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オールフェナムルと黒衣のお客





オールフェナムルは、この船商会を立ち上げた男性の名前だ。


そんな商会長の一人娘は、父親は火竜で母親がヴェルリア貴族という、ことヴェルリアの土地では時折見かける組み合わせを持つ、伯爵家の令嬢である。


そんなご令嬢が、船に乗り込み商談に出かけていくのは有名な話で、次の商会長はもっぱらこの一人娘だと噂されていた。


大陸の中では屈指とも言える大国ながら、ここまで海に近い王都では、ヴェルリアだけだろう。

元々は商人と船乗りの街であったことからして、ヴェルリアの貴族達にも近しい嗜好が残っている。

そしてそれは、そんな船商会の一人娘であるフェリアッタにも言える事であった。




「仕事なら選んでいるわよ。私は、海と船が大好きなの」

「だからってさ、フェリアッタが船に乗る仕事をする必要があるのかな」



頬を膨らませてそう言ったのは、幼馴染のマクスだ。

ヴェルリアに暮らしている他国の貴族である彼は、本当はもっと長い名前があるのだけれど、フェリアッタには難しくて呼び難いのでと、マクスと呼ばせて貰っている。


ヴェルリアの民よりも濃い肌の色に短い蜂蜜色の髪。

鮮やかな緑の瞳は、はっとするほどに美しく、まだ少年めいた表情で悪戯っぽく笑うマクスには贅沢だと言わざるを得ない。


くすんだ青い瞳に、ぱっとしない茶色の髪を持つフェリアッタだって、こんな風に鮮やかな色を持っていたなら、もっと綺麗な色のドレスを着ただろう。

けれども、生まれ持った色を卑下するほどに、フェリアッタは自分が嫌いな訳でもなかった。



(でも、地味な容姿の方が、商人としては動き易いのよね。それに、美貌や可憐さばかりが目立つ女だったら、商談の席で余計な面倒を抱え込みかねないわ)



「いいのよ。私は交渉ごとが得意だし、お客様を満足させなかったことなんて一度もないわ。だからこれは、天職というものだと思うの。きっと、家に閉じ込められて書類仕事ばかりにされたら、退屈で死んでしまうもの。だからそちらのお仕事は、お母様がなされるのよ」

「昨日くらいからもの凄くご機嫌なのってさ、一昨日の黒い服の客のせいじゃない?」

「………いい買いっぷりのお客が来るのはいつだって大歓迎だから、ご機嫌になって当然なのだけれど?」

「君に言っても分からないだろうけれど、………あの種のお客には深入りしない方がいいんだけれどなぁ。まぁ、いざとなったら……」



ぶつぶつと何かを呟いているマクスに、フェリアッタはこっそりと顔を顰めてみせた。

分からない訳ではなくて、分からないふりをしているのだ。



先日、現場で仕事をしているフェリアッタの前に、漆黒の三揃いを着た、ぞくりとするような色気のある美しい男性が現れた。


輸入織物の大口契約をまとめ、フェリアッタの仕事の手際の良さを褒めたその人物は、個人で、衣料品を取り扱う商会を興しているらしい。

仕入れてあった織物に損失が出たらしく、急遽、同じような織物を扱っているところを探していたのだとか。



(あんなに美しい男性を見たのは、初めてだったわ)




船商会は、内湾に入り込めない大型の商船に、自ら船を出し買い付けに行く事で生まれた、オールフェナムル商会の通り名だ。

繊細な魔術調整の得意な商会なので、織物や磁器などの高価な嗜好品の取り扱いが多い。

商会が若いので他所よりも安価なことも多く、フェリアッタの父は元魔術師なので、他の老舗商会では取り扱わないような珍しい品物も多い。



そんな噂を聞きつけてやって来たのが、件のお客であった。



年頃の乙女であるフェリアッタなので、大口の注文よりも鮮やかな赤い瞳にくらりとしてしまうのは当然であったし、とは言え、ゆったりとした落ち着いた微笑みで巧みな商談を見せたその男性が、どれだけ世慣れているかなんて分かりきっている。



(私はの扱いに、ちょっと、色事に長けた男性という感じが出ていたものね………)



しかし、どれだけ軽薄な男だとしても、フェリアッタの目は誤魔化せないのだ。

マクスの懸念のように、あの美貌で経験のない乙女を食い物にしている御仁だとしても、あの男性は、自分の仕事をその道楽で損なうようなことはしない筈だ。

それどころか、敢えて軽薄さを隠さずに商談をまとめてみせたのだから、仕事に関しては相当な切れ者だと思われる。


(あとは、………あの手腕となると、表に出るような商売ばかりを扱う訳でもないのだろうけれど)



とは言え、多少、後ろ暗い商売をしていたところで、船商会の仕事をするフェリアッタとて、そのような荒々しさとは無縁ではない。

支払いを踏み倒そうとする者達は、逃走を可能とするだけの自信を持つことが多く、そうなると、こちらもそれなりに腕の立つ者を差し向けなければいけなくなる。

若い商会には、若い商会なりの苦労と対処法があるものだ。



なので、フェリアッタは、世界の裏側のとても暗い道だって歩いたことがあるし、王都の他の貴族の娘達がドレスやお茶会に明け暮れている間に、競合相手を叩き潰して、大きな商談をまとめてきたりもする。

その辺のご令嬢と一緒にして貰っては困るのだ。




(だからきっと、…………私は、あんな男性を選ぶべきなのだわ)



そう考えて、あの美しい男性との恋を頭の中で思い描き、頬を緩める。

ずっとそういう男性を探してきたが、思わぬ形で、やっと巡り会えたようだ。

商人としては褒められた事ではないが、彼がフェリアッタの一族の商館を訪れるように仕向けてくれた事故に感謝したいくらいであった。



どこか遠くで、大鐘楼の鐘の音が聞こえた。



ヴェルリアの夜は美しく、海面に揺れる月光の煌めきを切り裂くようにして、大きな帆船が沖に出てゆく。

波間から顔を出す人魚達がこの窓からも見え、夜空に羽ばたく真紅の翼を持つ火竜達の影が海に映る。


壮麗なヴェルクレア王宮は、異国からきた陶器の置物よりも美しく繊細で、有能な王を始めとした、この国の頭脳と魔術をそれぞれに極めた才ある者達が集まっている、大国の要。

海から見れば宝石のような美しさで、陸から見れば、この上ない魔術の砦でもある。



豊かな国だ。



美しいとも思うのだが、ただそう言い切るにはどこか雑多な印象もある王都では、海沿いの商館や荷下ろしの倉庫が複雑な彩りを与える。

異国の船や商人達が運び入れる不思議な品々に、魔術師達が売り捌く、人魚の求婚を退けるための水薬。


賑やかな全てが一枚の絵の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれ、毎日が、収穫祭の夜のお祭りのようにてんやわんやである。



(だから私は、この土地が好き。この国とこの王都が好きで、ヴェルリアから出て暮らしていくことなんて出来ない)



その点、あの男性の瞳は火の系譜の色なので、きっとこの土地で生きていくのには支障がない筈なのだ。




「えー、火の系譜だったかな?あれは、………もっと別のものだよ。フェリアッタは馬鹿だなぁ」

「…………マクス?おなたこそ、あれだけ鮮やかな赤い瞳が、この土地でどれだけ尊ばれているのか、知らないの?」

「あのさ、赤けりゃなんでも火の系譜だって思うのは、ヴェルリア人の悪い癖だよ。終焉の系譜や冬の系譜にだって、同じような生き物はいくらでもいるんだからね」

「なんで、冬の系譜に赤い瞳の生き物がいるのよ!」

「…………君は、イブメリアノを司る送り火の魔物を知らないんだろうなぁ………」

「火の系譜でしょ!!!」

「火の系譜の資質も持つけれど、あれは冬の祝祭の系譜の生き物だからね。それと、赤紫色に近い赤であれば、選択の系譜の生き物達か、終焉の系譜の魔物だね」

「………赤だったわ」

「はぁ。それじゃ、フェリアッタにはそう見えたんじゃない?重ねた擬態はそれなりに上等なものだったけど、………正体を隠す程の手間はかけていなかった筈なんだけれどなぁ………」

「……………もしかして、マクスはあの人を知っているの?」



呆然として問い返せば、幼馴染は目を丸くしてこちらを見た。



「………もしかして、君は彼を初めて見たの?その、………君のご両親は、ヴェンツェル王子の支持者だよね?」

「という事は、第一王子様の派閥に属する方?」

「………あ、もしかして、完全に知らないのか。彼が誰なのかを知った上で、それでも手に入れようとしているんだと思ってたよ。………商売もいいけれど、世相を把握する為には政治にも関心を持った方がいいよ。………こりゃ、君のお父上が、あの種族にしては珍しく堅実な方である影響が出たな………」

「ちょっと、どういうことよ…………」

「それだけ、君の家の商売や君自身の周囲が、君のお父上の聡明さで整えられていたってことさ。そうじゃなきゃ、今迄商売をしてきて、あの方の情報を知らずに無事でいた筈がないからね」




あまりにも当然のように言われて腹が立ったので、フェリアッタは幼馴染の足を踏みつけてその場から立ち去ると、異国から来た船の荷下ろしに立ち合っていた父を探しに行った。



父は港ですぐに見つかり、こちらに気付いて笑顔を見せる。


商会長の珍しい笑顔に周囲の職員達が驚いているが、何も知らずにそちらを見た女性たちは、美しい火竜の姿に頬を染めていた。


フェリアッタの父は、背の高い美丈夫で、人間とは違う美貌を保ち続ける人ならざるものだ。

勿論、その血を引いているフェリアッタも、普通の人間よりは老いが遅くなるだろう。



「……………フェリアッタ?」

「お父様、時間のある時に、教えていただきたいことがあるの」

「ああ、それならこの作業の立ち合いがすぐに終わるから、一緒にお茶にしよう。アクス商会から貰った焼き菓子があるけれど、最近流行りの氷菓子も買ってあるよ」

「氷菓子がいいわ!!」



フェリアッタがそう言えば、船乗りの青年達が怯えて近づけないと言われる父の顔が、ふにゃりと甘くなる。


竜種の種属性に漏れず、フェリアッタの父も、己の家族にはとても甘い。

竜の宝である母と過ごしている時などは、娘から見ても、目も当てられないとしか言いようがないくらいの甘さなのだ。



そして、そんな父と氷菓子を食べながらお喋りをし、フェリアッタは先日のお客の正体を知った。



「………そうか。統括の魔物殿が、我が商会を使って下さったか。私が不在にしている時を狙ったのは流石としか言いようがないが、フェリアッタの仕事は概ね問題ない。だからこそあの方も、フェリアッタの手腕を褒めて下さったのだろう。ひやりとしたが、安心もしたよ。無事にその取引が終わったのは何よりだ」

「………あの方は、統括の魔物様だったの?」


そう尋ねると、父が驚いたように目を瞠る。


「おや、私の可愛い娘は、ヴェンツェル殿下と懇意にされておられる、統括の方のことを知らなかったのだろうか」

「いえ、………話は聞いていたけれど、そのような方が、市井にまで下りてくるとは思わなかったの」

「かの方は、選択を司る公爵位の魔物だ。本来なら我々が関わるようなことはないお方であるが、人間達と商売をしたり、教育や政治にも意見を下さったりと、なかなか趣味の幅が広い」

「趣味……………?」

「事象階位の魔物方は、その資質に見合った本来の役割と仕事がある。あの方の役割は、……………調整や剪定のようなものなのだろう。微笑んで市井に紛れている時とて、本当はあまり近付きたくないお方だな」



怖いもの知らずの父がそんな事を言うのは珍しいので、フェリアッタは驚いてしまった。


呆然としている娘を見て小さく微笑んだ火竜の元魔術師長は、選択の魔物が表舞台に現れるのは、多くの場合が、伸びすぎた枝葉の剪定の為であると教えてくれる。



「私は、この国を離れて旅をしていた事があるから、そんな選択の魔物の足取りを何度か踏んだことがある。大国が倒れ、異形の怪物に作り替えられた王女の話。高慢さが災いして、一本の木に変えられた王子の話。愚かな商人が山猫商会に売られ、荷運び用の木の車輪に変えられた話などは有名だが、あの方は、そんな華やかな話題の下でも、大掛かりな仕事に使う使い捨ての駒を、いつだって集めておられる。最高位に等しい魔物の一人ではあるが、この国を含む土地の統括になったと聞いた時には、移住も考えた程だ」

「…………階位の高い方に管理された方が、国としては安定するでしょう?」

「いや、一概にそうも言えぬさ。あの方の評価を得られたなら育成や管理の領域に収めていて貰えるが、使えないものは容赦なく使い潰しの駒行きにされかねないとも言える。その他の土地よりも、そうされる可能性の高い土地に暮らしてゆくというのは、いささか危うい事だからな」



(でも……………)



統括の魔物の交代はここ数年のことだと聞いているが、父は、移住の話など一度もしなかったではないか。


そう考えると、父は父なりにフェリアッタの様子を観察し、高位の魔物に余計な興味を持たないよう、危険な側面を強調して牽制しているのではないだろうか。


しかし、フェリアッタがそう考えていると、そこまでを見透かしたように微笑んだ父が、そうではないよと首を横に振った。


「あの方は、恐ろしい方だ。けれども、今は、初めて恩寵にも等しい存在を得て、これまでになく安定されてもいる。…………以前お前に、どのような場面であれ、ウィームに損失を出すような商売をしてはならないと言ったのを覚えているかい?」

「ええ。今のウィームには、最高位に近い魔物方の守護があり、些細な事でその機嫌を損ねると、こちらにも火の粉が飛んできてしまうから」

「その通りだ。そして、その守護のひと柱が、選択の魔物だ。彼は今、リーエンベルクの歌乞いにご執心らしい」



その言葉に、フェリアッタは目を瞬いた。



「リーエンベルクの歌乞いって、…………ちっとも王宮に上がらない、外れ歌乞いって言われている子?」

「……………それを、あの方の耳に届くような場所で、絶対に口にしてはならないよ。私は私の愛娘には幸福でいて貰いたいし、家族に何かがあれば命をかけてでも守るつもりだが、………あの方が相手となれば、勝てる見込みは皆無に等しい」



そう告げた父の声は、いつもよりも低く、フェリアッタは慌てて頷く。

愚かな娘ではないと自負しているフェリアッタが、父がこんな声音で告げた忠告を無視する筈もない。

だから、そうしろと言われたならそうするだろう。



「それにしても、不思議な事だな。あの歌乞いには既に伴侶がいるそうなのだが、選択の魔物も、まるで、竜が竜の宝を守るような過保護ぶりであるらしい」

「お父様は、どうしてそんなことを知っているの?」

「ドリーが教えてくれたんだ。だから、絶対にその怒りを買わないようにと」



火竜の祝福の子であるドリーは、第一王子の契約の竜であり、父の友人の一人であった。


災い子と呼ぶ火竜達もいるが、フェリアッタは、火竜らしからぬ思想だと貶められることもある父を、彼ほどに聡明な男はいないと褒めてくれるドリーが大好きである。



(そんなドリーが忠告してくれたのなら、私が愚かな真似をして、お父様やお母様を危ない目に遭わせるような真似はしてはいけないわね…………)




折角の恋であったけれど、所詮は憧れである。

そこが望ましくない領域だと知らされ、フェリアッタは、あっさり黒衣の男への恋情を捨て去った。


そもそも、相手が公爵位の魔物であると判明した段階で、この恋慕とはさようならだ。

フェリアッタは自分に相応しい伴侶を得て幸せになりたいのであって、不相応な恋に命をかけて破滅したいのではない。



「それに、高位の魔物と精霊は駄目よ。後は、海のシーと、悪食達も」

「当然だけどね……………」

「そういう生き物達は、人間とはそもそもの考え方や価値観が違うの。仕事の上で教えられたことだけれど、そこが違っているということは、伴侶にも適さないということだもの」

「何でフェリアッタが選ぶ側なのかはさて置き、そう考えて自衛出来るのはいい事だろうな」

「でも、困ったわ。そろそろ、伴侶候補を絞りたいのよね。竜であるお父様は早いって言うけれど、人間の領域ではこのくらいで結婚する女性も珍しくはないのよ。だから、早めに身を固めておいた方が、仕事にもその方がいい影響が出るわ」

「仕事の為っていうのがなぁ……………」

「勿論、私を溺愛してくれて、傅くように大事にしてくれる男ね!」

「寧ろ、その理想でよくもあの男にいこうと思ったね?!」



(だって、それが理想で、そうでならなくてはいけないのだもの)



父と母が起こした商会は、まだ若い。

今は父の目利きと商才で一目置かれているが、この先も名前を残せるかどうかは、跡継ぎの手腕にもかかっている。


大事な家族の財産を守ってゆくからには、フェリアッタの伴侶は、共に商会を守れるくらいに優秀な男でなければいけなかった。

そして、ついつい仕事にかかりきりになってしまうフェリアッタが、忘れずに愛せるくらいには魅力的な男でなければいけない。




あのお客に再会したのは、それから暫く経ってからのことであった。



海の精霊との商談の場で見かけたのだが、気紛れに、訪れる者が身に宿すものを映すという海回廊の窓に映った彼の背後には、フェリアッタが思わず後退りするような悍ましいものが映っていた。



「……………っ、」

「あれがそうなのか。…………成る程、ドリーを狩るだけの力も、確かにありそうだ」

「お、お父様……………」

「ああ、すまないね。フェリアッタには少し刺激が強いだろう。…………私達竜種は、その力や獰猛さに目を奪われもするが、君の嗜好は人間寄りだからね」



あの日とよく似た漆黒の三つ揃えの装いの魔物の背後には、はらはらと舞い散る白い花びらが揺れていた。


顔は見えない誰かが水面に裸足で立っていて、その水辺を縁取るように、灰色がかった紫や、白の薔薇が咲いている。


立っているのは少女のようだ。


ただ静かに、ひっそりとそこに立ち、フェリアッタの位置からは顔までは見えない。

だが、その顔を絶対に見てはいけないと心から思い、顔がまだ見えずにいるのに、あまりの悍ましさに震えが止まらなくなりそうだ。


ただ、窓に映っているだけなのに。

ここにいる訳でもなく、選択の魔物に結ぶものとして、気まぐれな回廊が映しただけなのだ。



「お父様、……………あれは何?」

「あの方が心を捧げ、ウィームに暮らすものだ。あのようなものを荒ぶらせない為にも、ウィームには手出しをしないように」

「……………はい」

「災いは、祀り上げて大事にすることで、大きな祝福となる。そう教えてくれたのはランシーンの商人であったが、あながちそれも間違いではないのかもしれない。あの領主といい、この災厄といい。……………これはもう、ウィームの土地が、本来の形を取り戻したということなのだろうな」

「……………お父様?」

「いや、これはまだ君には早いかな。でもいつか、教えてあげるよ。我々商人は、世界の真理を知っておかねば、安全に仕事が出来ないこともあるからね」




(もしかして、あれが、……………ウィームの歌乞いなのだろうか)



そう思い、王宮に上がらない歌乞いというものの存在について、考えを改める。

まさか、無能だとされる歌乞いがあんなに悍ましいものだとは思わなかったが、善良で清廉だと謳われた前代の歌乞いをフェリアッタは好きではなかったので、直接関わる事がなければ、あのようなものの方がいいような気もした。



それは多分、恐ろしい魔物である選択の魔物が、この国の統括であるからこそ得られる安寧のように。

災いになるかしれないものでも、執着や庇護を得られるのであれば、強いに越したことはない。




「だから、やっぱりウィームに手を出すのはやめておくわ」

「……………念の為に聞くけど、今度は誰?」

「エーダリア様よ!あんなに綺麗な目をした方、初めて見たんですもの。前回失敗したから、王都の公式行事に何回か足を運んでいたら、偶然お見掛けしたの。……美しくて穏やかに微笑む方で、……………こう、大事にしたいなって思わせる方だったのになぁ」

「……………絶対にやめろよ。あの領主に手を出すと、骨の欠片も残らないぞ」

「え、そうなの?」

「過激な保護会があるらしい。お前の同業者が、何人消えたと思ってるんだよ」

「でも分かるかも。私はそっちの趣味はなかった筈なのに、あの方は、……………守ってあげたくなるのよねぇ」



そう呟いたフェリアッタに、マクスは呆れたような目をしていた。



(だから多分、……………私のお婿さんになるのは、あなたなのだろうと思うのよね)



心の中でそう呟き、フェリアッタは溜め息を吐く。

マクスの事は大好きだけど、彼が父に憧れているのは、世界各地を旅して回る魔術師という経験への憧れであることは、幼い頃から知っていた。



(だから、絶対にこの国を離れたくない私のお婿さんにしたら、可哀想だと思っていたのだけど………)



しかし、他にめぼしい相手はいないし、そろそろ適齢期なので、マクスには諦めて貰うより他にないようだ。

年にひと月くらいなら、仕入れの為に旅行をしてもいいという条件をつけるのがやっとだが、どうにかそれでこの幼馴染を口説き落とさねばならない。


多少苦戦するかもしれないが、まぁ、最後にはなるようになるだろう。




フェリアッタは、お客を満足させなかったことなどないのだから。

















本日の執筆は間に合いましたので、代わって明日の更新が短めとなります!


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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの。ネアの扱いって、ある種の人々には厄介な精霊たちと契約している恐ろしいヴェルリア王妃と同じような扱いなんですね。悍ましくも厄介な、だからこそ役に立つ盾。 ネアの本質がそういった災厄の…
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