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228. 使い魔も回収します(本編)




「雨湖というのは、テルナグアに近い彷徨える災厄なのだ」



そう教えてくれたのはエーダリアで、ネアは、ほかほかのおまんじゅうを手にしたまま小さく息を呑んだ。


なお、手にしているおまんじゅうは何も真剣な話の最中でも食べ続けようとしているのではなく、ディノに紙袋ごと状態保存の魔術をかけて貰っているところだからである。



前述の雨湖の出現状況があまり望ましくないそうで、後程、リーエンベルクでは、ネアのおまんじゅうの代行買い付けを行ってくれた知り合いを回収する事になった。


これはなにも、おまんじゅうを買ってくれた者のみを保護するという意味合いではなく、たまたま、おまんじゅうを買っておいてくれた面々が、雨湖からリーエンベルクを守るのに相応しい顔ぶれだったからだ。


そう聞けば、ネアは少しだけ、グレアムがこのウィームが国だった時代に筆頭魔術師であったことについて考えてしまう。



(それにここには、グレアムさんが大切にしているディノが暮らしているところな訳なのだし………)



守る理由があり、守り方を知っている人なのだ。

であれば、おまんじゅうを買って持ち寄る者達にとっての本来の目的は、おまんじゅうを買う事などではなく、さりげなく、友人の頼みでリーエンベルクに助力を申し出る為に集まってくれていたのかもしれないではないか。


そう考えると何だかわくわくしてしまい、ネアは、その推理を家族に伝えてみた。

しかし、そんな素敵な可能性を聞かされた家族は、なぜか、顔を見合わせて困惑の面持ちになるではないか。



「ええと、……………凄い高尚な集まりにされたけど、お兄ちゃんはおまんじゅうの方が当初の目的だと思うよ。と言うか、………万が一を見越して購入しておくことが最大の任務だったんじゃないかなぁ」

「まぁ。……………という事は、皆さんは筋金入りのおまんじゅう好き…………?」

「うーん。そうだね。もうそれでいいかな!」

「いいのかな……………」

「だ、だが、彼等がこちらに来てくれるのは、本当に助かるのだ。……………どのような形で礼をすればいいのか、考えておかねばだな…………」

「ありゃ。ベージとワイアートは縄でいいんじゃないかな。もう、ミカもそれでいいでしょ」

「にゃわ……………。ミカさんは、精霊さんなので、縄で遊ばないのではないでしょうか?」

「……………ほら、仲間同士同じ品物を貰った方が、後で一緒に楽しめるしね」

「……………にゃわを」



ネアは、それは一体どういう事だろうかと疑問だらけになったが、もしかすると、ミカは、仲良しの竜達を縄で遊んであげるのかもしれない。

ネアが義兄とボールで遊ぶようなものかなと思えば、何だかそれでもいいような気がした。


しかし、贈り物の箱の中に縄しか入っておらず、もし見当違いなことをして本気で困惑させるとこちらの心が死んでしまうので、別途、美味しそうなお菓子や素敵なお酒なども用意しておこう。



ネアがそんな事を真剣に考えていると、隣の魔物が考え込むような仕草をした。



「雨湖という名称からすると、………元は贄か何かなのかい?」

「教会関係者の口が重く、近年まで調査が進んでいなかったのだが、元は、ガーウィンの所有する祈祷書であった可能性が高いようなのだ。それが、何らかの経緯で悪変したものを、贄と共に湖に沈めて祀り上げたのだが、大雨の日にその地域が増水し、どこかに彷徨い出てしまったらしい」



ディノの質問にそう答えたエーダリアに、ノアが肩を竦めてみせた。


ざあざあと降る青い雨の影の落ちる部屋で、そんな仕草をすると、いつもはからりと笑っているノアが、どきりとする程に魔物めいて見える。



「まぁ、よくある事だよね。祀り上げる形で鎮めていたものが、手を離れた事で正式な儀式を捧げられないまま悪変する。だからさ、水辺や土砂崩れがありそうな斜面にはその手の物を置くなって昔から言われているのに、どうしてだか人間は、水辺や山の斜面に作りたがるんだよなぁ……………」

「それもまた、信仰の形なのでしょう。私の国でも、湖の畔や森の傾斜地ばかりにそのような建造物が出来て困ると、こちらで管理するべきかどうかの議論になっていた時代があったようです。……………ですが、その場を収めた私の祖父の言葉によれば、人間が選ぶ土地が危うさに偏るのも、運命の天秤なのだそうですよ」



ヒルドの言葉は、古くから森や湖を治めてきた妖精らしい達観でもあるのだろう。


双方を司るヒルドの一族からしてみれば、危うい土地にばかり厄介なものを置いていかれるようなものなのだから、堪ったものではない。

けれども、それを諫めずに諦めてしまうくらい、改善の難しい習性のようなものだったのではないだろうか。



「ふむ。…………確かに、私の生まれ育った世界でも、人間は、なぜか切り立った岩山や深い森などに信仰心を抱きがちでしたし、湖に何かを沈める系の儀式は多かったように思います」

「ありゃ。となると、こればっかりは、癖なのかもだね。確か、ランシーンにもそんな信仰があるし」

「そのようなものなのかもしれないね。前の世界層でも、そうした信仰があった筈だ……」



どこか遠い目をして頷き合う人外者達に、ネアはエーダリアと顔を見合わせた。

やはりそれは、変え難い、人間という種族の習性のようなものであるようだ。

世界が変わっても続くのであれば、もはや本能に近い部分の欲求なのだろう。


うっかり話が逸れてしまったが、こほんと咳払いをしたエーダリアが、引き続き雨湖の説明を続ける。



「…………そうして、彷徨い出て悪変した後、雨湖がどのような経緯を辿ったのかは不明なのだ。だが、凍えるような雨の降る日に、人の集まる土地や、土地の為政者の屋敷の前に湖が出来るようになったと聞いている。そこに現れる者と出会うと、場合によってはどこかへ連れ去られてしまうそうだ」

「……………ほわ。ホラーが始まりました。ディノ、手を繋いでいませんか?」

「虐待する……………」

「解せぬ……」



雨湖は、彷徨える怪異だ。


規則性はないがゆっくりと移動してゆき、統一戦争が始まる百年程前から、ガーウィンの国境域に定着していた。

国境域の境界を渡れなかったようで、結果として、その土地が魔術的な袋小路のようになっていたらしい。


そして、統一戦争後に境界が崩れ、繋がった各領地への移動が始まったのだ。



「最初の被害は、ヴェルリアに出た。六十年近くをかけてヴェルリア内を移動し、今はウィームに入っている」

「ウィーム中央に現れるのって、初めてじゃなかったよね?」

「ああ。十三年前に、ウィーム中央の郊外に現れている。……………まさか、まだこの近くを彷徨っていたとは思わなかった。この距離で留まるのは、初めての事かもしれないな」

「……………もしかすると、その時には、犠牲者が出ていないのではないかな」



ディノが告げた言葉はとても静かで、エーダリアは、はっとしたように目を瞠った。


たたんと、雨音が窓を鳴らす音が部屋に響き、ネアは、これはまさかと首を傾げる。



(……………そうか。元々は生贄で鎮めていたものなのだから………)




割れ嵐の時もそうだったのだが、災に近しいものは、特定の行為や品物を記録しがちなのだそうだ。

そして、雨湖と呼ばれるようになったその怪異にとっては、最初の儀式で捧げられた生贄こそが、相応しい鎮めの品であり続けるのだろう。



(となると、人が集まる場所や、為政者の住まいの近くに現れるのは、……相応しい儀式や、生贄を求めての事なのかもしれない)



だが、それに気付き、沈痛な面持ちになってしまったエーダリアの気持ちも想像出来る。


きっと、前回の出現時には、犠牲が出ないように皆が頑張ったのだろう。

良かれと思い、そして見事に成果を出した筈なのに、結果としてはそれがいけなかったのだと知るのは悲しい事ではないか。


はあっと息を吐き額に片手を当てたエーダリアは、少しだけ疲れたような目をしていた。



「……………生贄か。代わりとなるようなものでは、難しいだろうか。形代や、相当するような鎮めの品としては、料理や酒などもあるのだが………」

「難しいだろうねぇ。元は祈祷書でしょ?ってことは、誠実であれっていう魔術の理による縛りが出て来る筈だ。この先もウィーム中央に留まられないようにする為には、しっかりと初回の儀式を踏襲した方がいいと思うよ。……………ヒルド、ダリルにそのことを報告した方がいいかもね」

「ええ。そういたしましょう。相応しい材料が足りないという事はないでしょうから」

「……………ヒルド」


にっこり笑って実はかなり怖い事を言っているヒルドに、エーダリアは少しだけおろおろしていたが、ヒルドが気にした様子もなく連絡に向かえば、がくりと肩を落としていた。


(恐らく、ダリルさんが不用だと考える人か、そろそろ抹殺しておきたい誰かが、生贄にされるのだろう。……………もしかすると、既に捕まえておいた悪者かもしれないのかな)



ダリルの人選をとても信頼しているネアも、ふすんと息を吐き、生贄問題は気にしない事にする。


こちらを見たエーダリアが、へなりと眉を下げているのだが、ネアは、ここにいるのは、場合によっては嵐の系譜の精霊も生贄にして構わないと思う残忍な人間なのだと頷きかけてやる。


ネアの微笑みを見たエーダリアは、この部屋に自分の味方がいない事に気付いてしまったらしい。

生贄を忌避する心を持つ、とても良い領主なのだ。



「となるとやはり、こちらに湖が現れるのですか?」

「ああ。恐らくはそうなるだろう」

「そしてエーダリア様や皆さんは、それが、……………リーエンベルクの近くに現れると思っているのですね?」



だからこそ、エーダリアは、これから現れる高位の人外者の客人を歓迎するのだろう。


今日のお客は、リーエンベルクの仕組みや仕掛けをよく知る犠牲の魔物に、ウィームに古くから暮らす、雪と氷の系譜の竜達である。

ミカもまた、この地に長らく祝福を授ける真夜中の座の精霊王だ。


その全員が、リーエンベルクと相性のいい系譜の者達ばかり。



「まぁ、来るだろうね。多少は前回の出現場所から移動するみたいだから、そこから人の多い場所を目指して移動した場合、次に条件を揃えているのは、ここか、……………可能性は低いけど、大聖堂の周辺くらいかな」

「大聖堂にも通達は出してある。こちらでも、既に、見回りや門の外にいた騎士達は、屋内に入るように命じている。ゼノーシュに負担をかける事になってしまうが、誰かを門の外に出しておく訳にはいかないからな」

「グレアム達が来た後は、暫くの間、リーエンベルクの敷地内に覆いをかけてしまうといいだろう。その間の出入りは出来なくなるけれど、新年とあまり変わらないしね」

「ああ。そうさせて貰うつもりだ。外で指揮を執るダリルには大きな負担をかけるが、リーエンベルク周辺の魔術基盤は特殊なのでな。雨湖にもどのような変化があるかも含め、これから何が起こるのかは未知数だと言わざるを得ない……………」



ふうっと息を吐いたエーダリアは、本来なら、今日はお休みの日であった筈なのだ。


今日の雨は、そう簡単に回避出来るものではなかったと聞いてもいるが、それでももし、今日がいいお天気で普通におまんじゅう祭りが開催されていれば、得体の知れない災厄の出現に怯える必要もなかった。



「……………やはり、嵐の精霊さんを一人か二人捕まえてきておき、その湖に放り込みましょうか」

「ご主人様……………」

「わーお。思っていたより、恨んでるぞ…………」

「精霊もやめておいた方がいいのではないだろうか。……………悪変しかねないのだからな………?」

「ぐるる……………」



そうこうしている内に、ディノがふっと顔を上げた。

ノアが頷き、すいっと手を振ると、どこかから落ちてきた青紫色の宝石から彫り出したような美しい魔術書を手にどこかに向かう。


ノアがその魔術書を取り出した瞬間、エーダリアが目をきらきらさせて立ち上がりかけたが、通信を終えて戻ってきたヒルドに、強制的にもう一度椅子に座らせられていた。



「まぁ。今のが、ノアの道具なのですか?」

「うん。非ざるもので、信仰と水の性質を持つからね。魔術の根源を司るノアベルトの手で、しっかりと閉じた方がいいのだろう。最も相性がいいのは、ウィリアムの鳥籠なのだけれど……………おや、ウィリアムも来たようだね」

「なぬ」

「ウィリアム様もいらっしゃったとなると、カップを増やした方が良さそうですね。エーダリア様、用意した部屋の席数は足りますが、念の為に続き間を開けますので、承認のご準備を」

「ああ。騎士棟にも連絡を入れておこう。さすがに人数が多い。知らずに外客棟に近付くと、精神圧に当てられてしまうかもしれないからな」




(あれ…………)




その時、とぷんと、どこかで水面が静かに揺れる音がした。

今はあまり聞きたくないその音に、ネアが目を瞠った直後のことだ。



「ネア様、こちらへ」



不意にぐいっと手を掴まれ、ネアは目を瞬く。

そこには冷ややかなほどの表情を浮かべたヒルドがいて、いつもは閉じている羽がふわりと開いている。


ざあっと光を宿した妖精の羽は美しく、けれども、種族的な儚げな印象など微塵もない、命を奪う刃の輝きのような怜悧な美しさであった。



「…………ヒルド、有難う」

「いえ。私の系譜の方が、上位ではあるようですね。どちらかと言えば、鎮められた湖よりも雨の階位の高いものなのでしょう。現れる水辺は、湖そのものの顕現ではなく、増水地域の再現と見做した方がいいのかもしれません」

「………侵食があったのだな?」


酷く固いエーダリアの声に、ネアは、小さく息を吸う。

強張って僅かに痛む胸は、まるで冷たい真冬の空気を突然吸い込まされたようだ。



「ディノ………」

「君の中にある資質や履歴には、湖のもの、もしくはそれを模したものがある。そこに触れ、侵食を図ろうとしたようだ」



そっと頬に触れたディノがそう教えてくれて、ネアは、半ば呆然としたままこくりと頷いた。

リーエンベルクの中にいて、ディノの三つ編みを持っていた筈なのにと思わないでもなかったが、侵食というものは、意識下や魔術の繋がりを辿って現れる。


もし、道が既に出来上がってしまっているのなら、守護などでも安易に防げるものではない。


だからこそ、魔物達は、危うい知識を制限するのであるし、ネアは、未だに王都に暮らす高位貴族達の名簿にすら目を通したことがない。

それもこれも、人間にとっては、家名という最も強い魔術の繋ぎとなる魔術の響きに、こちらの世界では家名を持たないネアが不用意に触れないようにする為の措置であるくらいなのだ。



(だから、…………私の中にある僅かな資質を辿って、手を伸ばせてしまうのだわ………)



「…………水音が聞こえました。ヒルドさんが手を掴んでくれたので、もう安心なのです?」

「うん。階位のある組織で生まれたものが核だったことで、湖の資質に於いてより高位となる、ヒルドの領域には手を出せないようだ。こちらの守護があれば、侵食を図っても実際に触れることは出来ないだろうけれど、君が怖がっているものだからね。彼が、すぐに君に触れてくれて良かった」

「はい!……ホラーは無理なので、ヒルドさんの側にいますね…………」

「浮気………」



ネアは、ヒルドの側にいようとしたのだが、この部屋にはエーダリアもいるのだ。

結局、ネアは伴侶に持ち上げられてしまい、代わりにエーダリアが、ヒルドに手を繋いで貰う事になった。

ウィーム領主はとても動揺していたが、頼もしい仲間達の揃う外客棟の部屋に着く迄の辛抱である。



(リーエンベルクの造りには未だに謎も多いので、魔術の覆いをかけてしまう前でもある今は、みんなのいる部屋に移動するまでは、用心をしておいた方がいいのだとか………)



ノアは、外に出て敷地内外の境界に侵食がないかを観察しつつ、リーエンベルクを覆う結界を丁寧に構築してくれるらしい。


こんな雨の日に、ましてや雨湖の訪れがある中で大丈夫だろうかとはらはらしてしまうが、どうやら、グレアムが同行してくれているようだ。



(そうか。ウィリアムさんも来てくれているのなら、そうした作業分担が出来るのだわ。………でも、ノアにグレアムさんが同行するのは、珍しいような気がする)



そう考えて首を傾げたネアの疑問は、外客棟に用意した部屋の扉を開けてすぐに答えを得た。




「…………アルテアさんが!」



扉を開くと、そこにいたウィリアムが、一人の男性を担いでいる。

若干荷物寄りの持ち方だが、負傷者を運んできたのだと気付いてぎくりとしたネアが、担がれている人物の顔を覗き込めば、大事な使い魔ではないか。


しかし、驚いてしまったネアとは対照的に、そんなアルテアを運んできたウィリアムには、悲観的な様子は一切なかった。



「アルテアは、………魔術の障りのようだね」

「ええ。仕事場で、戦乱の切っ掛けとなった魔術道具の魔術付与を壊したんですが、アルテアの仕掛けだったようです。回路を辿る形で力任せに壊したので、少し影響が出ましたが、休ませれば大丈夫でしょう」

「ほわ、ウィリアムさんがアルテアさんを………」

「それよりも、グレアムから、雨湖が出たと聞いたからな。ネアは大丈夫だったか?」

「はい。少し侵食があったようですが、ヒルドさんがいてくれたので、すぐにぽい出来ました!…………その、アルテアさんには、傷薬を飲ませておけばいいのでしょうか?」

「……………ふざけるな。あれは塗布用だろうが」

「ふむ。意識はあるようです!」



聞けばウィリアムは、仕事終わりに雨湖のことを聞いて慌てて駆けつけようとしたものの、ちょっぴりくしゃくしゃにしてしまったアルテアをその場に置いていくのも気の毒に思い、回収してきてくれたようだ。


持ってきてくれて良かったと、ネアは胸を撫で下ろす。



「それと、シルハーン。どれだけ育っているかにもよりますが、雨湖を、ネアには近付けないようにした方がいいでしょう。………その、独特の形状なので」

「……………そうなのだね。では、この子には近付けないようにしよう」

「さては、ホラーなのですね!絶対に近付きません………!!」

「雨湖は人型では…」

「エーダリア様、まずはご挨拶をされては?」

「あ、ああ………」


エーダリアが何かを言いかけたが、それを遮りヒルドが挨拶を促している。


ミカと、ベージとワイアートという、面識のある者達ばかりなので、少し緊張はしているが問題なく共に過ごせそうだ。



こうしてみんなで集まったのは、せっかくリーエンベルクに滞在してくれるのであれば、持ち寄ったおまんじゅうを食べて有意義に過ごそうとネアが提案したからだが、雨天中止となったお祭りの食べ物を高位の人外者達と土地の領主が楽しむこと自体も、魔術的な成就を示す行為になるので、とてもいいことなのだそうだ。


幸い、お客の中には、自分達を魔術の成就に使われるのは我慢ならないと言い出すような者もいない。



「アルテアさんを休ませて差し上げるのは、長椅子でいいでしょうか?雨湖めが現れているので、お一人で部屋に置いておいて、攫われてしまったら大変ですものね」

「長椅子でいいだろう。………アルテア、下ろしますよ」

「……………くそ。……………厄介な壊し方をしやがって……………」

「俺は、あの土地は近い内に手を入れるので、悪さをしないようにと言いましたよ」

「むぅ。顔色があまり良くないので、お部屋の真ん中に寝台を設置して、皆さんで具合の悪いアルテアさんを囲んで過ごします?」

「……………やめろ。何の儀式だよ」

「それは、やめた方がいいかな…………」



ネアは、お見舞いに来た仲間たちスタイルでもいいのかなと思ったが、残念ながら却下されてしまった。


くすりと笑ったウィリアムが、雨湖の侵食がないように、この部屋の周りに排他結界を重ねたと話してくれたので、ノアたちが作業を終えるまでの間まで、もう安心して過ごせそうだ。



「まぁ。では、このお部屋の中に一緒にいれば、体調の悪いアルテアさんも一安心ですね!」

「ああ。同じ部屋にいるからには、もう一人で横になっていられると思うぞ」

「はい。ウィリアムさん、有難うございます。………さて、アルテアさんは、お薬を飲んでおきましょうか」

「おい、やめ……………っ?!」

「ふぅ!これで安心です」



ネアはここで、患者に気付かれないように準備をしておいた傷薬をスプーンで使い魔のお口に入れてしまい、ふうっと手の甲で額の汗を拭った。


部屋の向こう側から、ミカ達がこちらを凝視しているのは、選択の魔物が弱っている姿を見るのが珍しいからだろう。


ネアは、そんなお客様もいるのでと、長椅子の角度を確認し、おまんじゅうの大会を行うテーブルでの賑わいが、体を休めるアルテアの邪魔にならないか確かめると、名医の気分で重々しく頷く。


アルテアは目を閉じてぐったりしているので、かなり消耗しているのは間違いない。



「ですが、こうして少しでも眠ってくれた方が、回復が早まりますからね」

「……………アルテアが」

「我々は楽しくおまんじゅう祭りをしてしまいますが、同じ部屋にいるので、寂しくなったら声をかけて下さいね」

「…………寝たみたいですね」

「寝たのかな……………」

「わーお。僕の妹が、アルテアを殺してるぞ」

「あらぬ疑いをかけるのはやめるのだ………」



そこに、無事にリーエンベルクを排他結界で覆ったノアとグレアムが戻ってきた。



雨湖は、正門前に現れたようだが、リーエンベルクそのものは隔離してあるのと、街の方でも警報を出してあるので領民への被害はないだろう。


排他結界を展開しているとは言え、現れるものに視認されないよう、正門前は立ち入り禁止とされるようだ。

問題の生贄については、座標が固定されているので、遠隔での投下が可能であるらしい。




「ダリルと話をしまして、問題なく材料は足りているようです。半刻以内に作業を終えられるようですよ」

「そうなのだな………。誰が………いや、聞かずにおこう」

「さてと、僕の妹が足踏みしてるから、おまんじゅうを出そうか」

「はい!」

「…………彼は、大丈夫なのでしょうか」

「ええ。アルテアさんには傷薬を飲ませてありますので、後は体力の回復に努めて貰おうと思います」

「傷薬を…………」


やはり優しい御仁であるらしく、アルテアを気にかけてくれたベージは、選択の魔物が飲まされたのが傷薬だと知り、少しだけ慄いたように頷く。

ワイアートは目を輝かせているので、医療行為などに興味があるのだろうか。




ごうっと、雨音が激しくなった。


ネアは窓の外が気になったが、ノアがさりげなくカーテンを引いていたので、あまり覗いて見たりはしない方がいいのだろう。



もし何かがあった場合に備え、激辛香辛料油の瓶をことりと出しておくと、エーダリアからそれを雨湖に投げ込まないようにと言われてしまったが、これからのおまんじゅう試食大会に備える人間は、それを邪魔する者が現れた場合には、即座に滅ぼすつもりである。


非ざるものと聞けば怖いが、怖いものを怖いと思うだけで済ませられるかどうかは、状況にもよるのだ。

頼もしい仲間達が揃い、テーブルの上にほかほかのおまんじゅうが出された今、その優先順位は大きく下げられたと言っても過言ではない。



「おまんじゅうです!」



屋内の安全は保証されているので、持ち帰り用のおまんじゅうは、厨房で温めて貰った。

ほかほかと湯気を立てているマロンクリームのおまんじゅうを手で割ると、とろりとしたクリームの甘い匂いに、お腹がぐーっと鳴ってしまう。


あむりと頬張り、美味しい甘さに笑顔になったネアは、椅子の上で小さく弾んだ。

おかずおまんじゅうと、デザートおまんじゅうが揃い、お酒やお茶も用意されている。


いよいよ、リーエンベルクおまんじゅう試食大会の始まりであった。











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