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クレドアの宴と斑の獣




気象性の悪夢の季節が近くなると、様々な魔術異変が派生するらしい。



それは、先日の金色の森のようなものであったり、気付かなければ見過ごしてしまうような、土地の魔術基盤の変化だったりする。

だが、人間達が見過ごしてしまうような異変であっても、小さな生き物達や森の住人にとっては問題となることがあった。



クレドアの宴は、そのようなときに催されるものであるらしい。



酷薄にも見えるが人懐こくも見える微笑みを浮かべ瞳を眇めたのは、今回、そんな宴が催される事になった土地に暮らしている塩の魔物だ。



「へぇ。禁足地の森の入り口なんだ。ってことは、こちらからも参加者が欲しいってことだね」

「ああ。そのようなのだ。お前の目から見て、誰が相応しいだろうか。……………何しろ、三席も用意されてしまっているようなので、その席数には意味があるのだろう。騎士だけに参加させる訳にもいかないのでな…………」

「うーん。ってことは、騎士、魔物、……………後は、ネアかエーダリアだろうなぁ」

「むむ。私もお呼ばれしているのです?」

「うん。……………まぁ、ね」



名前が出て来たのでぴっと顔を上げると、珍しく困ったように歯切れ悪く微笑む義兄がいる。


どうしたのかなと首を傾げれば、クレドアの宴というのは、なかなかに厄介な宴席であるらしい。

その説明をしてくれたのは、ディノであった。



「酒類はね、持ち込みで構わないようだよ。こちらを損なうものではなく、あくまでも土地を整える為の儀式的な宴なので、参加者がふるまいを警戒していて近寄り難くなっては意味がないからね」

「ふむ。持ち込みでいいので、宴の形を整えて欲しいというものなのですね」

「うん。……………その代わり、森の様々な要素が、その宴席には現れる。こちらの席を、三席用意しているのもそのような理由からだ」

「その土地にある、様々な要素的な感じなのです?」

「そうだね。そのようなものだ」




クレドアの宴を開くのは、土地に暮らす名もなき住人達だ。

ひと柱の高位の者達のふるまいや宴ではなく、土地そのものに根付き、より魔術基盤に近しい存在が土地の調整の為に開く宴である。


開催者や参加者は階位的にもさして高くはないもの達なので、本来であれば高位の者達を招くことは不敬となりそうだが、クレドアの宴については、そのような階位の者達でしか気付けない土地の調整なので尊重されるようになっているのだとか。


宴の参加者は、土地の多くを占める要素が全て選ばれる。

例えば、リーエンベルクであれば、騎士達に魔物、エーダリアやネアのようなこの土地に居住を置く人間というように。


土地の多くを占めるものとなるので、本来であれば家事妖精も候補に入るのだが、ノア曰く、よりその土地の代表に相応しい存在こそが優先されるので、今回用意されているのが三席となると、その中には含まれないと考えるのが妥当なところだろう。



「以前にも招かれたことがあるのだが、その時は、一席だったのでな」

「一席であれば、もう少し参加者を選びやすくなるのですか?」

「ああ。その時は、私の名代も兼ねて、騎士の中からリーナが参加した」

「うん。そうなるだろうね。席が一つだけだと、名代での出席ってのが出来るんだよね」

「ふむふむ……………」

「リーナの場合は、竜の血を引いているので、ウィームらしい騎士とも言えるからな。グラストは土地の魔術の対極にある祝福を持っているし、ゼベルは、血統がガーウィンに連なる。当時のアメリアやエドモンでは、まだ魔術階位上危うかった」

「……………確か、リーナはその後二日ほど寝込んだそうですね」

「……………ああ。何しろ、あちらの参加者は、森の要素を全て揃えてくるのでな。森の美しいものや、厳しいものであればまだしも、……………合成獣のような悍ましいものも現れるのだ」

「……………ほわ」



それを聞いて、ネアは、ノアの歯切れが妙に悪かった理由を察した。



(…………ノアは、エーダリア様よりも私が参加した方がいいと考えているのではないだろうか)



ネアとてホラーは苦手だが、魔術的な抵抗値はエーダリアよりもはるかに高い。

また、守護の状況からいっても、人ならざる者達の領域へ出かけてゆくには、ネアの方が向いている筈だ。

その上で合成獣というこちらの得意分野が出てくるのであれば、寧ろ、最初から指名が入ってもいいくらいだろう。



「うむ。私と一緒に行くのは、どなたでしょう」

「ネア……………」

「お前は、金色の森で体調を崩したばかりではないか。今回は、私が行こう」

「ですが、このようなお役目には、向き不向きがあります。そもそも、合成獣さん風な参加者さんが参加されていた場合、どう考えてもエーダリア様の方が脆弱だと言わざるを得ないのですよ?」



ネアが自分が行く前提で話を始めると、複雑そうな顔をしたディノと、慌てて止めに入った上司がいる。

しかし、ノアとヒルドが難しそうな顔で押し黙ったということは、やはりネアこそが参加するべきなのだろう。



「ご、……………合成獣は、………確かにお前の方が抵抗力があると言わざるを得ないが………」

「であれば、私で決まりでしょう。本来、ただの歌乞いであれば参加するべき公務の免除も幾つかある私ですので、このような得意分野では、張り切ってお仕事をさせて下さい。ディノかノアは同席してくれるのですよね?」

「それは、僕が行こうかなと思う。シルだと……………ほら、調整は可能でも多くの資質が響くから、影響が出ないとは言えないし、森の連中も正体を知っている者は多いだろうから、萎縮して儀式が滞っても困るからね」

「ふむ。ノアであれば、時々狐さんなので、参加者の方々も程よく気が抜けるということですね」

「ありゃ……………」



勇ましく頷いたネアに対し、そっと羽織りものになってきたのはディノだ。


不安にさせてしまったかなと振り仰げば、水紺の瞳に心配そうな色を浮かべている。

ぱさりと投げ込まれた三つ編みは、宝石を紡いだような硬質な真珠色で淡い光を孕む。

握り締めると、優しく引っ張ってやった。



「……………不安ではないかい?……………本当は、君を参加させるのは望ましくないのだけど、エーダリアのように領主として土地との盟約を持たない君は、クレドアに参加することで、土地の要素の一つなのだと認識を作っておいた方がいいかもしれないんだ」

「まぁ。そのような利点もあるのですね。であれば、尚更に参加してしまいましょう」

「先程、ノアベルトと、始まった宴を見て来たのだけれど、……………合成獣も参加していた。君に怖い思いをさせるのは…………」

「どのような獣さんなのです?」

「……………兎耳に牡鹿の角を持つ、斑毛皮のムグリスのようなものかな」

「………なぬ。愛くるしいだけではないですか」

「え……………」



ディノは、その特徴を口にするのも心配だというようにおずおずと合成獣情報を伝えたところ、ご主人様が目を輝かせたのを見て困惑してしまったらしい。


そのムグリスもどきは、銀狐くらいの大きさがあることや、角度的に見えなかったが、もしかすると尻尾も猫風かもしれないと重ねて伝えてきたが、ネアは、情報を取りまとめた上でも、なでなでするのも吝かではないくらいであった。


荒ぶる思いに手をわきわきさせると、魔物達は途方に暮れたように顔を見合わせている。



「……………そうだな。やはりお前に頼むのが良さそうだ。すまないが、宜しく頼む。くれぐれも、ハシバミの木には気を付けるのだぞ」

「……………あやつもいるのですね」



合成獣情報に動じることのなかったネアを見て、エーダリアもそう決めたようだ。

今回は、騎士の中でも森と縁を深めたアメリアが参加することになり、であればますます安心というところだろうか。


三人で中庭で落ち合い、禁足地の森から、リーエンベルクの敷地に繋がる汽水域とも呼べる場所で行われている宴に向かう事になった。




アメリアは、目が良く調停に向いている、リーエンベルクの中でも古参の騎士でもある。 


席次のない騎士達を率いて指揮を執り、大掛かりな任務の中では裏方としての調整を好むことも多いが、氷雪の魔術を動かす剣の腕もそれなりのものという、実にわくわくするような魅力にあふれる騎士であった。


もふもふ大好きな毛皮生物愛好家として、禁足地の森に住む雨降らしのミカエルと仲良くしているので、森の住人にとっては近しい存在だろう。



「宜しくお願いします。正直なところ、お二人が一緒だと聞き、心強いです」

「こちらこそ、宜しくお願いします!ノアがきっと色々助けてくれる筈なのですが、合成獣さんは私に任せて下さいね」

「うん。合成獣は任せちゃおうかな………。奥からアメリア、僕、ネアの順で座ろうか」




庭に敷かれた石畳の道を歩き、禁足地の森の方へ向かえば、すぐに宴席が見えてきた。

その辺りだけじわりと景色の色彩が滲むような不思議な光が放たれていて、薔薇の祝祭のように雪の上に花びらが散らされている。



「挨拶や交渉は僕がするから、君たちは話さなくていいよ。会話しても構わないけれど、答え難い質問や意思疎通が不可だったりしたら、そのまま何も話さなくていいからね」

「はい。ではノアにお任せしてしまいますね」

「承知しました。お手数をおかけします…………」

「うん。参加する時間は、かなり短くなると思うよ。僕もそれなりに高位の魔物だし、アメリアだって魔術階位が高いからね。土地の要素を満たす為に招かれてはいるけれど、あまり長居すると却って良くないんだ。一杯飲むくらいの感覚でいるといいかな」

「まぁ。思ったより短時間でした………」

「それくらいってこともあって、シルも、いいかなって思えたんだろうね。ネアは、僕の隣に座ること。椅子を寄せるからね」

「はい!」



そんなやり取りの後、ネア達は宴席に加わった。



(……………ほわ)



はらはらと、花びらが舞い落ちる。


これは可視化された土地の魔術であるそうで、ノアの指摘を受けて見てみると、花びらが少しへしゃげていて、万全の状態ではないことが見て取れる。


宴が行われているのは、どこから取り出したのだろうという一枚板の木のテーブルで、中央には星図のような不思議な鉱石の縫い取りのある布が置かれていた。


テーブルの上にも花びらが舞い落ち、参加者達は器用にその花びらを避けながらお酒を飲んでいる。

ちょっとしたおつまみや、見た事もないような綺麗な瓶もあるので気になるが、ネア達は基本持ち込んだお酒しか飲まないことにしてあった。



「招待に応じたよ。土地の魔術の安定を図ろうか」


高位の魔物らしい高慢さで塩の魔物がそう言えば、参加者達は一度立ち上がり、それぞれにお辞儀をしてくれる。

中には、荒ぶって暴れている時とさして変わらない表情のハシバミの木も混ざっているので、たいへんに奇妙な光景だ。



(……………木の姿だから、椅子はなくて立ったまま参加するのだわ……………)



だが、目を奪われるのはそちらばかりではない。

他の参加者達も、たいそう個性的であった。



ぼんやりした影のような生き物は、森の何を司るのだろう。

身なりからして帽子を被った紳士のように見えるが、家事妖精のように曖昧な輪郭である。

その隣に座っているのはきりりとした面持ちの栗鼠妖精で、テーブルに届くように高くなっている椅子にちょこんと座った様子は愛くるしい以外の何物でもない。


ほわほわきらきらとした不思議な光を纏うのは、ふんわりころりとした水色の花なのか、質感の特殊な毛玉の類なのかの見極めがつかない謎生物だ。

その隣の席には椅子はなく、テーブルにちょこんと一羽の青い小鳥の姿がある。

食物連鎖的に心配になる構図で、その隣の席にはふさふさとした毛並みが美しい森狼の姿があり、続いて合成獣と言われる斑らの獣だ。



「成る程ね。今回は、森の比較的外周の調整なんだね」



参加者の顔触れから何を汲み取ったのか、ノアがそう呟く。

こくりと頷いたのは、影のような紳士と森狼だ。

ネアはお隣になった合成獣を失礼にならない程度に凝視しながら、使い込まれたような素朴な風合いが素敵な木の椅子に座った。



(肘置きの部分に、クレヨンの悪戯書きみたいな跡がある……………)


そんな背景が気になりはしたが、こちら側の参加者が席に着くと、再び黙々と再開された宴席の空気には、やはり少し戸惑ってしまった。



とても静かな会だ。

会話らしきものをしているのは、栗鼠妖精と小鳥くらいだろうか。


後の者達は、黙々と酒杯を傾けているだけなのだが、細い枝の手で陶器のボウルのようなものからお酒を飲んでいるハシバミの木は、後で酔っ払って暴れたりはしないだろうか。


ノアが取り出したのはシュタルトの湖水メゾンの白葡萄酒で、ネアとアメリアには、これもまたふわりと取り出されたそれぞれのグラスが回される。

この席では手酌で飲むのがお作法だそうで、アメリアから順に自分のグラスにお酒を注いだ。



とくとくと、お酒がグラスに注がれる音。


ふぁさりとテーブルに落ちたのは、綺麗な薄紫色の花びらだ。

はらはらとテーブルに降り注ぐこの花びらは、薔薇のような花弁の大きな花ではなく、菫の花のような小さな花のものに見えた。


周囲はいつもの禁足地の森の様相で、雪深い森にはこの世界らしい無尽蔵さで、花々が咲きこぼれている。

冬の始まりから春の入りまで、長く美しい花を咲かせてくれる雪ライラックの枝にも雪が積もっているが、いつものようにその上でぐうぐう寝ている栗鼠妖精の姿はない。


鳥たちの姿も少ないようだし、森の奥を駆けてゆく鹿なども見えないようだ。

いつもとは違いしんと静まり返った森ではあるが、不思議と不穏さとは無縁であった。



びゃん。



「……………む」

「ありゃ……………」



しかしそこに、奇妙な生き物が現れた。


影のような姿の紳士の横に、垂直飛びをしてテーブルの上を何とか覗こうとするちび狼が現れたのだ。

尻尾をふりふりしながら一生懸命に垂直飛びをしては、ここで何をしているのだろうと興味津々で目をきらきらさせている。


全員が一度そちらを見てしまい、わふわふと飛び上がるちび狼は、何か美味しいものをくれるかなというわくわくの表情になる。


これはどうしたものかという空気が流れ、無言で立ち上がった紳士が、テーブルには届かずにじたばたしているちび狼を抱き上げると、森の奥に帰しにいってくれた。



(アメリアさんは大丈夫だろうか……………)


あまりにも愛くるしいもふもふの襲来であったので、ネアは、隣の騎士が心配になってしまう。

ちらりと隣を見るとやはりふるふるしているが、何とか頑張って堪えてくれたようだ。

ちび狼には、こちらは取り込み中だと伝えられたのか、戻ってきた影姿の紳士がもう一度テーブルに着く。


飛び上がったのがハシバミの木の横ではなくて良かったと、ネアは安堵の思いに胸を撫で下ろした。



「……………そうか。春の系譜の訪れが近いのだな」


ふいに、そんな声がどこからか聞こえた。

もしやと思って視線を向けると、その声は見事な毛並みの森狼が発したようだ。

返事を返したのは先程の影姿の紳士で、こちらは、風のさざめきのような不思議な声であった。



「ギャム」


次に声を発したのは、ネアの隣に座っている、銀狐サイズの合成獣だ。


けれどもその声が聞こえた途端に栗鼠妖精がぶわりと毛を膨らませてしまい、森狼も尻尾をけばけばにしているが、何を言ったのだろう。


よく見れば、テーブルに着いた者達は皆、その獣の方を直視しないようにしているようだ。

椅子を寄せて近くに座ってくれたノアにも緊張するような気配があり、ネアは、そのにゃんこ尻尾は触ってもいいですかと言わずに堪えるので精一杯であった。



「ワン」


張り詰めたような緊張の後、漸くそう答えたのは水色の謎毛玉で、その返答に満足したのか、むくむくとしたお腹が魅惑的な合成獣はこくりと頷く。

そしてその直後、しゅわんとどこへともなく姿を消してしまった。



「……………まぁ。お帰りになられたのでしょうか」

「ある程度、土地の魔術が整ったんだろうね。あの獣の領域もさ、あまり長居しない方がいいんだ。さてと、僕達も失礼させて貰おうか」

「……………なぬ」

「ええ。そういたしましょう」



あれだけ参加までにわしゃわしゃしたのにあっという間ではないかという思いもあったが、アメリアも早く帰りたそうであったので、大人しく従う事にした。


確かに、何の会話もなくテーブルを囲む気まずさに、グラスの中の葡萄酒は早々に飲み干してしまっているし、魔術的な条件が満たされればもはや居残る理由もないだろう。


葡萄酒の瓶やグラスを片付けて席を立ち、その場を離れると、ゆっくりと視界の明度が変わるように招かれていた領域から外れるような感覚があり、やがて完全に抜けたという気がした。


ふうっと息を吐き、リーエンベルクの敷地内に戻って来ると、宴席からは見えない場所で待っていてくれたディノにすかさず抱き上げられる。



「……………よく頑張ったね。怖くなかったかい?」

「むぐ?!…………ハシバミさんもお顔が怖いだけでしたので、特に何もなかったのですよ。初めましての方達と同席するのにほぼ無言という気まずさだけでした」

「お前は、それだけで済んでしまったのだな……………」



一緒に出迎えてくれていたエーダリアにそんな事を言われて眉を寄せたネアは、隣を見てぎょっとしてしまった。


ノアはへなへなになって体を屈めているし、座り込んでしまったアメリアは、グラスト達に抱えられてどこかに運ばれてゆくところではないか。



「……………な、何かあったのですか?もしや二人は、私にはなかった魔術的な影響を……………」

「………僕の妹はさ、隣に座ってた筈なんだけど………」

「……………もしや、合成獣さんです?」



あの場では平静に装っていたではないかと思いかけ、そうせざるを得なかったのだと今更ながらに気付いた。


すっかり涙目になった魔物にぎゅうぎゅう抱き締められているのも、そのせいなのだろう。

ディノは、ネアも二人と同じくらいの目に遭ったと考えている。



「ノアベルト、移動出来そうか?屋内に入って、座った方がいいのだが……」

「……………うん。……………はー、まさか、あそこまで特殊な合成獣だとは思わなかったよ。……………あの尻尾だけでも二種族の要素があったしね」

「むむぅ。可愛いふさふさ尻尾のにゃんこ尻尾なだけなのでは……………」

「ほら、尻尾の付け根に鱗があっただろう?おまけに長毛だ。……………ありゃ、倒れそう」

「…………何と儚いのだ」



すっかり弱ってしまったノアは、すかさずヒルドに抱えられて運ばれる事になり、ネア達は会食堂に移動することにした。


寝込んでしまったアメリアはディノの作った魔物の薬を用意され、鎮静効果のあるお茶を飲み、今日明日はゆっくり体を休めるらしい。




(……………たった、一杯の葡萄酒を飲む間だけ)



それだけの間、一緒にテーブルを囲んだだけなのだ。


そう思えば、もしやあの宴席の異様な静かさは、合成獣が同席していたからだろうかと考える。

ネアの見立てでは、ちょっぴり我が儘そうな鳴き声でつんつんしていたが、少しも悍ましさは感じられなかったので、この世界での価値観というものの影響が大きいのだろう。



「私はずっと、ちび狼が現れた段階でアメリアさんが震えていたのは、あのもふもふの愛くるしさに心が蕩けてしまうのを必死に堪えているのだとばかり思っていました」

「……………あー、あの時だよね。折角みんなが、合成獣の方を意識しないように出来るだけ心の平静を保っていたのさ、まさかあんなことで崩されるとは思わなかったよね……………。僕も、あの時にうっかり緊張が緩んで、あっちを視界に入れちゃったからなぁ……」

「最後に、水色さんと会話されていましたね」

「……………僕、あの時はもう泣きたかった……………」

「ほわぎゅ………」



とは言え、そんな決死の頑張りのお陰で無事に土地の魔術も安定したようなので、エーダリア達も、ディノもほっとしたようだった。


ディノは、さかんにご主人様が恐怖を我慢して呑み込んでいないか確認してきていたが、本当に何でもないようだと納得すると、安堵したようにくしゃくしゃになってしまう。

こちらもこちらで、たいへんに儚い魔物である。



「…………これはもう、寧ろ、お腹のむくむくを撫でてみたかったくらいなのだと言ったら、虐待になるのでしょうか……………」

「……………やめてやった方がいいだろう。お前は、本当になんの悍ましさも感じないのだな」

「むぐぅ……………」


その日の夜、ネアは、久し振りにエーダリアの執務室に相談会に来ていた。


どれだけ怖くないかを言葉でしっかり示してやりたいが、それをするだけでも魔物達は弱ってしまうので、諸刃の剣なのである。


エーダリアも青ざめてはいるが、ネアが、そんな生き物を愛でられるという事実には傷付けられないようで、ディノやノアよりは比較的冷静に話を聞いてくれる。


上司として、過酷な任務に当たった部下の面談も兼ねているのかもしれなかったが、夜更けにこんな風に話していられるのは、家族になったからだという感じもした。


ネアの膝の上には、ご主人様を癒すにはこれだと思ったらしいムグリスディノが、容赦ない撫でまわしの為に仰向けになってぴくぴくしており、エーダリアの膝の上には、涙目でけばけばの銀狐がいる。


義兄のもふもふについては、甘やかして貰う為の措置のようで、エーダリアが撫でる手を留めるとムギムギ鳴き始めるシステムだ。



「アメリアさんは、大丈夫でしょうか……………」

「ああ。必死に栗鼠妖精を見るようにしていたそうなので、リーナ程には心を磨耗しなかったようだ。また、ノアベルトが、角度的に少し盾になっていたらしい」

「ふふ。今はエーダリア様のお膝の上でけばけばですが、ノアは、いつもボールで遊んでくれるアメリアさんを、少しでも守ってあげようとしてくれたのですね」




幸いにもそんな義兄は、エーダリアにべったり甘えた翌日には、胃に優しい食事は摂れるようになった。

アメリアも、同日の午後には牛乳たっぷりのポリッジなどを食べられたという。


そして、クレドアの宴から戻った直後から元気におやつをいただいていた人間は、後日、禁足地の森の入り口で、宴に参加していた合成獣を見付けてしまった。



誰かが持ち帰り損ねたらしい、リーエンベルクの薔薇の花びらをさっと拾っているところに遭遇したのだが、みっとなってこちらを見ていたので、強欲な人間は、ひょいと屈み込むと可愛いしか感じない合成獣に、反対側の花壇のところに綺麗な薔薇の蕾が落ちていることを教えてやる。


ぽきんと折れて落ちていたので、風か、飛翔系の生き物にやられてしまったのだろう。

花びらをお持ち帰り希望なら、こちらもいいお土産になるのではないだろうか。



合成獣は、いきなり話しかけてきた人間は怖いが、薔薇の蕾は欲しいらしい。

薔薇の蕾を拾いながらけばけばしている合成獣を、油断も隙もない人間はよしよしと撫でてやってしまい、びゃっと飛び上がった斑の獣は、一目散に森の奥に逃げ帰っていった。




「……………むぅ。逃げてしまいました」

「おい、ふざけるなよ……………」


残念ながらたまたま一緒にいたアルテアがその光景を見て弱ってしまっていたが、けばけばになった斑の獣が、貰った薔薇の蕾と拾っていた薔薇の花びらをしっかり持っていったことに気付き、ネアはにんまりと微笑む。


先日のノアやアメリアの弱り方を見ていると、リーエンベルクの領域近くにいたので少しの懸念もあったが、人を襲うような生き物ではなかったので、一安心ではないか。



しかし、すぐに部屋に連れ帰られ、アルテアだけではなく、ノアにまで、魔術洗浄で手を何度も洗われる羽目になってしまった。



ディノが合成獣に浮気したとしくしく泣いてしまったので、今後はあまり迂闊に撫でないように注意した方がいいかもしれない。

斑の獣も可愛いが伴侶が最優先なのだと言えば、ディノもほっとしたようだった。







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