表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
776/880

246. カードの夜にいただきます(本編)




誕生日ケーキを食べ終えた後に行われるものと言えば、恒例のリーエンベルクカードバトルである。



明日の仕事があるのでと帰っていくゼノーシュとグラストを見送りながら、ネア達は広間に椅子とテーブルを出してじっくりとお祝いの夜を楽しむ準備に入った。


夜は長く、今夜は日付が変わってもまだお祝いの日である。

ディノのお誕生日は二日編成なのだ。



「僕は勿論、勝つ準備があるんだよ!」


まだカードを取り出してもいない内にそんな宣言をしたのは、先程までは眠そうにしていたヨシュアだ。

長椅子の方で少し休んだ事で元気を取り戻したようだが、そんな雲の魔物に捕まって隣に座っていたギードが今度はこてんと眠ってしまっている。



昨晩は夜明けまで牡鹿に追い回されたそうなので疲れ果てているのかもしれず、苦笑したグレアムが少し寝かせてやってくれないかとどこからか取り出したタオルケットのようなものをかけてやっていた。


絶望の魔物の擬態である黒い狼を追い回しているのは、牡鹿姿の森の精霊なのだそうだ。

性別云々の前に、捕食関係的にも気になるところだが、寧ろギードの方が逃げ回る羽目になっているらしく、群れの仲間も心配してくれているらしい。



そんな話を聞けば、一同が精霊だから仕方ないかなという雰囲気になるのも、もはやこの世界の常だろうか。

ネアは、遠い目をしたウィリアムがナインの耳に入ると厄介だぞと呟いているのを聞き、荒ぶる牡鹿と戦う死の精霊を想像してしまった。



(ギードさんは、優しい魔物さんだからなぁ…………)


どんな経緯で牡鹿の精霊が黒つやもふもふを気に入ったのかは謎だが、ぶっきらぼうに聞こえなくもない口調でも、いつもギードの言葉は優しい。

ネアは、オーロラのような瞳を持つ絶望の魔物が好かれてしまうのは、当然だと考えている。




「よいしょ。…………今年はさ、新しいカードを持って来たんだよね。クシルの冒険カードって知ってる?」


ことりと音がして、テーブルの上に置かれたのは、灰緑色に塗られた小さな木箱であった。

中にカードを収めてあるのだろうが、どこか素朴な風合いだが光の加減できらきら光る。

シンプルなリースの模様があり、上にクシルの冒険カードと言う文字が入っていた。



「……………それは確か、ジッタの妹が作ったものだった気がするのだが」

「うん。それそれ。面白いって話題になっているみたいだから、買ってみたんだよね」

「ジッタさんの妹さんは、カードも販売しているのですか?」


お菓子などを作っていたのではと思い首を傾げたネアに、ヒルドが、少し前に小麦粉の反乱からお菓子が爆発する呪いにかけられてことがあり、その休職期間中に手慰みに作ったものがアクス商会の目に止まって商品化されたばかりなのだと教えて貰った。


カードの絵はジッタの妹が描いたもので、そこに付与される魔術の運びや展開には、ウィーム中央のご近所さん達も参加しているらしい。

例えば、兄であるジッタや、その他のウィーム中央の住人達だ。



「……………おい、それは大丈夫なんだろうな」

「確か、ジッタの妹の家の近くには、封印庫の魔術師も住んでいたのではなかっただろうか…………」

「ええ。彼も参加しているようですよ。アレクシスも二枚ほど魔術付与をしたと聞いております」

「……………スープの魔術師か」

「ほぇ、……………スープの魔術師」


アレクシスの名前が出た途端、ウィリアムが考え込むような表情になった。

面識のあるヨシュアは、びゃっと飛び上がってしまい、ネアはふむふむと頷く。

グレアムが平然としているのは、このウィームでかつては王宮魔術師をしていただけあり、ある程度ウィーム領民に耐性があるからだろう。



「ディノ、ジッタさんも参加して作られたカードなのだそうです。楽しみですね」

「……………うん。魔術付与が、随分と多く重なっているようだね」

「まぁ。私の伴侶は、そんな事まで見ただけで分かってしまうのですか?」

「ずるい…………」


少しだけ恥じらってしまった今宵の主賓に、グレアムはすっとどこからかハンカチを取り出している。

最近は涙脆くなってしまったようだが、安心して心を緩めていられるのであればそれがいいだろう。



テーブルの上には、星空と夜風のシュプリが出されており、ネアはご辞退させていただいた強い蒸留酒なども瓶が開けられた。

一口大の小さなカナッペは、おつまみ系からデザート系まで取り揃えられ、ネアのお気に入りのサラミ専門店の、林檎の蒸留酒と夜霧のサラミも並んでいる。


作り立てのチーズに乾燥させた果物、そしてウィリアムが飲んでいる蒸留酒ではおつまみ代わりに齧るという、謎の辛い木の実までが用意されていた。



「このカードは、どのような使い方をするカードなのだろうか…………?」

「アクスの専売だから、ウィーム領での動作確認は行っていないんだっけ?」



ノアがそう問いかけたのは、高位の魔術動作が付与されている道具類は、行政側での検品と安全確認があるからだ。

品物によっては、ガレンの長であるエーダリアにも確認が入るらしい。



「いや、領内での販売にあたりギルドでの確認などはされている筈だが、今回のものは、確認で私の手元は通っていないな」

「こちらは、ダリルが引き受けておりましたからね。少なくとも、事故や事件には繋がらないという安全確認は出来ているようですよ」

「ほわ、少なくとも……………」

「ふぇ……………。何か普通のカードじゃないよ…………」



一体どんな遊び方をするカードなのかと言えば、よく切ったカードをそれぞれに分配し、相性のいいカード同士を揃えて捨てていくという、たいそうシンプルな遊び方が初心者向けなのだそうだ。


ただし、同じ絵柄を揃えるのではなく、カードの相性は自分で判断せねばならない。

同じ系譜で揃えたり、魔術的な相性を見るのだそうだ。



「むぅ。明らかに私が不利なのでは……」

「その点については安心していいよ。このカードの面白いところみたいなんだけど、一般的な魔術の知識だけじゃ判断が付かないものも多いらしいし、カード同士が反応するから、知識がなくても相性の推理が出来るみたいだから」

「……………おい。それは、本当に大丈夫なんだろうな?」

「アルテアは心配性だなぁ。ウィームで作られたカードだからさ、少なくともネアやエーダリアをどうこうする事はない筈だと思わない?それから、時々魔術書が貰えたり、パンが貰えたりするらしいよ」

「ほぇ、絶対に普通のカードじゃないよ……………」

「パンが、貰えてしまうのだね……………」

「魔術書を貰えてしまうのは、……………いいんだな」



ウィリアムは考え込むような表情を浮かべているが、エーダリアは鳶色の瞳を瞠ってカードをじっと見ているので、新しい魔術書への期待を膨らませているのかもしれない。

にっこり微笑んでいるノアの姿を見ると、案外、塩の魔物はそんな契約の人間の為にこのカードを提案したのかもしれなかった。


しかし、ふうっと息を吐いたヒルドが椅子を僅かにエーダリアの側に向けたので、エーダリアは慌てて視線を持ち上げたようだ。



「さーて。始めようか。今日はシルの誕生日だから、シルから配るね」

「うん。…………何の匂いだろう」


木箱はいとも簡単にぱかりと開き、紙製のカードはトランプのような大きさだ。

ノアは、不公平にならないようにと絵柄を見ないように切ってくれたが、その途端、ふわりと香ばしい香りが漂った。



「うむ。これは、焼き立て薬草パンの香りです!」

「……………何でその匂いがするんだよ」

「ふぇ。…………何か変な魔術が動いているよ」

「まぁ、いざとなれば俺かグレアムでどうにかするしかないな…………」

「今のところ、カードという枠組みの中で動くものしかないようだな。…………シルハーン、何か不安がありましたら、言って下さい」

「……………うん。今度は何の匂いだろう」

「むむ!これは、中にチーズの入った葡萄パンです!」

「……………ジッタの店の商品ばかりなのだな」

「成る程。それで、パンの貰えるカードという訳ですか……」



ノアが配ったカードが各自の前に並べられ、全員分が行きわたったところで、手に持ってカードの絵柄を確認する事になる。


ネアは、持ち方がまずくて中からパンが転がり落ちて来たりはしないだろうかとはらはらしながらカードを取り上げたが、天候のような絵柄や書架の絵。

そしてなぜか、小さな靴下がみっしり描かれたカードなどしかなかった。



「………思っていた以上に、緻密で繊細な絵ですね。画家さんの描いた物のようです。……………ディノ?」

「……………出てきた」

「まぁ!焼き立てほこほこの葡萄パンです!」

「わーお。やっぱりジッタは、シル贔屓かぁ。……………ええと、ここにある説明書に、……………あったあった。カードの中から出て来る食品は安全に問題はありません。二日以内にお召し上がりください、だってさ」

「ほわ。…………葡萄パン」

「食べたいのなら、あげるよ。……………ただ、アルテアに確認して貰おうか」

「……………いや、市販のカードの流通を考えろよ。おかしいだろうが」

「まだ少し動揺されているみたいですが、そんなアルテアさんの検品が終わったら、薄切りにしてバターなどをつけていただきますね!」



焼き立ての葡萄パンの温かさで、塗ったバターが蕩ける様子を想像してしまい、ネアは、テーブルの下の爪先をぱたぱたさせた。


こちらの世界に来る前にバタートーストになみなみならぬ執着があったので、新鮮で美味しいバターをたっぷり塗って食べるパンは、今でも大好きなものの一つだ。


(しかも、ジッタさんのお店の葡萄パンは、中に練り込まれた葡萄も美味しいのだ)


すっかり葡萄パンのお口になってしまい、口元をむぐむぐさせたネアは、ここで、お向かいの席に座る魔物達の表情の異変に気付いた。



「……………ヨシュアさん?」

「…………ふぇ。……………ふええ!!」

「なぜ、ここでぎゃん泣きなのだ………」

「ありゃ。その様子だと、ウィリアムも何か引いたかな…………」

「…………凄いカードを作ったんだな」

「ふええ!」



このような場面では、割と大雑把なのが終焉の魔物である。


そんなウィリアムがとても遠い目をしているとなると、俄かに緊張感が高まってきた。



「グレアムは、大丈夫だったか?」

「…………俺は、まぁまぁかもしれないな。ここからは、隣の者のカードを引くんだな?」

「うん。シルからだから、ネアのカードを一枚引いて、相性がいいカードがあったら、揃えて真ん中に置いてね」

「では、……………そうしようかな」

「では、私は、ディノが取り易いようにカードを持っていますね」

「ずるい…………」


(…………あ、)


そんなディノが引いたのは、きらきらとした光の色が思い浮かぶような木漏れ日のカードであった。

引いた途端に、お誕生日の魔物は、真珠色の睫毛を揺らして目を瞬いている。



ごとんと音がしたのは、その直後だ。



「……………ぎゅわ。ピクニックバスケットがカードから落ちてきました」

「……………中には、パンが入っているようだね」

「ネイ、カードを捨てる際には、絵柄は見せても構わないものですか?」

「うん。上向きでいいみたいだよ。…………シル、何か出すカードはあるかい?」

「多分、この二枚が揃ったのではないかな」



ディノがテーブルの真ん中に置いたのは、籠に入った焼き立てのパンの絵と、ネアから取った木漏れ日の絵のカードであった。

成る程、この揃えでピクニックに行き給えという事なのだろうと考え、ネアは、期待のあまりにぶるりと震える。


「と、という事は、他にも美味しいものが出て来る組み合わせが、隠れているのかもしれないのですね?」

「どうだろうな。………そもそも、お前の手持ちにその系統のカードはあるのか?」

「……………むぅ。心理戦でカードの中身を知ろうとする、悪い魔物さんです。私は秘密を明かすつもりはないので、大人しくカードを差し出すのだ」

「あのなぁ。俺は、お前が妙な事件を引き起こさないかどうか、警戒してやってるんだぞ」

「ほぇ、いちゃいちゃしてる……………」

「アルテアなんて………」



次は、ネアが、渋面のアルテアから一枚のカードを引いた。


やって来たのは素敵なお店の軒先に立てかけてある鮮やかな赤色の傘の絵で、ネアは、絵の中のお店がどう見ても歌劇場近くのペストリーのお店である事に気付いた。


大興奮で持っていたカードの群れに加えたが、なぜか、カードたちはしんとしている。

何かが動いたり、何かを感じ取れるような気配は欠片もなく、ただの紙のカードのままだ。



「……………むぐぐ。今回は揃わなかったようです」

「よし、そのまま最後まで持っておけ」

「ぐるるる!!」

「……おっと。アルテア、そのカードでいいんですか?」


意地悪な使い魔をネアが威嚇する中、次はウィリアムとアルテアの組み合わせだ。

なぜか、差し出した中から一枚のカードを選び指をかけたアルテアに、ウィリアムが眉を寄せている。


「お前も、妙な小細工はするなよ」

「……………いや、……………まぁいいか」

「………む。甘い匂いがします?」

「……は?」


ネアがどこかで嗅いだ事のある匂いに気付いたが、アルテアはそのまま選んだカードを引いてしまった。

そしてその直後、ごちーんと音がして、カードの中から飛び出したクッキーが選択の魔物の額に直撃している。


「っ……?!」

「……………ほぇ。クッキーがアルテアにぶつかったよ」

「…………ぎゅわ。何事もなかったように揃えて出したカードを見ると、クッキー祭りだったようです」

「わーお。そっちに落ちてるクッキーは、一応排除しておこうか」

「そうか。アルテアの手元ではそうなったが、組み合わせによって、食べられるクッキーが取り出せたのかもしれないんだな。ウィームの領民らしいカードだな」

「だから、それでいいのかと聞いたんですけれどね」

「……………放っておけ。さっさと進めるぞ」

「うーん。俺の引きで、大丈夫な組み合わせが出るといいんだが」



苦笑したウィリアムだったが、エーダリアから引いたカードは上手く揃ったようで、素敵な風の音と心地よいそよ風をカードの中から授かり、何となく癒されるだけでカードを捨てる事が出来たようだ。

上向きに置かれたカードを見ると、風のカードと森のカードが揃っている。


その次のエーダリアは、楽しそうに目をきらきらさせているノアから、カードを引いた。

しかしその直後、エーダリアの持っていたカードの一枚が反乱を起こす。


「………っ?!」


いきなり、持っていたカードの一枚がしゅばっと飛び出し、テーブルの上に置かれていたクッキーのカードに激突すると、跳ね上げたそのカードをエーダリアの手の中に叩き込んだ。

あまりの荒々しさと、思ってもいない動き方に全員が呆然としてしまい、首を傾げたヒルドが、ノアの持っていた説明書を広げている。



「……こちらの表記でしょうか。カードは、ごく稀に嫌っているカードと一緒にされると、勝手に逃げ出して代役を立てる事があります」

「…………相変わらず、ウィームの住人らしい魔術構築だな」

「そ、そのような事も出来てしまうのだな…………」



なお、代役として戦線復帰したクッキーのカードは、再び、別のカードと揃ったようだ。

エーダリアの膝の上に、贈答用のクッキーの箱を落とすと、どこか満足げにしゅわんと光を帯びている。


ネアはそんな様子を見て、みんなは順調にカードを捨てられているではないかとわなわなしたが、続くノアとヒルドもカードが揃わなかったので、ほっとして肩の力を抜いた。


その次はヒルドの隣に座っていたヨシュアで、グレアムから新しいカードを引く事になる。



「……………ほぇ。揃った。僕は偉大だからだね」

「な、なぬ。…………リノアールの、入浴剤セットです………」

「ヨシュアなんて…………」

「え、リノアールの商品まで出て来るの?!っていうか、何か出て来る率高くない?!」



自信ありげにしていただけあり、ヨシュアは、カードから見事に素敵な贈り物を手に入れたようだ。

絶対に欲しかったような素敵な品物を見てしまい、ネアは再びわなわなし始める。

強欲な人間は、素敵な贈り物は全て欲しいと考えてしまう、邪悪さも兼ね備えているものだ。



「ぎゅ、ぐるる…………」

「ネア。入浴剤なら、好きなだけ買ってあげるよ…………」

「むぐ、負けません。私だって、素敵な品物を手に入れてみせるのですよ……」

「次は俺だな。……………シルハーン、失礼します」

「うん」


ここで、グレアムがディノのカードを引いて一巡りである。

しかし、そんなグレアムは、何かとんでもないカードを引き当てたらしい。

揃ったと思わしきカードをじっと見つめ、ぐぐっと眉を寄せると、無言でテーブルの上に置いている。



「…………落葉と、オレンジか。……………ん?グレアム、どうかしたのか?」

「……………一昨日までには絶対に食べておこうと思っていたオレンジを、食べ損ねていた。……………もう悪くなっているだろうな」

「おや、そのような報せも得られるのですか。それは興味深いですね………」

「ふぇ。絶対に普通のカードじゃないよ」

「むむ。お知らせの組み合わせもあるのですね……」



二巡目が始まり、ディノがまたネアのカードを引く。


するとどうだろう。

今度は、綺麗な白い陶器のお皿に乗ったデニッシュパンがことんと落ちてきた。


「や、やきたてデニッシュです!!」

「パンが出てきた…………」

「わーお。シルのところに、頑なにジッタのカードが揃うって感じなのかな…………」

「アルテアさんが安全確認をしてくれ次第、葡萄パンからいただくのですよ…………」

「おい。今夜はもう充分に食べただろうが」

「…………やきたて。じゅるり…………」



ここで、荒ぶる人間の訴えにより一時休憩が設けられ、カードから出てきたパンの調査が行われた。


その結果、おかしいくらいの守護や祝福の付与はあるものの、間違いなく市販品と変わらないいつものジッタのパンであると証明される。


ネアは、バターを塗った薄切り葡萄パンをもぐもぐしながら、アルテアから次なるカードを引いた。

その直後、今度はカードの中でごとんという音がする。



「……………エーダリア様に、残念なお知らせがあります」

「ネア………?」

「アルテアさんから来た魔術書のカードが、私のダリルダレンの書庫かなというカードと揃ってしまい、無事に書架に収納されてしまいました」

「…………書架に」

「はい。きちんとお片付けされ、魔術書のカードは売り切れの表示になりました」

「…………っ!!」



あまりにも残酷な報せに、エーダリアはがくりと肩を落としてしまった。

成る程、このようにカード間の移動もあるのだなと考えながら、ネアは揃ったカードをテーブルの上に置く。



そしてその後は、カードの特性を理解し始めた参加者によって、思っていたよりも安全な進行となった。



アルテアはウィリアムから引いたカードを揃えて街路樹の下にある薔薇の花壇に花を咲かせ、ウィリアムは、トレトレかなというふわふわを寝具店のカードで寝かしつける。

生き物までいるのかと青ざめていたエーダリアも、文具店のカードで素敵な青い薔薇の便箋セットを貰っていた。



「お、次は僕も揃ったかな。……………え、何これ嫌がらせ?!」

「まぁ。ノアは、お砂糖の袋が手に入ったのです?」

「……………おい。何でグラフィーツが参加しているんだよ」

「グラフィーツのものなのだね…………」

「という事は、砂糖の魔物があの近くに住んでいるのだろうか…………」

「…………よく皆で集まるカフェならあるな」

「では、そちらに誰かが協力を依頼しに行ったのかもしれませんね」

「先生のお砂糖という事は、聖女さん……?」

「普通の砂糖のようだよ」

「良かったです!」

「……………次は僕なんだよ。……………ほぇ」

「ぐるるる!!!」

「ヨシュアは、………カードの引きがいいんだな。次は、レースのハンカチか」

「僕は偉大だからね。帰ったら、ぬいぐるみのポコにあげるんだ」



ヒルドは、先程のウィリアムと同じように気象系のカードから雨音を届けられ、続くヨシュアが引いたのは、妖精刺繍工房の刺繍入りレースのハンカチであった。


羨望のあまりに荒ぶるネアは、ついつい次の葡萄パンの一切れに手を伸ばしてしまう。

テーブルの真ん中近くに置いてみんなで食べているのだが、ウィリアムやグレアムも食べているので、なかなかに好評の葡萄パンである。



「おい。食い過ぎだぞ。……………グレアム?」

「む?……………ぎゃ!グレアムさんが!!」


ほんの少し目を離した隙に、グレアムは、いつの間にか現れていた木の棒のようなものを、ばきばきにへし折っているところであった。

自分のカードはきちんと伏せてテーブルの上に置いてあるので、余裕のある対応だったようだ。



「尖り棒かと思ったが、……………細工棒の悲劇だな。………まさかとは思うが、あの事件を知る職人が生き残っているのか………?」

「そ、それはまさか、記録にある、クロウウィンの装飾の飾り台に使われる筈だった祝祭細工の棒が、領民達と戦ったという、あの細工棒だろうか」

「ああ。その時のものだ。ちゃんと記録が残っているんだな」

「……………なにものなのだ」



その事件では、晴れ舞台を奪われた細工棒が真夜中に祟りものになり、国民を襲ったらしい。


怒り狂った細工棒は、丁度決済を終えたばかりの書類をひっくり返したり、美味しい飲み物を注いだばかりのグラスをひっくり返したりする暴れようだったので、王宮に使える魔術師長と、当時の封印庫の魔術師が協力して封じたとされている。



「…………ということは、封印庫の魔術師の案件だろうな」

「ふえ、何か変な物も出てくるよ…………」

「おのれ、一人勝ち状態で、泣き言など許しませんよ!」

「ふえええ!!」

「……………ネア、あまり泣かせないようにするのだぞ?」

「ぐるる……」

「ネア、デニッシュも食べるかい?」

「ぐる………」




仲間達はカードを次々に減らしてゆき、真っ先に上がったのはディノだった。

沢山のパンを貰って、目を瞬いている。


その次はエーダリアで、最終的には収穫祭の夜を使ったインクの小瓶も貰えている。




「ふええ!」

「…………ふむ。ヨシュアさんが、かつて私の領地にいたカードで、靴下まみれになりましたね」

「…………そのカードも、何であるんだろうな。該当する祟りものは全て封じた筈なんだが」

「おっと、グレアムももう上がりだな」

「歌劇場で幕引きだな。………ああ、劇場で降らせる花びらが落ちてきたようだ」

「次は私です!…………むぎゃふ?!」



ネアが、そろそろペストリーのカードが揃うかなとわくわくしながらカードを引いた時だった。

アルテアから来た割れ嵐のカードと、ペストリーのカードが揃ったのだ。



しかし今回カードが引き合ったのは、嵐と閉じた傘である。

結果としてネアは、突然の雨でずぶ濡れになった。




「ネア?!」

「………ふぇぐ。私のぺすとりが……………くすん」

「屋内で、そこだけ雨が降るのかよ………」

「ふぇ………。靴下で良かった」

「ぐるるる!!…………むぐ。ディノが魔術でしゅわんと乾かしてくれました。………次はアルテアさんなのですよ?」

「…………妙なカードを持っていないだろうな。………っ?!」



直後、アルテアは旋風を顔面に叩きつけられ、前髪がくしゃくしゃになった。

とても暗い目をしているが、こちらはずぶ濡れにされたばかりの乙女である。


だが、雲雀の戦いに巻き込まれたところで、アルテアも上がりとなった。




「……………わーお。今回の負けはネアかぁ」

「ほわ。………最後に贈り物が現れました!ほかほかスープです!!」

「最後でも、アレクシスのスープが貰えたなら、いいのかな?」

「はい!私の大好きな山羊のチーズの入ったスープなのですよ!」

「可愛い。弾んでる………」

「いや、よくないだろ。どれだけ食うんだよ」

「ぐるる!」

「ほぇ、スープの魔術師のカードが戻って来なくて良かった………」

「うむ。二枚重ねなので、牛乳とチーズのとろとろ玉葱のスープもあるのです」

「どちらも、体に良いものだったかな………」

「…………あぐ。…………この玉葱がとろりで美味しいのですよ」



テーブルの上には、ほこほこと湯気を立てているスープの魔術師のスープが二皿並んでいる。

葡萄パンとスープの夜食をいただいたネアは、美しい夜の中でとても幸せな気分で眠りについた。




なお、カードの組み合わせによっては、人が吹き飛んだりクッキーと靴下が戦ったりもするので、冒険カードで遊ぶ際には、周囲に物のない広い空間がおすすめなのだそうだ。



案外はまってしまったのか、エーダリアとヒルドが部屋に戻った後も、目を覚ましたギードを交え、魔物達は三戦までカードバトルを続けたらしい。


長椅子で眠ってしまったネアだったが、部屋に運んでくれるディノに持ち上げられて目を覚ましたところ、大切な魔物がとても幸せそうに微笑んでいたので、きっとその後の時間も楽しいものだったのだろう。












書籍作業の為、9/15明日の更新はお休み、明後日9/16の更新は少なめとなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ