常春の宝石と目覚めの草原
その日、リーエンベルクでは重大な会議が行われていた。
春告げの半分女王こと、ネアが持ち帰った賞品の小瓶の扱いを巡り、第一回有識者会議が行われる運びとなったのだ。
小瓶の中に収められているものは、常春の宝石であるらしい。
本来は春告げの舞踏会の魔術基盤となるものだが、宝石として磨き上げて祝福の品とされている。
どうやら、これだけ小さいものであれば、毎年踏みしめなくても収められた魔術が永続的に続くようだ。
万が一にでも小瓶の春を恋の成就に使わないように、ネアは、魔物製の椅子に座る羽目になってしまい、同席しているダリルは既に呆れ顔だ。
このような品物の運用の知識を得るという意味で勿論アルテアも同席しており、騎士達側の意見も反映させつつ魔物目線でも語れる参加者として、見聞の魔物も参加している。
会議の飲み物は、ホットでもアイスでも美味しい黎明の鐘音と春桃の紅茶に、木漏れ日の祝福の入ったエルダーフラワーのシロップの水割り、雷鳴の夜の雪解け水の揃えであり、おやつには檸檬とチーズクリームの軽やかなタルトか、薔薇塩が振られた塩クッキーから選べる。
「僕ね、どっちも!」
「…………なぬ」
「ネアもだよね」
「はい!」
ネアとゼノーシュは勿論、両方のおやつをしっかりと確保し、きりりとした面持ちで会議に挑んでいた。
今日は朝から少し強めの風が吹いており、春風の系譜の者達がはしゃいでいるようだ。
噂では春風のシーに新しい恋人が出来たそうだが、美しい春風の妖精は気紛れなことが多く、お相手が気に食わないとあっさり殺してしまったりもするので、こんな風に風の踊る日が続くことは少ないらしい。
ネアは、春告げの舞踏会でダナエの友人だというその妖精を見たことがあるが、やはりあの舞踏会の中でもひと際目を引く美しい女性で、きゅっと持ち上がった口角が同性でもどきりとする色めかしさであった。
シシィとはまた違う雰囲気だが、どこか中性的でありながらもひどく女らしいという魅力を持ち、ネアは、是非にダナエ経由でお友達になりたいと思っていたのだが、そちらの妖精はなかなかの頻度で荒ぶると知って諦めた経緯がある。
そして、第一回、半分春告げの女王のお持ち帰りの品をどうしようか会議は始まった。
第一声を発したのはダリルだ。
「半分の割合ってことを考慮しなけりゃいけないが、絶対でなければ、どれだけ希少な祝福でも意味がないものもある。同時に半分でもいいからその可能性を用意しておきたいものもあるからね……………」
会議慣れしているダリルの手元には、メモ代わりに出来るまっさらな紙の束と、よく使い込まれた革のカバーがかかった文庫本サイズのノート、そして簡単に携帯出来る妖精のインクとペンがある。
魔術連絡版はヒルドとの間に置かれているので、共用なのかもしれない。
必要なものはシンプルに整え、会議の席に私物を持ち込み過ぎてしまう事はなくすっきりとさせているあたりが、代理妖精としてのダリルの有能さを示していた。
ダリルダレンの書架妖精としての膨大な叡智は頭脳の中に格納されているので、資料などはいらないのだ。
「恩恵として固定しておくなら、半数であれ確実に得られるものが出る収穫の系譜も良いのではないか?」
次に意見を出したのはエーダリアで、そんなエーダリアの持ち物がダリルに似ているのは、代理妖精の教育によるものだろう。
こちらもガレンエンガディンとしての知識は自在に記憶から引き出せる派のようで、ネアは、この会議は誰も資料がいらないのだと今更ながらに気が付いた。
勿論、ネアの手元にも自前の手帳があるが、これは会議の内容を記録するものではなく、そこから拾い上げた知識の切れ端をメモしておくものだ。
「まぁ、無難さね。とは言え、春の系譜で保証のある祝福を得られるのは滅多にないことだ。ウィームには育たないものだけに、純粋な魔術の枠で得られるものがあればと思っちまうねぇ…………」
「うーん、そうなんだよなぁ。春の系譜の魔術ってさ、ふわっとしているものも多いし、でも危ういものが多いしで、その曖昧な侵食や効果を半減出来る、或いは半分上乗せ出来るのって結構得難いんだよね……………」
次にネアは、久し振りに魔物らしい議論を見せる義弟を眺め、その繋がりのままに塩クッキーに視線を落とす。
この会議は紛糾すれば長引くことが必至なので、おやつの食べどころも大きな問題なのだ。
しかし、ノアを見て美味しいお塩について思いを馳せてしまった以上、ネアはもはや塩クッキーを食べるしかないではないか。
「…………春の系譜の魔術となりますと、幻惑や侵食の解除も出来るのですか?半分という条件が気になりますが………」
そう尋ねたヒルドに、ネアは、いつの間にか随分と昔のことのように思えるようになった、あの歌乞いの学園を思った。
砂の香りと青い天井の教室。
薄暗い祭壇を裸足で踏んだ時の、ひやりとした感触。
本来の記憶が戻った時に向こう側でのことは少し曖昧になってしまったが、今でも時々、与えられた小さな部屋でムグリスディノとお喋りした時のことを夢に見る。
ああして取り込まれてしまうことを考えれば、そんな魔術の添付を引き剥がせるのであれば、かなりの助けになりそうだ。
しかし、そんなヒルドの提案に対し片手を振ったのはアルテアで、その手元にある手帳の上では、この会議に参加する為に遠隔操作にしたという仕事の商談が行われている。
二重に議論をしていることになるので、頭の切り替えが早くないと混乱しそうだ。
(そうか、…………こういう要素も、グレアムさんが必要だと話してくれた部分なのだわ…………)
えてして魔物達は、それがどんな悍ましい事であれ、真摯である。
そこにある全てが欲しくても、能力を細分化してまんべんに切り分けるのではなく、手を伸ばして一気に掻き出す方式だ。
だが、アルテアやアイザックなどの商人としての側面を持つ魔物達は、あの国取りのチェス盤のようにそれぞれの駒を動かす事で己の手数を増やすという選択肢を持っている。
そうして得られるものや、集約される情報はやはり他の魔物達には及ばぬものなのだろう。
春告げの舞踏会から明けたアルテアの本日の装いは、カジュアルな印象のシャツと砂色のセーター姿に、織り模様のあるコーデュロイ風の生地の砂色のパンツ姿だ。
形はシンプルなのだが、ほんの少しだけ、昨日見かけた白虹の魔物の装いを彷彿とさせる。
「今回は春告げのものだからな。上手くはまれば、最上位に近しいものまで効果が出るだろうが、確率は二分の一だ。唯一の手段として切り出すと、取り返しのつかないことになる場合も多い。その目的であれば、半分零すようじゃ意味がないな」
その意見に頷き唸ったのがノアで、こちらは、いつもの白いシャツをさらりと羽織っただけの姿がとても絵になる魔物だ。
まだ肌寒い日が続くのでそこに淡いオリーブ色のカーディガンを羽織っていて、ネアは、最近になってストールとカーディガンには色を取り入れる派に進化したノアの為に、ランシーンの素敵な織物を教えてあげようと思っている。
「そこなんだよね。………呪いや侵食ってさ、その解術の機会は一度きりしかないってことが結構多いんだよなぁ…………」
「まぁ、…………そうなのですか?」
「奇跡って一度限りのものだと認識されていると思わないかい?あれは、魔術の理において、成就した呪いを引き剥がす機会が一度だけって決まっていて、そっちと混同されてのことなんだよね。基本的に、奇跡は与える側の勝手だから何度でも起こる。でも、魔術の理をこじ開ける事が出来るのは、一回限りだ」
「………しかし、よく事件の周りで、あれが駄目ならこれでという会話が聞こえてくるのですが…………」
慌ててネアがそう問いかければ、ノアが分かりやすく説明してくれた。
「あれは抜け道で解こうとしているからね。例えば、果ての薔薇に願いをかけるのは、正攻法では一度きりだ。何しろ、最も大切な記憶をこそ奪うものだから、一番手を消して二番手が繰り上がりでまたそれを対価にというやり方は通用しない。でもほら、収穫のリズモを使えば、叶うかどうかはさておき、リズモの数だけ挑戦出来るよね?そうやって、道筋を増やしていくんだ」
ネアは目を丸くしてほほうと頷き、説明がとても分かりやすいと褒められた塩の魔物は、ご機嫌で微笑みを深めた。
魔術の根源を司る魔物による魔術講義には、エーダリアもすっかり目を輝かせて聞き入ってしまっているので、うっかり脱線して魔術講義になりかけたが、そこは冷静なヒルドが元のレールの上に戻してくれる。
「…………成程、あの侵食をどうにか出来ないかとも思いましたが、解術や不確定なものに使うのであれば、やはりもう一段階下げてでも、他の用途に使う方がいいのかもしれませんね……………」
さりさりという砂混じりの風の音を思い出し、ネアは、またあの学園の教室の天井を思い出していた。
昨年の春に、残響の魔物の崩壊を巡る厄介な事件があった時、ネアは、幻惑の中で見ず知らずの土地に落とされ、記憶に靄がかかったように大事なことを忘れたまま、歪な世界の中で歌乞いを育成する学園に通っていた。
その歪さを固定したのが春告げの女王に与えられた春の系譜の祝福であったのだから、ヒルドが、そのような影響への対処こそをどうにかと思うのも当然だ。
それがネアであればまだしも、エーダリアを標的にした場合は、絶対に取り戻すのだとしても、ウィーム領主不在の期間は必ず出てしまい、たいへんな騒ぎになるだろう。
だからこそ、ネアがガーウィンから持ち帰った魔術の抗体は、そんなもしかしたらを防ぐ為に、このリーエンベルクにも保管されているのだ。
(…………よく考えたら、今年は教会で歌乞いを目指したのだわ………)
厳密には、迷い子として保護されていただけなのだが、歌乞いの学園の時と枠取りが似ている。
何だか、同じくらいの季節に似た事件が重なるなと眉を寄せたネアは、ご主人様は退屈してしまったのかなと考えた魔物の手で、お口に小粒な木苺のギモーブを入れて貰った。
「むぐ………?」
「美味しいかい?」
「はい!…………まぁ、中からとろりとしたジャムが出てきました」
思いがけないおやつの追加にもぐもぐしていると、心配そうに背後から覗き込まれた。
案じるような水紺色の瞳に、ネアは、やはり自分が白虹と出会ってしまった事が不安なのだろうと結論付ける。
この優しい魔物は、厄介な魔物に手を伸ばされたネアが、密かに怯えていないのかをとても気にかけてくれているのだ。
「……………疲れてしまっていないかい?」
「あら、まだ始まって半刻も経っていませんよ?…………もしかすると、少しだけ考え事をしていたので、ディノを心配させてしまったのかもしれませんね。実は、昨年の春は幻惑の中の学園で、今年はガーウィンの教会で歌乞いを目指したのだなと思えば、何だかどちらも取り込む型の特殊なものに触れたようで不思議な感じがしますね…………」
ネアとしては、微かな類似性を示すことも合わせ、そんな事もあったのだなという思いで口にしたまでなのだが、なぜかその場にいた全員が、いっせいにネアの方を何とも言えない目で見るではないか。
「……………とても不当な評価を受けているような気持ちになる眼差しです………」
「…………足場が悪いにも程があるぞ」
「うーん、あの時の幻惑ってさ、僕の妹は巻き込まれただけって感じもするけど、参加したのは事実だからなぁ…………」
「……………ガレンの歴戦の魔術執行官達よりも多くの特異点を知っているくらいだからな………。講師として招聘したいくらいだが、如何せん話せる事が少な過ぎる」
「…………もしや、生徒達に大人気の魔術講師として、爽やかな学園ものの第二の人生の可能性が…………」
「ネアが……………浮気……?……する…………」
「迷い迷い言ってみたようですが、職業は浮気対象ではありませんよ?」
「けれど、教え子や弟子を持つのはいけないよ」
どこか酷薄な声音でそう言われたネアは、少しだけみんなに人気な魔術の先生となった自分と、わくわくどきどきの学園生活を想像してみたが、残念なことに、途中からどっと疲れてしまった。
「…………想像してみたら教師のお仕事は思っていたよりも大変そうですので、想像の中の生徒の親御さんから無理な注文をつけられた私は退職することにしました」
「ご主人様……………」
「ありゃ、一度は教職に就いたんだ………」
「やはり、新任の講師として紹介されるところから考えてみないと、ディノの言葉には安易に頷けませんからね」
「え、…………そこまで?」
「勿論です。いつか、私が指導者としての尊い使命に目覚めた時に、今日の、何気ないお喋りでのディノとの約束が棘になってしまったら悲しいでしょう?しかし、想像してみたらあまり楽しくなかったので即退職させていただきました」
「……………そもそもお前は、どこで採用されたんだ」
呆れ顔のアルテアに対し、エーダリアはまだネアの思考手順について来られないようで、とても困惑している。
ネアは少しだけ恥じらってから、ヴェルクレア屈指の頭脳を持つ生徒達が集まる、ウィームの魔術大学だと答えておいた。
「そう言えば、私の師匠は今はどのあたりにいるのでしょう…………。もう随分と経ちますが、帰宅したというご連絡が来ないのです…………」
「…………僕も魔術基盤の手入れであわいに潜る事があるんだけどさ、割と地表近くのあわいに来ていた筈なのに、あちこちで事件に巻き込まれて、戻りが遅れているみたいだよ……………」
「なぬ………」
ネアの疑問にノアが教えてくれた事によると、その三人組はなかなかにあわいで有名になりつつあるらしい。
どうやら、誰か一人とても事故率の高い人が混ざっているらしく、すぐに事故に巻き込まれてしまうのだ。
「ほお、誰かにそっくりだな。似てきたんじゃないか?」
「アルテアさんとムガルさんは、この土地の新旧の統括さんですしね。同じ事故率を持っていても頷けます」
「何で俺なんだよ」
かちゃりと音がして、ネアはダリルのお皿がいつの間にか空っぽになっている事に気付いた。
隣のヒルドと、一枚の紙に春の祝福を使えそうな要項を書き出しつつ、あっという間に檸檬のタルトを食べてしまったらしい。
(こういう時のダリルさんは、ちょっと不思議で如何にも妖精さんという感じがするな…………)
会議でのダリルを見ると、驚く事がある。
用意された飲み物や食べ物が、ほんの少し目を離した時にしゅんと消えてしまうのだ。
勿論、じっと見つめていればきちんと食べたり飲んだりしているのだが、優雅だが計算し尽くされた素早い動きで、お皿の上の物やカップの中身はたちまち消えてしまう。
書庫の中の打ち合わせでなければ、ダリルはたくさん喋り、たくさん飲んだり食べたりしながら、精力的に仕事を片付けてゆくタイプであるらしい。
息を飲む程の美貌に、闊達な口調と鋭い意見に、アルテアですらこの書架妖精との議論は楽しんでいる節がある。
「……………昨年の幻惑の事件の時のような事は、これからも起こり得るのだろうか?」
「うーん、ないとはいえないかな。ただ、ネアはもうシルの伴侶になっているから、あの時みたいにどうにかして契約を結ばないとって焦る事はないと思うよ」
「そう思えば、あの学園の時も、今回のガーウィンでも、ディノやアルテアさんは必ず傍にいてくれたのですね………」
「ありゃ、待ってるのって不利な気がしてきた…………」
「まぁ、ノアは私の大事なお家を守っていてくれて、作戦立案をしてくれる頼もしい弟ではありませんか」
「わーお、僕の妹は粘るなぁ…………」
窓の向こうにはリーエンベルクの美しい庭が広がっていて、天井のシャンデリアにはその緑の色が映り込み森のシャンデリアのよう。
早春の午後らしい青い空は絵本の色をしていて、湖水水晶の床に落ちるテーブルや椅子の影は澄んでいる。
現在、ネア達が集まっているのは、会議室としても機能するリーエンベルクの外客棟にある一室だ。
家具を入れればサロンにもなり、全ての家具を取り払えば簡単なパーティも出来る。
外に出るにも、騎士棟や居住棟に向かうのにも動線の良い立地で、尚且つ遮蔽設備も整っているのでなかなか便利な部屋なのだとか。
「ディノ、春の祝福となると、一年を通して春野菜が食べられる以外にどんな恩恵があるのですか?」
「目覚めや幻惑、眠りの系譜の微睡み、芽吹き花開くことでの成就や…………愛情の収穫などもあるね」
「………ディノが言い淀んでしまった愛情の収穫ですが、この土地に使うと諸刃の剣になるとアルテアさんに言われたのですが………」
「そうなるだろうね。魔物も含め、多くの高位の生き物は感情を強要されることを嫌う。ウィームは既に多くの庇護を得ているだろう?であれば、雑多なものを集める代わりにこれまでの恩恵を失いかねない事は、やめた方が良さそうだね」
「微睡みの魔術で状態固定をかけるのも良いが、それであれば封印庫の魔術が既に完成されている。また、ウィームの調伏魔術は良い固有魔術を持つ一族がいるからな…………」
「成就の魔術は悪くないねぇ。対価を伴わない成就は希少だ」
「とは言え、春の成就は芽吹きだから、得られるものは収穫には及ばないのではなかったかな?」
あれこれと議論が飛び交い、ネアは、こんな時にはマイペースにも思えるくらいにじっくりとみんなの話を聞いているゼノーシュをちらりと見た。
塩クッキーと檸檬とクリームチーズのタルトはもうなくなっており、時折、まだ手をつけていないノアのお皿を見ているのが、可愛らしい。
「僕、リーエンベルクの土地の魔術の質と重ねて、ここで管理するといいと思う」
やがて、ぽそりとそう呟いたゼノーシュに、こちらを見たダリルがそうだねと頷いた。
「その加算は捨て難い。この土地の管理を前提として議論するべきだろう」
「その上で、状態の底上げよりは疾患の治癒を優先するべきだな。やはり、得られるものよりも失われるものを留めることに比重を置く方がいい」
そう結論付けたアルテアに、なぜかエーダリアがこちらを見たのでネアは首を傾げた。
ディノは、椅子の上のご主人様に何とか三つ編みを持たせようとしており、ネアは、膝の上に乗った三つ編みをどうしたものかなと見ていたところだったのだ。
「むむ、確かにリーエンベルクには、問題が起きた時にその解決にあたらなければいけない騎士さん達もいますものね…………」
「…………ああ。リーエンベルクという土地での管理を踏まえれば、少しは用途も狭まるな……………」
「僕も、ゼノーシュの意見に賛成かな。リーエンベルクは影絵の質が良くて安定しているからさ、春のものを状態良く保管する事にも向いていると思うよ」
ここから暫く、またあれこれと意見が交わされ、最終的には目覚めの祝福を使う方針までは固まった。
これは、精神汚染となる侵食、書き換えや置き換え、意識を奪われる諸々の魔術に加え、悪変や狂乱から自我を取り戻す為にも有効であり、怪我や病気の治療にも得難い効果だ。
「今日はここまでだね。後は、どんな魔術にこれを据えるかを詰めていこうか。………ゼノーシュ、常春の宝石を保管するなら、花の間と草原の間なら、どちらがいいと思うかい?」
「草原だと思う。花よりも草や森で太陽の光を浴びていたいみたい?」
「それなら、春の草原が敷かれた影絵の部屋があっただろう。あの場所に管理庫を作るとしよう」
その部屋は、どこまでも続く青空と遠くに見える森や湖を一望出来る、青みがかった草原の部屋なのだそうだ。
かつてのリーエンベルクでは、そこでピクニックをしたり、感情的になった者を放り込む反省部屋にしたりしていたらしい。
ひとまず方針を決めて会議は解散となり、これからの時間は、エーダリアとノアとダリル、そして監修のアルテアを交えて、常春の宝石を保管する保管庫をその部屋に作り付けに行くことになった。
リーエンベルクの影絵であれば、有事の際にはこの土地そのものがそこへの道を閉ざしてしまう。
土地の祝福や恩恵こそが希少な品物を守る為の盾にもなるので、今回のような祝福を受けた品物を保管するのには最適であるらしい。
「ネア、素晴らしいものを齎してくれた。本当に、手放してしまって良いのか?」
「ふふ、エーダリア様は心配性ですね。私個人の管理ではなくなっても、リーエンベルクにあるのですから、家族で使う事にしたというだけなのです。ただ、バルバの時に、この宝石を持ち帰れるようにしてくれたダナエさんに、それとなく感謝を伝えてあげて貰えますか?どうも、しょんぼりするような事があったようですので、お友達がいるという事がとても嬉しいようなのです………」
ネアがそう言えば、エーダリアは微笑んで頷いてくれた。
「蝕の時のこともある。今年は、騎士達も彼等の訪れを喜ぶだろう。………では、草原の間に行くまでは、私がこの宝石を持とう」
「馬鹿王子、持ちたいだけでしょ?」
「そ、それもあるが、やはりここは私がだな……」
「ありゃ、興味津々だ…………」
「エーダリア様…………」
常春の宝石は、最後の王族であるエーダリアが気に入っている様子を見せたからか、リーエンベルクにとても好意的に迎え入れられたようだ。
まだ組み込む魔術は開発中だが、草原の間の中に作られた木漏れ日の結晶と森結晶の台座の上に置かれた小瓶の中で、きらきらと輝き、ゼノーシュ曰くとても幸せそうなのだとか。
ネアは、ディノに頼んでその台座の上に綺麗な水晶細工の桜の花枝の置物を乗せてやり、気持ちのいい草原の中で綺麗な置物も添えられ、常春の宝石の輝きはますます強まったようだ。




