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竜のご褒美と星屑の成果




「昨晩は、夏至祭の階段が現れたようですが、大丈夫でしたか?」



リーエンベルク前広場でそう尋ねたのは、長い瑠璃色の髪の男性に擬態した夜海の竜の王子だ。

ネアは、そんなリドワーンにおやっと目を瞠り、小さく首を傾げる。


一緒にいたディノだけでなく、グレアムも瞠目しているので、リドワーンがその訪問に気付いていた事は意外だったのだろう。



「まぁ。リドワーンさんも、あの階段めの出現を感じられるのですか?」

「はい。俺は、夏至の始まりの生まれの竜ですから」

「なぬ。……………という事は明日はお誕生日………?」

「そうなりますね。夏至祭は、日付の変わる真夜中から祝祭に入りますので、祝祭にかからない昨晩の内にその祝祭反応があれば、異変が起きたと気付けます」

「…………俺も初めて知ったが、君は夏至の生まれだったのか…………?」


そう尋ねたのはグレアムだったので、友人である犠牲の魔物も知らない事だったようだ。


「最初にお話するのは、ごしゅ………ネア様にと決めていたんだ。折角の複数属性の詳細を自ら明かす事もないと言われ隠していた、一族の秘密なのでな」

「ほわ、それは、言ってしまっていい事なのでしょうか…………?」

「おや、夏至生まれの者には、あの気配が掴めるのだね」

「ええ。祝福の子としての役目を授かったのは、祝祭の始まりの時間の子供だったこともあるのでしょう。誕生の祝福を得ている事で微量な気配にも気付けますので、結果として、あのような気配を感じ取った時にどのような事が起きているのかも、想像がつくようになりました」



こちらに向き直り、どこか真摯な目でそう教えてくれた夜海の竜は、なぜか、石畳に膝を突いて、先程からネアの足元に跪くような姿勢になっている。


これもなぜなのだろうと考えて、最初からずっと困惑していたネアは、素直に理由を聞いてみることにした。



「………ふむふむ。となるとリドワーンさんは、これ迄にも夏至祭の階段の出現を知覚されてきたのですね。…………そして、なぜ跪くような姿勢になっておられるのでしょう?」

「ご主……………ネア様に褒めていただけると聞きましたので、何か手荒いご命令をいただくか、頭を撫でて貰おうかと!」

「ぎゃ!」

「リドワーン!!」



真っ直ぐにこちらを見上げて目をきらきらさせた美麗な竜のあんまりな要求に、ネアは、思わずのけぞりそうになってしまった。


迷い鯨退治については、運河周辺の店や工房に被害が出ないよう、棒を持って暴れていた青年を宥めてくれたりもしたのでとても感謝しているのだが、褒めて欲しいという事だったのでお礼のお菓子でもあげればいいのかなと思っていたところにこの要求は、さすがに刺激が強過ぎる。


すぐさま、同行しているグレアムが叱ってくれたが、リドワーンはその時だけはっとするものの、目が合うとまた、嬉しそうににこにこしてしまう。



「………め、命令は少し危うい気配がしますので、頭を撫でて差し上げますね」

「はい!」

「リドワーンなんて…………」

「ディノ。あの日は我々の代わりに頑張って下さったのですから、お礼はきちんとしなければいけませんよ?おまけにリドワーンさんは、ウィーム領からの討伐報酬を辞退されて、こちらに来てしまい………来られたのですから」

「リドワーンなんて……………」

「すまないな、ネア。……………顔見知りなので注意はしたんだが、その約束を反故するように言い含めたところ、泣き出してしまってな………」

「これっぽっちの報酬への期待が重過ぎるのは、なぜなのだ……………」



ぐったりとした様子のグレアムは、昨晩の一件でも心配させてしまったので、リーエンベルク内でお茶でもと言ったのだが、リドワーンが長居するといけないのでと、屋内対応は固辞された。


その結果、こうしてリーエンベルク前広場で会う事になったのだ。



その警戒ぶりは、リドワーンがこの調子なので納得であるし、ベージやワイアートだけでなくリドワーンも仲良しなのは、グレアムの気質が竜達にとって居心地のいいものだからだろう。

その辺りは、よく似た気質のウィリアムが、砂竜に懐かれているのと同じ理論に違いない。



(竜さんは自分よりも強い相手が好きだと言うから、こうして、グレアムさんが剣を片手に見張っていてくれるようなところも、力強くて尊敬する友人という感じなのだろうな……)



そして、そんな習性を思えば、ネアは、リドワーンとの出会いでとある竜をきりん箱で退治してしまったのである。

とても認めたくない懐き方だが、原因は、恐らくその辺りにあるのだろう。



「では、頭を撫でますね。………リドワーンさん、迷い鯨を退治して下さって、有難うございました」

「……………はい」



さりさりと、ディノやノアよりは硬めの髪の毛を撫でてやる。

髪の毛が短いので手のひらに体温を感じ、短毛種の大型犬を撫でているようだ。

途中でリドワーンの肩が震えたので、やはり嫌だったのかなと思ったところ、片手で目元を覆って男泣きしているではないか。



「なぜ泣くのだ……………」

「今後もお役に立ちますので、いつでもお声掛け下さい」

「私生活が心配になりますので、どうかご自身を優先し、伸びやかにお過ごし下さいね。それとこれは、焼き菓子の詰め合わせです。頭を撫でるというお礼を所望されていましたが、エーダリア様から預かってきたリーエンベルクからの贈答品にもなりますので、こちらも是非、受け取ってくれると嬉しいです」

「そう望んでいただけるのでしたら、持ち帰りましょう!」

「理由がとても間違っている気がしますが、どうか、お菓子として美味しく食べて下さいね」



うっかり消費期限を逃したりしないようにそう言えば、リドワーンは僅かに目元を染めてこくりと頷いた。


酷く暗い目をしたグレアムが、竜は、懐いてしまった相手に行動を指示されるのもとても好きなのだと、どこか苦し気に教えてくれる。



「……………それと、あなたがもし、夏至祭の怪物達に連れ去られるような事があれば、俺がお迎えに上がりますので、どうぞご安心を。ヒルド殿は、祝祭との繋ぎを取っておられないとお聞きしました。ですが竜は、生まれた時間を生誕の祝福とする種族ですので、俺には夏至祭の祝福魔術も扱えますから。何かございましたら、遠慮なくお呼び下さい」

「ふふ。では、もし夏至祭で困った事があれば、リドワーンさんにもご相談させていただくかもしれません」



頭を撫で終えたからか立ち上がり、背筋を伸ばして凛とした佇まいを見せるリドワーンは、擬態をしていても男性的な美麗さのある美しい竜であった。

床や地面に近いところにおらず、こうしていれば恰好いいのにと、ネアはついつい残念に思ってしまう。



「……………はい。これ迄の年は、まだこの土地に馴染んでおらず、思うようにお役に立てない日々が続きましたが、今年は、星屑七百個分の願いを叶えましたので、海で過ごすのと同等のお力添えを出来るかと」

「……………そうか。ウィーム郊外で恐ろしい量の星の系譜の魔術が動いたのは、君だったんだな」

「グレアムの系譜にまで、影響が出るくらいのものだったのだね…………」

「ええ。星の扱う願いと俺のものは厳密には違いますが、願い事という、同じ盤上の魔術でもありますからね………」



かくして、お菓子も受け取って貰い、リドワーンは、グレアムに引き摺られるようにして戻っていった。


最後まで嬉しそうににこにこしていた夜海の竜の王子に、ネアはふと、がははと笑うような人好きのする笑顔のリドワーンの兄竜を思い出し、ふむと、頷く。



「きっとリドワーンさんは、少し生真面目な感じの王子様でしたので、素直に親御さんに甘えられなかったのかもしれません。それで、頭を撫でて欲しかったり、頼まれごとをしたりするのが嬉しいのでしょう」

「……………そうなのかな」

「祝福の子と呼ばれる竜さんは、一族の中でも大きな力を持たれるのでしょう?」

「うん。複数個体が出る事もあるけれど、抜きん出た力を有するのは確かだよ」


ディノはどこか悩ましげであったが、その点に於いては同意してくれた。


「であれば、力の強さを重んじる竜さん達は、きっとリドワーンさんを尊敬してしまい、上手に甘やかして差し上げられなかったのでは?……お兄様はとても気さくな方でしたので、お友達が多いような方だと思うのです。そんなご兄弟を見て何某かの寂しさを抱えてこられたのであれば、甘え方が不得手なのも納得のこご事情かもしれません。………その筈なのです……」

「そうなのかな………」

「私の大事な魔物も、手を握ると照れてしまいますものね。えいっ!」

「……………虐待した」

「リドワーンさんがグレアムさんと仲良しなのも、自分より強い方なのでと安心して素の自分を曝け出せるからかもしれません。ワイアートさんが最年少ですが、ドリーさんなども、お兄さんという感じですし」

「……………そうなのかな」



ディノはどこか困ったように首を傾げていたが、ネアが繋いだ手を引っ張るとくしゃくしゃになったので、このまま頑張ってリーエンベルク内へ牽引していこうと思う。



(リドワーンさんが、早く冬になて、ドリーさんやワイアートさんに会えるといいな)



そう考えて微笑んだネアは、明日に備えてリーエンベルクに滞在していた使い魔より、竜の頭を気軽に撫でてはならないと叱られる羽目になったのだった。

どうや、窓から外の様子を見ていたらしい。







本日と明日7/6は、SS更新となります!

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み直していて気付いたのですが、 >リーエンベルク前広場でそう尋ねたのは、長い瑠璃色の髪の男性に擬態した夜海の竜の王子だ。 >髪の毛が短いので手のひらに体温を感じ、短毛種の大型犬を撫でている…
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