海に近い国とミルクティー
「海から来たものは少なくないけれど、今回のものは難破船だとこの子が話していたらしい。であれば、そのようなものなのだろう」
「かもしれませんね。迷い子の目には違うものが映るのかもしれません。彼女が言うのであれば、そのようなものなのでしょう」
「では、なぜこの子を求めたのだろう?」
その問いかけになぜなのだろうと考えたのだが、少しも分からなかった。
同じ対岸の同胞だと考えて追いかけてきたのか、こちら側で彼女が得た守護を欲して手を伸ばしたのか。
自分のたった一人の歌乞いであれば分かったのかもしれないと考えたが、その答えはもはや得ようがない。
そう考えていた時のことだった。
「向こう側の船乗り達には、信仰心の厚い者達が多いそうですよ。海には海竜も海の精霊もおらず、魔術も魔術道具もない。そんな海を有する境界線の向こうがどこかにあり、身一つで海を越える者達が縋るのは、唯一の神と呼ばれるものへの信仰のみなのだとか」
飄々とした声音が割って入り、振り返ると、その男はいつものようにへらりと微笑んだ。
「だから、この子を望んだと?」
「分かりませんが、向こう側での信仰を匂わせる何かが彼女にはあったのかもしれませんね」
よくも言葉を挟めたものだなと思っていると、バーンディアはそこでくしゃりと座り込んでしまった。
「……………ふぁっ!!………こ、このやり取り、怖すぎないかい?!君が代弁してくれるべきだろう!」
「はは、御免だな」
「あああ、またそれだ!!僕の心は、それはもう繊細なものなのだからね!」
「知るか。対話を望んだのであれば、自分の意思で終えられると思うなよ」
「……………ああ、そういうものだろうね。この向こう側にいるのは、そういうものだ」
シルハーンはこの場にはおらず、影だけを繋いで会話をしている状態だ。
壮麗なヴェルリア国王の執務室の壁にひっそりと落ちる美しい影は、何かを思案するようであった。
腰かけているのは寝台に見えるので、であればそこにはネアが眠っているのだろう。
そして、その子供を、橋を落とした筈の漂流物の残滓が探して彷徨い、王がこちらに話しかけたのであった。
ざわざわと花瓶に生けてある花が揺れる。
見事な薔薇の花びらがはらはらと落ちてゆき、やがてすっかりと枯れてしまう。
どうやら今宵の万象は、災厄の側に近いものであるようだ。
「ふうん。信仰の系譜のものと言えば、やはりガーウィンに色濃く残る歌乞いの信仰のせいかな」
「それはどうでしょう。こちら側の信仰ではなく、あちら側の要素にたまたま符合する、ということではないかなとも思いますがね。信仰の拠り所が唯一とされるのであれば、海を彷徨う者達とて、違うものは望まない筈だ。何か、……………その唯一に近いものを見たのかもしれない」
「そちら側の可能性もあるだろうね。グラフィーツ、君はどう思う?」
「……………そうだとすれば、祝祭の愛し子というあたりが近いのかもしれません。確か、彼女の生まれ育った土地では、かの祝祭が信仰を司る者の為の祝祭であったのでは?」
「おや、その話もこの子から聞いたのかな?」
「ええ。あまりにも身に持つ音階がおかしいので、履修済の聖歌や唱歌に何か原因があるのかと、その辺りの話を聞いた事がありますので」
一瞬、彼女はその話をシルハーンに伝えていなかったのだろうかとひやりとしたが、幸い、そうではなかったようだ。
壁に映る影が小さく頷き、そちら側は屋内である筈なのにふわりと長い髪が揺れる。
「そこまでを知っているのであれば、問題ないだろう」
「……………俺が知っていても、問題ないことでしたか?」
「うん。君には、その辺りの事も把握しておいて貰いたいと考えている。この子を守護するべきだった祝祭は、君と同じ質を持つ者の庭で育まれ、終焉の名前を授けられ書き換えられたものだ。本来は、相応しい名前や役割があったに違いない。けれども、………名前を授けた者達が、身に持った祝福を殺す災いを背負わせてしまった」
「…………それこそが、必要なものだったのでは?」
じりりと音を立てたのは窓際に置かれた机の上の燭台で、この国の王はなぜか、魔術のかけらもないような普通の火を灯す蝋燭を好んで使っていた。
ずっと昔にそのような火を好んでいた兄弟子を思い出すのかもしれないが、それは多分、何かを殉じさせるだけの執着なのだ。
「そうだったのだろうし、それが災いであったからこそ、この子は生き延びたのだろう。信仰の庭は、こちらでもあちらでも殉教者を好むようだ。本来の祝祭の祝福を得ていても、それは死こそを相応しい忠誠と見做したかもしれない」
「かもしれませんね………」
「君が話していた黄色は、確か、向こうでは信仰を裏切った者の衣の色だったかな」
急に話題が変わり、グラフィーツは小さく頷いた。
ネア達が渡った橋の様子を聞いてふと、どこかに信仰の庭からの望ましくない介入を示すような啓示が現れていないだろうかと考えたのだが、幸いにもその色は現れなかったらしい。
こちら側から見れば白薔薇もたいそうなものだし、あの子供をこちらに繋ぐという意味では相応しい色である。
「警告色さえ現れなければ良いでしょう。薔薇が青だったとしても、恐らくその色であれば問題ない」
「君がそう考えたのは、この子が、海の底から流れ着いたものを見たからではないのかい?」
「ええ」
静かな問いかけに頷きかけ、漸くシルハーンの質問の意図に気付いた。
はっと息を呑み、慌てて言葉を続ける。
(そうだ。俺は………!)
ネアが、バルッサの漂流物が、難破船の欠片だと判断したと知り、グラフィーツは、彼女にそれが見えたのは、漂流物と同じ領域のものだったからだろうかと思ったのだ。
そして、恐らく信仰の庭に暮らす一族だったに違いないあの子供がその領域に触れたのであれば、信仰の系譜の障りなどを得ていないかを案じたのだった。
漂流物の領域では、魔術を組み上げるカードが使えなかったという。
同じように身に持つ守護を生かせなかった場合、あちら側の何かが、彼女を容易く捕縛するかもしれない。
幸いにもそのような介入はなかったようなので、共にいたのが、守護者としての役割を強く持つ剣であったからなのだろうか。
「………そこまでを考えたのであれば、海に残った残滓がその子供を探すかもしれないということも、考えるべきでした。難破船となれば、……海に彷徨う欠片は一つや二つではない」
バーンディアが話したことも、グラフィーツの返答も、シルハーンは既に知っていたようだった。
その上であのような問いかけがなされたのは、こちらの考えや認識を再確認した上で、なぜ、警告を怠ったのかを探っていたのだろう。
「おや」
素直に認めると、美しく暗い声が小さく微笑むように響く。
「どうやら、同じものを拾い上げ、君がその中の一つを見落としただけであったらしい。であれば、問題はないんだ」
「俺とあなたの想定が、違うものであった場合をお考えでしたか………」
「そうだね。この世界では、どの資質も同一ではない。私とて不完全だし、何にも於いて万全であるものを持たないのが、この世界の本質でもあるだろう。だからこそ、こちらで同じ認識だと誤解していただけで、君が見ているものと、私が想定したものが違っていた場合は、この子の守護の形を変えなければいけないのだろうかと考えていたんだ」
だからこそ、その可能性に気付いた万象は、ネアの側を離れずに漂流物の残滓の訪れを警戒していたのだろう。
彼女の体調を診たグラフィーツが、信仰の懸念に触れておきながらも、なぜ後続の接触の可能性を指摘しなかったのだろうかと疑問に思ったに違いない。
「難破船ということは、流れ着く欠片は一つではないかもしれない。…………漂流物自体は稀なものですが、信仰の系譜は奇跡や運命を司る。だからこそ他の部位の漂流もあり得るのだということを、俺は失念していました」
「今夜の海に流れ着いた難破船の残骸は、全て排除しておいた。持ち込まれたひと欠片に触れたこの子を探して集まったものたちは全て壊してしまったから、もう、同じ船のものは残っていないだろう」
ふいに、その声に宿る力が風に揺らぐ炎のように薄まった気がした。
後ろにいた男がはっとしたように息を呑み、慌てて立ち上がる。
「私の息子を、リーエンベルクで受け入れていただき、心より感謝します」
「………私の良く知る者も、君の息子だろう」
「ええ。ですが、そのように扱うとこちらの足元から災いが、あの子を見付けかねませんので」
「ふうん。人間は奇妙な慈しみ方をするものだ。とは言えそれは、誰かが犠牲の系譜の誓約を強いたのかな。……………エーダリアとこの子が受け入れるのであれば、君の長子がこちらで過ごすのは構わない。ただ、身に持つ資質と守護があまりにも違うので、今の影響が収まればそちらに戻した方が良いだろう。あまり長い時間をウィームで過ごすと、君達はその土地に戻れなくなるからね」
「…………戻れなく?それは一体、……………あああ、いない!!」
いつの間にか、壁に映った影は消えていた。
声を上げて地団太を踏むと、バーンディアはこちらに駆け寄ってくる。
先程までは、グラフィーツを盾にして、シルハーンからは死角になるような位置に立っていたのだ。
「い、今のは、どういう意味なのかを知っているかね?!」
「さぁな。知っていても教える義理もないが、そもそも初耳かもしれんぞ」
「だとしたら、一番気になるところで会話を打ち切られたのか!なんて残忍なんだ!!」
「人間の領域で御せる階位だとは思わない方がいいだろうな。今回は、お前がまともな意見をしたと判断したからこそ、割って入ったことが許され、会話を聞く権利が与えられたんだ」
うんざりしてそう言えば、こちらを見たヴェルクレアの国王は不思議そうに目を瞬く。
大国の王らしい装いではなく、一介の魔術師のような簡素な装いだ。
そして、なぜか怯えるよりも目を輝かせている。
「…………君がいても、そんなものなのか」
「自分がこの国の王だから、とは考えないのが利口だな」
「エーダリアの父親だから、というくらいは言えるかもしれないがね。…………ふむ。ある程度の価値を揃えておけば、彼とも情報の交換が出来るだろうかと考えていたが、うっかり障りを得た場合は人間の領域では対処しきれないな。こちらからは接触しないようにして、…………この執務室は暫く浄化の為に閉鎖しよう。あまり好きじゃないが、ひと月程は北の棟にある執務室を使うしかなさそうだ」
魔術師らしい瞳で、枯れ落ちた花瓶の薔薇を一瞥し、バーンディアはどこかに魔術通信をかけている。
このあたりの判断力はさすがのもので、それが意図された効果ではなくとも、万象が枯らした花の周辺には暫く近付かない方がいいだろう。
ネアとの関りを見ているリーエンベルクではそのようには扱わないだろうが、万象は本来、気分一つで生き物を狂死させるくらいには、この世界の運行に密接な魔物だ。
呼び落された人間の子供が、その繋がりを断ち切るように命じ、彼女の願いを叶えた万象が、最も無尽蔵であったその権限の一つを放棄するまでは。
(ネアがそう望まなければ、シルハーンはその後も気分一つで生き物を殺しただろうし、望まざるともその存在の負荷で多くを損なっただろう。ネアを恩寵と位置付け、……………正しく祀り上げたからこそ、叶った願いと自由に違いない)
カルウィの現第七王子は、漂流物の研究でも名を馳せる魔術師だ。
漂流物と聞けば大陸のこちら側では災厄に近しい位置付けだが、犠牲を厭わず活用するのであれば、特異型の魔術として恩恵を得られなくもない。
こちらの世界のものではない、或いは今代の世界層のものではない漂着物には、異端の災いとしてこの世界を蝕む側面と、こちら側では成立しないものや得られないものを授けるという運命の祝福がある。
稀人の伝承の残るランシーンなどがまさにその祝福の部分だけを器用に取り入れる伝承を残す土地で、災いそのものを敵を殺す毒として取り入れるのがカルウィだ。
これは推測だが、この世界の棲み処を与えられ、新しい名前や様々な守護や祝福を授かるまでのネアは、まさに、漂流物のようなものだったのだろう。
馴染まねば周囲諸共この世界を殺す災いになったかもしれないが、ウィームにはあの子供の望む殆どのものが潤沢に備わっていた。
謂わばそれを贄のように取り込み、あの子供は祝福を齎すものとして上手く機能しているのだ。
(だとすれば、……………先程のシルハーンの言葉は、ヴェルリア王族についての時折聞こえてくる一つの可能性を、肯定したものだったのではないだろうか)
このヴェルリアの王家には、まことしやかに語り継がれる一つの噂がある。
商人と船乗り達が入り江に作り上げた小国を大陸一の大国にまで育て上げた王家の始まりの者が、ここではないどこかからの漂流者であったというものだ。
この地に残る幾つかの風習には、グラフィーツでさえ当初は首を傾げたようなものがあり、ヴェルリアは、随分と長い間、高位の魔物の守護を得ない国であった。
(魔物の代のこの世界で、不思議と魔物が根付かなかった土地)
それは即ち、漂流物を取り込むことを忌避しないカルウィにすら魔物達がいたのにこの地を避けたのだと思えば、何か、この土地が安定するまでは無意識に魔物を遠ざけているような要素があったに違いない。
それが例えば、この世界に属さない者の気配であれば。
ヴェルリア王家の中に、定期的にウィーム狂いの王族が出たことも、先程のシルハーンの言葉も、ウィーム王家の血を取り込みウィーム風の名前の子供を得たヴェルリア王家に初めて、漂流物の影響を受ける王子が生まれたことも。
そんな事を考え情報を整理していると、執務室を移すにあたり、必要な道具や書類を移動させていたバーンディアが振り返る。
「君も、ヴェンツェルが漂流物中毒になったのは、ウィーム風の名前のせいだと思うかい?」
「言っただろう。人間に御せる叡智ではない可能性があるぞ」
「はは、知るという事は、大きな対価を必要とすることもあるからなぁ。……………でもまぁ、漂流物や対岸のものに殆ど影響を受けないのが僕の代までだとしても、ヴェンツェルの子供がヴェルリア王家伝統の名前を得ればまたこちらに戻るのだとしても、どちらがいいのか選ばせてやれそうなのは僥倖だ」
「対岸の資質と叡智を残すか、それ故の欠落を持たない子供にするのか、ということか」
その問いかけにふっと微笑み、自分を羊飼いだと言う人間は楽し気に頷いている。
「恐らく、ヴェルリア王家の者がこちら側で生きていくためには、程度の差こそあれ、ウィームの何かが必要となるだろう。同じ国になった今、それを手に入れられずに狂う者はいないだろうが、どうやら、過剰に取り込むと今度はこちらに戻れなくなるらしい。………まるで、精霊の国の食事のようじゃないか」
「………その辺りで止めておけ。世界そのものの規則性は、思考を整理し、言語や記録で縛ろうとすれば身を食いかねない容量だ。少なくとも人間であるお前の階位では無理だろうな」
知識には禁忌もある。
魔術師であれば警戒していて当然のことを告げると、バーンディアは苦笑して首を振った。
「はは、それは怖いなぁ。やめておこう。………ん?でも、もしかすると、………もしあのままエーダリアがあのお嬢さんと結婚していたら、あの子にお義父様と呼ばれることになっていたんだろうか」
「言っておくが、その想像は万象の障りを受けかねないぞ」
「それは嫌だなぁ。とは言え、あんな義理の娘がいたら、一緒に海の底の国の屋台に遊び行ったり出来たかもしれないと思うと少し惹かれない事も、…………あれ、どうして君がそんなに不機嫌になるんだろう?そう言えば、あのお嬢さんを随分と気に入っているような………」
「お前達が考えるような執着ではないがな。美味い砂糖を食うのに適した、香りや色付けのようなものだ」
「ほほう。そんな要素が得られるのか。ではどうだろう、試しに僕を見ながら砂糖を食べてみるかい?……………って、あれ、何で帰ろうとしているのかな?!君たちのお喋りのせいで、僕は執務室をひと月も別の部屋に移す羽目になったんだから、ここは引っ越しを手伝うべきだろう!」
「知るか。自分でどうにかしろ」
「あああ、またこうだ!!折角、あのお嬢さん直伝のお茶を淹れようと思ったが、分けてやらないぞ!」
漂流物の事後処理をするつもりでヴェルリアを訪れていたが、王宮の様子は確認し終えたところであるし、海の調査はシルハーンが終えたのであれば用もない。
そのまま転移をかけようと思っていたところで、思わぬ言葉が耳に届いた。
「…………相伴しただけじゃなかったのか?」
「はは。あのお嬢さんは、特別に作り方を話しながら淹れてくれたのさ。可愛い息子がウィームにお泊りだと思うと寂しくて堪らないからね。こんな夜は、あの紅茶を淹れるしかない!」
「さっさと準備しろ。早く屋敷に帰りたい」
「ん?一緒に、お喋りしてくれないのかい?」
「お前と………?」
「なんて怪訝そうな顔をするんだ。悲しくて眠れなくなったら、君のせいだぞ…………」
「ならんだろうが」
文句を言いながら、魔術師がよく使う魔術薬用の小さな道具で湯を沸かしているバーンディアの後姿に、ふと、いつかの秋の夜に紅茶を淹れていた一人の魔術師を思い出した。
その魔術師の話をすると良く笑う、一人の歌乞いの少女の姿も。
『先生!』
振り返って微笑んだ彼女の手を取り、この土地の魔術の作法だからと告げて指先に口付けを落とす。
すっかり安心して腕の中に収まるようになった自分の歌乞いに強請られて、何曲も何曲も、ピアノを弾いてやった遠い夜。
(……………ああ、そうだ。お前が望むのであれば、何だって手放すだろう)
シルハーンの場合は、万象そのものの権限で、グラフィーツにとっては彼女自身であったように。
それが、唯一つの恩寵であれば、この身を殺す願いだって叶えるだろう。
けれどもそれは、たった一人の唯一だからこそ。
グラフィーツとて、愛した者の面影を映す窓にまで、許す我が儘ではない。
あの子供の願いを叶えるのはシルハーンで、グラフィーツではないのだ。
だからこちらでは、魔物らしく関り、欲するものがあれば奪うまで。
「そのレシピは、近いうちにこちらでも回収しておく必要があるな……」
「それは構わないけれど、あのお嬢さん曰くこのレシピは、誰かと飲むのが一番美味しい何でもない夜のお茶なのだそうだが」
「やれやれ。今夜は仕方あるまい。……………多少は、お前も役立つからな」
「はは、そりゃお互い様だ。では、こんな夜は、僕のお気に入りの魔術師の話をしてあげよう」
「煩いぞ。暫く黙っていろ」
窓の向こうの暗い夜の海を眺め、カップの縁ぎりぎりまで注がれたミルクティーを飲む。
グラフィーツの歌乞いが好んでいた紅茶は、市販の大袋に入った繋ぎの紙のパックを切り取り使うもので、彼女はそれを雑貨店で買っていた。
砂糖は、ティースプーンひと匙。
揃いの無骨なマグカップに作り、それを飲みながら様々なことを話した。
(今回の漂流物は、ネアにも体調の変化が出ている。…………となれば、あの子供の何かに見知った信仰の影や執着を重ねたとしても、厳密には同じ世界層のものではないのかもしれない)
或いは、ウィームの名簿に名前を記されたあの子供が、こちら側のものとしての書き換えが満了したからなのだろうか。
幸福だった夜の一杯のミルクティーを思い出せただけでも、あの子供を漂流物などに損なわせる訳にはいかないと思わせるには充分な動機だろう。
苦労して、ここにいる人間を唆し、その訪れをウィームの力が強まる冬に寄せたのは、こんな夜を過ごす為にはやはり必要な事であったらしい。
望めば逃がしてやるのは、愛した女だけで充分であった。
明日の更新は、お休みとなります。
お時間未確定ですが、Twitterでのお知らせとSSを予定しております。




