仕立て妖精と衣裳部屋
「お待たせしました!ネア様、春を告げるアルテアを叩き潰すドレスの採寸ですよ!」
その日、リーエンベルクを訪れたのは、萌黄色の瞳を持つ、軽やかな装いの仕立て妖精のシーである。
アプリコット色のパンツスーツは、上着の裾のフリルが何とも可憐で、妖精らしいシシィの美貌をこれでもかと際立てていた。
かつかつと床を踏むのは、細いピンヒールである。
パンプスはシシィの髪や瞳と同じ萌黄色だが、上品なリボン飾りがパンツスーツとお同じ色なので、はっと目を引く差し色ながらもしっくりと今日の装いに馴染んでいた。
今年は挨拶からとても復讐感を出してきたので、近々でアルテアと何かあったのかもしれない。
「ご無沙汰しております。ルグリューさんは、お元気になられましたか?」
「その節はご迷惑をおかけしました。ええ、あの呪いも解けてすっかり元気になりましたよ。うちの伴侶は元々トマトが好きなので、今回のことで食べられなくなるということもなく済んでいます」
「まぁ。であればいっそうに良かったです。お嫌いな方には、いささか厳しい呪いでしたものね…………」
「寝ていても起きて食べないといけないのが、唯一の難点でしたね。……………何です?」
ここで、シシィが怪訝そうに振り仰いだのは、背後に立ったヒルドだ。
シシィの言動に関してはしっかり見張らねばと思ってくれているのか、お迎えからお見送りまでを毎年担当してくれている。
深く艶やかな瑠璃色の瞳の森と湖のシーは、眉を顰め僅かに羽を開いていた。
「……………なぜ、ネア様のスカートを捲る必要が?」
「私の仕立てじゃない上等なアンダードレスがあれば、それは気になりますからね。内側の縫製を確かめていたんですよ」
「であるにせよ、一言断わりを入れてからであるべきでしょう」
「はぁ。相変わらずお堅いですねぇ」
ネアも、シシィにいきなりアンダードレスの裾を捲られて驚いていたのだが、何となく理由が分かったのでお好きにご覧下さいとなっていた。
なお、こちらのアンダードレスはアルテアの持ち込みで、保温の機能がしっかりとしているので、こうしてアンダードレス姿で採寸となる場合にとても便利そうだと選ばせて貰っている。
ドレスガウンを脱いでもひんやりしないので、この季節の採寸にぴったりだと言わざるを得ない。
「今日は少し冷えますので、こちらのアンダードレスにしました。シシィさんの作ってくれた物の方が採寸し易ければ、着替えてくるので言って下さいね」
「いえ。これで充分ですよ。………随分といい仕立てでいい布ですね。……………恐らく、ネア様の為に織り上げたとしか思えないこの布地を、私に卸せと言っても頷かないでしょうが、仕立て妖精として、こういう品物に出会えるのは幸運なんですよ。勿論、個人的にもですね」
そう言ってにんまり微笑んだシシィに、ネアは、シシィが手を離し、ふぁさりと落ちたアンダードレスの裾に視線を向ける。
「……………それは、復讐的な意味で……?」
「うふふ。あのアルテアが、ちまちまと布織りをしていたのか、或いは誰かに頼んだにせよ、あれこれ注文を付けてここまで手のかかる生地を用意したんでしょう!その経緯や様子を考えるだけで愉快じゃありませんか!」
「………む。この生地は手のかかるものなのですね」
「そりゃあもう!」
しっとりとした白いコットン地のような生地は、薄手だが保温性がしっかりしており、尚且つ透けないのがお気に入りであった。
採寸の場なので、しっかりと維持や補正をかける下着は付けていないが、それでも不必要に下着のラインも出ず、程よい張り感と上品な艶もある。
生地を変えてあるのか、裾部分のフリルだけは僅かに透けるようになっていて、白一色の中で、光を透過するか否かで色相の変化があるのがとてもお洒落なのだ。
色合いは眩しいような無機質な白ではなく、シェルホワイトのような優しい白色で、とても動き易いのも素晴らしい。
くるりとネアの周囲を回ってアンダードレスを観察し終えてしまうと、シシィはこちらを見てにっこり微笑み、ぽんと手を打った。
「そうそう、今年は、霧菫の生地が手に入ったので、ネア様に、是非お見せしておこうと思ったんですよ。お色の相談もありますが、気に入っていただければこの生地で作ろうと思っているんです」
そう言いながら、シシィが仕立て鞄から取り出した布地は、幅広のレースのように長方形の板に巻き付けてあった。
ピンで留めていた布の端を外し、くるくると広げてくれた布を見て、ネアは、おおっと目を見開く。
「………ほわ。薄く透けるような生地なのですね!」
「ええ。ただしハリ感があるので、柔らかく落ち過ぎないのが特徴なんです。これは幅を狭くして装飾に使う為の物ですが、ドレスに使う物はもっと大きな生地ですからね」
「まぁ!広げてゆくと布の色が変わってゆくのです?」
最初は、淡い青みの菫色に見えていたのだ。
しかし、巻き付けてある布を広げてゆけば、少し青みを柔らかくした菫色になり、霧がかったような白となり、白い肌に僅かな血色を乗せたようなベージュ色にもなる。
「重ね具合と、光の角度によって色が変わるんです。この生地を、繊細な花びらのようなフリルをつけて、春の木漏れ日に透ける花びらのようなスカートにしようと思いまして」
「ぜ、ぜひそれでお願いします!…………むむ!そうしてフリルっぽく生地を寄せて貰うと、淡いベージュがかった生地にうっすらと白い霧がかかるようになってて、布の縁にかけて淡く菫色に色付くなんて……………」
「んふふふ。これは、お肌の色を綺麗に見せますからね!生地が薄いところになれば成る程、お肌の色に近くなるんですよ」
「シシィ……………」
ヒルドの低い声にも動じずに、にんまり微笑んだシシィは、さてとと呟くと、おもむろにネアの胸の下に手を入れてひょいと持ち上げた。
その途端に、怖々と少し離れた位置から見守っていたディノとノアが、きゃっとなってカーテンの影に逃げていってしまう。
それまでは、ネア達の周囲でおろおろしていたのだ。
「ネア様のお胸は、大きさの割に形がいいんですが、やはり、………しっかり寄せて上げるよりは、ふんわりと丸い印象を出した方がいいですねぇ」
「……………シシィ」
「堅物妖精は黙っていて下さいね。……………ええ。ええ!いいですね!……んふふふ。今年も引き続き、アルテアに地を這わせてみせますとも!」
「未だに復讐の道具にされていますが、もしや、アルテアさんはまた何かしでかしたのでしょうか…………」
ネアの問いかけに、ふっと微笑みを深めたシシィは、鞄の中から取り出したメジャーを肩にかけながら、薔薇色の唇をきゅっと持ち上げる。
「あの男は、先日の採寸の予定が変更になったことで、ルグリューを、愚鈍な竜はトマトの備蓄庫にでも放り込んでおけと言ったんですよ!……………今年は、絶対に渾身のドレスを仕立てるしかないと、その時に誓いました」
「ほわ……、今まで以上に復讐の道具にされてしまいそうですが、シシィさんのドレスはいつも素敵でしかないので、このままお願いしてしまいますね」
「…………こちらも、特に変化なしですね。いいですとも!」
「にゃふ?!」
「シシィ!」
ぎゅっとお尻を掴まれたネアは驚いてしまい、ヒルドに羽を掴まれたシシィは、角度を知る為には大事なのだとぷんすかしている。
シシィのくりんと巻いた萌黄色の巻き毛にきらきらと落ちるのは、用意された外客棟の部屋の中を照らす花明かりのシャンデリアだ。
元々は、採寸の為に別の部屋を用意してあったのだが、今日は、朝から雪が降り続いているので、明り取りのシャンデリアくらいはせめて春告げの色相に近い花明かりがいいだろうと、この部屋に変更になった。
そんな気遣いをしてくれたのはヒルドなのだが、今は、採寸の仕方には同意しかねるという目をしてシシィをじっと観察している。
「花びらの色彩ですので、古典的で優美なドレスにしましょう。肩を落とし、胸元は大きめに開きますが、上品で少女的な繊細さで。今年はドレスの形を際立たせる為に、肘上丈のお袖も付けます」
ドレスの形を説明するべく、シシィがさらさらとスケッチブックにデザインを描き下ろしてゆく。
ネアは目を輝かせてその画面を覗き込み、描き足された袖の形に小さく弾んだ。
「……………むむ!この、ふんわり膨らんだ肘上までのお袖は、なんて可憐なのでしょう!」
「過分な装飾は、可能な限り省きますね。繊細で可憐なドレスは、少しでも余分な装飾が入ると途端に悪趣味になりますから。特にネア様は、甘過ぎるドレスになりますとお顔が引き立ちませんからね」
「ふむふむ。確かに、甘めの印象が際立つドレスですと、もっとお顔のはっきりした方の方が似合う気がします」
「ええ。このような生地で甘さが強くなると、ほっそりとしてお胸も控えめの方が映えるんです。それを知らずに仕立てたドレスが、どれ程胸焼けするかに気付いていない、無知で愚かな目立ちたがり屋な仕立て屋もおりますけれどね」
シシィはそう言ったが、恐らくそこには、仕立て屋の技量ばかりではない理由もあるのだろう。
仕立て屋がどれだけ優秀であっても、大切な舞踏会に着ていくドレスの注文には、着る側の理想や嗜好が大きく反映されてしまうものだ。
顧客よりも立場の弱い仕立屋などは、望ましくないと思いながらドレスを仕立てる者もいるのではないだろうか。
(例えば、以前の私のように………)
ディノに練り直して貰う前のネアがそうであったように、自分の身に持つ色彩や容姿的な条件が、自分の理想のドレスに似合わない者もいる。
なりたい自分と動かせない自分の境界が難しい服選びは、かつてのネアも、幾度となく苦渋の決断を強いられた戦場であった。
装いの力を借りて理想に近付けるかと思いきや、悲しい現実を突きつけられて撤退することも多く、己の願いが潰える覚悟で負けを認めるという行為は、とても悲しく勇気のいる決断が求められたものだ。
(…………特に、可憐な雰囲気のドレスは、誰しもが一度は憧れてしまうようなドレスだから…………)
しゃっとメジャーを体に当てるシシィから黙々と採寸を受けながら、ネアは、髪色と瞳の色がもう少し扱い難かった頃の自分の戦いを懐かしく思い出していた。
幸運にも、扱いやすい髪と瞳の色になった今は、かつて諦めた色のドレスを思う存分堪能する事が出来る。
今年の春告げの舞踏会の為にシシィが考えてくれているようなドレスも、その内の一つだ。
(……………だから、こちらに来てからの服選びやドレスの仕立ては、どれも楽しいな)
淡い菫色に青灰色。
繊細で淡い色彩の数々を、どれだけの喜びで身に纏ってきただろう。
弾むような思いで、次なるドレスにも思いを馳せる。
「胸周りの布は、一枚か、二枚当てにしますね。一枚ですと肌の色に近く、二枚重なる部分では白く透けるような布を使っているように見えます」
「そちらに描いて下さったドレスのようになるのですか?巻いた薄布をぎゅっと絞ったような重なりがとても綺麗に見えそうですね」
「ええ。そう見えるように縫製しますが、実際には縫い付けてあるので動き易いようにしましょう。………胸元には花びらのように重ねて、はらりと落ちて肌が露わになってしまいそうな危うさと、上品な輪郭で攻めます」
「……………戦になりました」
古典的なバレエの群舞のような、上品で繊細なデザインのドレスになりそうだ。
ネアはとても好きな形なので、ディノにもデザイン画を見せようとしたのだが、伴侶な魔物はカーテンの裏から頑なに出て来ようとしない。
シシィがネアの胸を下から掬い上げるようにして、どのくらいの形をドレスに与えるのかを測っているからか、ノアと一緒に、すっかりカーテンに包まってしまったようだ。
時々、虐待という呟きが聞こえてくるので、儚くなってはいないらしい。
「淡い色と、秘めやかな触れ合いで上気した肌の血色の布で、唇を寄せたくなるようなドレスにしますからね」
「………もういいでしょう。くれぐれも、節度を守って仕立てをするように」
「がみがみ妖精ですね。節度を守る以前に、私は必ず顧客を満足させてみせますよ!………ネア様、こちらの布を当ててみてくれますか?………スカート内側のフリルは、同じように透け感や光りのある黒か薔薇色にしましょう」
「まぁ。黒というのも珍しいですが、こちらの生地には映えそうですね」
「ええ。春告げでなければ黒の一択なんですが、作って合わせてみて、どれだけ春の色に馴染みそうかどうかですね。背面の中央部分、スカートのお尻から裾までに部分的なこの生地には、アーヘムの刺繍を入れます。髪は、生花の飾りにして下さいまし。柔らかな印象で整えたいんです」
「はい。ではそうしますね。………むむ?」
どんなドレスになるのだろうと、わくわくしながら頷くと、シシィが何かを考え込むように眉を寄せる。
「スカートの前合わせで、この部分に生地を重ねて………こうですね、………両開きの贈り物の箱についたリボンのように、生地を結び留めてあるように視覚誘導してもいいですね」
「巻きスカート風に見える部分を作るということでしょうか?」
「ええ。男なんて、脱がせる瞬間の想像をさせておけばいいんですよ。上品なドレスにその仕掛けがあると、視界に入る度に想像しますからね」
「シシィ?」
「ネア様、こういう、ヒルドみたいな男が一番厄介ですからね?」
「……………ほわ。羽が………」
にやっと笑い、ヒルドを振り返りそんな事を言ってしまったシシィは、ヒルドに羽の付け根を掴まれてしまったようだ。
幸いにも採寸は終わっていたらしく、くるりと向きを変えて解放されたものの、もう帰るように言われて肩を竦めている。
「アンダードレスの色は、こちらで考えておきます。場合によっては、二色試していただくかもしれませんね。首飾りと耳飾りはアルテアに任せますが、髪の毛のお花だけ覚えておいて下さいね。白から淡い紫、アプリコットカラーあたりくらいでしょうか。くれぐれもピンク色はやめて下さい」
「はい。私の髪色ですと、白から淡い紫なんて素敵でしょうね。そのあたりでお願いしておくようにします!」
提案の中から、髪色に合わせやすい薔薇でそう返せば、シシィも頷いてくれた。
アプリコットカラーの薔薇は、色味によっては合わないので、少し冒険要素が強くなってしまうからだ。
「首飾りは今の結晶石のようなもので、真珠はお控え下さい。合うには合うんですが、淡い色調の色合いのドレスに視線を向けたいので、視線を留め過ぎる真珠ですと印象が変わってしまうでしょう」
「むむ。では、こちらの首飾りの色合いを変化などさせて合わせてもいいですか?」
「それが一番ですね。それと、体型は維持して下さいね。今回は伸縮性のない生地を着やすさも損なわないように縫製しますから、体型に変動があると、そのゆとりがなくなってしまうかもしれませんよ」
「ふぁい……………」
春告げの舞踏会のご馳走を思い、ネアは、それは一大事であるときりりと背筋を伸ばす。
懸念されるべきは増量なので、今後の無茶な飲食などには少々の注意が必要になるだろう。
なのでネアは、ヒルドに羽を掴まれたシシィが帰ってゆき、虐待と呟く魔物達をカーテンの後ろから引っ張り出してから部屋に戻ると、衣裳部屋で現在の体型などを見ておくことにした。
採寸用の装いから今日着る服に着替えるにあたり、まずは一度、アンダードレスをえいっと脱いでしまい、下着姿で鏡の前に立ってみる。
腰は存命であるが現状がどれくらいなのかを覚えておく必要があるので、指先でぎゅむと摘まんでみた。
ふむふむと頷きながら、今度は、減らしてはならぬと言われた胸とお尻を、シシィがしていたように両手で押さえてみたが、お尻についてはよく分からないまま首を傾げる。
(正直なところ、お尻にはあまり注意を払った事がなかった気がする……………)
肉が付きやすいということはない部位なので、いつもであればそこまで気にしないのだが、生地に伸縮性がないという事実と、春告げのご馳走という二つの要素に於いては大事な部分なのだろう。
主にゆとりを守りたいのはお腹周りだが、お尻もその界隈に含まれるに違いないと、仕立てをよく知らない人間は考えたのだ。
なので、体を捻りながら首を傾げ、むぐぐっと眉を寄せた時のことだった。
「おい、今年のドレスは大丈夫なんだろうな?シシィのやつ、間違った時間を言いやがって……………っ、」
「ほわ。ノックもなしに入ってきました……………」
「虐待した……………」
扉の音はしたので誰かが入ってくるのは分かっていたのだが、ディノだろうと思っていたのだ。
しかし、ディノに加えてアルテアまで入ってきてしまい、お尻の採寸中だったネアは目を丸くする。
こちらを見て呆然としたように赤紫の瞳を瞠ったアルテアが、よろりと一歩下がるとそのまま部屋を出てゆき、ぱたんと扉が閉まった。
なぜか一緒にディノも連れていってしまったので、どのような理由で使い魔の訪問があったのかは謎めいているままだが、ぎりぎりと眉を寄せていた人間は、ともあれ扉が閉まったのでまぁいいかと、鏡の前で弾んでみた。
これは自分がどれだけ身軽さなのかを知っておけば、多少食べ過ぎたかなと思った際に、危険水準になった場合の判断が付くかなと考えたからである。
よく、物語に出て来る戦士達が、体が重くなると動きのきれが悪くなるというような発言をしているので、細かな数値や輪郭では体の変化を掴めない人間には、軽いか重いかが簡単な判断の仕方だと思ったのだ。
とは言えすぐに感覚が掴める訳ではないので、何回か弾んで自分の体と対話していると、またしてもかちゃりと扉が開き、ネアが振り返るよりも早くばたんと閉じた。
「……………むぅ。なぜにノックをしないのだ」
扉の向こうで何やら話声が聞こえるが、ぐるると唸った人間は、乙女を格納した衣裳部屋の扉を開ける際の最低限の礼儀を、是非に思い出して欲しいと思う。
小さく唸りながらではあるものの、飛び跳ね計量も終えたので、もう一度アンダードレスを着てしまい、さて、今日は何を着ようかなと衣裳部屋を見回す。
ややあって、きちんとした装いに見えるが生地はニット生地という素敵な普段着ドレスに着替え、髪の毛にも手早くブラシを通し、先程の扉を開けてみる。
通路はがらんとしていたが、部屋の方に人の気配があったのでそちらに向かえば、くしゃくしゃになったディノと、渋面のアルテアがお茶をしていた。
「……………いいか、ああいう時は、早々に何か羽織れ!」
「なぜに叱られたのだ。採寸の際にシシィさんとお話した、ドレスが仕上がるまでの約束を守る為に、自分なりに体の状態を見ていただけではないですか……………」
「凄く虐待した……………」
「私の魔物は、儚いですねぇ…………」
「体の状態を維持するのなら、お前の場合は、余分な食事を控えればいいだけだろうが」
「まぁ。体に変化がない範囲を見極め、限界まで色々なものを美味しくいただいてこそではありませんか……………」
「何でだよ」
片手で額を押さえ、ふうっと深い溜め息を吐いているアルテアは、今日の採寸にも立ち会うつもりだったらしい。
しかし、シシィに教えられた時間が間違っていたようで、採寸が終わってシシィが帰った直後にこちらに到着してしまったようだ。
「今年は、花びらのような透ける生地のドレスなのですよ。古典的で繊細なデザインなので、きっと素敵なものが出来上がる筈なのです!」
「お前の説明だけを信用したのは、最初の頃だけだ。……………くそ、あいつは、仕立てに入ると工房から出て来なくなるからな……………」
「髪の毛に飾るのは、生のお花がいいそうです。白から薄紫くらいのお色がいいそうですので、そのくらいの色で準備をして、ウィリアムさんにご相談しますね」
「あいつを呼ぶ必要はない。今回は俺がやってやる」
「……………なぬ。崩したようなふわっとした髪型にしたいのですが、……………アルテアさんで大丈夫でしょうか?」
「おい、その目をやめろ……………。そもそも、ウィリアムは春告げに関係ないだろうが。あいつは冬告げに出るんだぞ。関わらせるな」
「むぐぅ……………」
髪結いは大事なお洒落ポイントなので、またしてもぎりぎりと眉を寄せつつ、ネアは、シシィから貰った小さな瓶の蓋を開け、中に入っている淡い薔薇色のクリームをくんくんする。
眉を顰めたアルテアがこちらの手元を覗き込み、ディノと何か話している。
「シシィが、ドレスを着る為の手入れに必要なクリームを、得意から貰ったからと分けてくれたものだよ。私とノアで魔術付与は調べてあるから、問題ないのではないかな」
「……………ほお。肌の手入れ用のクリームか」
「お胸用のクリームなのだそうですよ。顔用のものよりも軽い質感で、コロールの薔薇の軟膏のお店のものなのです。……………ふぁ。いい匂いがして使うのが楽しみですね」
「は……………?」
「虐待……………」
「首元から塗り込むようにすると、ふわっと肌の色が明るくなるようです。特別なお手入れなので、舞踏会の前に、三回程使っておくといいのだとか」
「……………今度、あいつとはゆっくり話をしておく」
そう低く呟いたアルテアが、自分で紅茶のお代わりをポットに取りに行く後姿を眺め、ネアは、隣に座っている魔物にこてんとくっついた。
「今日はまだこうして雪が降っているのに、もうすぐ春告げの舞踏会なのですね。ドレスが届いたら、また一緒に踊ってくれますか?」
「……………うん」
「今年もきっと、素敵なドレスになる予感がします!」
淡い淡い春の花の花びらのような色彩のドレスは、さぞかし美しいだろう。
かつての自分の髪と瞳の色であれば到底似合わなかったその色彩を思い、ネアは、むふんと微笑んだ。
茶系や、色味によってははっきりとした緑色なども似合わなくなってしまったが、ネアの似合って欲しかった色彩がここにある以上、手放した色への後悔はない。
美しい花々が満開になった春告げの舞踏会の会場を思い、ネアは、その日のおやつの数を素早く頭の中で計算すると、少しよれよれしている使い魔に、依頼しておいたタルトの催促に行ったのだった。
繁忙期のため、明日3/25の更新はお休みとなります。
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