょう。………誰よりも、私が飲みたいので」

「ああ。そこら辺に、昨日貰ったばかりのものも置いてあるぞ」

「………っ?!………高級品や、希少品ばかりではないですか。………いや、あなたが好まれている銘柄も新しい缶が増えていますね」

「どういう訳か、先週からみんなで交代に持って来るからな。ただ、今月は酒を控えさせるぞと息巻いているので、そちらはさっぱり貰えなくなった」

「……………やれやれ、あなたの歴代の恋人達は、過去の恋人の生活管理の為に、手間と費用を惜しみませんね」

「元恋人というよりは、そろそろ息子と同じ扱いなんじゃないかと思うやつもいるがな。…………好きなものがあれば、持って行っていいぞ。くれた奴に悪いから丸ごとはやれないが、小分けにして少しずつ持って帰ってはどうだ?確か、お前の妹達は、こういうのが好きだろう」


さすがにこんなに多くの茶葉使えないのでとそう言えば、チェスラフが、あなたと男女の関係が終わっても付き合いが長い女性達が多いのはそういうところでしょうねと呟く。


関連性が見えずに首を傾げつつ、副官が何種類かの茶葉を持って帰れるように工房に常備している小瓶を数個取り出した。



「……………それはどうされたのですか?」

「ああ。前に貰った茶葉をお前に持たせた際に、妹達が喜んだと話していただろう。また届くだろうなと思って、その時の為に用意しておいたものだ。前回は袋で持たせる羽目になったからな。さすがにあの持ち帰り方だと、せっかくの香りが飛ぶだろう」

「やはり、そういうところでしょうね。流石にこの量は多いと思いましたが、さては、彼女達に私の妹の話をしませんでしたか?」

「……そう言えばしたな。………ん?どうした?」

「いえ。…………兄君の事がある以上、あなたに味方が多いのはいい事ですけれどね。そのような意味で言えば、第二王子も懲りないと言いますか、……………よく、あなたを不愉快にすることを厭わずにおられるものだなと、最近では感心しております」

「あの方はあの方で、俺に懲らしめられることに慣れていらっしゃるからなぁ……」

「それは、学習能力が全くないということなのでは……………」



そう言われてしまえばその通りなのだ。


毎回、こちらに砂をかけた後に不利益を被るのは兄の方なのに、なぜか一定期間を置くとまた何かしたくなるらしい。


リアッカが、ニケのように敵対する者は同腹の兄弟でも容赦なく葬る事はしないからという見方もあるかもしれないが、あまりにも効率的ではない振る舞いが続くので、最近は頭を抱えていた。



(毎回、この程度で懲りるだろうという線引きを見付けるのは、結構大変なんだがな…………)



母とは仲良くしているので、そんな母からめでたくも国王候補である兄を取り上げるのはさすがに申し訳ない。

国王である父との関係も悪くはないし、その他の王族達との関係も、利害関係がない者達とは比較的良好である。



(こう、………もう少し上手く付き合ってくれないものか。実の兄弟なのになぁ………)



「既に、間引ける者達は間引いてしまいましたので、これ以上はあちらの陣営を削れないのでは?」

「いいか、俺は、これでも残酷な真似はしたくないんんだぞ。兄上への贈り物をするたびに、あの魔術師は心がないと噂されるのはうんざりなんだが」

「しかし、あちらが自身の愚かさを理解されない内は、致し方ありませんでしょう」

「だろう?…………今回は、申し訳ないが兄上の個人的な交友関係を少し減らすとしよう。なに、第二王子の陣営に集まる者達は多いから、多少の犠牲が出てもまた友達が出来るだろう」

「でしたら、一部は辻毒になされるのが宜しいかと」

「いや、新しい漂流物を見付けたばかりだ。そちらの贄にするさ。……………丁寧に練り上げないとこちらでの利用はやはり制限がある。兄上諸共食らわないよう調整をかけるのが面倒だが、折角の生き餌だ」



午前中までに持ち込まれた州内の案件は、全て処理済だった。


そうして毎回、苦心して研究の為の時間を捻り出しているというのに、あの兄はその時間を削る傾向にある。

となれば今度は、執務外の癒しがどれだけ必要なものなのかを理解させる方向でいこうと頷き、苦笑した。



残念ながらこれで懲りるという気もしないので、またどこかであの兄は問題を起こすだろう。

感情的な負荷はなくとも手間がかかるばかりなので、今後、排除せざるを得なくなるような事はしてくれるなと思うばかりであった。



「ところで、今回の関係者は、ヴェルクレアの第一王子だと聞いていますが」

「ああ。ヴェンツェル王子だな。…………第四王子の方が興味はあるが、あちらの国は第一で決まりだろう。親しくしてみたいのは現王と王族籍を捨てた第二王子の方だが、俺の資質だけでなく、この国自体が何かとウィームとは相性が悪いのが難点か」

「以前に、海で生まれた訳でもないのに、不思議な相性の悪さだと仰っておりましたね」

「ああ。カルウィは古い魔術の扱いが多いものの、海の領域程に旧世界の資質を色濃く残すという事もないんだが、やはりウィームの持つ魔術特性や資質とは相性が悪い。特に近年は、ヴェルクレア国王がウィームの再生と自立を進めたお陰で、国としての天秤があちらの国に偏り始めているというのも理由だろう」



一度だけ、リアッカは国王になってみようかと思った事がある。

そうすれば、あのヴェルクレア国王と対等な立場で話が出来るからだ。



カルウィだからこそ渡れるあわいや、境界の向こう側に出かけると、いつだってそこにはあの国王の証跡がある。


階位を示すような功績や術式を示さないので魔術師としての階位は不明のままであるが、来訪者に纏わる知識や経験の上で、あの王に勝る者はいないだろう。

そして、質のいい漂流物の採取に於いても、残念ながらカルウィは、ヴェルリアの近海には敵わない。



(カルウィ周辺の方が、本来は漂流物が多い筈なんだが、………あの海には古い門がある)



元は漂流物だったという噂さえあるヴェルリア王家の最後の王の活躍ぶりを見ていれば、その噂もあながち嘘ではないのかもしれないと納得してしまう程であった。


そして、より悍ましく恐ろしい漂流物との出会いは潤沢なカルウィでも、ごく稀にとは言え、正常な状態でのあちら側と繋がる事があるヴェルリアが得るだけのものを継続的に得るのは難しい。



有り体に言えば、あちらに現れるものは質がいいのだ。




(あの海であの土地だからこそ、あの王家なんだろう。そして、初代ヴェルクレア国王の失策を補うように、今の国王は、唯一の欠点であったウィームを漸く正しい形で手に入れようとしている)



そうして完成させつつある組織が、バーンディア国王が退いた後も継続するのかどうかは未知数だが、彼が溺愛しているという第一王子は、ヴェルリア王家直系の子供である。

いっそ、あの王家を狂わせたウィーム王家の子供に国を任せたらどうなるのかも見てみたいが、ウィームのものがその外に出てくることは滅多にないので、このままヴェンツェル王子が無理なく王位を継承するだろう。



(ウィーム王家は、そもそも外に出てこないしな………)



どういう訳かあの土地の王族達は、ウィームを離れると忽然と歴史上から姿を消してしまう傾向にあった。

世界中の魔術師の階位で軒並み上位を押さえておきながら、国を離れて何かを成すという話はあまり聞かないのも不思議なことである。


どこからとも知れぬものがやって来るのがヴェルリア王家なら、そこから出るといつの間にか消えてしまう者達が多いのがウィーム王家とも言えるだろう。


そんな、得体の知れない王家が二つ。

残りの二領は、その二つの王家を結ぶ為の円環でしかない。



(そのような意味では、カルウィは数を備えた上で贄を積み上げ、自身を練り上げられる王家だ。大陸の中で最も残忍で強欲な王家だと言われるが、あちらの国々に比べれば余程人間らしい)



とは言えそれが、この国で比較的うまくやっている自分だからこその意見だということも、リアッカは承知していた。


他国の人間からしてみれば、常に淘汰される懸念と隣り合わせで生きなければいけないこの国は、やはり生き難いところだろう。

王族から平民まである意味貴賤なく、一族郎党が処刑台に上がるという事が珍しくない国はそうそうあるまい。



「さて、…………こちらの術式も完成だな。スモンセの入植地については、面倒な連中は一掃する事にした。丁度、あちらの砂丘に住み着いた精霊の餌を探していたところだ。精霊を飼うのに都合のいい生餌になる」

「おや。精霊の方が有用だとご判断されましたか」

「そもそも、土地に見合った精霊だから住み着くんだぞ。であればそちらを残した方が、先々に土地の祝福を増す事になるだろう。砂漠で収益を上げる策を新規で上げるのは難しい事だからな。高位の人外者を受け入れ、何かと騒ぎを起こす移住者は切り捨てた方が、この州都への負担の軽減にもつながる」

「では、こちらでもそのように手配いたしましょう」



施術と調整の終わった術式を携帯用の魔術書にも書き写し、リアッカは、副官の淹れてくれた茶を飲んだ。

先程迄飲んでいた蒸留酒とは違い、甘く優しい香りがする。



窓の外の砂嵐は、どれだけの被害を出すだろう。


予め対策はしておいたが、それでも完全ではないのが自然災害の手痛いところだ。

この後は少し昼寝でもして、夕刻あたりに砂嵐の被害確認をしながら、精霊の餌の為に完成させた術式の展開としようではないか。



(死者の取り纏めや事後処理は、砂嵐の被害者と合わせて処理した方が楽だからな)



立ち上がると、砂嵐が陽光を遮り窓の外は夜のようになっていた。

窓硝子に映るのは、淡い水色の髪に金色の瞳の背の高いくたびれた男だ。


磨けば美しいのにと女達は言うが、何と言うか、これは、美貌と称するには水気が足りないと自分では思う。

そもそも、カルウィの王族達は積み上げ練り上げてきた血のお陰でそれなりに皆が美しいので、その中では飛び抜けてくたびれている自信がある。



(……こうして見てみると、俺も随分と歳を取ったな)



若さに特別な価値を見い出す訳ではないが、無理がきかなくなってきたのは事実である。

以前であれば二日三日寝なくても魔術の編纂が出来たが、今では、年を重ねてやりくりを覚えたからか、楽することを知った体が昼寝を望む事も多くなった。


己の歳を思えば、乳兄弟の言うようにそろそろ伴侶を得てもいいかなとも思うのだが、如何せん継続的な約束に魅力を感じないのだから仕方ない。


魔術師としての質に縛られ生活に重きを置かないリアッカが、それよりも何かを優先するとしたら、愛だの恋だのではなく、魔術的な特異さを持つものでなければ駄目だろう。



だからこそ、伴侶にするのであれば漂流物でもなければなと、ふざけ半分に公言しているのだ。




「まぁ。なるようになるさ」

「……………くれぐれも、執務ではそのやり方をなさらないように」

「はは、そちらに関しては俺は慎重な方だぞ」

「優秀な人材を揃え、ご自身が研究にかかりきりになられても、執務が回るようにする程度には」

「そうそう。資材採集で数日不在にしてもいいように、こうして普段の仕事は全てその日の内に片付けているだろう?なんて真面目なんだ」

「動機が動機ですけれどね。………では、私は関係部署の者達と話をしてきます」

「ああ。俺は暫く昼寝している。もし、ニケから連絡があったら起こしてくれ」

「承知いたしました」



ごうごうと吹き荒ぶ砂嵐の中、リアッカは仮眠用の寝台に横になった。


唐突に、何かしっかりと甘い物が食べたいと思ったが、自分で貰いに行かなくても、目を覚ます頃には誰かが持って来てくれるだろう。

何しろリアッカの周りには、面倒見のいい者が多いのだ。



さては人徳だなと考えて目を閉じると、リアッカは、夢も見ずにぐっすりと眠った。






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