小枝の災いと宝石のペン
幼い頃に、小枝の災いで指を切った事がある。
それは美しい青い月の光がこぼれる夜で、こんな夜であれば何か特別な事が起こるだろうかと考えた幼いエーダリアが、サンザシの小枝を手折った日であった。
魔術詠唱をかけて丁寧に授かるサンザシの小枝は、美しい小枝のペンになる。
その他のどんな宝物も手元に置く自信がなかったが、一本のペンくらいであれば、ポケットなどに潜ませて大事に持っていられると思ったのだ。
だが、エーダリアの手折ったサンザシの木には、たまたま、妖精が住み着いていたらしい。
妖精は自分の住み家が荒らされるのを嫌うので、枝を折ったエーダリアを傷付け、エーダリアが奪おうとした小枝をすぐさま取り返した。
こうして、枝や花を手折ろうとして齎される反撃を、小枝の災いや一輪の花の災いというのだが、そのくらいの事は知っていた筈のエーダリアは、なぜかとても驚いてしまい、そして、深く深く傷付いた。
あの頃はそうそう心を削られる事はなくなっていた筈なのに、部屋を抜け出して取りに行った小枝が手に入らなかった事が、どうしようもなく惨めで悲しかったのだ。
だからだろうか。
こんな風に月の明るい夜は、時々、あの夜の事を思い出してしまう。
手に入らなかったのは普通の小枝だったが、それでも心の奥のどこかに、焦がれるような思いが残った。
それは、どんなに美しいペンだったのだろうかと。
「…………そのお話を、ヒルドさんやノアにしたことはありますか?」
「いや、話した事はない。……………話せばあの二人は、サンザシの小枝などを遥かに凌ぐような、美しいペンを与えてくれるだろう。だがな、…………月の光の祝福を宿した小枝を折り、その枝をペンに変える魔術にこそ私は憧れたのだと思う」
「では、お庭に出てみましょうか」
「……………ネア?」
そんな話を初めてしたのは、たまたま、真夜中の会食堂で出会ったネアだった。
ネアも眠れない夜だったようで、ムグリスに転じて貰ったディノを胸元に押し込み、会食堂で一杯の冷たい牛乳を飲んでいた。
そのくらいのものであれば、あの厨房にも用意がある筈だが、こんな真夜中に青白い月明かりの会食堂にやって来るだけの思いが、ネアにもあったのだろう。
だからこそ、エーダリアは、サンザシの小枝の話をしたのかもしれなかった。
「ここにはディノもいますし、会食堂から出たところにあるお庭ですよ。サンザシの枝はないですが、一本の小枝を貰うくらいなら、適した木が沢山あるでしょう」
「い、いや、今はもう、そのような物を得ずとも良いのだぞ?」
「いいえ。きっと必要なのでしょう。悲しみや失望は、上書きしておかなければ、こんな夜に不意に蘇って、心を思いがけなく深くちくりと刺すのです。…………そういうものは、何か他のきらきらした素敵なものや、しょうもない思い出でしっかり塗り潰しておかなければ、ずっとその形のまま、心の中に住んでいるのですよ」
それは、静かな声であった。
ネアは淡く微笑んでカップに視線を落としていて、では、彼女の心をそんな風に刺したのは、どんな思い出なのだろうかと考える。
不思議な事に、こうして向かい合って座っていても男女のそれとしての心は微塵も動かないのだが、ネアに向ける思いには、血の繋がりなどない筈なのに家族としての愛おしさがあった。
ヒルドやノアベルトとは違う、家族という枠組みの中のどこかに位置する愛情が動くのだ。
(……それは例えば、兄妹であるとか、……………そのような)
そう考えると僅かに気恥ずかしくなったが、それでももう、彼女とも家族になったのだ。
ネアが何度も当たり前のように家族だと言うので、エーダリアもまた、自然にそう考えるようになった。
よく分からないままに飲み込まれた家族認識は、きっと、そのような主張を誰よりも軽んじない筈のネアが言うからこそ、深く刻まれたものなのだろう。
そして、今のエーダリアには、血の繋がらない賑やかな家族がいる。
「………お前は、どうして眠れなかったのだ?」
「もしかしたらそれは、…………ずっと昔に月の明るいどこか特別な夜があって、こんな夜であれば、誰もいなくなったはずの屋敷の食卓に、誰かが帰ってきてくれている、或いは、私に会いに来てくれる誰かがいるかもしれないと願った、愚かな誰かがいたからなのかもしれません」
「……………誰も、いなかったのだな」
「ええ。そこには誰もおらず、贅沢をして飲んでしまおうと思った牛乳は、既に切れていました。私は、カップの中の水を飲み、誰もいない部屋で誰かに話しかけ、もし、誰かが答えてくれたら物語のようで素敵なのになと考えていました。……………翌朝になれば仕事に行かねばならず、起きていれば体力を削ると分かってはいても」
その言葉に頷き、今夜は、こんな真夜中なのにと考えながらも一人で会食堂に来てみて良かったと嬉しくなる。
それは、あのサンザシの小枝を求めた夜を思い出して胸が痛んだからであったが、結果としてここで一人でいたネアに出会えた事で、ネアのその日の思い出は塗り潰せただろうか。
そう思いかけてふと、だからネアは、庭に出ようと提案したのかと気付いた。
「お前の思い出は、少し塗り潰せただろうか」
そう言えばネアは、こちらを見てにっこりと微笑んだ。
淡い鳩羽色の瞳に月光が映ると、不思議な程に青く見える。
白くけぶるような月の光が床石に反射して、ネアの髪色が白銀色に輝いて見えた。
「ええ。こうして、すやすやムグリスディノと一緒なのに、誰かに会えるだろうかと考えるのもおかしな話ですが、けれども、エーダリア様がやって来て、不思議なくらいに心が弾み、安堵もしました。なので、エーダリア様は、そんな私の為にも何某かの小枝を手に入れるべきなのです」
「……………ああ。そうだな。………そうなのかもしれない」
「今が幸せでも、人間は多分、己を作り上げた思い出と過去は変えられないのでしょう。不要な棘は、一つずつこうして先を潰してゆくのだなと、あらためて感じていたところなのです」
「……だから、私の棘もそうしようとしてくれたのか」
「ええ。エーダリア様はもう、家族なのですから、家族のことは家族が案じるのです」
「………そうだな」
顔を見合わせてくすりと笑い、どちらからともなく立ち上がった。
大きな窓のある会食堂の窓辺に向かうと、満月の光が触れられる程に眩く感じられる。
その明るさに手のひらを翳し、幼い頃の自分が、誰もいない王宮から中庭に抜け出した夜はどうだったのだろうと考えた。
今夜程に月は明るくなかったのかもしれないが、そもそもヴェルリアの夜は、ウィーム程明るくはなかった。
初めてウィームを訪れ、明日からはもうこの土地で暮らすのだと実感した夜に、夜がこんなにも明るいのだと思い、無性に泣きたくなったことを思い出す。
ああ、やっと帰ってきたのだと、なぜかそう思えて。
夜はまだ冷えるが、庭に少し出るだけであれば、上着はいらないだろう。
もしもの事がないように、腕に手をかけるように言えば、ネアは嫌がる事なく頷いた。
「私がこちらに来たばかりの頃、真夜中にエーダリア様のお部屋に突撃したことがあります」
「……………ああ。私の魔術書を、お前が盗もうとした時だ」
「まぁ。あの時は、私を無視して眠ってしまおうとしたからですよ。…………ですが、あの夜初めて、………私は、真夜中に途方に暮れた時に、誰かに会いに行けるのだという贅沢を取り戻したのです」
「同じ部屋に、ディノがいただろう?」
「あら、人間は我儘なのですよ?…………誰かに話を聞いて貰いたい夜に、部屋を出て訪ねていった先にそれを受け止めてくれる人がいた事で得られる贅沢だからこそ、私の心は満たされたのでしょう。何しろあの夜の私のお部屋には、ディノがいませんでしたから」
(……………その頃のリーエンベルクには、ヒルドもノアベルトもいなかった)
何かがあればグラストが駆け付けてくれただろうし、騎士達もいた。
けれどもエーダリアは、有事以外で真夜中に誰かの部屋を訪ねるという事なんて、考えもしなかっただろう。
思えば、あの頃のエーダリアが子供染みた事ばかりしていたのも、ネアと出会い、自分の中の様々な境界や価値観が揺さぶられたからこそだったのかもしれない。
あの夜のエーダリアもまた、同じ屋根の下に、自分の未来に幸福があらんと、まるで家族のように願う誰かがいることを、その声と眼差しから知ったのだ。
あの願いを聞いた時からきっと、ネアはもう、騎士達とは違う存在だったのだと思う。
(お前に、恋をしなくて良かった)
そう思うのは、初めてではない。
恋ではないからこそ、こうして共に暮らせていて、これからも共に暮らすのだろう。
恋ではなかったお陰で家族になり、この愛しさはずっと手のひらの中にある。
ヒルドがいて、ノアベルトがいて、ディノがいる。
時には、ウィリアムやアルテアがそこに加わり、今ではエーダリアから彼等に相談を持ち掛ける事さえ出来るようになった。
代理妖精であるダリルとは、また別の形での深い絆があるし、グラストを筆頭とする騎士達へ向ける思いも、家族のそれとは違うだろう。
(だからこそ、ここで私が委ねる私の願いは、子供のようなみっともなさで、我が儘で、弱さで………)
その代わりに、これからもずっと切れない強い糸のようだと、もう信じられる。
「ルドヴィークから、稀人をもてなすと幸せになるという話を聞いた事がある」
「ふふ。私の祖国には、ここではないどこかに迷い込み、幸せな国に辿り着くというお話があるのですよ」
「そうなのだな……………」
「ええ。ですがそれは、元居た場所に何の未練もない場合にのみ得られる祝福です。お家に大事な家族がいる場合は、安易に境界を越えてはいけないのだとか。幸いにも、私はそのような未練がありませんでしたので、こちらでぬくぬくと幸せになってしまいました」
そう言われて初めて、この世界に呼び落とされたネアが、元の世界に帰りたがったらどうなったのだろうと考えてみた。
あまり良い顛末に思えなかったのですぐにその想像を打ち切り、今の幸せに感謝する。
「……………では、お前が幸せでいてくれたことで、私も幸運を得たのだろう」
「うむ。なので今夜は、最高に素敵な小枝を発見してみせます!」
「普通のものでいいのだ。……………そう言えば、雪サンザシの木が、この辺りにあった筈だな」
それが、サンザシの木であると意識したのは、初めてであった。
雪サンザシは、冬の始まりに美しい赤い実をつける木で、イブメリア近くになると、インスの実が食べられないと知った小さな生き物達が、その実を探しにやって来るという事は知っている。
ただ、その季節にはもう雪サンザシは実をつけていないので、この木の近くでくしゃくしゃになっている生き物を見かける事は多かった。
「サンザシがあるのなら、それがいいのでは?」
「………その木を見てみるか。枝を住まいにしているものがいなければいいのだが……」
薔薇の花壇の裏側にある雪サンザシの木に向かうと、最も美しく枝葉の生い茂る季節ではないので少し寂しげではあったが、丁度良さそうな枝ぶりに感じられた。
「…………ぐぬぬ。見上げる事は出来ますが、私の身長では収穫が出来ません」
「棲み処にしている生き物は、いないようだな。…………この枝を貰ってもいいだろうか」
「月の光を浴びて、葉っぱが艶々きらきらに見えますねぇ」
「ああ。白茶色の枝ぶりが美しい木なのだ」
ネアは、手が届かないらしく渋い顔になっていたが、エーダリアが届くと分かると安心したようだ。
伸ばした手が触れた枝に指をかけ、小さく魔術詠唱を行う。
淡く光る接触面にまた少し力をかけると、雪サンザシの木は枝を譲ってくれることにしたようだ。
大きな抵抗なくぽきりと折れた小枝を慎重に受け取り、そっと手に取った。
「これは……………」
「……………ほわ」
その直後の事だ。
しゃりしゃりぱりぱりと、音を立てて小枝が結晶化してゆき、枝に残っていた葉がするりと巻き込まれて一本の真っ直ぐな小枝になる。
結晶化しながら姿を変え、緑混じりの白茶色の表面がきらきらと光った。
「宝石になりました…………!」
「祝福結晶ではないか……………」
「ふふ。さすが、リーエンベルクのサンザシさんですね。エーダリア様の為に、こんなに素敵な小枝をくれるのですから、なんて頼もしいのでしょう」
「…………そうなのだろうか」
「あら、エーダリア様が美しい木なのだと言った直後に、サンザシさんがぼうっと光ったので、喜んでくれたのでは?」
その言葉に目を瞬き、手の中の細長い結晶化した小枝を見つめた。
手折った小枝は、削り上げてペンにするのだが、サンザシの小枝のペンは、手紙を書くのに向いているという。
出来上がったペンでどんな手紙を書こうかと思い唇の端を持ち上げると、こちらを見ているネアも嬉しそうに微笑む。
「……………キュ?」
「あら、ディノも目を覚ましたのですか?月がとても綺麗な夜なので、エーダリア様とお庭に出てみたのですよ」
「キュ」
「ふふ。ディノが目を覚ましてくれたので、伴侶ともお月見出来てしまいますね」
「キュ!」
結晶化で魔術が動いたからか、ディノが目を覚まし、ネアとなにやらやり取りをしている。
いつも、この状態でも意思疎通が出来るのだなと驚いてしまうのだが、先程よりもずっと柔らかな表情になったネアを見ていると、二人で積み上げてきた時間があってこそなのだろう。
「素敵なペンになりそうですね」
「……………ああ。僅かにざらつきのある表面が、なんとも美しく温かな風合いなのだ。この質感を残したままでペンに出来るよう、工夫してみよう」
「となると、加工もエーダリア様が行うのですか?」
「ああ。工房などに出しても良いそうだが、自分で作った方がより馴染むと聞いている。このような加工はヒルドが得意だからな。やり方を聞いてみよう」
「では、どんなインクがいいのかは、ノアに相談してみるといいかもしれませんね」
「そうだな」
また顔を見合わせて微笑むと、けぶるような光を落としている月を見上げた。
ウィームは日中は曇り空が多いが、不思議と、夜は晴れている事が多い。
陽光の系譜の守護が弱く、夜の系譜の強い土地らしい天候なのだ。
そんな夜の美しさを記憶に焼き付けつつ、小枝を授けてくれた雪サンザシの幹に触れ、心の中でお礼を言った。
すると、どこからか小さな枝がばしんと飛んでくる。
「…………っ?!」
「エーダリア様?」
「………これは」
「まぁ。………ライラックの小枝さんです。さては、雪サンザシさんだけずるいと思い、小枝をねじ込んできたのでしょう」
「そ、そうなのだろうか……………」
「ぎゃ?!また何か飛んできました?!」
「……………薔薇の木のようだな」
「木になる方の薔薇さん……………」
呆然として周囲を見回したが、庭園の中はいつもの静けさと僅かな生活音に満ちていた。
さわさわと花々を揺らす僅かな夜風と、禁足地の森からは夜雀の囀りが聞こえる。
花々や木々には妖精の光が揺れているが、枝を授けてくれたものの気配はない。
おまけに、後から投げ込まれた二本の小枝も、しゃりしゃりと結晶化してゆくではないか。
「キュ」
「出来上がったペンは、日替わりで使う事になりそうですね」
「……………ああ」
小さく頷き、手の中の三本の小枝を見つめる。
月の光を宿してきらきらと輝き、ウィームの深く青い夜の光も宿している。
これらの結晶化した枝を削り、ペンを作る工程を考えると、不思議なくらいに胸が弾んだ。
「……………ヒルド」
会食堂に戻ると、湯気の立ち昇るカップから紅茶を飲んでいるヒルドがいた。
部屋着に着替えているので、恐らく部屋で休んでいた時間なのだろう。
その膝の上には、眠そうな目をした銀狐がいる。
「おや、……………サンザシの小枝のペンでしょうか」
「……………ああ。子供の頃に、手に入れ損なった話をしていてな、それではと、庭の雪サンザシの木から枝を貰ってきたのだが、ライラックと薔薇の木からも枝を授かってしまった」
「住まいとする土地に生える木は、その土地を愛する者へ祝福を授けたがりますからね。全てをペンにした上で、どれも使ってやるといいでしょう」
「ああ。そうさせて貰おうと思う。私は細工に詳しくないのだが、教えて貰ってもいいだろうか」
「ええ。では明日の休憩時間にでも、削り始めましょうか」
「インクは、ノアベルトに選んで貰おうと思うのだ」
そう言えば、ヒルドの膝の上の銀狐が尻尾を振り回しているので、引き受けてくれそうである。
「ネア様も、小枝を?」
「いえ、私は、真夜中の会食堂で誰かに会えたらいいなという夜でしたので、エーダリア様だけでなく、ヒルドさんや狐さんにも会えてしまって、大満足の最中なのです」
「おや、それは幸いでした。たまたま、月明かりに誘われてこちらに来て幸いでしたね」
「はい!」
「キュ!」
何となく、全員でテーブルを囲み少しだけ話をすると、もう夜も遅いのでとそれぞれの部屋に帰る事になる。
銀狐は、お喋りの途中からもうヒルドの膝の上で寝てしまい、部屋までの帰り道は、ヒルドと二人で子供の頃の事を話した。
部屋の前で別れた際に、小枝の加工は明日にして、今夜はもう寝るようにと言われ、苦笑して頷く。
「………お前は、私が部屋にいない事に気付いて、探しに来てくれたのだろう?」
「月明かりを眺める為に、リーエンベルクの中を歩いてみただけかもしれませんよ」
「………そうだな。そうかもしれない。……………だが、有難う」
「こうして心を割く者を得るということは、妖精にとってはこの上ない喜びですからね」
そう告げて淡く微笑み、部屋に戻っていったヒルドに、部屋に入った後で口元をもぞもぞさせてしまった。
ずっとウィームで共に暮らしたいと願っていたが、心のどこかで、それでも彼はいつか、様々なものからの防波堤になる為に、王都へ戻ってしまうのではないかという懸念があった。
けれどももう、ここにはヒルドが羽の庇護を与えたネアがいて、ヒルドが引き受けてしまいそうな問題に共に向き合ってくれるノアベルトがいる。
これからもずっと一緒にという願いは、これからも叶うのだ。
(今のヒルドの羽の色は、妖精にとって、愛する者がいるという証でもあるのだから)
妖精の羽の庇護は、氏族の気質にもよるが、主に、伴侶や恋人に授けられるものである。
最初は、ヒルドがその相手を得た事に喜びつつも、得られない相手を思う事で磨耗しないだろうかと少し不安になっていたが、最近は、ヒルドの心の傾け方が家族としてのものになったように思う。
多分、今のネアは、心を動かされた女性から家族となり、その結果、失った妹達や一族の庇護するべき子供達にもなったのだろう。
ヒルドの場合、幼児姿にされたネアの可愛がりようを見ていると、妹のような存在であっても羽色が変わったような気もしなくはない。
(妖精が羽を色付かせるのは、魔物が指輪持ちや恩寵を得るようなもの。或いは、竜が、宝や契約の子供を得るようなもの。……………私達が持つリンデルのように、愛する者を得たという印でもあるのだとか)
エーダリアでは、ヒルドの羽を色付かせる為の条件は揃えられなかった。
それは、愛情の深さは関係なく、氏族ごとの気質による傾向が大きく、資格がなかったのだ。
花の系譜の妖精達には、羽の庇護に相当する愛情を満遍なく振り撒く者達もいるが、武人としての気質も持つヒルドの氏族は、女子供以外には羽の庇護は動かさないだろうと教えてくれたのはダリルだ。
であれば、あの王宮で出会ったばかりの頃のエーダリアに、ヒルドが羽の庇護を授ける訳にはいかなかった以上、もうエーダリアがヒルドの羽を染めてやる事は出来なかったのだろう。
(ダリルにも今はララがいるが、ダリルの場合は、娘のような存在には、羽の庇護を授けはしないらしい)
であればという様々な偶然が複雑に絡み合い、こうあったからこそ成り立つ今を、鮮やかに浮かび上がらせる。
ダリルはあの書庫で派生しているのでどこにも行きはしないが、ヒルドは、もしどこか遠くに羽の庇護を与えるべき相手を見付けたなら、エーダリアの前から立ち去る可能性もあったのだ。
(それは、ノアベルトもだ。……………彼が家族ではなく、ただの契約の魔物で、或いはネアの事も妹としては慈しめなかった場合……………)
一度交差した道はやがて分かたれ、向かう先はここではないどこかになったに違いない。
そうして、心を通わせはしてもばらばらになる未来もあり得たのだと思うと、エーダリアは、ますます共に暮らす家族が愛おしくなった。
「……………なので、友人達へとも思ったが、まずは家族への手紙を書こうと思うのだ」
「わーお。……………そうやってさ、安易に僕を泣かせようとするの、いけないと思うんだけど」
「ノアベルト……………?」
「貰った手紙は、額装とかすればいいのかな……………」
「飾るのだけはやめてくれ……………」
「ヒルドだって、泣いちゃうと思うよ。手紙をあげるなら、次の日が休みの時にね」
「……………そうなのか?」
「うん。あんまり分かってなさそうだけど、とにかく、次の日に仕事がない日にしてあげること!」
執務用のお気に入りのペンはもうあるのだが、無事にペンになった三本の小枝は、宝石のペンのようにきらきらと光る。
ノアベルトの選んだインクとの相性も良く、エーダリアは、四通の家族への手紙を書いた。
後は渡す日を決めるばかりなので、今は、予定表を見ながら悩んでいるところだ。