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異国の王女と魚雲




「なぜ、ここにいる……………」



とても暗い目でそう尋ねた魔物に、ネアは首を傾げた。


何しろ遊びでも観光でもなく、こちらもお仕事なのであるが、とは言え確かに、ウィームの歌乞いが王都に出掛けるのは珍しい事ではあった。




「性質変化の大きな薬を、直送した帰りなのですよ」


ネアは、それだけを告げる事にした。

目の前の魔物は、ピアノを教えてくれる先生であるし、何かと手を貸してくれるようになった魔物でもあるのだが、とは言えここは王都で、魔物というものは携わるものによって立場を変えることも少なくはない。


なので、まさかのヴェルリアでも影響が出ていたガーウィン国境域での障りが起こり、国王からの勅命で動いていたガレンの魔術師の数人が負傷し、その為の治療薬が必要だったとは言わなかった。


寧ろ、国王側に近い居場所をも持つグラフィーツであれば、今回の事態は既に見聞きしていても不思議ではないのだが、その情報がどこまで国王派に共有されているかは未知数だ。



「それで、昼食をヴェルリアで?」

「はい!やはり、こちらはウィームとは食材や料理が随分と違うので、折角王都に足を運ぶのなら、昼食くらいは食べていかねばならぬというのが私の意見なのです」

「………それで、この店か。店を教えたのはアルテアだろう」

「むむ、なぜそれを知っているのですか?」

「俺がこの店を贔屓にしている事を知っているのは、アルテアかオフェトリウスくらいだからな」

「因みに、そんなオフェトリウスさんもすぐに合流します」

「よし、帰らせて貰おう!」

「むぅ。まだ注文したばかりではないですか」




ネアがヴェルリアで美味しい魚料理をいただくにあたり、本日は仕事で手が離せないアルテアから、綿密な行動指示があった。


指定の店で食事をし、オフェトリウスも同行せよというのだ。


ちょっと大事になりそうなのでと辞退しかけたネアだったが、エーダリア達から、ウィームとしてもこの時期は是非にオフェトリウスとは会っておいて欲しいと伝えられ、この昼食も仕事の一環となったのである。



(アルテアさん曰く、月に二回の特別メニューのある今日であれば、お店に必ずグラフィーツさんがいるので安心と聞いたけど、本当にいるんだ………)



そんな驚きも噛み締めつつ、ネアは、メニューを開く。


ずしりと重たい木の表紙のメニューは、雰囲気はあるが手首に負担のかかる大ぶりなものだ。

とは言え、人外者はこの重さが気にならないだろうし、ヴェルリア人と呼ばれる人々は体が大きかったり、力がある人々が多いので問題ないのだろう。



「………むむ。素揚げにしたお魚にソースをかける料理が五品もあります!」

「それにするかい?………アルテアが、そのような話をしていたね」

「はい。アルテアさんが名物料理だと話していたものですよね。今日は確か、限定のピリ辛ソースのものもあるのですよ。……………た、蛸揚げ!」

「君が、時々食べたくなるものだね」

「はい。これも注文しますね。新鮮な海老のサラダか、揚げたてふわふわ烏賊………。ふわふわ………」

「そちらにするかい?」

「お料理が揚げ物だけになりますが、ふわふわの謎に挑んでもいいですか?」

「うん」

「それから………」

「もうやめておけ!ヴェルリアの料理は、量が多いんだぞ」



ネアが次なるお料理を選ぼうとすると、顔を顰めたグラフィーツに制止されてしまった。

そうそう来ない王都なのでと大はしゃぎだったネアは、ふっと微笑みを深め、そっと首を横に振る。



「いざとなれば、オフェトリウスさんに食べさせればいいのですよ?」

「………そうか。あいつも来るんだったな」

「おや、僕の話をしているのかな。…………やあ。久し振りだね、ネア。シルハーン、ご無沙汰しております」



折よくそこに現れた王都の騎士団長は、擬態を解き、魔物らしい装いでこちらに来ている。

ネア達はグラフィーツのテーブルの横を狙って座っていたので、周囲には音の壁を設けてあった。

漆黒の騎士服風の装いを見て、ネアは、こちらの剣の魔物はどうやら黒い服を好むらしいぞと、新たな知見を増やしていた。



「そちらも、厄介な問題が起きているようだね」

「ええ。この情報目当てのお誘いだと思うので、さっと話してしまいますが、今回の事件は、大きな障りになりました。何よりも、失態となった第四王子殿下の陣営には痛手になるのかもしれませんが、場合によってはスウェリアムへの武力報復になりかねませんので、こちらにも影響が出かねなかったところです」

「でも、それはしないのだろう?」

「王にも白樺が進言した筈ですし、そこに彼がいるのであればそちらからも伝えたのかな」

「……………どうだろうな。食事の邪魔をするな。…………それと、この店は客足が減る時間になると料理人が一人休憩に入るぞ。さっさと注文しておけ」

「ほわ。大急ぎで注文します!」



さり気ないグラフィーツからの忠告に、ネアは大慌てで注文をした。


結局、名物の魚の素揚げの料理は二品頼み、夏野菜と玉葱を使った酸味のあるさっぱりソースと、辛いがやみつきになるというこの店大人気のピリ辛ソースのものの二種とする。


ふわふわ烏賊揚げは、新鮮な烏賊のフリットが新鮮さ故にさくさくふわふわいただける事から命名されたらしく、自家製タルタルソースでいただくのだそうだ。

蛸揚げというシンプルな命名の蛸のフリットは、大蒜たっぷりの塩だれに漬け込み揚げたものなので、軽く塩を振り、ライムのような果実を絞っていただくようになる。



「海老のサラダと、濃厚なお魚のサフランスープも頼んで大満足です!」

「魚のスープが来たようだよ」

「…………驚きの早さです」

「漁港近くの店は、料理を出すのが早いんだ。急いでいるお客も多いからね」

「まぁ。それでなのですね。………まぁ!海老のサラダもきました!」



濃厚な魚のスープは、サフランの鮮やかな色が食欲をそそり、魚の旨味がたっぷり詰まっている。

かりかりに焼いた薄いトーストを浸けながら食べると美味しさが倍増するので、ネアもパンを注文し、併せていただくことにしたのだが、最初の一口で、机の下の爪先をぱたぱたさせてしまった。


冬の寒い朝には、このスープと焼き立てのパンの朝食セットが人気になるらしく、オフェトリウスも任務の前に何度か食べに来た事があるらしい。



「………それと、武力介入はなしだ。王女には国にお帰りいただく運びとなる」

「ああ、君はそちらの考えなんだね。ただ、今回犠牲になった者達が、それで黙ってくれるといいんですがね。禍根を残すと、こちらの障りとなりかねない。そもそも、帰らせるということは誰かの監視の上で送り届ける事になるのでは?」



グラフィーツとオフェトリウスが話しているのは、一昨日に起きた商船事故の話である。

スウェリアムという小国の王女が、海の者達の障りに触れてしまい、乗船していたヴェルクレア商船を沈めてしまったのだ。


元々、お忍びという名目でその王女がヴェルクレアを訪ねたのは、幼い頃に出会ったヴェルクレアの第三王子に非公式に求婚する為であった。


オズヴァルトが継承権を放棄したと聞き、であれば小国であるスウェリアムにも取り込めるかもしれないと考え、国の意志ではなく、王女個人の執着のままにヴェルクレアを訪れたのである。


しかし、王都にはもうオズヴァルトはおらず、彼にはもう愛する人がいる。

初恋の人の伴侶となったのが妖精だと知った王女は、それを許したヴェルクレアにも、妖精という生き物にも腹を立てながら、王女を保護した者達に説得されて自国への帰路に就いた。


しかし、王女は自国まで送り届けてくれる筈の船の上で、何がどうなったのかはもはや確かめようもない事であるが、海の妖精と海の乙女達を大いに怒らせ、関係の良かった筈のヴェルクレア商船を沈めさせるまでの騒ぎを起こしたのである。



(すぐさま救援に向かった騎士団でも、何人か犠牲者が出たくらいであれば、海に慣れた人達にそこまでの被害を出したということになる。どれだけ大きな障りだったのだろう………)



おまけに何を勘違いしたものか、最も近くに居たジュリアン王子の一派が、商船に乗っていた高名な商人や船乗り、たまたま同乗していたこちらも名のある医師達ではなく、よりにもよって問題となったスウェリアムの王女を優先して助けてしまった。


その行為を見咎めた海の乙女達が、いっそうに怒って商船をしっかり沈めてしまったという話もあるので、後々に大きな問題になりかねない事態であることは言うまでもない。



結果として、今回の事故は、近年稀に見る痛ましい被害を出した。

海に取られる者達の末路は決して穏やかなものではないので、残された遺族達の心情が穏やかな筈もない。



(ふむふむ。………グラフィーツさんがそう言うということは、国としてはその方向で決めたのかな)



だからこそエーダリアは、ネア達がヴェルクレアで食事をしてくるのであれば、オフェトリウスから事件の話を聞けないかと考えたのだろう。


幸いにも、王位を継がないエーダリアや、海から離れたウィームが今回の事件に関わる事はないが、国家間の問題が拗れるようであれば、やがてウィームに触れるどこかに波及する恐れはある。

また、海との関係が悪化すれば、ガレンに何らかの依頼が入る事も想定しておかねばなるまい。


正確に動向を掴んでおけば、より先んじた手が打てるのだ。



「という事は、そちらの国はどのような形であれ、今後はヴェルクレアの影響下に入ってしまうのですか?」

「ああ、やっぱり君は、すぐにそこに思い至るんだな」



ぷりぷりとした海老と、爽やかな檸檬のドレッシングの組み合わせに大満足中のネアがそう言えば、眉を持ち上げたオフェトリウスが、ふわりと微笑んだ。


海老のサラダは、オリーブ油と塩と香辛料の組み合わせも秀逸だが、たっぷりと使われている檸檬の風味が素晴らしく爽やかなドレッシングが堪らなく美味しい。



「このまま済ませる事は出来ないでしょうし、であれば、ご自身かお国のどちらかに、対価を支払っていただくより他にないと思うのです」

「僕としては、本人に対価を支払わせた方が障りが少ないと思ったのだけど、………人数を合わせようとしているのであれば、王妃が黙っていなかったのだろう。犠牲になった騎士の一人は、あの方のお気に入りだったからね」


(………人数を合わせる?………と言うことは、こちらの被害の人数と同じだけの犠牲を、相手側の国にも要求しようとしているのだろうか)


「………ふむ。スウェリアムという国の未来は、あまり明るくはなさそうです」

「今回の王女は、どうしようもなく愚かで身勝手だったけれど、下の王子は悪くないんだけれどな。………グラフィーツ、君からも王に提言してくれるといいんだが」

「第三王子と、宮廷付きの魔術師、あの国の染色技師たちは保護されるそうだぞ」

「ん?もうそこまで手を回してあるのか。……………それなら、また少し話は変わってくるか。そろそろ、あの方にも贄が必要な頃合いだろうし………」



そんなふとした一言を、ネアは、ひやりとするような思いで聞いていた。


オフェトリウスが人外者らしい拘りのなさで口にした贄という言葉は、海の乙女達ではなく、この国の王妃へ向けられたものなのだ。

人外者目線ではさらりと語れる内容であっても、同じ人間として考えると相当に恐ろしい。



「アルテアも調整には入っていると思うけれど、カルウィと同じやり方をするのはやめておいた方がいいだろう。あちらの海とこちらの海は性質が違う。贄で鎮めるのではなく、誠意で鎮めておいた方が、セレスティーアも納得するのではないかな」


そう言葉を挟んだのはディノで、確かにあの海の精霊王は、どちらかと言えば丁寧に交渉した方がいい御仁だという気がする。


「漂流物への供物にするつもりのようですよ。どちらにせよ、この国でも漂流物が現れた際には、それなりの被害が出るでしょう。その際に、瑕疵のある国の民を使えるのであれば、結果として、国民にとっても益のある対価になる」

「それならいいのだけれどね。海との交渉は終えたのかい?」

「ええ。それも済んでいるようです」


王様にはきちんと敬語のグラフィーツの答えに、ディノが頷いたので、どうやらこれで問題なしと判断しても良さそうだ。

二人の会話を聞いたオフェトリウスが、少しだけ遠い目をする。


「となると、今回の交渉の席に立つのは、王妃でしょうね。………やれやれ、騎士団から誰を同行させるつもりかな。僕は、早めに休暇申請をしておこう」




スウェリアムとの取引は、内々に行われるようだ。

表向きは、ヴェルクレア王妃自ら、スウェリアムを訪問して問題を起こした王女を送り届けるようになる。

その道中で王女がどんな恐ろしい目に遭うのかはさておき、そんな手配をした者達は、今回の一件で腹を立てている王妃が、問題を引き起こした王女と過ごす為の時間も確保してみせたのだろう。


その後は、国家間の交渉が行われる運びになるのだが、虐殺の精霊王を伴って訪問した大国の王妃を、小国が無下に出来る筈もない。

ウィームに暮らしているとそこまで身近に感じる事はないが、外遊と言ってのける程度の人員だけで、ヒルドの祖国を滅ぼすことを可能にしただけの力を有する者達なのだ。


場合によっては、その訪問自体が国を滅ぼす災いになりかねないと知れば、スウェリアム側も交渉に応じずにはいられなくなる。


そもそも、今回の事故の賠償だけでも、小国には身を滅ぼしかねないものだろう。

加えて海の乙女達の恨みを買っている王女を国に戻されるのだから、今後、海からの恵みがどうなるのかは推して知るべしという状態である。



「………必要な人員を、こちらの国に連れてきてしまうのですか?」

「魔術的な印を付けるだけで事足りるよ。この国はそうではないけれど、国民の多くの権利を、国が管理する名簿に紐付けている国もある。スウェリアムはそのような習慣の残る場所だから、王宮側が本人の同意なく、必要な人員をこちらに差し出す事が出来るんだ」

「それはもう、絶対に住みたくない国ですね。……………まぁ!揚げたお魚が出てきました!!」

「………はは。清々しいくらいに割り切って考えられるんだな」


ネアがスウェリアムの被害はさておき、美味しい料理に興味を移してしまったからか、オフェトリウスがそんなことを呟く。

ネアは、当然こちらの方が重要であると、凛々しく頷いた。


「ええ。知りもしない国の方々の命運より、自身にも被害を及ぼしかねない国内の政情の安定が優先です。王妃様がそろそろ暴れておきたい頃合いなら、そちらの国でどうぞと思いますし、これからの漂流物の訪れの際に自国の王都での被害を減らせるのであれば、もはや何の問題もありません。……………あぐ!」



からりと素揚げにした魚に、お酢のきいたソースがたっぷりとかけられている。

揚げたてのさくさくとした食感と、ほろりと崩れる身の美味しさを味わうには、こうしてすぐにお口に入れてこそだろう。


ネアは、ディノの取り皿にも美味しいところを盛りつけてやり、むふんと頬を緩めた。

みんなで分け合ってあれこれ食べることにしたので、続けてオフェトリウスも魚を上手に崩している。



「……………美味しいれふ」

「うん。良かったね。……………美味しい」

「ふふ。ディノも気に入ったみたいで良かったです。………こちらの辛いソースのお魚もいただきますね!」


辛いソースの揚げ魚のお皿はオフェトリウス側だったので、気の利く剣の魔物が取り分けてくれた。

月に二回だけ登場する香辛料がたっぷりのこちらのソースは、ピリ辛で酸味が効いた味わいが堪らなく食欲をそそるのだそうだ。

なぜ限定なのかと言えば、使われる香辛料が高いので儲けが少なく、そのくせにあまりにも人気なので月二回にされてしまったらしい。



「むぐ!……………こ、これは………!!」

「辛くないかい?」

「……………ちょうどいい辛さで、病みつきになる味ですよ!ディノも食べてみて下さい!!」

「……………辛くないかな」


色合いが辛そうなのでと警戒して食べ始めたようだが、ディノもすぐに目を瞬き、こくりと頷いた。

こちらの魔物はどちらかと言えばお子様舌なのだが、そんなディノにも美味しく食べられる味付けだったようだ。



窓際の席なので、食堂の素朴な風合いの木枠の窓から、青い青い海が見える。

夏の午後の日差しにきらきらと煌めく海面は穏やかに見えるが、人ならざる者達の無慈悲さを見たばかりの船乗りたちや商人達は、海に出るのを躊躇ったりはしないのだろうか。


とは言え、こうして新鮮なお魚が食卓に上がっているのを見る限り、漁業への影響はないと考えてもいいだろう。



「…………沢山あるメニューのどれも、本日は提供出来ませんということはなさそうですね。港に大きな支障が出ているという訳ではないのなら、思っていたよりもきちんと解決されているようです」

「おや。まさかと思うけれど、君がそれを確かめる為の昼食会でもあったのかな?」

「私は庶民派の目線を誇りにしていますので、その確認も兼ねていた事は否めません。ですが、美味しい海鮮料理がいただけないとなったらそれはもう落ち込みましたので、無事に楽しめて良かったです!」



ネアがそう言えば、向かいの席に座ったオフェトリウスがくすりと笑った。


青緑色の鮮やかな瞳は穏やかだが、こちらも、決して人間に寄り添うばかりではない人ならざる者である。

一人の王女が海の者達との関り方を間違え甚大な被害を出したように、もし、間違ったカードを引けば障りともなりかねないのが、そんな生き物達の常なのだ。



「それと、このリゾットは僕のお気に入りでね。これを狙うのはあまりお勧めしない。残すのなら引き取ってあげるから、食べてみたいのなら自分で注文するといいだろう」

「……………むぅ。なぜかそのお皿だけ死守していると思っていたら、お気に入りだったのですね。ですが、私もお気に入りの料理に手を出されたら怒り狂いますので、烏賊墨のリゾットは、先生のものを頂こうと思います」

「……………おい」

「グラフィーツなんて……………」


ネアは、そちらのテーブルにも烏賊墨のリゾットがあることを、ちゃんと確認しておいたのだ。

お口が真っ黒になるのでと躊躇っていたが、オフェトリウスが食べているのを見て我慢出来なくなってしまったのである。


「そして、烏賊墨のリゾットを食べても、やはり魔物さんはお口が黒くならないのですね…………」

「ん?ジャワンダの葉を使ってあるから、口は汚れないぞ」

「……………じゃわんだ?」



初めて聞く名称にネアが目を瞠っていると、これだからウィームの人間はという顔をしたオフェトリウスが、ジャワンダは南方の島国原産の葉野菜で、海の障りや浸食を軽減する効能がある、元は薬として使われてきた植物なのだと教えてくれた。


少し毒のある魚や、烏賊墨のような食材と一緒に料理すると望まない効果を残さなくなるので、ヴェルリアでは人気の食材なのだそうだ。

残念なことに少しばかり高価なので、このような店では、ジャワンダ入りの烏賊墨のリゾットと、入っていないものとの二種があるらしい。

お値段としては、林檎一個分くらいの差が出るようだ。



「因みに、味としてはセロリの葉のような感じかな。ほら、………これがジャワンダだ」

「……………じゅるり」

「……………味見だけならやるが、しっかり食べたいなら注文しろ」

「では、先生に一口貰い、もっと食べたくなったら一皿注文します!」



結果としてネアは、あまりにも美味しかった烏賊墨のリゾットを追加注文してしまい、少しだけオフェトリウスにも手伝って貰ったものの、見立てよりも多くの昼食をお腹に収める事となった。

蛸揚げもふわふわ烏賊もとても美味しかったので、何一つ手を抜けずにいたのだ。



帰り道で、海の上に見た事もないような魚の形の雲が現れ、漁港の人々が大騒ぎしている場面に遭遇した。

何かの障りか災いだろうかと身構えてしまったが、一緒に店を出たオフェトリウスが、魚雲だと教えてくれる。


その雲の下には大きな魚群がいる事が多いので、漁師たちは、慌てて船を出すようだ。

あんな事件の後でも容赦なく漁が出来ているという事は、海の側との話し合いは丁寧に済ませてあるのだろうなと考え、ネアはこくりと頷いた。




ネアがよろよろしながら帰宅したので、エーダリア達は心配したようだが、食べ過ぎによるものである。


オフェトリウスやグラフィーツから聞いただけの話と、ネア達が実際に見てきた港町の様子を伝えると、エーダリアはほっとした様子であった。



「方針が決まったのであれば、王都の者達で上手く調整するだろう。海に暮らす者達の怒りが収まらずにいると、今後への影響も含め厄介だったのだが、魚雲の漁が出来ているのであれば問題ないだろう」

「なぜ、自ら位置を知らせてしまうのかと思いますが、あれは、海の中にいるお魚さん達の祝福がましましになると、自然と出来る魔術性の雲なのだとか。海竜さんや海の妖精さんを始めとした、お魚をいただく皆さんで、脂の乗った美味しいお魚の奪い合いの大騒ぎになるそうです……………」

「ああ。だからこそ、魚雲漁が出来ているということは、海との関係が悪くないという証拠になるのだ。この情報程に確かなものはないからな。お前が偶然見付けてきてくれて助かった」

「ふむ。美味しい烏賊墨のリゾットを追加注文していたお陰ですね!」



なお、ヴェルリアの海で多くの者達を犠牲にする騒ぎを起こした異国の王女は、自国の修道院に送られる道中で夜盗に襲われて姿を消したそうだ。


護衛の騎士達の数を減らして、人目を忍んでの夜間の移動だったこともあり、そんな無防備さが仇となったのだろうと言われているが、その王女の振舞いが自国にも大きな障りを齎したことは周知されていたので、国内でも大きな騒ぎになることはなかった。



海の障りを受けた王女を大きな船で送り届けてくれた大国の王妃の美しさは、暫くの間、スウェリアムの国民達の記憶に残ったようだ。


大国の妃に相応しい慈悲深く美しい王妃が、どのような災いとともにスウェリアムを訪れたのかを知っているのは、限られた者達だけなのだろう。











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