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綿犬と宝物




夜明けに目を覚ますと、すぐ横の寝台でシルハーンやネア達が寝ていた。


かさかさになった舌をしまいながら、犬姿に擬態したヨシュアはくしゅんと鼻を鳴らす。

どうもアルテアが寝苦しそうだが、怨嗟で削った部分があるというのでそのせいだろうか。

ノアベルトとくっついているので、思いがけず仲が良かったようだ。



(……………水が飲みたいな)



そう考えて周囲を見回すと、少し離れたテーブルの上に、水差しとグラスが置かれていた。


それを飲むには擬態を解くしかないので、ヨシュアは、自慢の雲の寝台から下りてぐいんと伸びをすると、そのまま足が滑ってつるりと机の上から落ちてぎゃいんとなりつつ、慌てて元の姿に戻る。



幸い、寝台の周囲には絨毯が敷いてあり、擬態している犬が小さいので体が軽く、どこかを痛める事はなかった。


まだ皆がぐっすり眠っている事に驚きながら、もそもそと歩いていって水差しから用意されているグラスの一つに水を注ぎ、一口飲んでほうっと息を吐く。




昨日のウィームは、火の慰霊祭という、とても嫌な日だった。


すっかり魔術の安定した今はもう、あの怨嗟の気配はどこにもない。

国が滅び、誰かが焼かれ、そして多くの者達が多くを失ったその日のことは、イーザがとても嫌うのだ。


それは、ウィームとも親密だった霧雨の妖精にとっては大事な日で、イーザとルイザが親しかった家族を無残に失った日でもある。


だから、ヨシュアだってその日の事は忘れないのだ。


イーザとルイザが、抱き合って肩を震わせて泣いていたあの日、二人や、他の霧雨の妖精達の大事な家族を、わざと苦痛を感じさせるようにして無残に痛めつけて殺したのは、ヴェルリアの有する火竜の王子であった。


勿論その火竜にはすぐに報復に行ったが、幸いにも、既に誰かが殺した後だったようだ。


そしてヨシュアは、特別に住みたいとは思わないけれど、大事な者達が愛していた美しい国が、愛する伴侶が冬の間を過ごすのに最高の国だと言うので、二人でひと冬を過ごしたことのあるその土地が、無残に焼かれあちこちで人々がすすり泣く中を、ゆっくりと歩いた。



王都陥落の日から数日は経っていたものの、王宮の門の前で、未だにリーエンベルクから運び出されてくる黒焦げの亡骸を、一つずつ確認しているノアベルトがいた。


シャンデリアが失われ空っぽになった駅舎の天井を見上げて、溜め息を吐いていたアイザックがいて、王都から王宮に続く並木道を眺め、決して王宮には近付かずに踵を返したアルテアもいた。


そんな光景を見せられると、大事な伴侶と過ごした時間が損なわれるようで堪らなく悲しくなり、すぐさま城に戻って、家族の弔いの儀式に向かうイーザとルイザに、あの火竜は既に殺されていたと教えてやった。



イーザは今、このウィームをこよなく愛している。


仕事で関わるヨシュアの統括地には含まれていないのだが、それでも足繁く通いつめ、ウィームで仲間達と楽しく過ごしていた。


そんな会合の日はヨシュアは置いて行かれることが多かったが、火の慰霊祭ばかりは、是非に力を貸して欲しいとイーザが頼んでくれるのが、ヨシュアは堪らなく嬉しかった。



(それに、この慰霊祭は、頑張って働くとシルハーンが褒めてくれるんだ)



なので、あまりにも忙しいとちょっと嫌になるが、火の慰霊祭でウィームに力を貸すのは悪くない。


おまけに今回は、空の上に大きな火竜の影があり、その凝りの元になった竜は、あの日にイーザ達を泣かせた火竜の王子の兄弟だというではないか。


そんなものが落とす災厄の火を、イーザが慈しむウィームに落とさせるつもりは微塵もなかった。


ヨシュアが空に被いをかける前に落とされた角で、アルテアとグラフィーツが苦労したようだが、そのような場所に二人がいたというのも、幸いであったのだろう。




「……………ねぇ、ポコ。君が大好きだと言った庭は、今日も綺麗なままだよ」



ヨシュアは、ネア達に招き入れて貰うまで一度も見る事はなかったが、ここは、ポコがウィームに遊びに行くと必ず探索した、美しい庭を有する、かつてのウィームの王宮。


それはヨシュアにとっても大事な場所で、今は、シルハーンや友達になったネアや、イーザの友達のヒルドと、沢山お喋りに付き合ってくれるエーダリアが住んでいる。


騎士棟の騎士達も、寂しい時には話し相手になってくれるし、あのゼベルという騎士を見ていると、ポコと過ごした日々を思い出すので、なかなか悪くない。



だからずっと、この土地やこの王宮は、健やかなまま残るべきだろう。

こんな風に過ごす朝があるのならば、また来年だってヨシュアは怨嗟の火を消すだろう。



「……………おい、あまり勝手にうろつくなよ」

「ほぇ。……………ノアベルトに、抱き締められているのかい?」

「俺は身動きが取れないから、ネアを起こせ」

「……………い、嫌だ。起こすときっと暴れるんだ。そういう感じだよ」

「くそ、シルハーンでもいい。早くしろ!」

「折角のいい朝なんだから、アルテアはもっと静かにしているべきだよ」

「ヨシュア……………」

「ふぇ…………」


もう少しのんびりしていたかったけれど、アルテアの我が儘のせいでシルハーンを起こさなければいけなかったし、二度寝したグレアムを起こしに行ったら、いきなり殴られそうになった。


けれども、あの、皆が寄り添って眠っている静かな朝の様子を思い出すと、ヨシュアはなぜだか、誇らしいような安心したような、とてもいい気分になるのだ。


雲の城に戻ってからも、イーザがとても感謝してくれたので、また協力を要請するといいよと伝えておいた。




「ポコ、リーエンベルクの庭の薔薇を貰ってきたよ」



伴侶の姿をしたぬいぐるみに話しかけ、柔らかな毛並みを撫でた。


最後に触れたポコは硬くて冷たくてばさばさの毛皮になっていたので、このぬいぐるみは最高級の手触りの毛皮を選んである。



大事な大事な思い出に添えるように、沢山切って貰った薔薇を花瓶に生けて貰う。

ポコが、あまりにもいい匂いで体当たりしたと話していたリーエンベルクの淡い水色の薔薇は、瑞々しい果実と霧雨のいい匂いがした。



あの庭を守ったのだから、ポコもきっと褒めてくれるだろう。








本日はSS更新となります。

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[一言] ヨシュアに泣かされる事になるとは・・・
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