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ワルギリットの葉と桑の実



ワルギリットの葉には薬効がある。

そう言い出したのは、一体誰なのだろう。

或いは、妖精達自身であったのかもしれない。


ワルギリットは、健やかな緑の葉を持ち、夜にだけぼうっと青い炎を纏うように光る植物で、三年に一度だけ赤い花を咲かせるらしい。

そして、厄介な遅効性の毒を有しているのだが、その事実を知らない者たちも多い。


煎じて飲めば、半日もしない間に体がひび割れ始め、妖精の薬でしか治せない症状となる。

薬効があるという最初の囁きに踊らされてうっかり服用してしまう者も少なくないが、薬効というものがどちらの側にかかる言葉であるのかを、決して見誤ってはならないのだ。


多くの場合、妖精が特定の相手を苦しめる為に用いられるのがこの薬草で、標的となった人間の周りにある日突然、このワルギリットの葉の話が聞こえてくるらしい。


そして、その囁きに踊らされると、妖精の罠にかかるのだ。




「ワルギリットの葉を煎じて飲むとさ、その膝の痛みがなくなるらしいよ」



なので、そんな囁きが聞こえてきた時、ネアは頬張っていたローストビーフサンドから顔を上げ、周囲を見回してしまった。


今日は、この季節に美味しい桑の実を摘みにきていたのだが、あまりにも気持ちがいい風が吹いていたので、収穫用の籠を足元に置いて休憩を取っていたところである。


周囲には、他にも桑の実を摘みに来ている領民達がいるのだが、先程の言葉を囁いたと思われる者の姿はない。


とは言え、群生地と呼ばれるこの小さな森が静まり返っているということもなく、ウィーム中央に暮らす多くの者達が集まっていた。



ウィームで収穫される桑の実は、二種類ある。


春先に実をつける一般的な桑の実と、この、夏の真ん中の時期にだけ収穫出来る夏宿りの桑の実という、美味しいだけでなく暑気払いにもいい品種だ。

そしてこちらの桑の実は、収穫に適した日にだけ現れる群生地がある。

人々が桑の実を収穫を終える数日程でふっと消えてしまうらしいので、季節の魔術の特異点として、収穫をさせるということに意味があるようだ。



ネアも、以前から夏宿りの桑の実のジャムなどはお店で見てきたが、群生地の現れる土地がそこそこに遠かった為に、実際に収穫に出掛けた事はなかった。


そうして長らく縁のなかったこの夏宿りの桑の実が、今回はウィーム中央の郊外にある小さな森に現れたと知り、うきうきと収穫に訪れた次第である。



「……………ヒルドさん」

「ええ。………どこかで、妖精が悪さをしているようですね。とは言え、この周辺であれば問題はなさそうですが………」

「ふむ。確かにこの辺りにいらっしゃる方は、………何と言うか、そんな罠を仕掛けた妖精さんなどは打ち滅ぼす系の方々が多いのですが、………こちらでも、ワルギリットの葉らしきものを見付けたら毟り取ってしまいます?」

「いえ。発見しても、触れないほうがいいでしょうね。ワルギリットの葉は、災いや怨嗟を糧に育つ薬草です。何を糧にしているかで結ぶ魔術が変わりますから、ネア様は見付けても手を出さないで下さいね」

「………はい。思っていたより、禍々しい感じでした………」


てっきり、愚かな人間を妖精達が騙し、毒物を口に入れさせようとする程度のものだと思っていたネアは、ワルギリットの葉自体の成り立ちが思っていたよりも不穏である事に驚いた。


出来ればご近所では増えて欲しくない植物だが、こればかりは土地の変化や妖精達の思惑もあるので、防ぐというのも難しくなる。



「手に取るという行為は、目的が違えど、選んで採取するという魔術を結びますからね。ワルギリットの葉を使う妖精を見付けた場合については、捕まえてしまってもよいのですが………」

「特定の妖精さんが扱うというものではなく、ワルギリットがあって、それを利用して悪さをする妖精さんがいるという感じなのですか?」

「ええ。…………恐らく今日は、桑の実を採取する人間を減らそうとしているのでしょう。夏宿りの桑の実は、妖精達も好んで食べますからね」

「まぁ。……………このもふもふのような感じなのですね」

「おや………」



ネアが見付けたのは、むくむくに太った栗鼠妖精だ。

美味しい桑の実を夢中で頬張っているのだが、一度に何個か桑の実を木から捥ぐと一生懸命に腕で抱え、常に何個かの桑の実を確保したまま食べている。

がつがつと食べている勢いの良さからも、どれだけ甘くて美味しいのかが伝わってくるのが、見ていて堪らなく愛くるしい。



そして、ネア達が、そんな栗鼠妖精に目を奪われていた時のことだった。


どこか遠くで、きゃーっという悲鳴が聞こえてきて、ネアは慌てて振り返る。

すると、淡い金色の髪の妖精が、市場のキノコ屋のおかみさんに、捻り上げられているではないか。

そのままぺいっと放り投げられて動かなくなったので、何か悪さをして駆除されたのだろう。



「…………ぎゅ。生存競争とは、時に残酷なものですね」

「この季節、働きに出るご婦人達には、特に好まれる果実だと聞いております。その収穫の邪魔をしたのであれば、………あのようになるのも頷けますね」

「荒ぶるディノを、お留守番にしてきて良かったです。高位の魔物さんが入ると、この森が逃げてしまうのですよね。そんなことになったら、危うく私達が捻り上げられるところでした………」

「土地の魔術階位に対し、高位の方々がかける負担が大きくなり過ぎるのでしょう。ディノ様は、お土産を持って帰れば、きっと喜んでくれますよ」

「はい!………たくさん手に入れたので、これでジャムを作る予定なのです。ヒルドさんは、どうされるのですか?」

「私のものは、料理人に任せてこちらもジャムにして貰う予定です。騎士達の姿もあるので、騎士棟の分までの収穫はせずとも良さそうですね」

「むむ。………アメリアさんとゼベルさんという、手堅い収穫班ですね……」



木の枝をしならせるように実をつけ、あちこちに桑の木が枝を伸ばしている。

熟した実は黒っぽくなり、少し細長い果実を潰さないように慎重に採取するのだ。


小さな群生地の森は甘酸っぱい香りに包まれ、これだけの領民で思うままに実を集めていても、まだまだあちこちに熟した実がなっている。



(こんな魔術の特異点ばかりだったらいいのに………!)



とは言え、最初に収穫した者は、障りはないか、罠ではないかなど、さぞかし気を揉んだだろう。

様々な検証を行い安全を確認する中で、夏宿りの桑の実が暑気払いをする事も判明したのではないだろうか。

そんな先人たちの勇気のお陰で、こうして今は、何の心配もなく収穫に来られるようになった。


背伸びをして、ぷちりとまた一つの桑の実を籠の中に入れ、ネアはむふんと頬を緩める。

けれども、振り返ってヒルドの方を見ようとした瞬間、何かが視界の端で煌めいたような気がした。



「………おや、大きな実を見付けましたね」

「ほわ…………。今、何かがいませんでしたか?」


気付けばネアは、ヒルドの胸に背中を預けるようにして後ろから抱き込まれていて、大きく広げたヒルドの羽の覆いの中にいる。

先程見たものは何だったのだろうと首を傾げて足元に視線を落とすと、綺麗な紫紺の髪の妖精が一人、くしゃくしゃになって地面に落ちていた。



「気になさらずとも結構ですよ。もう動きませんからね」

「……………滅びたようです」

「収穫に夢中になっている人間を狙う、愚かな者もいるのでしょう。……………この界隈では、身を滅ぼすだけですが」

「……………あちらでも、アレクシスさんに羽を捥がれた妖精さんが見えたので、寧ろ、決してこの場所を狩り場にしてはならないと、早急に気付くべきなのでしょうね」



何しろここには、ウィーム中央の領民達が数多く集まっている。


ジッタの姿も見えたような気がするので、入れ替わりではあるにせよ、ネアも良く知る者達も桑の実を取りに来ているのだろう。



「……………ふむ。これくらいでしょうか」

「ええ。では、そろそろ帰りましょうか」

「はい! たっぷり収穫をして、美味しいお昼もいただきましたので、のんびりとした素敵な一日になりました」

「………おや」

「む。………うっかり何かを踏みましたが、足元から這い出てきた妖精さんのようですので、このまま捨ておきますね………」



最後に、何かをぐんにゃりと踏みつけてしまったが、幸いにもこちらももう動かないようなので、ネアは気にせず帰路に就く事にした。


振り返ると、心地よい風に揺れる桑の枝が見える。

まだまだ沢山の実を集める事も出来るが、きっとこのような場所は程々の収穫がいいのだろう。



そう考えて微笑むと、ネアは桑の森を後にした。



群生地が姿を消した後の草原に、ワルギリットの葉を口の中に突っ込まれて意識を失っている森影の妖精が落ちていたと聞いたので、あの場にいたウィーム領民に喧嘩を売った妖精も、呆気なく滅ぼされてしまったようだ。


六枚羽の妖精だったようだが、狙った獲物が獰猛過ぎたのだろう。





本日はSS更新です。

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