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古い部屋と違う流派




「……………これでいいだろう。あの方に障りを齎すなど、許し難いとしか言いようがない」


そう呟き、翳した手のひらから、はらはらと白い花びらが落ちるのを見守った。

ちらりとこちらを見上げたシルハーンに深々と頭を下げ、敬愛するべきご主人様の足元の魔術を丁寧に整える。



雪の城の最奥にある術式陣は、遠い昔にウィームの一人の王の為に用意したものだ。

その男に深い執着があった訳ではなかったが、どこかに暮らす中階位の魔物のふりをして、何度か酒を飲み交わしたことがある。


友人だったのだろうとオルガは言うが、多分、そこには至らなかった。


時折、あの男が難しい立場に立たされた際に、こっそりこの部屋から雪の祝福を増やしてやりはしたが、それもニエーク自身のものではなく、雪の祝福石などを使ってそっと届けたに過ぎない。


恐らく、友人になるには時間が足りなかった。

そして人間は、あっという間にいなくなってしまう。



魔術を閉じ、リーエンベルクとの繋がりを解いた。

こつこつと床を踏み古い秘密の部屋を出ると、ふうっと溜め息を吐く。


すると、外で待っていた雪の妖精の一人が、外客の間にいつものお客が来ているというので、何か問題があったのだろうとそちらに急いだ。




「それで、リーエンベルクの祝福を増やしておいたんですか」

「夏至祭如きの要素で、僕の手元からウィームに暮らすご主人様を攫おうとするとは、まったく、愚かだとしか言いようがないな」

「……………そんなあなたは、夏至祭の近い街に出て行こうとして、倒れたと聞きましたが?」

「夏至祭のものたちの影響が不愉快だったからだ。統一戦争も不愉快な事件だったが、あの時は、王家の者達の選択もまた、頑なで愚かだったのだろう。それに僕は元々、近年の主王家よりもリングの中の災いだった者達の方が好きだからね」

「それは初耳でした」



驚いたように目を瞠ったワイアートも、この時期は冬の系譜の治める土地から外には出れない。


一日の殆どを眠るように過ごす同族も多い中、よく動いてはいるものの、雪竜の祝福の子とは言え、出来る事と出来ない事は理解しているようだ。



(確かに、夏至祭の気配の中で外に出たのは軽率だった。………でも、よりにもよって、あの系譜の者達に手を出されるのは許し難い……………)



それぞれの系譜や資質がある中で、相性の悪い者達というのはやはり存在する。


ニエークにとってのそれは、夏の系譜の者達であり、そして何よりも夏至祭の周囲の連中なのだ。

祝祭らしい階位の紐付けを美しくは思うが、下品で騒々しい夜だという印象ばかりである。


ニエーク自身ですらそうそう触れられないあの方に、そんな系譜の者達が手を伸ばそうとしたのだから、こちらも少々激高してしまうというものだ。

幸いにも、季節の系譜よりも祝祭の足跡を辿って現れたクロムフェルツが、非ざる者達の女王に命じ、愚かな怪物達を退けてくれた。


あの方であれば怪物になろうともこの思いは揺るがないし、あの方を怪物たらしめる魔術の結実は、見た事もないような大きな因果と成就の収穫でもある。


ずっと昔にウィームの土地が豊かで残忍であった頃ですら、あのような魔術を編み上げた者がいただろうか。



(だから、あの方を象るリースは好ましく思っているのだが、リースと言えば冬のものだ。どれだけ円環の魔術に夏至祭が結んでいても、イブメリアの愛し子だというのに………)



二人は今、会報を手に歓談していたところだ。

今月の会報は前月よりもぶ厚く、製本の手間から保存用と加工用が後から届いたのである。

その際、雪竜よりも表との繋ぎの取りやすいニエークの城に冬の系譜の者達の分を受け取り、後からこちらで分配する予定であった。


受け取りに来るのは明後日だった筈なのだが、この竜は待ちきれなくなったようだ。



(加えて、夏至祭の情報が入っていないのかを、僕のところにも確かめにきたのだろう)




「オルガはいないんですか?」

「ああ。出掛けている。彼は、この季節は姿を変えて森に出掛けてゆくことも多いからな。……………それと、この、ご主人様が迷われた挙句棚に戻したという便箋は、誰かが押さえてあるのか?」

「会長が三セット購入してあるそうですよ。それだけあれば、やはりと店に戻られた際にも、何気なく商品棚に戻しておける。リノアールとも話は付いているみたいです」

「それは良かった。………それと、リドワーンは、前に出過ぎじゃないのか?」

「………この季節に、彼程に頼もしい仲間もいないでしょう。それに、少し前に出過ぎたと感じ、会長が周辺警備に戻したと聞いていますよ」

「それならいいのだが………。……ん?頭を……」

「頭を………?!」



魔術記事を共有出来る、会で作られた特殊な魔術手帳から仲間達からの報告を読んでいるのはワイアートも同じなので、どうやら、同時に同じ報告を目にしたようだ。



思わず顔を見合わせ、ワイアートは、はっとしたように震える手を下ろす。


自制しているようだが悔しいのだろう。

ニエークとて、頭を撫でて貰えるならどんな風に床に寝そべってもいい。

だが、そうすると周囲の者達が面倒なことになるので、あまりやらないだけだ。




「………この後は、どうされますか?僕は、午後から、氷竜の国の近くの中立地でベージと会う予定ですが」

「いや、僕はやめておこう。新しい会報の、今日のご主人様の写し絵部分に、僅かだが指先の描写がある。ここを、どの明かりで見るのが一番なのかを調べなければならないからな」

「…………さすがの僕も、そこまではしませんよ。額装して、あの方の為の部屋に飾るくらいです」

「それは勿体ないな。会報は、受け取った月はただ何度も読むようにしている。加工用の二冊目から飾る頁を決めるのは、翌月以降だ」

「まぁ。これも流派がありますからね」


どこか投げやりにそう呟いたワイアートは、まだ若いのだろう。

必要なだけ、必要なことに時間はかけた方がいいのだという事をまだ知らない。




沢山のことが、思いがけない速さで、あっという間に過ぎ去ってゆく。

それは、大事な者も、そうではない者達も。



なので、心の動くことは、ゆっくりと堪能するのがいいだろう。








〜7/20まではSSの更新となります。

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― 新着の感想 ―
[一言] お、推しの楽しみ方にもいろいろあるよね……………
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