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魔術書と星狩り





その日、たいへん後ろ暗い思いで部屋を抜け出したエーダリアは、震えるような吐息を堪えて扉を閉めた。

隣とは言え実質ふた部屋分離れているものの、ヒルドの部屋の方をそっと窺い、そちらで動く気配がない事を確かめる。



ほうっと息を吐き、片手で抱えていた魔術書に視線を落とした。

ずしりと重い石のような魔術書だが、それもまた、石膏の魔術書と言われる所以である。


落としたりぶつけたりしないように大事に抱え直し、唇の端を持ち上げる。

今夜はとても大切な用事があるのだ。



時刻は真夜中を過ぎていて、ゆっくりと部屋の前から離れながら、ヒルドの部屋の方から相変わらず何の音もしない事を確認し、背中を向けた。




「……………む」

「っ………?!」



そして、廊下の向こうから現れたネアの姿に、心臓が止まりそうになった。



ネアは、一拍置いた後に首を傾げ、エーダリアがしっかりと抱き締めている魔術書を見る。

そして、こんな夜ははっとする程に鮮やかな菫色を映す鳩羽色の瞳を細めてにんまりと微笑んだ。



「もしかして、お部屋から脱走するところなのです?」

「っ?!せ、声量を落としてくれ!!」

「むむぅ」

「………いいか、この魔術書に星を呼び込むだけなのだ。だが、私の部屋からは角度が合わなくてな」

「ふむ。………では、ご一緒しますね」

「………お前は、こちらに用があったのではないのか?」

「ええ。ですが、エーダリア様のご用事が終わってからでも問題ありませんので、まずは、そちらを済ませてしまいましょう」



微笑んだネアにそう言われてしまい、渋々頷いた。

この作業は一人でするつもりであったし、暴れる星を本の中に閉じ込める作業は、時として荒っぽい捕縛も必要となる。


そこにネアを同席させて大丈夫だろうかと考えたエーダリアだったが、ここでふと、思わぬことに気付いた。



この家族は、自ら狩りの女王を名乗るくらいで、もはや、魔物から精霊から何でも狩ってきてしまうと言っても過言ではないくらいの狩りの腕前ではないか。




「………ネア、………今夜の銀色流星群の中に、青緑色がかった星が混ざっているのだ。それを捕らえたいと思っている」

「ふむふむ。………何となく事情が見えてきました。では、一緒に捕まえますね!」

「ああ!」



これは心強い仲間が出来たかもしれないと考えながら、二人で廊下を抜けると、階下に向かう。

時折この辺りで、階段の踊り場で眠ってしまっている銀狐を見かけるのだが、今夜は大丈夫そうだ。


一階で中庭に出られる硝子扉の魔術施錠を開け、大きな音を立てないように気を付けながら、中庭に出た。



するとどうだろう。

そこには、思ってもみなかった光景が広がっていたのである。



「ほわ………!!」

「………ものすごい流星群だな。ネア、………念の為に聞くが、最近、リズモを狩ったか?」

「昨日、そろそろ備蓄が心許ないかなと思い、群生地を襲ってきたばかりです」

「………それでなのだな」



いつもよりもずっと夜空が近く、こぼれ落ちそうな程の星が夜空で瞬いている。

今夜の流星は銀色の尾を引き、この季節に渡りをしているのだ。



「………水色の星がいましたが、青緑なのですよね。歌えばたくさん落ちてきそうですが、どうやってお空から取ればいいのでしょう」

「今回、ウィーム上空を通過する流れ星には、願いを拾う習性がある。こちらで視認し、捕らえたいと思い手を伸ばせば、魔術の力で引き寄せる事が出来るのだ」

「むむむ…………」



困惑したような顔で頷いたネアに、とは言え、まだ流星落としは難しかっただろうかと思いながら、空を見上げる。



時刻は真夜中で、中庭に出ているのは二人だけだ。

だが、どうもネアの胸元にはムグリスになったディノが押し込まれているようだし、この場所であればエーダリアの排他結界でも事足りるだろう。


こうして家族とともに庭に抜け出しているということが少しばかり後ろめたく、そして不思議な高揚感があった。

今回の星落としは、ヒルドの誕生日の為の準備なのだが、やはりヒルドの誕生日のある初夏の星を使いたいと思い、機会を待っていたのだった。



「エーダリア様………」

「やはり、難しいものだな。流れてゆく星の願いも強く、ついつい競り負けてしまう。………ネア?!」



そう苦笑し、振り返ると、ネアはいつのまにか、片手に無造作に光の尾を鷲掴みにして星を捕まえていた。

流星の光の尾を捉えると、長い絹紐を通した星屑のようになって落ちてくるのだが、ネアはその尾の部分をしっかり掴み、じたばたと暴れる星達を拘束している。



「い、一体、幾つ捕まえたのだ………」

「むぅ。鷲掴みで一網打尽でしたので、五個くらいいるようです。なお、銀色のものも混ざっているので、こちらはぽいですね」

「あ、ああ………」



一刻くらいはかかるかと思っていたが、あっという間の完了である。


ネアに尾を押さえておいて貰いながら、暴れる星を石膏の魔術書の中に押し込み、魔術の端々に青緑色の星の光を宿す。


こうして星の光を宿した魔術は、題名にある石膏だけでなく、造形を施す硬質な置物の全てに星の光をつけるのだ。



「ネアのお陰で、あっという間に終わってしまった」

「ふふ。お誕生日の為ですから、家族は協力し合うのですよ」

「…………ああ。ところで、お前はなぜ、あそこにいたのだ?」

「狐さんの姿が見えなかったので、またあのあたりの廊下で寝ているのかなと思ったのです。今夜は、明日の朝の会談の為にアルテアさんが深夜にこちらに来ると聞いていましたので、出来れば回収しておこうかなと」

「私は見かけていないので、ヒルドの部屋かもしれないな………」




しかし、そんな銀狐は思わぬところにいたようだ。



リーエンベルクの中に戻り、ネアと共に歩いていると、外客棟に繋がる廊下の向こうから歩いてくる、ヒルドとアルテアの姿が見えた。

こちらに気付くと問いかけるような眼差しになったヒルドの腕には、けばけばになった銀狐が抱かれている。



「まぁ。狐さんはどうしたのですか?」

「………お前は、何で起きてるんだ」

「エーダリア様と、お空を見ていたのですよ」

「こいつが、薔薇の花壇の下に潜り込んだまま出られなくなっていたぞ」

「………ほわ、狐さんが。そして、アルテアさんだけでなくヒルドさんもほかほか湯上がりなのは、狐さんを洗ってくれていたからなのですね」

「………泥だらけでしたからね。アルテア様が気付いて下さったからいいものの、なぜ、あの隙間を通り抜けようと思ったのか………」



入浴したばかりだからか、珍しく薄着のヒルドがそう言えば、腕の中の銀狐がムギャムギャと何かを訴えている。

こちらを見ると尻尾を揺らしたので、相当叱られたのだろう。




「そして、明日は面倒な会談があるとご存知の筈ですが、まだ起きておられたのですか?」

「………っ。………す、すまない」

「ヒルドさん、私が、狐さんを探してエーダリア様を訪ねてしまったのです」

「ネア様もですね。今夜の流星雨には、人間を襲う森の染め星が混ざっているという観測報告が先程入りましたので、くれぐれも窓は開けませんよう」



そんなヒルドの言葉に、思わずネアと顔を見合わせてしまったが、慌てて視線を戻した。

すると、こちらを見ていたヒルドが、にっこりと微笑みを深めるではないか。



「…………そう言えば、お二人で星をご覧になっていたということですが、どちらにおられたのですか?」

「………むぐ」

「………それは……」

「ふむ。………明日は朝から会談がありますので、お話は明日の午後にでもお聞きしましょう。ネア様、銀狐は、今夜はこちらで預かりますので」

「はい。狐さんをお願いします」

「ったく。部屋まで送ってやるが、くれぐれも俺を事故に巻き込むなよ」

「ぐるるる………」




明日は間違いなく説教になるが、ネアの提案で事前に魔術金庫にしまってあった石膏の魔術書のことを思い、安堵の息を吐いた。

ずっと側にいてくれたヒルドの誕生日の贈り物の為であれば、小さな冒険も吝かではないのだ。












引き続き、7月いっぱいは2000文字〜のSS更新となっております。

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