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家族の訪問とタオルの所在




小さな溜め息を吐き、窓の外を眺めた。


目の前の紙にはびっしりと書き殴った魔術式が並んでいて、特別な術式を揃える為に用意したインクの瓶はまだ開けていなかった。


あと一つ必要な式が足りないのだと思えば、欠かしてはならない動作を補う魔術を思う。

部屋のポットの方に歩いて行こうとして、用意されていた紅茶は全部飲んでしまった事を思い出した。



「はぁ。この週末は、かかりきりになっちゃったなぁ…………」



そう呟き窓の外を見れば、いつの間にかまた季節が色を重ねていて、少しだけ取り残されたような気持ちになってしまう。


今から会食堂に行けば誰かがいるだろうかと考えていると、こつりと扉をノックする控えめな音が聞こえた。



「ありゃ。誰かな………」



そう呟き扉に向かいながら、やはり自分は独り言が多いのだなと苦笑した。

誰もいない城の静けさに耐えられずに思考を声に出していた時期があったのだが、本来なら今は、必要な時間にだけ言葉を発すれば事足りる筈なのだ。


とは言え習慣というのは抜けないもので、今でも自分は独り言の多い方だと思う。


部屋の入口まで歩いてゆき、扉を開くと、そこに立っているのはノアの大事な家族だった。



「……………わーお」

「ノア、お部屋に入りますね。………まぁ。ここにボールが沢山転がっていると、アルテアさんがお部屋に遊びに来た時にまずいことになりますよ?」

「ええと、…………アルテアを部屋に招く付き合いはしないから、大丈夫なんじゃないかなぁ」

「まったく。昨晩から食事にも現れずに何をしているかと思えば………。ポットの中身も空のようですね。替えを持って来て良かったようだ」

「あ。それって冷たい紅茶かい?だったら、喉がからからなんだけど!」

「ラベンダーと夜の子守唄のものと、葡萄の紅茶の二種類ありますが、どちらにしますか?」

「じゃあ、ラベンダーかな。眠たくなりそうだけど、そっちの香りの方が欲しいって感じがする」



あっという間に部屋の中に入ってきたネアとヒルドとは違い、エーダリアとシルはゆっくりと入ってきた。


目が合ったエーダリアはなぜか、慌てたように視線を彷徨わせるので、なぜだろうかと首を傾げる。

そうすると、こちらが微笑んでいることに気付いたのか、安堵の表情でふうっと息を吐いた。



「…………私が、無理を言ったせいではないのか?」

「ああ、今回の遮蔽魔術のことだよね。無理なのは承知の上で引き受けたんだから、エーダリアが落ち込む必要はないと思うよ」

「昨晩から、食事も摂っていないではないか。お前に甘えて、すっかり無理をさせてしまった…………」

「ありゃ。それで来てくれたのかい?でもこれって、僕にとっても重要な事だからさ、改善出来るならしておきたいんだよね。国内のギルドの総会って、どうしても、商人を守る為の法律や禁足術式の方が多いのは事実だよ。そこを盾に取られてウィームで好き勝手されても腹立たしいし、参加するエーダリアやヒルドに何かされたら腹が立つから、どうにかしたいよね」



だからこれは、自分事なのだ。

そう説明してもエーダリアがまだしょんぼりしているので、困ってしまったノアは、妹の姿を探した。



「ネア、エーダリアが落ち込んじゃうんだけど………」

「あらあら。ノアは、家族を守れる事が嬉しくてはしゃいでしまい、尚且つ、家族は大事なのでより念入りに悪い奴を締め出す作戦を考えているに違いないとお話ししておいたのですが…………」

「うん。そうなんだよね。…………え、ヒルド……………何でそっちの部屋の扉を開けようとしてるの?」

「扉の下からタオルがはみ出ていれば、開けようと思うのも当然では?」

「あ、………そ、その部屋は駄目だよ。………って、…………ああ」

「………こちらのタオルは、入浴の際に使ったとは思えませんが?」

「ええと、……狐の時にね、……………縁を噛んじゃうんだよね」

「やれやれ、何枚目ですか?」

「ごめんなさい………」



まだ噛み終えてないのにヒルドに回収されていくタオルを悲しい目で見送っていると、先程まで術式を構築していた紙を広げたままのテーブルの前に、シルが立っているのが見えた。

エーダリアはネアに任せてそちらに歩いていくと、気付いたシルが顔を上げる。



「………この種の重複術式は、三層までが限界なのではないかな。今代の世界では、あまり、時間を指定した術式を重ねられないようになっているのだろう。代わりに、犠牲の系譜の術式で、必要な条件を抽出してみてはどうだい?…………例えば、このようなものはどうだろう」

「……………ありゃ。完成したぞ」

「うん。これでいいのなら、充分に働くと思うよ。ダリルから迷路を借りておくと、もう少し、中での時間を増やせるかもしれないね」

「……そうか。ダリルの迷路があれば、引っかかった連中の思考そのものに干渉出来るんだね………」

「その領域の術式阻害は、アイザックやアルテアが長年かけて練ってきているものを基盤とした術式が多い。同じ領域で拾い上げるよりは、違う領域のものを組み合わせた方が、手数は増えても有用かもしれない」

「特にアイザックはさ、術式にかけては変態的なんだよね。まずはそれを解読するのが大変だし、僕にも攻略が難しい術式を組み上げるから、毎回苦労するんだ。…………うんうん。これならいけそうだ。…………エーダリア!出来たよ!」



そう言えば、ネアと話していたエーダリアが、顔を上げてぱっと表情を明るくする。

これで安心して、持ち回りのギルド総会の準備が出来るだろうかと思えば、こちらを見た契約者は、思ってもいないことを口にした。



「そうか。では、もう食事の時間は取れるのだな!」

「ありゃ……………」

「昨日の午後から何も食べていないだろう。ヒルドが、今日の昼食を運んできてくれているので、少しでも何かを食べた方がいい。それとも、少し眠った方がいいだろうか?」

「……ええと、…………うん。そうだね、少し食べるよ。会食堂に行った方がいいかな」

「おや、こちらに持ってきておりますよ」

「え、……………その感じだと、僕がここで食事して、皆に囲まれるの?」

「一人で食事をするのも味気ないと思うので、私達はおやつの桃をいただくのですよ。ちびころにされない、普通の美味しい桃なのです!」

「………うん。じゃあ、そうしようかな。……………何だかさ、胸の中がぐしゃっとなるなぁ」

「ふふ。お仕事が立て込んでいて、お部屋に籠ってしまった家族が心配になるのも、家族の醍醐味ですものね」

「……シル。ネアが泣かせようとするんだ」



求めていた効果を揃えた術式は、用意しておいたインクで素早く正式な紙に書き込んでしまい、同じような術式をギルドで再構築されないようにした。


この後で、ウィームのギルド長であるバンルや、ダリルなどを交えて議論をした上での運用開始となるのだが、その際に、他領との商売にも余念のないアイザックには情報が漏れないように気を配る必要はあるだろう。


欲望の魔物は概ねウィーム寄りという立場ではあるものの、それでも商人である。


商いの領域の中では、ウィームやエーダリア達が優先されることばかりではないので、何とかこの術式を間に合わせ、こちらの守りと出来て本当に良かった。




「………あ、シュニッツェルだ」

「ええ。料理人たちも、あなたを心配していたのでしょう。好きな料理の方が、食欲が出るだろうかと話しておりましたよ」

「うん。…………家族ってさ、いいよね」

「であれば、部屋への連絡に返事くらいするように」

「ありゃ。僕、連絡が入ったの気付いてなかったや………」

「やれやれ…………」

「スープも飲むといい。ヒルドが、お前が心配で作ってくれたのだ」

「え、そうなの?!」

「……………ネア様が、家族の誰かが作ったものなら、罪悪感から残さずに食べるだろうと仰っていましたので、念の為にですが」

「うむ。ヒルドさんの冷たいジャガイモのスープを飲み、リーエンベルクの料理人さん達のシュニッツェルを食べて、後はゆっくりと休んで下さいね」



そんなネアは、焼き菓子を焼いてきてくれたらしい。

食事をしたらひと眠りして、目を覚ました後でお腹が空いていればと言ってくれる。



(なんだか、堪らないなぁ…………)



どうしても嬉しくて堪らずに顔が笑ってしまって、くしゃくしゃな気分でシルの方を見ると、目が合ったシルは何かを言い含めるようにゆっくりと頷いた。



「入浴剤を持ってきておいたから、後で使うかい?」

「……………わーお。シルまで甘やかしてくれるぞ」

「このような時には、大事にするのがいいそうだよ」

「うん。さては、僕の妹の入れ知恵かな。………でも、有難う。使ってみるよ」

「うん」



シルが気に入っているという入浴剤の瓶を受け取り、それが、使いかけのものではなく新品である事に気付いた。


慌ててネアの方を見ると、シルは、贈り物であれば新しく買うべきだろうと考えたらしく、わざわざリノアールで買ってきてくれたそうだ。



「え。…………本気でみんなが、泣かせようとしてくる」

「今回は、お部屋から出て来なくなったノアのせいなので、甘んじて受け止めて下さいね」



そう微笑んだネアにこくりと頷き、あたたかな食事を食べて家族とお喋りをした。

勿論、一日にも満たないくらいの間に特別な事件が起きているということもなく、会話の内容は特に意味のあるものではなかったが、それでも充分に幸せだ。



ずっと昔や、左程昔ではないいつかのどこかで、誰も訪れなかったテーブルで一人、誰かが気にかけてくれるのを待ち続けていた時間の事を思う。


いつか誰かと分け合う為に溜め込んだ嗜好品はまだまだあるし、大事な人が出来たら話そうと思っていたことも幾らでもある。

それなのに、そんな抽斗はなぜか上手く開いてくれないまま、ただ、幸せにとろとろと温められて家族の会話を聞いていた。



「……………ああ。幸せだなぁ」


思わずそう呟くと、こちらを見たエーダリアが嬉しそうに笑う。

自分の幸せを喜んでくれる人までいるのだと思えば、やはり家族というのは最高ではないか。


「…………それと、夜で構いませんので、タオルの数を確認し直しましょうか。もう二枚程足りないようですからね」

「ごめんなさい……………」



そして、国一つを壊しても誰も何も言わなかったのに、タオルが二枚行方不明になっただけで容赦なく叱られてしまうのもまた、家族だからなのだろう。







7月いっぱいはSS更新となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 思い合ってくれる家族は素敵ですね
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