ブラッシングと紫陽花観察
「狐さん、山猫さんの紫陽花を観察に行くので、ついでにお外でブラッシングします?」
ネアがその日、銀狐に声をかけたのは、来る予防接種に備えてであった。
そろりとこちらを見たもふもふは、昨晩からなぜか、全力での予防接種待機状態に入ってしまっており、後ろから近付くとけばけばになって逃げてゆくことを繰り返している。
ここで一度、今日に違いないという勘違いをさせた上で表に連れ出す事で、警戒心を下げようという企みだ。
案の定、銀狐は尻尾をびゃんと立てるとけばけばになり、ムギーと声を上げて足踏みした。
しかし、ネアが手に持っているのが、お気に入りの換毛期ブラシだと気付くと、ついつい尻尾をふりふりしてしまう。
「ノアベルトが………」
ディノは、狐過ぎる友人にすっかりへなへなだが、銀狐はそれに気付かず、けばけばのままふりふりというとても難しい尻尾の運用に入った。
だが、ネアがブラシをそっと振って見せると、ブラッシングへの憧れのが勝ってしまったらしく、足元にやってきて前足でネアの爪先をぎゅっと踏む。
これは今の内だぞと思ったネアは、そんな銀狐と追いかけっこ風の移動を実施し、南門ではなく、庭園にもある山猫の紫陽花の花壇へ向かった。
「………む」
ぴぃぴぃと、小鳥の鳴き声が聞こえ、ネアは少しだけの警戒で空を見上げた。
幸いにも、よく見かける青い小鳥達のようなのでほっと胸を撫で下ろし、追いかけっこが楽しかったのか尻尾をぶんぶんと振り回している銀狐の耳周りをもしゃりと撫でてやる。
リーエンベルクの庭園には様々な花壇があるが、明確な境界や柵がある場所は少ない。
庭園内に歩道をつけて区画を分けているだけで、自然の景観を損なわないようにしている場所が多かった。
ここもそんな花壇の一つで、今は紫陽花の葉が順調に育っているところだ。
花はまだ咲いていないかなと見回せば、小さな小さな蕾を幾つか見つけた。
「紫陽花はまだでしたが、この時期のお庭も、沢山のお花が咲いていて綺麗ですねぇ」
「うん。この花壇の木苺はなくなってしまったのかな……………」
「む。狩り尽くされていますね。食いしん坊がいたのでしょう」
これもまたリーエンベルクの庭園らしい気遣いで、例えば紫陽花の茂みの足元や、大きな木の根元やアネモネや三色菫の花壇の中になど、様々な所に、実をつける植物が植えられている。
小さな生き物達はそれぞれにお気に入りの場所を持っているので、そんな彼等が、自分の領域を離れずに美味しい果実を味わえるよう、贈り物として植えられたものなのだとか。
この、紫陽花区画の花壇の周りにも、一昨日くらいには、無事に気象性の悪夢を乗り越え真っ赤な木苺が実っていたのだが、今は全てが採りつくされて葉っぱだけになっている。
随時実をつける訳ではないので、こうして採りつくしてしまうと、暫くは次の実待ちの時間となるのだった。
アイリスの花壇の周りなどのように、番人を立てて計画的な運用をしている区画もあり、生き物達の気質を知る手がかりにもなるらしい。
エーダリアは、庭師からそんな種族や系譜ごとの違いを聞き、こっそり記録を付けているのだとか。
「そう言えば、どこからやって来たのか、一輪だけ咲いてしまった赤紫色の薔薇は、温室に移動になったのでしょうか」
「ヒルドが、リーエンベルクの庭園ではなくローゼンガルデンに移動になったと話していたよ。やはり、同じ系譜の薔薇の近くを好んだらしい」
「あちらに行けば、よく似た薔薇も沢山ありますものね。お花は、蕾が膨らまないと花色が分からないので、今回の事のような事件もあるのだと、初めて知りました」
この春になって、リーエンベルクの庭園に、見慣れない赤紫色の薔薇が咲くという珍事があった。
リーエンベルクの庭園内にも、可憐な印象の赤紫色の薔薇やくすんだ薔薇色程度の赤みの薔薇はあるのだが、今回咲いた薔薇ははっとする程に鮮やかな赤紫色の大輪の薔薇である。
それの何がまずいのかと言えば、薔薇の系譜の妖精や精霊は、色によって気質が変わるのだ。
だからこそ、リーエンベルクの庭園の花々の色彩はある程度統一されており、青系統や紫系統、僅かだが白の入る系統の花々との相性がいい色で整えられている。
例えばここに、黄色の花を大量に投入すると、その色を宿す系譜がウィームとの相性があまり良くないというのはさて置き、派生する妖精や精霊の気質が合わずに大喧嘩になったりするのだ。
種類の合わせによっては仲良くやるかもしれないが、気性の合わない土地に植えられた花は枯れてしまうので、出来るだけそのような事がないようにしているらしい。
よって、今回紛れ込んだ赤紫色の薔薇も、相応しい移住先を探っていたのだが、リーエンベルクの庭園にある温室ではなく、薔薇たちの集まるローゼンガルテンに受け入れられることになったようだ。
(赤みの強い赤系統の薔薇さんは、気位が高いというから、マイペースな種の多いリーエンベルクの庭園との相性は良くないのだとか………)
どうも、本人の主張もあったようなので、そんな薔薇自身も、同じ色の仲間たちの近くに行きたかったのだろう。
妖精や精霊の派生しない植物や集まらない植物はまだ扱い易いが、薔薇は花としての階位も高いので、問題が起こる前に手を打てたのは幸いであった。
むぎむぎと足元を歩いている銀狐は、いつものベンチの前に来ると、きちんとお座りする。
紫陽花花壇の近くにあるこの石造りのベンチは、紫陽花結晶の収穫の際に庭師が一休みする為のものだ。
この時期はまだ作業がないので、のんびりとお借りする事が出来る。
「さて、狐さん。……………む、なぜかけばけばになりました」
「勘違いしてしまったのかな………」
「あらあら、何と勘違いしてしまったのでしょう?まずは、胸周りなどを梳かしますか?」
予防接種に連れ出されるかもしれないということを思い出してしまったのか、突然けばけばになった銀狐は、涙目で足踏みしている。
だが、ネアがわざと不思議そうな顔して首を傾げてみせ、専用ブラシで胸毛を梳かしてやると、また少しずつ尻尾が振られるようになった。
ブラッシングが耳周りから胴体部分に移行する頃には、すっかりご機嫌になって尻尾を振り回しているので、これで少しは警戒心が緩むだろうか。
なお、緩んだところで本当に予防接種に連れて行かれてしまうのが、ディノは不憫でならないらしい。
換毛期用のブラシに出会う前は、この季節になると毛だらけになっていたが、最近ではこまめにブラッシングしていればそんな事も起こらなくなり、ネアは一度休憩することにして、体を起こす。
「……………ここにいたのだな」
「まぁ。エーダリア様。何かありましたか…………?」
そこにやって来たのはエーダリアで、ネア達を探していたような口振りではないか。
午前中は公務もあり、外部の人達と会う時用の上着を着ていたエーダリアは、なぜかベンチの空いている場所に座ると、ふうっと息を吐く。
「……………ノアベルト、私のメモを知らないか?」
そして、もふもふとした尻尾をふりふりしている銀狐に、大真面目でそんな質問をした。
だが、銀狐は不思議そうに首を傾げるばかりで、エーダリアはがくりと肩を落としている。
何があったのだろうと、ネアはディノと顔を見合わせ、追い詰められような目をしているエーダリアの様子を窺う。
「何か、探し物でしょうか?」
「執務室の机の上にあるメモに、…………魔術書の名前を書いたものなのだ。今朝まではあった筈なのだが、どこかで落としたようでな」
「……………狐さんはますます首を傾げていますので、失せもの探しの結晶石を使いますか?」
「そ、それがあったか!すまないが、一つ貰ってもいいだろうか?後で返し……」
ネアの提案にぱっと顔を輝かせたエーダリアは、なぜか、みるみる顔色を悪くすると、立ち上がりかけた姿勢をすんと戻し、もう一度ベンチに腰を下ろすではないか。
今度はどうしたのだろうとぎりぎりと眉を寄せたネアだったが、すぐに、こちらに歩いてくるヒルドが見えたからなのだと気付いた。
(……………魔術書の名前が書かれたメモを探していて、ヒルドさんを見た途端に、しょぼくれてしまった)
そんな状況証拠を組み合わせると、部外者であるネアにも、どんな事件が背後にあるのか分かったような気がする。
だが、契約の魔物でもある塩の魔物は、狐姿のまま首を傾げていた。
「おや、こちらにおりましたか」
「……………ヒルド」
「何かをお探しのようでしたが、落とされたのは、こちらのメモでは?」
紫陽花花壇の前にやってきたヒルドは、青々とした葉を愛でるように目を細めると、力なくベンチに座っているエーダリアを見下ろす。
ネアは、これから始まる事を見越して、少しだけ横にずれたのだが、ディノの側に動いたので、いきなりご主人様にぎゅむっとやられたディノが、きゃっとなってしまう。
「……………あ、ああ。気になった魔術書の名前を書いておいたのだが、うっかり落としてしまったようだ」
「成る程。不思議な事に、雨音を聞かせるという、まるで魔術書の手入れの予定のような文言が添えられておりますが、まさか、このような魔術書はお持ちではありませんよね?」
「あ、雨音を聞かせるといいらしくてな。……………実は、以前手に入れる機会があり、たまたま手元にある事を思い出したので……………」
「それは不思議ですね。雨だれの魔術書の昨年の持ち主を存じ上げておりますが、昨年の秋に、親族との諍いがあって魔術対価として取られてしまい、その魔術書はあわいの古書街に流れたと聞いておりますよ」
「……………古書街で手に入れたのだ」
「おや、となりますと、昨年以降でしょうか。………私はそれ以前から、くれぐれもお一人でそのような場所に行かないでいただきたいと、念を押しておいた筈ですが?」
「い、いや……………」
ここでエーダリアは、ついつい銀狐の方を見てしまった。
その結果、ヒルドが冷ややかな眼差しを銀狐の方に向け、ブラッシング効果でよりふかふかになっていた銀狐は、またしてもけばけばになった。
ムギーと声を上げ、うっかり秘密を明かしてしまったエーダリアの爪先を踏んでいるが、そんな行動のせいで、共犯者であると自ら認めてしまったようだ。
にっこり微笑んだヒルドは、どうやら古書街行きを聞かされていなかったらしく、かなりしっかりとしたお説教が始まる予感に、ネアは、ブラシを片付ける事にした。
「ふむ。いい感じに、別件で予防接種の警戒どころではなくなりましたね」
「ノアベルトが……………」
「そして、雨だれの魔術書というものがあるのですね」
「うん。中階位の音の魔術の研究書のようなもののようだね。生活の中で聞くような音は、調整や再編で魔術転換する事が出来る。そのような作業の指南書だった筈だよ」
「となると、危ないものではないのですか?」
「そのようなものではないかな。…………ただ、魔術対価とされた品物が流れる古書街は、ノアベルトが一緒に行った方がいいような場所だろう。あのあわいには、独自の規則性があるからね」
ああ、だからヒルドが怒っているのだなと頷き、ネアは、持ち上げてベンチの上にエーダリアと並んで座るように設置された銀狐と、その隣で項垂れているエーダリアが、ヒルドに叱られる様を隣で見守った。
恐らくエーダリアは、メモを失くしたことに気付き、よく部屋で大暴れに近い遊び方をしている銀狐が行方を知らないだろうかと、慌てて話を聞きにきたのだろう。
しかし、そのメモは既にヒルドに拾われた後だったようだ。
(あらあら………)
ぎゅっと体を縮めて叱られる二人の家族を、とは言え家族らしいなと少しだけ微笑ましい思いで眺めていると、隣からそっと三つ編みが手渡された。
あまりにも近くで叱られているので、ディノは少し悲しくなってしまったようだ。
やがて、お説教が終わり、ふぅっとヒルドが息を吐けば、僅かに開き、ざあっと淡く鋭い光を宿していた羽も落ち着いたようで、近くの木々に居た小鳥達も恐る恐るこちらを覗いていた。
途中までエーダリアの隣に座っていた銀狐は、けばけばになったまま、エーダリアの膝の上に抱っこされている。
「まったく。そのようなあわいに出掛けるのであれば、ダリルの許可証を借りた方が安全だと、何度も話しているでしょうに。彼は、あれでも、ウィームに集まる本の階位の高さのお陰で、本というものの領域の中ではかなりの階位におりますからね」
「……………ああ。………だが、ダリル経由だと、どうしても購入した魔術書を先に取られてしまうのでな」
「とは言え、ひと月程で手元に届くでしょうに」
成る程そのような事情なのだなとネアが頷いていると、こちらを向いたヒルドが、優しい微笑みで、巻き込んですまなかったと謝罪してくれた。
「いえ、今のお話を聞いたお陰で、そのようなあわいがあるのだと、勉強になりました。絨毯のあわいもそうですが、魔術的な規則があるところは単身踏破が難しそうですので、迷い込まないようにしたいです」
「ええ。そのよう場所は、等価交換に重きを置きますので、何かがあった場合は、相応しいだけの対価を支払った上で、ダリルに連絡を取って貰うといいでしょう。………どうやら、ネイも、入場権限を持っているようですがね」
「ノアベルトは、身に持つ魔術を示すものが、魔術書だからではないかな」
「……………まぁ。そうなのですか?」
「うん。魔術の根源を司る魔物だからね」
「……………ふむふむ。……今は、尻尾をふりふりしています」
「ノアベルトが…………」
思いがけない事を知ってしまったが、そう言えば、以前にザルツでの魔術調伏の場面を垣間見た際に、ノアは確かに魔術書のようなものを持っていた気がする。
ノアが魔術書を持つというのは珍しいなと思い、何となく覚えていたのだ。
「となると、エーダリア様とノアは、ぴったりの関係なのですねぇ」
「ノアベルトの最初の道具は、魔術師の使う杖だったのだそうだ。だが、時代と共に、魔術の叡智は書に記されるようになり、魔術の発現の証として、魔術書を持つ者達が増えた。その結果、魔術書に姿を変えたらしい」
「魔法使いさんです…………!」
教えて貰った内容に、ネアが思わず目を輝かせると、皆が不思議そうな顔をしたので、生まれ育った世界での魔法使いというものについて説明してみる。
エーダリアが興味深げにあれこれ質問するのは想定内だが、それは、ディノやヒルドにとっても興味深い内容だったようで、異なる世界にも魔術や魔法というよく似た概念があり、尚且つ杖を持つ専門家がいるということの相似性について議論が及ぶ。
「同じ意味を持つ言葉も多くありますので、やはり、どこかで何かが繋がっていたのかなと思うと、ちょっぴり面白いですよね」
「今はもう、この世界に面してはいないようだけれど、以前には、双方を繋ぐ経路があった可能性もあるね。この世界に幾種ものあわいがあるように、そちらの世界にもあわいや影絵があるのであれば、その部分が繋がっていた可能性もある。それに、前の世界とどこかで繋がっていたり、そちらから分岐したあわいなどであるかもしれない」
「………おのれ、なぜ妖精さんがいなかったのだ」
そう考えると、どうしてネアの暮らしていた世界にも人外者がいなかったのだろうと少しだけ寂しくなったが、存在すら知覚出来ないような場所であればネアが呼び落されることもなかったのだから、まずは、こちら側に来られた事に感謝しよう。
「そう言えば、ネア様は、どうしてこちらへ?」
「狐さんのブラッシングをしつつ、山猫さんの紫陽花の様子を見に来たのです。葉っぱは元気で、ちびこい蕾もありますが、お花が咲くのはもう少し先になりそうですね…………」
「そうでしたか。こちらの紫陽花ですと、花の時期はもう少し先でしょうね。ただ、日当たりのいい場所にあるものは、先に花が咲くかもしれませんよ」
「紫陽花蜜の飴があると聞いたので、今年の開花は是非に見守ろうと思っているのです!」
ネアが拳を握ってそう言えば、ヒルドが、であれば来月の前半くらいの収穫がいいだろうと教えてくれた。
最初の一輪に宿る祝福や魔術もあるが、多くの枝が花を咲かせる頃の方がいいというものもあり、紫陽花蜜は後者なのだそうだ。
「祝福結晶であれば、夜明けや雨が降っている間がいいのですが、蜜の収穫は、正午の前後が好ましいでしょう。アメリアが詳しいと思いますよ」
「むむ。アメリアさんはまさか、紫陽花蜜の競合なのでは……………」
「アメリアは、任務中に雨漏りの呪いをかけられた事があるのだ。その症状緩和の為に、二月程、紫陽花蜜の飴を食べていた」
ネアは、アメリアのかけられた呪いが、どこにも雨漏りの箇所はないのに、さも天井から冷たい雨粒が落ちてきたかのように肌がひやっとする呪いだと聞き、あまりの嫌さに遠い目になった。
それ以上の害はないが、その地味さ故に、かなり嫌な呪いだろう。
就寝時もそうなると聞けば、絶対にかけられたくない呪いの一つだ。
「雨漏りの呪いであれば、部屋の中に開いた傘を置いておくと緩和出来たのではないかな」
「……………そうなのか?!」
「うん。グレアムから聞いた事があるよ」
「ほわ、手帳が出てきました……………」
ここで、思わぬ情報を聞いたエーダリアが、慌てて手帳を開くとメモを取っている。
この程度の事であれば忘れないというような情報でも、全てをきちんと書いておくというのが、エーダリアらしい几帳面さだ。
ネアの場合は、メモを心掛けているものの、会話の中で聞いていたことをそのまま行方不明にすることもあり、最終的には、何を忘れたのかすら分からなくなるので、再び会話に上がる事を願うばかりだ。
「……………ノアベルトは、どうしたのだろう」
「む。…………狐さんが、エーダリア様の足の間に頭を突っ込んだまま、固まっています」
困惑したようなディノの声に視線を下げると、エーダリアの膝から下りた銀狐が、足元で、エーダリアの足の間に入った状態で固まっている。
尻尾がぱさりと落ちており、少なくとも大喜びという状態ではない。
これはどうしたのだろうと困惑していると、エーダリアがくすりと微笑んだ。
「これは構って欲しい時によくある事なのだ。ボールを投げて欲しかったり………っ、違うのだぞ?!今のは、たまたま例として挙げただけで………」
「………やれやれ」
「特定の単語が出てきたことで、もはや狐さんは大はしゃぎになりました………」
「ノアベルトが……………」
「魔術書を持つ格好いい魔物さんだと判明したばかりなのですが、こうしていると、今はただの狐さんなのですよねぇ」
「浮気……………」
「なぜなのだ……………」
大喜びでびょいんと跳ねた銀狐の為に、エーダリアは、よろよろしながらボール投げに駆り出されていった。
すぐ近くに噴水を有する少し開けた場所があるので、その辺りでボール投げをするのだろう。
その様子を見送り、ヒルドがふわりと優しい微笑みを浮かべる。
「選択肢が随分と増えましたから、エーダリア様にも、出来る限りは自由に過ごしていただきたいのですが……………」
「だとしても、お外に出られる時は、出来得る限りの安全対策を講じていただきたいのですよね」
「ええ。特に本に纏わる領域は、折角ダリルがいるのですから、守護などを借りてゆくべきでしょう。……………ネア様も、本や古書街に纏わる土地に出向かれる際は、ダリルに相談されるようになさって下さい」
ヒルドだって、怒りたくて怒っているのではないのだ。
ただ、どうしようもなく、エーダリアが失い得ない大事な子供だというだけである。
なのでネアは、そんなヒルドにネア迄が心配をかけないよう、しっかりと頷いておいた。
「はい。ではそうしますね。エーダリア様には、新しく開発した、きりんさんシリーズの武器をお渡ししてありますが、ノアが一緒だと使い難いかもしれません。この前拾った謎ベルが、エーダリア様に持っていて貰えるような物だといいのですが……………」
「呪縛の系譜の魔術の祝福だから、君の持つベルよりは階位は落ちるものの、同じような効果を持つ道具だと思うよ」
「はい!ちりんとやって、悪者の動きを一瞬でも止められたなら、その隙に逃げたり反撃したり出来ますものね」
「……………初耳でしたが、森の賢者の道具を増やされたのですか?」
怪訝そうにそう尋ねられ、ネアはおやっと目を瞠った。
「はい。ウィリアムさんに会いに行った時に、拾ったものなのです。謎木の実が王様カワセミに襲われて儚くなりかけており、私がその王様カワセミを滅ぼしたところ、最後の力を振り絞ってベルをくれたのですよ」
「……………成る程、そうでしたか。ですが、それをエーダリア様に渡してしまわれても宜しいのですか?」
「私には、眠りのベルがありますので、問題がない品物であれば、エーダリア様に持っていて欲しいのです。ただ、今はアルテアさんに預けて魔術洗浄や付与魔術の確認をして貰っていますので、こちらに戻って来るのは夏頃になるのだとか」
渡せるのだとしても少し先になってしまうので、ネアはしょんぼりしたが、ヒルドは、そのようなものがあればとても助かるとお礼を言ってくれた。
ネアとしては、家族の安全の為に日々様々な収穫や開発に邁進する所存であるので、こうして褒めて貰えると俄然やる気が出る。
近い内に、また狩りに出ようと考え、ふんすと胸を張った。
なお、その時に狩った王様カワセミは、珍しい個体だったようだ。
訪れた先のアクスでアイザックが出張中だと知り持ち帰ろうとしたところ、カルウィに居た筈のアイザックが大急ぎで戻って来るという事態になった。
とてもいい値段で売れたので、ネアは、どこかで伴侶との何でもない日のお出掛けをし、歌劇場で何かを鑑賞した上で、ザハの特別なお祝いの日用のコース料理を食べに行こうと密かに企んでいる。